第27話


「何ボケっとしてるんだよ。早く乗って」


 純也が運転席に乗ったので、わたしは仕方なく助手席に座った。懐かしい。わたしは父が運転する、お店の名前の入った、この軽トラックに乗せてもらうのが大好きだったのだ。


「さぁ、今日はあそこに行くか」


「ちょっと待って。あなた運転免許持ってないじゃない。無免許も飲酒運転も絶対駄目よ!」


「おいおい。俺は酒飲んでねぇし。それにタイムマシンに免許とかいらねぇし、俺は高校生のサリーのフリをしてたけど、ほんとは25歳だ」


 純也がそう言うと、タイムマシンという名の軽トラックは、暗闇の中を猛スピードでグルグルと回りながら、渦の中に吸い込まれていった。


「ギャァァァァァァァァァァーーー!」


「ほら、着いたぞ」


 わたしは半分気絶していた。目を開けると光の中だった。


「ここは?」


 純也が、軽トラック《タイムマシン》から降りたので、わたしも降りた。


「わかるだろ?保育園に続いてる階段だ」


 覚えている。この階段を上って、毎日保育園に通っていたのだ。長めの階段は、子供の頃はなんとも思わなかったが、アラフォーのわたしは、息切れがしてきつい。ピョンピョンと三段跳びで上っていく純也が、すぐに見えなくなった。


「ハァハァ」


 やっとのことで階段を上りきると、純也はジャングルジムの一番上に座っていた。


「おせぇよ」


「あんたも40手前になればわかるわよ。そんなジャングルジムにも登れなくなるし、鉄棒にもぶら下がることもできなくなるんだから」


「優子って逆上がりもできねぇもんな〜俺が代わりにやってやったんだぜ。逆上がりの試験の時にも」


 元々、鉄棒の逆上がりもできないわたしが、中学の体育のときに逆上がりの試験で、はじめて成功したことがあった。あれは別人格の純也が出てきた時だったのか。おかしいとは思ったが、純也の存在なんか知らないので、わたしはやればできる子なんだと勘違いしていた。


「ほら、あそこにアリサがいる」


 ピョンピョンとジャングルジムから下りた純也は、保育園の建物のもも組の部屋に近づいて行った。


「ちょっと!見つかっちゃうじゃない。そんなところに居たら」


「俺たちの姿は、誰にも見えないよ。ほら早く」


 見えないのか。少し安心したわたしは、もも組に近づいた。確かにアリサがいた。子供の頃のわたし。部屋には担任の伊藤先生とふたりだけだった。


「ほらまたご飯粒を一粒一粒食べてる!あっ!またこぼした!下に落ちたご飯粒、後で拾いなさいよ!こぼしちゃ駄目だって言ったでしょ!約束したよね?今度こぼしたら、後ろの押入れの中に入れるって!ほら来なさい!約束破った悪い子はここに入るのよっ!」



「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!ごめんなさい!ごめんなさいーーー!」


 アリサは押入れに入れられてしまった。


「あの先生、今からぶっ殺してくる!」


 わたしはそういうと、もも組の部屋に入ろうとした。


 だけど、純也から腕も掴まれた。


「中に入っても何もできないぞ」


「うわぁぁぁぁぁぁぁーーー。悔しいーー!アリサが可哀想。わたしが可哀想!なんでなんで、あんなことをされなくちゃいけなかったのぉぉぉぉーー!ハッキリと覚えているわ!忘れたことなんてない!許さない!一生許さない!あの先生のこと!そして自分のことも許せない!」


 何故あんなことをされなくてはならなかったのか。そして、あんな目に合わされてしまう自分も憎らしかった。もっとちゃんとできれば、あんな目に合うことはなかったのだから。


「今日はここまでだ。帰るぞ」


 またタイムマシンに乗って暗闇の中に入っていった。だけど、あの押入れの中の暗闇の方が何億倍も怖かったことを思い出した。


「優子が分裂したのは、あの時からだ」


 純也がポツリと呟いた。




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