第14話
「カレーできたよ〜。手伝って〜」
笑点が終わった頃、リビングから美佐子の声がした。わたしより美佐子の方が、ママと呼ぶに相応しいのではないのか。とはいえ、ママなどと言っているのはサリーだけなのだが。
わたしは、脚立を使い、押入れの一番上から、シーツやタオルケットなどを出していた。6畳の和室が、進物用の箱とシーツ類でグチャグチャになった。
こっちの方を手伝って欲しいくらいだ。箱を片付けないと、布団を敷くことができないので、空っぽの箱をまた押入れの一番上に押し込んだ。処分するのは後日やればいいのだ。こういうめんどくさいことが一番嫌いだ。
そのうち、処分することなど忘れて、箱はそのまま押入れの中で眠り、何年か後に別の物をしまおうとして、箱の存在に気づき、なおさらめんどくさいことになるに決まっている。そんなことの繰り返しで、わたしは何十年も生きてきたのだ。
「優子ママ早く〜」
サリーの声がした。高所恐怖症のわたしは、脚立の3段目でも足が震える程怖いのだ。慎重に下りてリビングへ行った。
6人は昼間と同じ位置に座っていた。
「うめ〜このカレー。サリー感激〜!ミサミサって料理上手だな〜昼間はソーメンしか食ってねぇから、もう腹ペコで腹ペコで」
サリー感激という言葉に、目を輝かせたのは桃子だ。カレーのCMでヒデキがヒデキ感激〜と言った言葉だ。桃子はヒデキのファンなのだ。
それにしてもサリーは嘘ばかりだ。ピザもたくさん食べたし、ポテトチップスも食べたではないか。サリーの年代の頃は、食べ盛りだったので、わからなくもないが。
それより、美佐子のことをミサミサと、デスノートのミサミサみたいに言っているが、サリーがデスノートなど知るわけがないのだから、たまたまなのだろう。美佐子はミサミサというあだ名に決まったようなので、やはりわたしは、ずっと優子ママと呼ばれることになるのだろう。
7人の中でリーダー格は、サリーということなのだろうか。わたしはもちろん、基本人格だ。主人格は、どうもサリーのようだ。明日はカウンセリングの日なので、その辺のところを聞いてこようと考えている。
「何、このまるこって女の子のマンガ。小さい頃の優子ママソックリじゃん。勉強できなくて、どんくさくて、髪型もオカッパで」
カレーをモグモグと食べながら、サリーがそう言った。うちは昔から食事中もテレビを観ながら食べるのだ。わたしにソックリとか言っているが、7人はみんなわたしではないのか?
サリー以外は、わたしを含めて、みんな気を抜くと緘黙(カンモク)の世界に入り込んでしまう。喋ることを忘れたようになるのだ。自分の殻の中に入ってしまい、自分の世界にいることが一番楽なのだ。喋っているときは、かなり意識して喋っているときなのだ。だから何もないときは、押し黙っている時間が長くなる。
変だ。サリーだけは違う。いつも何か喋っていないと気が済まないという感じだ。
サリーは、高校生の時のわたしだと言っていたが、わたしは高校生の時、少しは変わろうと努力はしたが、人間はそう簡単には変われるものではない。無理をして明るく振舞ったり、自分から話しかけてみたりと努力はしたけれど、サリーみたいな性格にはならなかった。
それに、サリーはショートヘアで男っぽい。わたしはほとんどショートヘアにはしたことがないのだ。サリーは過去のわたしではなく、ハッキリと別人格とわかる、わたし、なのだと思った。
「ちびまる子ちゃんね。わたしもたまに観るけど。確かに子供の頃、こんな感じだったわよね〜。こんなに明るくはなかったけど。確か、さくらももこって名前よ、ほんとは。あっ、桃子ちゃんと同じだわ」
そう言ったのは美佐子だ。途端に、桃子が悲しそうな顔をした。
「ちょっと、発言には気をつけようよ。小さい子がいるんだから。あっ、そうだ桃子ちゃん。まるちゃんのお姉ちゃんがヒデキの大ファンなのよ。お姉ちゃんと同じだね。お姉ちゃん美人だし」
慌ててわたしはフォローをしたが、フォローになっているだろうかと不安になる。何故、自分が自分に、こんな風に気を遣わなくてはならないのだろう。もう、ここから逃げ出してしまおうかと本気で考えた。
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