第4話 今都のバイク店

『本日定休日 御用の方は携帯まで 店主』


 大島サイクルの定休日は日曜と第2・4木曜日。木曜日は休みとは言え役所回りがメインなので実質仕事だ。用事を方付けた後は掃除・洗濯などの家事を済ませる。

店舗裏にある作業場で自分のバイクを触ることも多い。だが、今日は出掛ける事にした。


 大島は愛車を走らせた。中古部品の寄せ集めで作ったゴリラである。一見ノーマルだが黄色ナンバーになっている。このゴリラのエンジンは先代が作った物だ。


 先代が得意だったカブ90改4速セル無しのエンジン。四季を通じてグズらずスムーズに動く。


「エンジンちゃんは今日もご機嫌やね」


 商店街を抜け国道161号線に乗る。国道161号線を真旭で降りて湖周道路を北上する。


「面倒くさいルートや、糞みたいな街やな」


 悪態をつきながら今都町へ入るのはいつもの事だ。


 JR開通以前は大津⇔若狭の交通の要だった今都。往時の栄光にすがり気位は高いが寂れた街。自衛隊の助成金で建てた箱モノが虚しく立ち並ぶ。国道から離れ観光資源も特産品も無い街は田舎暮らしに憧れる移住者の傍若無人により高嶋市のトラブルメーカーと化している。もっとも、昔から住んでいる住民も大概だが。


 最近、修理問い合わせの多い社外製エンジンはこの町のバイク店で積んだらしい。最近の社外製エンジンは一時期よりマシになったらしい。ポイントを押さえればトラブルを回避できるはず。それが出来ないショップとはどんな所か気になる。


「セレブリティ―バイカーズTatani……自分でセレブ言うな」


 どうやら理恵の言っていた店はここらしい。


 派手な店構えだ。ショールームにピカピカのバイクがならべてある。殆どが最新の大型車。外車が多い。隅にモンキー(?)がある。不思議な事にオイルの匂いがしない。


「うちとは大違いや……綺麗な店やな」


『セレブリティ―バイカーズTatani』


 店名だけで嫌な予感がする。意を決して入ってみた。


 長髪を後ろで縛った従業員が近づいてくる。女の子なら可愛い髪型だが眼鏡をかけた細身の兄ちゃんだ。俺は男で髪の毛を伸ばしている奴が大嫌いだ。決して自分の頭の毛が寂しくなりつつあるからではないと言っておこう。


(冷やかしで見積もりでも取るか……)


 そんな事を思っていると店員が怒鳴り始めた。


「ちょっとアンタ!貧乏くさいミニバイクは裏に置いてくれる?!」


 面喰っていると店員はマシンガンの様にしゃべり始めた。


「だいたいこんな格好悪いバイク乗ってるなんて信じられないよ!サスもエンジンも駄目じゃないか。何だ?このスイングアームノーマルじゃない?ロンスイにしなきゃダメ!ドラムブレーキなんてダメっすよ!黒いシリンダー?鉄なんてダメダメ!アルミにしなきゃ!ゴリラならコンプリート車があるよ!そっちにしましょう!」


(こんな商売があるんや……)


 色々な部品に駄目出しをして部品を進めて来るが、この店員の言葉には中身が無い。何故交換が必要か、なぜ駄目なのかの説明が全く無い。駄目を連発するなら逆にこっちも質問してやろう。


「ロンスイ? にすると何が良くなるのですか?」


 店員は驚いた様な馬鹿にしたような顔で答える。


「格好いいじゃないですか! 最高っすよ!」


(ほ~ら、何が良いか悪いかも分からずに言ってる)


 続けて質問する。もうメッキは剥がれだしている。聞かせてもらおうか君の知識を。


「アルミのシリンダーだと何が良くなるのですか?」


 店員が焦り始めた。目が泳いでいる。駄目だこいつは。


「アルミっすよ!ボアアップしたらアルミシリンダーは必須っす!」


 せめて『アルミの放熱性が~』みたいな事ぐらいは言って欲しいな。


 せっかくだから俺のゴリラも見てもらうか。


「これ、どうですかね?」


 知識を披露してくれ店員さん。君のステージだ。


「キャブが小さい!オイルクーラーも付いてないし、ダメっすね。うちでカスタムしてやるよ!格好良くなるよ!エンジンを150ccにしてフルチューンですね。それならいっそコンプリート車ですね。」


 見ても解らないか。仕方ない。説明してやろう。


「このゴリラはノーマルじゃない。フロントは某社のインナーフォークキット。リヤも同じメーカーのショック。エンジンはカブ90のHA02。シリンダーは1㎜ボーリングして純正オーバーサイズピストンの89㏄。キャブがケイヒンPC20 ミッションは4速。カブ90用をベースに強化遠心クラッチや。で、その他エイプ100用メーターとか流用メインで組んである。地味な改造やから解らへんやろう?」


 店員さん……真っ赤になってます(笑)


「うるせ~!貧乏くさいまま乗れ!ウチはセレブの店なんだ。原2なんか来んな!貧乏人!」


 捨て台詞を吐いて店の奥へ行ってしまった。


 この店は修理での来店は少ないようだ。店員とやり取りしている間に誰も来なかった。静まり返った店内は大型バイクがずらりと並ぶ。片隅にモンキー?ゴリラ?小さなバイクが何台か置いてある。


 うちみたいな修理・メンテナンスがメインの店ではない。オイルの匂いがしないバイク店なんて他に知らない。恐らくアフターサービスもへったくれもないだろう。


 この店に用は無い。帰ろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る