第12話 7日目

「うん!完璧!」

「そ、そうかなあ……」

いまいち自信が持てないまま、それでも姿見の前でくるりと回ってみる。

パステルグリーンのワンピースに白いベルト。バッグとショートブーツ、ふわふわしたファーのジャケットはベージュで揃えて。

「変じゃない……?」

「変!?あたしの渾身のコーデが…変?」

「あ、ううん!違うよ!椎奈ちゃんのコーディネートじゃなくて、やっぱり私、こういうの似合わないんじゃないかな……」

「なーに言ってんの!宇宙一可愛いってば!」

バーンと背中に太鼓判を押される。

「菜月はもっと、自分に自信を持って!2年でクラス分かれちゃったら、チャンスなんてもう無いかもしれないんだよ?せっかく2人で練った作戦なんだから、今日こそは、ちゃんと西原に好きって伝えるんだぞ!」




嘘だよな……嘘だと言ってくれ………。

忘れていたが、確かに多賀さんからも映画に誘われていた。

待ち合わせの映画館の前で、約束の10分前に着いたにもかかわらず既に待っていた多賀さんと落ち合い、渡されたチケットを見て、固まった。

――昨日、安奈と観たのと同じ映画。

なんだ?この映画、そんなに流行ってるのか?そんなに面白いのか?

2日続けて違う女の子と同じ映画を観に来るって、どんだけ物好きなんだ。

せめてもの救いは、昨日は上映中ずっと寝てしまったから内容は全然分からないって事か。


「どうかした?もしかしてこういう映画、苦手だった?」

チケットを見つめたまま固まっていた僕を、心配そうに多賀さんが覗き込む。

そんな事ないよ、とあわてて否定し、買った飲み物を手に席を探す。

中央寄りだが少し前気味の席に着きながら、多賀さんが申し訳なさそうな顔をする。

「あんまりいい席じゃなくてごめんね」

「多賀さん、気ィ遣いすぎ」

思わず苦笑してしまう。人望もあるし、見た目だって中身だって感じがいいのに、なぜか彼女はいつも自信なさげだ。

「誘ってくれただけで嬉しいんだからさ。映画、楽しも?」

その言葉に、多賀さんの頬がふわわっと赤くなる。

こういうところが可愛いと、男子からはけっこう人気があるのだ。



安奈には悪いが、今回は眠らずに映画を堪能した。内容は……まあ女子の好きそうなラブコメディか。やたら登場人物が多くて同時進行で話が進むので、どの人がどういう設定だったのか微妙によく分からなかったが、強引なハッピーエンドでめでたしめでたし、という感じだ。

映画館の出入り口の前で、思い切り伸びをする。

映画館から出て明るい雑踏に混じる時の、別世界から日常に戻る感じはキライじゃない。

「どうする?ちょっとお茶しよっか?」

「う、うん」

あまりこの辺りを知らないという多賀さんを、深く考えずに昨日安奈と一緒に行ったカフェに連れていったが、なんとなく店員が、“昨日も来たよね?別の女の子と”という目で見ているような気がするのは考えすぎだろうか?


1年同じクラスだったけど、話題は文化祭に偏った。まあ僕と多賀さんが直で関わったのがそれくらいだったのだから、仕方がない。


カップも空になり、そろそろお開きという雰囲気になった頃、少しの沈黙の後、多賀さんが思い切ったように口を開いた。

「西原くん、憶えてる?文化祭の準備で石動くんたちがモメた時の事」

「え?ああ、あったね。でもそのおかげであの後団結したっぽくなかった?」

「そう、でね、あの時、西原くんはただ取り成してその場を収めるだけじゃなく、今度からはどうしたらいいか、今度からはこうしようよって、一人だけ”次”の事を考えてたの。それが凄いなって思って。頼もしくて、眩しくて。私、西原くんが一緒だったから実行委員も頑張れたんだよ。だから……」

“だから”?

思わず姿勢を正す。その先はまさか――

「もし、2年になってクラス分かれちゃっても、その、よかったら私と……」

真っ赤な多賀さんを前に、こちらまでそれが伝染する。ヤバイ、変な汗かいてきた。これは、世に言う―――

「……仲良くしてください!」

「―――……はい?」

な、仲良く?……生まれて初めて告られるのかと思った。

がっかりしたようなホッとしたような自分でも判断できない心持ちで、曖昧な笑顔を浮かべる。

「う、うん、もちろん。これからもヨロシク」




「そっか~~やっぱダメだったか~~」

ファミレスで待機していた椎奈ちゃんと落ち合い、報告すると、親友の心の底からのガッカリの声に申し訳なく思う。

「ごめんね。3学期中もずっと応援して背中押してくれて、今日の服の買い物とかも付き合ってくれて、いろいろ考えてくれたのに」

「うーん、こんなに可愛い子に映画に誘われても気付かないとか、西原アイツ、朴念仁が過ぎるんじゃね?じゃなきゃ、松添とデキてるって噂が本当か」

「それはないと思うけど……」

落ち込む私を、軽口で笑わせてくれようとしてくれる。でも西原くんが”これから松添くんと遊びに行く”って言ってた事は黙っておこう。


「よし、こうなったらヤケ食いだ!なんでも奢ったげるから、頼みなさい!で、食べたら近くの神社にお参りに行こう!!」

「お参り?」

「同じクラスになれるように、さ」

「あ、ありがとう~~。いい友達を持てた事を神様に感謝する~~」

「こらこら、違うでしょ」

照れくさそうに笑いながら、椎奈ちゃんがよしよしと頭を撫でてくれる。

親友の優しさに涙が出そうになる。それに甘えてばかりの自分が情けない。


1週間ぶりに会った西原くんは、びっくりするくらい大人びていて、今日は絶対に気持ちを伝えるって毎日言い聞かせていたはずなのに、どうしても出来なかった。

なんだかとても自分が子供っぽく、浮ついているように思えて、言い出せなかったんだ。

そういえば西原くん、今アルバイトしてるって言ってたな……。やっぱり、大人の中で働いたりして世界とか視野が広くなると、あんな風に大人っぽくなれるのかな……。

「バイト、してみようかな……」

「ん?メニュー決まった?マイトってどれ?」

つい口から洩れた呟きが、椎奈ちゃんに聞こえてしまった。上の空で眺めていたメニューの開いていたページから、慌てて適当に選ぶ。

「あ、えっとじゃあ、ミートソースのドリアにしようかな」

「じゃああたし、この4種のチーズピザにするから、シェアしよ」

「うん!」

もう少し、私も成長してから。そうしたら今度はちゃんと伝えよう。




「はあ?昨日今日と別々の女の子とデートだったあ?誰が笑えん冗談を言えと言った」

「いや、デートとは一言も言ってない」

18時に合流した松添にこの2日の事を話すと、意訳された上にキレられた。


松添は1番仲のいい同級生で、親友というか悪友だ。

変わり者で有名なわりにモテるらしいが、女の子にあまり興味はなく今はこうして友達と遊ぶ方が楽しいのだそうだ。

ジャズが好きで、時々CDを貸してくれたり、こうしてイベントに誘ってくれたりする。


松添のお兄さんがバイトしているというカフェは、通りから奥まった隠れ家的な立地で、重厚感のある深い色の木材を多用したインテリアが大人向けの店という感じだった。何も知らずに高校生が入るには、少々敷居が高い。

大学生だというお兄さんは、ギャルソンの恰好がよく似合う落ち着いた感じの人で、騒がしいわけではないのに何となく目を引かれる雰囲気が、松添と兄弟なんだなあと納得させられた。

ジャズイベントのせいか日曜日だからか店内は結構盛況で、テーブル席は埋まっていた為、カウンター席に2人並んで陣取る。


「……どんな映画が好きか?」

ジンジャーエールのグラスを置くと、氷がカロンと優しい音を立てる。

「そう」

「そうだなあ。ま、強いて言うなら、血沸き肉躍り――」

「お、冒険ものか?」

「骨は折れ、内臓は飛び散り――」

ん?

「――ヘッドショットで終わるゾンビもの?」

「………………」


なんとなく映画の話を振り、なんで急に、と問われて2日続けて同じ映画を観る羽目になった事を話したのだが――。

「安奈ちゃんって、あのスッゲー可愛い娘だろ」

前に家に遊びに来た時に、松添は安奈に会ったことがあるのだ。

「まあ可愛い方だとは思うけど」

「お~ま~え~~」

なぜかヘッドロックをかけられ制裁を加えられる。

「痛たたたたっ、やめろバカ!ギブギブ!」

「ったく、あんまり近くに居過ぎると、かえって分からないもんなのか?」

松添はあっさり技を解くと、僕の鼻先にビシッと人差し指を突き付けた。

「断言してやろう。お前は絶対に、その鈍さで女の子を傷つける」

「う……」

その言葉に少しドキリとする。頭をよぎったのは不機嫌そうにうつむいた昨日の安奈の顔。

まぁ、確かにそうかもしれない、が。

「人を指差すんじゃない」

松添の手を払いのける。

こいつは他人に干渉しないくせ、妙に人の機微に敏感なのだ。

「お?心当たりアリか?」

にやにやと笑いながら肩に腕をかけてくる。

「まあいいや。悩め悩め、若者よ!!」

「年寄りか、お前は!」



まったく、変なヤツだよな、西原は。

追加オーダーしたジンジャーエールにレモンを絞りながら、つくづく思う。


まず1人称が”僕”なところからして、今時あまりいない。

最初は、気弱なのか、そういうキャラを演出している自分に酔ったヤツかのどちらかだと思ったが、そのどちらでもない事は親しくなるにつれ分かっていった。

”まあまあの規模”と謙遜していたが、継ぐ予定の会社があり、こんな歳から――いやたぶん子供の頃から――社会に出て働く事を常に意識しているからこそ、こうなったのだろうと思う。社会人になった時、上司や取引先を相手に”俺”は使えない。でも学校で”私”や”自分”は不自然すぎる。そんな立場や将来に折り合いをつけた1人称が”僕”なんだろう。


人当たりが良くて、でもただ周りに流されるだけではない芯があり、軽く天然で、根っこが真面目な事は、少し話しただけですぐに分かる。目立つタイプではないが、なんとなく人好きし、なんとなく人が集まる。

あまり親しい友人を作らない性分だったが、信用できる相手に壁を作る趣味もない。

「なあ松添、このビーフシチュー頼んでもいいかな。デザートは……お、このアップルパイ美味そう!あ~でもこっちの……」

いや、”重く天然”か……。



ううううううあぁぁぁぁううううあぁううう。

20時を回る頃、空気にお酒と煙草の匂いが濃く混じり、さすがに高校生のいづらい雰囲気になってくる。が、今の僕はそれどころではなかった。少し前から、店を満たす心地良いジャズも耳に入らない。

「なに悶絶してんだ、お前。トイレなら行ってこいよ、そろそろ兄貴に追い出されそうだから」

呆れたような松添のそばを、後ろのテーブル席から女の人が化粧室に立った。

「もう我慢できん!行ってくる!!」

「お、おう」



奥まった化粧室までの通路に鏡が貼られ、映る自分の胸元を少し開く。

つい先ほど友人たちに見せびらかした、彼氏からもらったネックレスを確かめて、微笑んだ。

”わあ、高そう””可愛~い””いいなー、優しい彼氏がいて”と口々に期待通りの賞賛をもらい、満足感に浸っていると、後ろから来た若い男の子に「あの……」と声をかけられた。確かカウンターに座っていた子だ。背が高くて、顔も悪くない。少し頬が赤いようだ。

昨日は彼氏がプレゼントをくれたし、今日はこんなイケメンくんに声をかけられるなんて、あたし、最近”乗ってる”かも。

「なんですか?」

ちょっと冷たかったかな?でも、誰にでも笑顔を振りまく安い女に見られるのはゴメンだ。

その子はあたしの胸元を見てから、顔を寄せてきた。

高校生くらいの男の子に壁ドン!?

なにこれ?私、モテ期到来!?知らない間にフェロモン出しちゃってた!?

まあ、ちょっとくらいなら構ってあげても、いいかな……。

イケメンくんが口を開く。

「PGとGPは、まったく違うものです!!」



「――”K18GP”って刻印が入ってるから、ピンクゴールドだよ”なんて言葉、よく堂々と言えましたね?」

「は、はあ……」

「いいですか?刻印が”PG”となっていれば、それはピンクゴールドの略!文字通りピンク味を帯びたゴールド、”金製品”です」

「はあ……」

「GPはゴールドプレーテッドの略!”プレート”はメッキの事です!GPは主に真鍮などの合金にゴールド”メッキ”をしたもので、まったく金は含みません!地金としての価値はありません!」

「はい……」

「そもそも、なんですか!?人からもらったプレゼントを、”いくらくらいに見える?”とか、”飽きたら高く売れるかな”とか!」

「す、すみません……」

「あなたは、くれた人の”喜んでほしい”っていう気持ちとか、選んでくれるのに悩んだ時間を、お金で測るんですか!?」

「いえ、その……すみません……」

なんであたし、高校生の男の子に怒られてるんだろう…………。



「……あれ、いつ店を出たんだっけ?」

いつの間にか駅のベンチに座らされ、松添に渡された冷たい水を一口飲むと、急に夢から覚めたように頭がはっきりする。

そういえば女の人に説教をしている途中で、松添に引きずられるように店を出たような気がする。

「もしかして、松添になんか迷惑かけた……?」

「そんな事ないけど、まあ俺も見に行ってよかったわ。なんかお前、様子がおかしかったし」

「いや、後ろのテーブルの女子会の会話がどうしても聞き流せなくて……」

「それな。こっちもあの人が席を立ってから、しきりに、調子に”乗ってる”って悪口言ってたよ。それにしても……」

松添が何とも言えない目で僕を見る。

「なんだよ」

「お前、将来あんま酒飲まない方がいいわ。空気だけで酔っ払いやがって」

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