第20話
いったい何だったのだ。午前中にいきなり現れて、ドタバタと忙しく動き回されて、夜には全員消えてしまった。
やはり、わたしの幻覚だったのか。
とにかく明日は、精神科の受診とカウンセリングの日だ。カウンセラーに、今日のことを話すべきなのか?到底信じてはもらえないだろう。だけど病気のせいで幻覚を見たのだとすれば、主治医にもカウンセラーにも話さなければならないだろう。
疲れた。身体は疲れているけれど、脳はハイテンションになっているので、きっと眠れないだろう。わたしは睡眠薬を飲み、目覚ましを8時にセットしてから、自分の部屋のベッドに入った。
バタバタバタバタ
ゴトゴトゴトゴト
ガヤガヤガヤガヤ
夢の中で、いろんな音が聞こえていた。その音のせいで、目覚まし時計が鳴る前に目が覚めてしまった。
また上の階の子供が走り回っているのだろうか。何度か管理会社に苦情を伝えたが、部屋の住人に直接伝えることをしない管理会社は、1階の掲示板に注意書きの紙を貼るだけなので、何も解決しない。ゴミのことだってそうだ。分別しましょう、ルールを守りましょうなどと掲示板に載せても、何にも改善されないのである。
それにしても、いつもより音が激しい。睡眠薬のせいで、身体は鉛のように重く、瞼も開かない。脳が動き出すまで時間がかかるのだ。
なんとか上半身だけを起こす。段々と脳も目覚めてきて、わたしはハッとした。マンションの他の階からは、声は聞こえないはずだ。
(家の中に誰かが侵入している?)
泥棒……と思ったところで、昨日のことをようやく思い出した。
(まさか……)
わたしは、気持ちは焦りながらも、素早く動けない身体を引きずるように、ノロノロと部屋のドアノブに手をかけた。
「優子さんおはよう」
ドアを開けると、すぐに美佐子が挨拶をした。
「お、おはよう」
朝の挨拶なんてしている場合ではない。
「どうしたの?みんな昨日消えちゃったのに」
「うん。よくわからないけど、またここにいるのよね。あっ、朝食は食パンで良かったのよね?先に食べててごめんなさいね。早く食べさせないと子供たちが間に合わないから」
子供たちが間に合わないとはなんのことだ。まだ寝ぼけているので、よくわからないが、なんだか昨日の6人とは少し様子が違うような気がするのだ。
「ミサミサ〜俺のパン、もう1枚焼いて〜」
「流石に育ち盛りね〜もう3枚目よ」
ちょっと待て。サリーは何枚食べる気なのだ。ひとり2枚までと言っておけば良かった。いや、それより何故また6人は朝になって再び現れたのだ。考えてもどうせわからないのだけれど、考えるなというのも無理な話だ。
少しずつ、覚醒してくるにつれ、6人の様子がわかってきた。昨日の服装と着ているものが全員変わっているのだ。しかも、眞帆はセーラー服を着ている。
「遅刻する〜!わたしはもう出なくちゃ。また部長に怒られるわ」
そう言ったのは成美だ。部長?ジャスコの部長って誰だっただろうか。成美は昨日より少しだけ大人びて見えた。
「アリサちゃんも桃子ちゃんも眞帆ちゃんも、そろそろ行かないと遅刻するわよ」
美佐子がそう言ったので、わたしはたまらず口を挟んだ。
「ちょっと待ってよ。遅刻遅刻ってなんのこと?」
「なんのことって。アリサちゃんは保育園、桃子ちゃんは小学校、眞帆ちゃんは中学校、成美さんは仕事に行かなくちゃならないでしょ。今日は月曜日だもの」
そうか。月曜日だから、みんな学校や職場へ行くために急いでいるのだ……。などと普通に納得なんか出来るわけがないではないか。
「だからなんで、昨日消えちゃったのに、今朝はわざわざここに現れて、朝ごはん食べて学校に行くのよ。意味がわからないわ」
意味のわからないのは、今に始まったことではないのだけれど。
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