第八話 サンドウイッチとパイ


 椎が小熊と礼子に会ってもらいたいと言った彼女の妹、慧海えみという少女は、昼のサンドウイッチ・パーティーには少々不向きな格好をしていた。

 袖を短く切ったスウェットシャツの上から、ポケットのたくさん付いたメッシュ地のベストを着ていて、下に履いているミリタリーパンツも前後左右に加え、両方の腿にまでポケットがついている。

 それだけでは飽き足らないのか、腰に巻かれた幅広のベルトにはいくつかのポーチが付いていた。

 皆が靴を履いている店内スペース。彼女はジャングルブーツと言われる革とキャンバス布の複合素材で作られた編み上げ靴。このブーツの片足分だけで、姉の椎が身に着けてる物全てより重いだろう。


 ポケットに囲まれた少女は、姉に手を引かれて、イートインスペースのテーブルを三つくっつけた食卓の中心に招かれた。

「慧海ちゃん、それはこっち」

 お気に入りのぬいぐるみを取り上げられるような表情をした慧海はイヤがる反応を見せたが、姉の椎が両手を腰に当て、たぶん本人は迫力あると思ってる顔でむむむと睨んでいるのを見て、渋々といった感じでベストとベルトを外し、自分の座る席のすぐ後ろにあるテーブルに置く。

 中に何が入っているのか、謎の金属音を発てるベストが、後ろに手を伸ばせばすぐに届く位置にあることを確かめて安心したらしき慧海は、席に落ち着く。


 横に立っていても、椅子に座った慧海と目線の高さが大して変わらない椎が、ひとつ咳払いしながら言う。

「慧海ちゃん、ご飯の前に立ってご挨拶」

 得体の知れないベストを脱ぎ、さらに細身な印象の増した慧海は、立ち上がって軽く頭を下げる。

「こんちは」

 ぶっきらぼうすぎる挨拶に何か言おうとした椎は、座った拍子に慧海の腹がグゥと鳴ったのを聞き、肩をすくめて小熊の隣に着席する。

 パン屋より都内の商社勤めのほうが長かったという椎の父が、皆に両手を広げて言った。

「どうぞ好きなだけ食べてくれ」

 小熊と礼子は頭を下げ「いただきます」と言って、パイとサンドイッチに手を伸ばした。

 

 小熊はベーコンとレタス、トマトのサンドウイッチをほお張った。いつもながら椎の両親が作る料理は美味で、凝った料理の苦手な小熊にも安心できる味だった。

 ホールホイートと呼ばれる全粒粉のパンで分厚い具を挟んだサンドウイッチは、店には出していないらしい。確かに耳がついたままのアメリカンスタイルなホットサンドは、売り物にするには歯応えがありすぎるだろう。中のベーコンもそこらのスーパーで売っている、添加物で柔らかく紙のように薄く、ひと噛みで飲み込めそうな代物ではなく、固いが噛むほどに肉汁が口中に広がる。

 普段の粗食のせいか丈夫になった歯とアゴに感謝しながら、小熊はサンドウイッチに意識を集中させた。

 向かいで黙々とローストビーフサンドを食べている椎の妹をできるだけ見ないようにした。不快というより扱いがわからない。


 横でメインディッシュからデザートという流れを無視してチェリーパイを貪っていた礼子は、フロリダのライムの果汁と練乳の反応熱でパイを焼く、ホームメイドでしか作れない本格的なキーライムパイに手を伸ばしている。

 席上の話題は、主にテーブルに並べられた料理についての話だった。慧海という少女については姉の椎が簡単に紹介しただけで、それ以降は特に話す様子も無い。本人の慧海は目の前に並べられたサンドイッチを、肉の厚い順から食べているような感じで、会話に加わる様子は無い。

 喋り好きらしき椎の母が会話を主導してくれたおかげで、すっかりアメリカ南部のガンボ料理に詳しくなった頃、小熊はサンドイッチを食べる作業を中断させた。

 椎の妹で高校の新入生だという慧海。これから自分たちと関わることが多くなるであろう相手のことを何も知らないようでは、良好な関係は望めないと思った小熊が、思い切って彼女のパーソナルな部分について聞いてみようと思い、コーヒーを一口飲んだところで、礼子がひき肉とチリソースを詰めたプエルトリコ風のミートパイを食べながら、向かいに座る慧海の横に置かれた、ポケットのたくさんついたベストを指差した。

「それ、何が入ってるの?」

 そう、それを聞きたかった。

 

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