第22話


 とにかく、早く食べて病院へ行く支度をしなければならないので、洗面所で顔を洗い、食パンを焼いた。


「優子さん、コーヒーは?」


 すっかり食事の支度は自分の役目だと思っている美佐子がわたしに聞いた。


「帰ってから飲むから、今はいらないわ」


 薬を飲むようになってから、コーヒーは朝は飲まないようになったのだ。特に外に出る時はトイレの心配もしなくてはならないので、水分は控えめにしている。


「何処かに出掛けるの?」


 美佐子は、まだ離婚する前のわたしなのだ。離婚後に、病院で多重人格者とわかったので、美佐子は病気のことを知らないのだ。


「うん。ちょっと病院に」


「病院って、どこか悪いの?」


 病気のことをどこまで言っていいものかわからなかった。それに離婚したことも……。


「えっとね、軽いうつ病みたいなものよ。たいしたことはないの」


「えっ?わたし、うつ病になってしまうの?将来。なんだかネットの掲示板でも、うつ病のカテゴリができるくらい増えてきたのよね。それまではうつ病なんて言葉もなかったのに。わたしも掲示板見ながら、自分もなるんじゃないかな〜って思ってたの。やっぱりなってしまったのね。まぁ仕方ないよね、結婚生活にも向いてないんだもの。旦那とは家庭内別居状態だし、優子さんが実家であるここに居るってことは、別れたってことよね?隠さなくていいのよ。わかってたことだから」


(何もかもお見通しというわけね)


「うん。離婚したわ。美佐子さんは今日帰らなくていいの?」


 隠さなくていいと言ったので本当のことを話したけれど、美佐子は一瞬目を閉じ、ため息をついた。


「優子さんが出掛けたら戻るつもり。昨夜のアレで、過去と未来を行き来するコツみたいなものが、みんなわかったのよ。でも、朝ここに居たのは、自分の意思じゃないんだけどね」


「サリーはどうするの?」


「俺は戻らないよ」


 聞くまでもなかったようだ。


「あっ、そうだわ。夕飯はどうすればいいんだろう。みんなまた夕方にはここに戻ってくるのかな?明日の朝は?それによっては、夕飯の材料とか朝の食パンとか買ってこなくちゃいけないんだけど」


 そう言いながらわたしは、焼き上がった食パンにマーガリンを塗り、一口かじった。何の味もしないパンは、喉を通るのを脳が拒否してるように飲み込むことが苦しかった。ジャムを塗れば少しはマシだろうか。


「わからないわ。ここから戻ることはできるけど、過去にいるわたしたちは、ここのことを知らないんだから。戻ってきたいと思うことすらないんだと思うのよ」


 美佐子の言っていることは、よくわかる気がする。わかる気がするけれども、ちっともわからない。


「あぁ、頭がおかしくなりそう。理解ができないわ」


 頭を抱えてうずくまりそうになった。


「理解なんてする必要ないんじゃないかしら。優子さん、昔のことを思い出してみて、過去に未来へ、つまりここに来たことはある?わたしはないわ。他の人もないと思う。でも、わたしたちはここに居ることを、あまり不思議に思わないの。まともな神経ならパニックになるか、発狂してるようなことよね。過去とこことは繋がってはいないんだと思うのよ。過去は過去、ここはここ。わたしたちがここに来たからといって、過去は何にも変わらないのよ。優子さんのいる現在があるのは、わたしたちのいる過去があるからだもの。あまり深く考えないようにしましょうよ。夕方戻るかどうかはわからないけど、食材買っておいてもらえれば、わたしが来たときに作るから」


 美佐子の言う通りだ。深く考えても仕方がない。


「優子ママは何時に帰ってくるんだ〜?俺の昼ごはんが心配なんだけど」


 サリーのようにマイペースで生きていきたい。いや、それもかなり不安だ。


「帰りはお昼過ぎると思う。買い物に行かなきゃいけないし。何か食べたいものある?」


「UFOが食べたいな〜」


 カップ焼きそばのことだ。高校生のとき、大好きでよく食べていた。買い置きしてたのがあるはずだ。


「あぁ、あるよUFO。これでいいの?UFOくらい自分で作れるんでしょ?」


 わたしは収納庫からUFOを持ってきてサリーに見せた。


「作る作る。優子ママより上手だし。優子ママは、お湯を切るときに、麺を半分くらい流しに落としてしまうもんな。任せられねぇ」


「あのね〜今のUFOは、麺がこぼれないように出来てるんですぅ。何でも進化してるんだからね」


 確かに、毎回のようにUFOを作るとき、麺をシンクにこぼしていた。


「じゃあ、行ってきます」


 支度をして、わたしは玄関を出た。


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