ECHO-彼方へ-

若生竜夜

ad astra per aspera

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私たちはいつの日にか直面している課題を解決し、銀河文明の交友に加わることを望みます。このレコードは、私たちの希望、私たちの決意、私たちの友好を、広大で畏怖を起こさせる宇宙に向けて示すものです。

(1977年6月29日 アメリカ合衆国大統領 ジミー・カーター)



       *   *   *



 そこに、いますか。誰か、そこに。

 そこに、いるのでしょう、あなたたちは。

 届いていますか、私たちに、届いたように。

 届きましたか、あなたたちに。

 長い時をかけて、星の海を渡り、私たちに届いたボトルメール。あの円盤レコード、あなたたちが刻んだ、ボトルメール。希望を、決意を、友好を、私たちは受け取った。

 伝言を載せた船がたどり着いた時、私たちは間近に迫る滅亡と向かい合っていました。悠久の時に肥大し、かつてはいつくしんだはずの子らを呑みこまんとするちちルカス。ルカスがとうてきする高温にさらされて、私たちの世界は崩壊の拍を刻んでいた。

 愛しい故郷、私たちを育んだ青く美しいははハイハリカの海水温は上昇し、地上は蒸気に包まれていました。熱湯と化した海と荒れ狂う嵐を避け、私たちは生き伸びるべく地下へと逃れましたが、合成供給される酸素も、人口を維持する食料も十全には程遠く、生きとして生きるものたち全てが危機に瀕していた。

 長距離惑星間飛行。居住可能惑星への集団居住地コロニーの建設、移住は当然のごとく試みられました。最後の希望である宇宙への脱出を可能とせんと、科学者が、技術者たちが、国が、民が、余裕のあるものが、余裕のないものも、全ての人々が協力し合った。

 けれど遅い。遅すぎた。何もかもが、手遅れだった。航宙技術の開発、それは酷く差し迫った状況であったにもかかわらず、遅々として進まなかったのです。

 資源が不足していた。技術者も、技術そのものも、乾いた笑いすら漏れぬほどに足りなかった。私たちの科学はようやく立ち上がり歩み始めたばかりで、若過ぎ、多数の生物を宇宙へと送りだすのには、未熟過ぎたのです。

 私たちは苦悩しました。決断の時が近づいていた。資源も、人も、先細るばかり。状況は坂を転がるように悪化する一方で、いかな猶予もありません。私たちは、ハイハリカの現生人類は、文明は、ようらんからようやく抜け出し、おぼつかぬ足取りで一歩を踏み出したばかりの幼さで、破壊される。滅亡しようとしているのです。どうしようもなく、完膚なきまでに、ルカスの暴威によって、ひとかけらも残らず消滅する。それが、間もなく私たちにもたらされる、結末であるのです……。

 全てが絶望に沈もうとした時、衛星軌道上に浮かぶ宇宙基地が捕捉しました。ボトルメールを収めた円盤レコードを載せ、彼方宇宙からたどり着いた探査船を。私たち以外に、知的生命体が存在する証しを。

 なんという幸運!

 なんという興奮!

 そして、なんという、

 悲しみ。

 たとえようもない、……悲しみ。

 私たちは、孤独ではない。私たちは、この広大な宇宙にひとつきりの、知性ある生命体ではないとわかった。なのに、それが。このような時。このような、終末においてだとは!

 激しい憤りと、深い悲しみと、その二つを呑みこんだ希求が、熱狂となって、いままでにない強さで、私たちを衝き動かしました。

 私たちは、決断した。

 母なるハイハリカと共に、我々が消えることはもはや避けられない。それがやむをえぬこと、確定事項、運命とでもいうものなら、粛々と受け入れよう。されど、私たちがいた証し、せめてもの痕跡は、残して逝きたい。誰かへ、この広い宇宙の果てに存在する知性ある種族へ。この円盤レコードを送り来た者たちへ、私たちは確かに存在していたのだと、届けよう。何万年何億年かかろうとも。

 私たちは円盤レコードを分析し、同様の、再生可能な、彼方へと送る記録を作成しました。私たちがついぞ見ることのかなわぬまま、思いはせるだけの、はるけき宇宙を目指す船。小さな、一人乗りよりもまだ小さな宇宙船に載せて、今度は私たちのボトルメールを送り出したのです。

 そこに、いますか。あなたたちは、そこに。

 そこに、いてくれるのでしょう、あなたたちは、まだ。

 届いていますか、私たちに、届いたように。

 届きましたか、あなたたちに。

 未だ見ぬ、あなたたちに。


         *


 全ての解読が終わった瞬間、その場に立ち会っていた者たちの口から、一斉に深いため息が漏れた。

 七百十二時間前に第二地球と第三地球のコロニーを結ぶ定期ネットワーク航船シップが拾い上げた漂着物は、かつて地球アースと呼ばれていたソル恒星系オールド三惑星テラホーム製の外惑星探査船に酷似していた。

 「タイムカプセル!」「失われたソル恒星系オールド三惑星テラホームからの時を超えた贈り物!」

 初めセンセーショナルに踊った見出しは、解析によりすぐに否定されたが、代わりに公表された事実は、より大きな衝撃と興奮を人々の上にもたらした。

 ――探査船とその内部に収められていた円盤レコードは、地球テラ発生人類ノーツとは別種の知的生命体により作成されたものである。それも、かつて地球から送られた、ボトルメールへの返答として。

『我々は孤独ではない。我々は、この広大な宇宙に偶然に発生した、ただ一つの知的生命体ではない。どこかに必ず、別の進化を遂げてきた、我々と意思を疎通できる知的生命体が存在するはずだ。』

 先人達が長い時間をかけ、いく度も心折られながらも、いくつもの惑星に入植し生活するようになったこの時代まで探し続けてきた回答が、ついに手に入ったのである。

 しかし。

 ただちに調べられた座標上には、既に惑星はなく。

 解読した円盤レコードは、恒星に呑みこまれた人々の、いわば遺言であったと。同じように孤独ではなかったと歓喜した者たちの、最後の記録。せめて誰かの想像の中によみがえることを願う、残響であると。

『そこに、いてくれるのでしょう、あなたたちは、まだ。』

 繰り返し、ため息に沿うように、円盤レコードは伝える。

 解読者たちの耳には、その、鳥のさえずりのような、哀しいまでにうつくしく激しい願いだけが、まるで今発せられたばかりのもののように、いく度も流れ込むのだった。



      *   *   *



――私たちが全ての宇宙から立ち去った後も、あなた方の中に私たちが生き続けることを願っています。

(1977年 アメリカ合衆国大統領 ジミー・カーター Voyager Golden Record収録文より)





End

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