第9話 僕は裁定を覆す

「弁護人、何か言うことはあるか?」

 あの日と同じ問いをエン様が僕に向けた。僕は答える。

「ございます。閻魔大王様」

 ぼくの言葉にエン様は目を見開いて言った。「言ってみろ、弁護人」

「では、少しだけ御耳を拝借いたします、閻魔大王様」

 エン様の裁定は予想通り、等活地獄500年だった。この裁定はもう動かない。少なくすることもできないし、過剰にすることもできない。過不足なく等価でなくてはエン様を納得させることはできない。では、どのようにすればよいか。その答えはもう、用意できている。

 昨日、罪人に会って腹積もりは出来た。

 僕は――目の前の罪人に応える。

「閻魔大王様、僕はその罪人に焦熱地獄1か月を求刑いたします」

「ほう、その答えは昨日既に返したと思うが、何か答えを見つけたのか弁護人よ」

「ええ、閻魔大王様、あなたは昨日仰いました。『魂の浄化は絶対である』と。その言葉に嘘はございませんか」

「うむ、相違ない」

 そうやって答えるエン様の目が爛々と輝いているのが分かった。面白がっているのが良く分かる。こっちは心中穏やかじゃないっていうのに。普段は和やかに話す関係だけれど、改めて僕とエン様の立場が対等ではないことを思い知らされる。

「後もう一つ、『過剰な罰に対して得を受け取ることは認められない』とありました。間違いないですか?」

「くどい。確認するまでもなかろう」

 よし、舞台は整った。僕の考えが正しければ、きっと大丈夫だ。

 僕は証人台に居る罪人に目配せをした。罪人は小さく頷く。もう後戻りはできない。

「では、閻魔大王。過剰な罰に対して確実に損を受け取ることならば認められますか?」

「……ほう? 例えばどんな損じゃ?」

「希望を打ち砕かれるという損です」

「希望とな?」

「ええ、また我が子と巡り合えるという希望です」

 昨日の罪人とのやりとりを思い返す。罪人はやはり、姉の言ったように我が子との再会を望んでいた。そのためならばどんな罰も受けるという覚悟もあった。だから、僕はそれを逆手に取ることにした。

「その罪人は死ぬ前に、我が子に別れを告げております。しかし、どうしても人間界で再度巡り合いたいと願っており、この度このような裁定で対応していただけないかと僕に嘆願したのです」

「それはつまり、焦熱地獄で1か月耐え抜き、自我を持ったまま我が子のもとに帰るつもりである、とそういうことか? ふん、そんなこと出来るわけなかろう」

「そうです。閻魔大王様、そんなこと出来るわけないのです。そして、出来るわけないからこそ、それは罪人にとって最大の損となりうる」

 僕が言いたいのはつまりこういうことだ。

 この罪人は焦熱地獄で1か月、過剰な罰を受ける代わりに好きなところに生まれ変わる権利を得たいと願っている。それが実現するならば、罪人にとっては得だ。しかし、エン様はそれを既に否定している。ありえないと断じている。ならば、それは罪人にとって確定した損となる。だから、エン様も受け入れられるギリギリの範囲をかすめることもできるに違いない、と僕は考えたのだ。

 この過剰な罰は、罰を与える側にとって大きなストレスを与えず、罪を受ける側に得を与えないと示すことが出来るはずだと。

「ふむ、罰に罰を重ねるのはどうにもバランスが悪いが、双方にとって損はあるまい。それならば受け入れてもよかろう、よく考えたな弁護人」

 かんらかんらと笑うエン様。僕はほっと胸をなでおろす。意外にエン様の物分かりが良い。なんとかなったか――

「だが、それだけでは覚悟が足りぬじゃろう?」

 その言葉に、僕と罪人がびくりと肩をすくめる。覚悟、と続くということは考えられることは一つだ。

「まさかお主ら、お主らが決めたこの罰がそのまま通るとは思っておるまいな。そこまで儂の判決は甘くはないぞ」

「……」

 部屋の中の誰もが静まりかえり、エン様の言葉を待っている。

「裁定を下す。罪人よ、お主は阿鼻地獄にて1か月の余生を過ごすがよい。その余生を終えたのちにどこに生まれ変わりたいかを問うてやる。どこへなりとも生まれ変わるがよい」

 裁定が下った。結論は最もつらい地獄にて1か月。等価ではないと思うが、それこそが罪人の覚悟に対する過不足の無い罰なのであろう。

 罪人は黒いモヤに包まれたまま、上を向いて感極まったように口を開いた。

「ありがとう、ございます。閻魔大王様。弁護人様」

「なんだと?」

 エン様が驚いた様子を見せるがもう遅い。

「そこまで含めて、予想通りです。閻魔大王様」

 これこそが、僕と罪人が目指した終着点だったのだ。

 ここ以外の終着はきっと望めない。それくらい、十二分に分かっていた。

 分かっていたんだ。

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