第8話 僕はエン様に嘆願する

「カツキ、残念ながらそれはできぬ」

「出来ない?」

 姉と相談した日の夜、早速エン様と相談した結果、このような回答をもらうこととなった。

 肩透かしを食らった気分だった。「なぜできないのですか?」と尋ねると、エン様は答えた。

「それが等価ではないからじゃ。等活地獄の時にも言ったが、地獄にはそれぞれ魂の浄化に必要な最低日数が決まっておる。簡単に言えば、どれだけ下層の地獄に行こう一か月は地獄に居てもらわなければならんのじゃ。仮にその罪人が1か月で人間世界に生まれ変わりたいとするのであれば、最低でも焦熱地獄で1か月過ごさなければならんのじゃが、それは等活地獄の500年よりもずっと重い罰じゃ」

 単純に計算すれば、等活地獄の500年は焦熱地獄の5日に相当する。1か月居るとなれば、単純に6倍重い罰となる。なるほど、確かにそれは等価ではない。

「ですがエン様、罪人が自ら望んで重い罰を受けるならばよいのではないですか?」

「本気で言っておるのか、カツキ。そんなことが許されるわけないじゃろう。例えば人間世界の罪人が、「私はまだ反省出来ておりません。もっと長い間反省させてください」と言って、それが了承されるようなことがあると考えてみよ。その罪が窃盗レベルであったとして、その罪人は終身刑を望んでいるとする。おかしいとは思わぬか?」

「……それは、」

 僕は思わず言葉に詰まった。それは、確かにおかしい。

 何がおかしいか。まず、罪人が過剰な罰を受けるというのは、罰を与える側のストレスにしかならない。終身刑ともなれば収容スペースの件もある。罪人の反省を促すための罰のはずが、正当な罰を受けた後はすでに罪人の自己満足に変わってしまっている。

 それにエン様の言葉を聞いて、僕は社会保障を受けられない人間がわざと罪を犯して刑務所に収監される姿を想像していた。それはもはや、得をするために罪人がわざわざ罪を犯し、罰という名の蜜を吸っているのと同義だ。

 いずれにしても、過剰な罰というのが、罪人にとって得を生むリスクがあるのは間違いない。そうであるならば、例え真摯に反省している様子だったとしても、エン様が罪人に過剰な罰を与えないのは当然の判断だ。

 しかし、そうなると話は難しくなる。どうすればあの罪人の願いはかなえられるのだろうか。

「エン様、例えば罪人が過剰な罰を依頼してきて、その過剰だった分に対応する得を受け取るとしたらどうでしょうか?」

「論外じゃ。カツキ、己も自分で分かっておるのじゃろう? 罪人が得を得ることなどあってはならぬ。たとえ過剰な罰であったとして、自分で選択する以上自業自得であるし、そもそも儂はその罰の選択を許さぬ。話は以上か、カツキよ。儂は忙しいのじゃ」

 そう言って立ち去ろうとするエン様に、僕は最後に一つだけ質問をぶつける。

「――エン様、魂の浄化とは絶対なのでしょうか」

「当然じゃ。何人たりとも魂の浄化を免れることは出来ぬ」

 その答えが聞ければ十分だ。僕はエン様が立ち去るのを見送った。

 裁定が下るのは明日。もう裁定が下るまでエン様とプライベートで話すことは無いだろう。

 あとは最後に、あの罪人と話が出来れば問題ない。

 僕は自らの眠気に時間が無いことを感じながら、罪人との面会場所に向かった。

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