第五十話 進むべき道
冬を迎えた国道をカブで走っていた。
ホルダーに装着したスマホの表示で、気温がかなり低いことがわかったが、ウインドシールドと防寒装備で体に冷気が当たらないようにコントロールしているので、寒いという感覚は特に無い。
周囲を走る車に混じってカブで巡航していると、自分が周りの人たちと対等の存在になったことを感じる。
公道の上では、未成年だから女子学生だからといって保護や手加減をしてくれる物が何も無い。バイクという不安定で無防備な移動機械に乗っていればなおさらの事。
小熊はヘルメットのバイザー越しに前方を、続いて左右のミラーで後方を一瞥して思う。
前を走る営業車に乗っている会社員らしき男性や、後ろを走る大型スクーターに乗っている女性、彼らの中に、今自分が乗っている機械を一度バラバラにして組み立て直すことが出来る人間がどれくらい居るんだろうか。小熊の頬が少し緩む。
前車の減速に合わせてエンジンブレーキをかけた時、チェーンがカバーに当たる音が聞こえた。きっと最近換えたチェーンが、新品のチェーンによくある初期伸びを起こしたんだろう。明日の午後にでも調整し、ついでにブレーキや足回りの消耗部品を点検しようと思った。
どういじってやろうと思っているうちに気分が高揚してくる。
少し前までは不安を抱きながら行い、しばしば挫折していたカブの整備も、休日や放課後に過ごす楽しみな時間の一つになっていた。次はどんなふうに困らせてくれるのか、きっとカブはまた今まで経験したことの無いものを見せてくれるだろう。
国道を走る小熊の前方に、高速道路の導入路に繋がる分岐が見えてきた。ブロック修正で高回転までよく回り、平地ではいとも簡単にスピードメーターを振り切るとはいえ、登録上は原付二種のスーパーカブには自動車専用道路を走ることが出来ない。
でも、それは未来において変わるかもしれない。事実ハンターカブに乗っている礼子は、どこかから150ccエンジンを手に入れてきて、高速を走れる普通二輪として登録することを目論んでいるらしい。
どこにでも行ける、どこまでも行ける。スーパーカブに乗っていれば、小熊は望んだ場所まで行くことが出来る。どこに行こうかと考えているだけで、楽しくってたまらない、どこも行く場所が無くとも、ただどこへ行こうか考えながら走っているだけで幸せになれる、スーパーカブが小熊を、どこでも自分の行きたいところに行こうとする人間にしてくれた。
スーパーカブは小熊の誇り。
(終)
スーパーカブ3 トネ コーケン @akaza
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます