大島サイクル営業中

京丁椎

孤独なバイク店店主・大島中

第1話 こちら安曇河町藤樹商店街大島サイクル

 夢を見た。昔の夢だ。場所は行きつけの自転車店、大石サイクル。


「大島はん。買ってこうて欲しいもんが在りますのや」


 大石の爺さんがこの台詞を言う時は何か良い品物が在るときだ。


「何やいな? 毎回毎回高いもんは買えへんで。失業中やのに」


 いつものように返事をすると普段はニコニコ笑顔で話す爺さんが珍しく真剣な顔で答えた。


「この店ですわ」

「店? 店を買えってか? そんな高いもんをポンと買えんわ。それに僕、商売なんか解らへんで」


 戸惑う俺に爺さんは笑いながら話しかけた。


「な~に、商売のやり方ごと売りますわ。大島はんなら大丈夫や……」


◆        ◆        ◆


 大島サイクルの店主、大島 あたるは目を覚ました。


 ここは滋賀県。琵琶湖の西北部、高嶋市安曇河町にある小さな商店街。その商店街の片隅にある自転車とミニバイク修理・販売の店『大島サイクル』 


「夢か、久しぶりに爺さんと会ったなぁ」


 仕事を失い、家族も婚約者も失った俺に先代の店主でありバイクの師匠である大石の爺さんは経営のノウハウを含めた店の一切合財を丸ごと売ってくれた。


 年老いた先代から経営ノウハウごと引き継いだ自転車店。先代店主から言われた「儲かりはせんけど、真面目にやれば食っていけまっせ」を信じてコツコツ続けてきた。


「さてと、朝飯朝飯」


 おかげさまで、 大儲けとは無縁だが喰うには困らない程度の稼ぎはある。商店街の連中は気楽なもので、店を引き継いだ俺を「ああ、これでパンクしても安心やわ」「オイル交換が楽や」などと言って受け入れてくれた。


「今日の朝飯は何にするかなっと……」


 商売を始めてそれなりの年月が過ぎた。幸せではあるけれど全てが順調とは行かない日々。気が付けば厄年を過ぎてしまった。 昔と違い自転車も価値が下がり儲からなくなった。それでも修理は入って来るし、止めるわけにはいかない。店名は『サイクル』だがミニバイク修理もする。下手すればミニバイク修理の方が多いくらいかな?


 その中でもホンダが多い。殆どがスーパーカブ系の『横型エンジン』を積んだミニバイクだ。専門店って訳じゃないけど、工具・作業スペースがホンダ横型エンジンの整備に特化した仕様になっているのだ。おかげで『カブ・モンキーのお店』と呼ばれているらしい。


 店舗裏に在る自宅の新聞受けから新聞を取り出す。商店街の付き合いで取っている新聞に目を通す。


「ほぅ、八月でホンダモンキーが生産終了か」


 ホンダモンキー・スーパーカブ……等々。ホンダ横型エンジンと呼ばれる空冷単気筒エンジンを積んだミニバイクは我が大島サイクルの主力商品として、長年免許取立ての高校生から田畑の見回りをするご老人まで幅広い年代の足代わりに乗られている。


「学生に人気があるんやけどなぁ」


 ウチでは普通の修理以外にもチューニングをする。基本的に純正部品の流用。社外品はどうしても使わなければならない時のみ。高価な社外部品を使っての改造、俗に言う『カスタム』なんて過激な改造とは無縁だ。


 そんなぬるいチューンで良いのかって?


 確かにぬるいと思う。『いまいちパンチが無い』『壊れないけどなぁ』と言われているのも知っている。でも、そんなチューニングだけど、案外求められているらしい。


 そもそも時速六十㎞までしか出してはいけないミニバイクでカリカリのチューンとか耐久性無視の改造なんてどうなんだろう。


「通学途中で壊れたら困るもんねぇ」


 そんな事を言って通い続けてくれる学生も多い。高嶋市には全国でも珍しいバイク通学OKの高校が在る。山岳地帯のある高嶋市。五〇ccでは通学するのに辛いと一二五㏄までの原付二種に乗って良いと校則で決められたのは随分昔の話だ。


 平成初期には平地部の生徒もバイク通学を許可された。この街から通う生徒も自転車代わりに乗っている。


 食うに困らない程度の儲けがあり、多少の蓄えも出来る。仕事の合間にコーヒーを飲むゆとりがある程度の忙しさ。


「さて、今日も頑張るかな」


 大石の爺さんが言っていた「心に余裕がない仕事は続きまへんで」をしみじみと感じながらカブのエンジンをバラし始める。


 高嶋市は雪が積もる。元からの住民は自分で除雪する。だが、この十数年の間に移り住んできた新興住宅の住民はやたらめったらに積雪や路面凍結で市役所にクレームを入れる様だ。道路に大量に塩カルが蒔かれるようになった。その辺りから車体が錆びて買い替えるカブが増えたように思う。


(被害をこうむるのは根っからの地元民ばかりなり……)


 フレームが錆びて乗れなくなったカブを何台廃車にして葬ったことだろう。今思えば貴重な車体が有ったのかもしれない。結局、錆びにくいアルミで出来たエンジンばかりが残った。これを一工夫して売ると良い商売になる。


「これをモンキー用に、これは角目のカブに載せよう」


 そんな事を考えながら作業していると時間が経ち夕方になった。夕焼けの中、ボコボコと排気音が近づいてくる。


 お? 誰か来たみたいだ。


 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は

 全て架空の存在です。実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054884170119/episodes/1177354054884170134


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