最終話 僕と姉は母とまた巡り合う

 母を見送ってからの僕と姉の話をしよう。


 僕はと言えば、16時間の睡眠が必須ではなくなった。15時間ほどで十分になった。時間が経てばこれからもっと短くなっていくかもしれない。そうすれば地獄の弁護人をする動機もなくなってしまうが、そこはそれ。一度請け負ったものは仕方ない。

 僕の寿命が尽きるまで、僕が地獄の弁護人を降りることは無いだろう。もちろん、エン様に愛想をつかされなければの話だが。

 だが――。

「弁護人よ、今日こそ呑まぬか?」

 と、裁定後に甲斐甲斐しく誘ってくる様子から見て、僕がエン様に愛想をつかされることはしばらくなさそうだ。今度一回くらいは呑んであげてもいいかもしれない。睡眠時間も短くなったことだし、ここは地獄だ。最大権力のエン様がこう言っている以上、一度くらい酒を呑んだって誰も文句は言わないだろう。


 姉はと言えば、結婚相手とうまくやっているようだ。

 母を見送ってから3か月後、姉に妊娠が発覚した。妊娠2か月らしい。ふむ、計算もばっちりだが、果たしてこの赤ちゃんはあの母なんだろうか。自分で罰を確定させておきながら、果たして母が魂の浄化から逃れられたのかは分からない。なんといっても今まで誰も成功していないことだから。

 だけど、姉はそんな不安少しだって考えてないようだ。母が戻ってきたと素直に喜んでいる姿は見ていてほほえましい。まあ、真実がどうであったとしても、それを確認する術もないのだからこのままでいいように思う。

 ただし、予想通り姉の自傷行為は減っていないらしい。けれど、姉にも希望があるようで、ことあるごとに僕に語り掛けてくるようになった。

「ほら、私って血と痛みを伴うことで母とのつながりを求めているわけでしょう。だったら、出産すればそのつながりを十分に満足するんじゃないかしら。もしかしたら、自傷行為をしなくたって生きていけるようになるかもしれないわね」

 なるほど、姉らしいポジティブな考えだ。

 僕はそれについてはノーコメント。妊娠や出産は男の僕にとって経験しえないことだ。そんなこと、分かるわけがない。ただ、そうであってほしいなとは思うけれど。


 そして、母を見送ってからほぼ一年が過ぎた。

 どうやら姉の子供、僕にとっての姪が生まれるようだった。

 身内ではあるが、当然旦那ではない僕は分娩室に入ることはできない。唯一の肉親ということで、分娩室の前までは入れさせてもらえたが、何をしていればいいのかよく分からなかった。

 長い長い時間が過ぎた。特に何をするでもなく、ベンチに座ったり、立ち上がったり、ドリンクを飲んだりしながら待っていると、僕のものでも姉のものでも義兄さんのものでもない、甲高い泣き声が聞こえてきた。

 ついに生まれた。僕はじっとしていられなくなって、思わずその場でスクワットをした。すぐに太ももがつりそうになってやめた。我ながら馬鹿なことをしている。

 やがて、助産師に部屋に招き入れられ、姪の姿を拝むことになる。

 うむ、姉にとてもよく似ている。これはきっといい子に育つに違いない。

 僕は言った。

「姉さんおめでとう、母さんだね」

 疲れ切った様子の姉がまぶしそうに笑った。赤子の泣き声が一層甲高くなった気がする。僕は心の底から姉さんと赤子に祝福を送った。

 ――これから、僕たちは幸せに生きていくのだ。あの日の不幸と同じくらい大きな幸せを感じながら。


 ~Fin~

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閻魔大王の良心 汐月夜空 @YozoraShiotsuki

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