第14話

戦闘が終わり、俺は女騎士の元に戻った。

女騎士の枕がわりに敷いたカバンを優しく引き抜き、代わりにカバンから外套を取り出し頭の下に敷いた。


カバンにベルトをしまう。

これで大丈夫。ベルトは見られたくないからな。


俺は次に吹き飛んでいったジンの安否の確認をしに行く。

木にぶつかって止まっていたジンの鎧はひゃげている。

頭部から血も流れている。


たが、息はある。脳震盪を起こして気を失っているだけだ。骨折くらいはしているだろうが、それでも無事だ。


「おい、目を覚ませ」


そう言ってぺちぺちと頬を叩いた。

僅かな呻き声と共に覚醒した。


「ん、俺はどうして‥‥。モンスターはどうした?隊長は?他の仲間は?」


おっと口調を直さねえと。


「モンスターは倒しました。隊長の騎士様は無事です。ですが、残りのお二人は‥‥」


俺の言葉から何があったのかを察したジンは短く、そうかと呟いた。


ジンは立ち上がろうとしてふらついたので手を貸そうとしたが、払われた。プライドの高い男だ。まだ体が痛い筈なのに。


そうして頭部が無くなった仲間の死体とレッドグリズリーの死骸を確認すると、何か言いたそうな目で俺を見る。


だが、何も言わずに女騎士の元に向かった。


「隊長、シルビア隊長!」


女騎士の名前はシルビアらしい。俺もそう名乗られたことを思い出した。


シルビアの方はすぐに目を覚まし、ジンから事の顛末を聞いている。動揺はなかった。シルビアは2人の騎士が死ぬのを見ていたからな。


シルビアに報告し終えたジンは、俺の側まで来て胸倉を掴んだ。


「貴様!これだけの実力がありながら何故隠していた。最初から貴様も戦いに加わっていたらこんなことには‥」


最後の言葉は、紡がれなかった。


確かに俺は我が身可愛さに出し惜しみした。

変身を見られることを恐れて退がった。

言い訳は色々思いつく。

でも、黙っていた。


そこにシルビアからの助け舟が入る。


「よせ!先に退がれと言ったのは私だ。私達の連携に彼が入ることで調子を崩すと判断したからだ。お前は気絶していたから知らないだろうが、彼の警告を無視してあの2人はモンスターに斬りかかり命を落とした。それに‥‥」


シルビアは最後に、悲しそうに付け足した。


「何よりも彼は私達の命の恩人だろう。敗北した私達に責める資格はない」


ジンはその言葉にハッとして自分を恥じる様に唇を噛んでいる。


俺は居た堪れなくなり、謝罪しようとする。

その気配を察したのか、シルビアは俺に話した。


「君も謝ってくれるなよ。彼らは己の職務を全うしたのだ。それに対して謝罪とは、侮辱であり思い上がりだ。私達、騎士の命まで背負おうなどとしてくれるな」


日本人として生きて来た俺には初めて触れる価値観だ。

これが騎士なのか。


その意思に感じるものがあり、俺は言葉を変えることにした。


「あのお二人は最後まで諦めずに戦われました。騎士に相応しい立派な最後でした」


「ああ、そうとも。私の部下は素晴らしい騎士だった」


シルビアは強がる様に笑った。

それを聞いていたジンも


「すまなかった。一番に気絶していた俺がどうこう言う資格などない。命を救ってもらったこと、感謝する」


「私も礼を言おう。ありがとう」


俺は彼女らの感謝を受け取った。


(駄目だな、俺って奴は)


《仕方のないことだよ。君の体のこと、なんて説明するつもりだい?仮に正体を明かすにしても信用できる相手じゃなきゃ駄目だよ》


ルビーの言うこともわかる。

仮に最初から正体を明かしていれば間違いなく警戒されただろうし、下手すれば捕まっていたかもしれない。


でも、自分に何か出来たんじゃないかと思わずにはいられなかった。


《ダイヤ、君は神様にでもなるつもりなの?そう言うのちょっと腹が立つよ》


(ルビー‥)


ルビーは続ける。


《あの騎士達は戦士だ。ダイヤと一緒で人を守っているんだよ。実力に差があってもその心は変わらない。シルビアって人も言ってたでしょ。思い上がりだって》


(それと侮辱だってか‥)


《そう。だから君がすることは彼らの死に報いること。これから彼らが守っていったであろう命を君が守るんだ。死を背負うんじゃない、その思いを背負うんだ》



そうだな。きっとそれが正しいんだ。

俺もそれはわかる。

でも、

我が身可愛さに出し惜しみするような男に正義を成せるかという思いも捨てきれなかった。



(ルビー、次に似たような状況になったら俺は躊躇わないよ)


《‥‥そのせいで疑われて捕まって。傷つけられたら?》


(その時はさ、逃げちまおう)


ルビーは笑って、


《そうだね、逃げちゃおう》


そう、返してくれた。







その後、俺たちは死んだ騎士の遺体を回収して馬にくくりつけた。ついでに大きい方のレッドグリズリーの頭部も回収するそうだ。小さい方は討伐の証明部位として片耳だけ切り落とした。


なんでも大きいこいつはこの森の主で、懸賞金もかけられてるそうだ。お金は全て譲ると言われたが、俺はきっちり5当分にして欲しいと頼んだ。


命懸けで戦ったのは全員なのだから当然だ。

最初は渋られたが納得してもらった。


城塞都市まで戻ると俺たちの姿を見て門番はたいそう驚いている。すぐに騎士団の詰所まで人をやると出ていった。詰所から数人の騎士が来て彼らに死体の処理を任せて、俺を含めた事情聴取が行われた。


詰所で俺はどうやってレッドグリズリーを倒したのか聞かれた。

俺は身体強化を使い、素手で倒したと伝えた。

血で汚れていた服がその話を後押しする。


だが、ならどうやって頭部を切断したのか?と聞かれた時は咄嗟に手刀でと答えてしまった。巫山戯るなと怒られたが、シルビアが庇ってくれた。

俺に詰め寄る騎士がたじろぐ。

どうもシルビアの方が立場が上らしい。


一通りの説明を終えると一応は納得された。

まぁ、俺が騎士に何かしたわけじゃないから当然か。

また何かあったら来てくれ、と言われその日は返される。



帰り際にシルビアから話がしたいと食事に誘われた。

だが、今日はもう夜の探索に備えて眠らなければならない。


俺は丁重にお断りしてその場を後にする。


組合に戻ると血まみれの俺に受付嬢がギョッとするが依頼達成の手続きを行ってくれた。どうやら事情聴取の間に騎士団の人が報告してくれたらしい。

ありがたい、これで今夜も宿に泊まれる。朝になってからだけど。


(ルビー、残存魔力は?)


《七割ってところ。出力を上げてから一気に全体量が増えてるよ。例え夜に戦闘になっても大丈夫。でも、心の休憩は必要だよ。ドゥルーが来るまで寝よう》



帰り道、商店街で新しい服を購入。

毎日買っている、とんだお洒落ボーイである。

俺はさらにいつかの干し肉サンドを購入し、宿に戻った。それをすぐに胃に押し込んでベッドにダイブする。



(おやすみ)


食べてすぐに寝るのは健康に良くないが、今はただ休みたかった。








「おい、起きろ!」


誰かが俺の頭を叩いた。

いてえじゃねえか。


「んがっ!」


「寝ぼけるのもやめろ、早く起きて支度しろ」


薄ぼんやりとした視界にドゥルーがいる。

初めてあった時のように外套と口周りを隠している。


もう夜か。


「お前、今夜は悪魔のアジトに乗り込むんだぞ。それなのに騎士共と何遊んでやがる」


俺は頭を掻きながら返す。


「仕方ねえだろ、借りた金返す為に働いてたんだよ。ってなんで騎士の依頼を受けて立って知ってんだ?」


「協力者の動向くらい把握している。それにお前血塗れで帰って来たから目立ってんだよ」


呆れたように言うドゥルー。


(俺以外の組合員だって返り血ぐらい浴びて来るだろ)


《まぁ、普段着で行って帰って来るのはダイヤぐらいだよ》


ああ、そういうことか。納得だ。

悪目立ちしてるな。でも装備なんて要らねえし、何より金がねえ。


しばらく考えて出した結論はまぁ、いいやっていう諦めである。


俺は両頬を叩いて気合を入れ直す。

こっからは悪魔退治だ。それも何のハイブリッド体かも分かんねえ。


ドゥルーが扉付近で急かす。


「行くぞ、早くしろ」


俺はベルトを事前に巻いて行くことにした。

外套を羽織り、準備完了だ。

夜だし、大丈夫だろう。





ドゥルーと共に宿を後にした俺は、彼女の先導の元、アヒルの如く追従する。

時間はもう深夜。人の往来が途切れた道を歩く。


「昨日のうちに庶民街の目ぼしい場所は調べた。だが、どこにもいない。なら答えはひとつ、貴族街だ」


「この都市の貴族が犯人だとでも言いたいのか?」


「いや、あそこは貴族じゃなくても住めるんだ。金さえあればな。だから今夜は貴族街で魔力の残滓が濃い場所を探る」


貴族街か、そう言えば騎士連中が警備を強化してるって話を聞いていた。素直に入れるだろうか。


俺たちは薄暗い路地に入り、壁を蹴って屋上に上がった。

こっちから行った方が早いし、見つかりにくい。


屋根から屋根へと飛ぶのは好きだ。

なんかマンガみたいで気持ちいいから。


俺たちはそうして貴族街の入口付近で隠れている。

この都市は段々畑みたいに街が分かれてるから貴族街に入るにはまた、門を潜るらなければならない。


だが、今夜は門番がいる。

さて、どうするか。


「お前、壁を登れるか?」


「はぁ?」


ドゥルーは少し不機嫌そうに続けた。


「俺は登れる、だから壁を越えて行く。お前も何か考えてついてこい」


そういうや否や、門番が見えないところまで来ると

ドゥルーは爪を伸ばして壁に突き刺しながら登り始めた。


(マジかよ)


《丸投げでほっていかれたね。どうする?》


俺はどうしよっか。


(ルビー、ベルトから武器だけ出せるか)


《一応、でも変身しないと威力も出ないよ》


(いや、威力は関係ない。ドゥルーを見習って俺も登る。だから短剣を二本出して欲しいんだ)


《もっとスマートな方法はないの、まぁ出すけどさ》


そう言ってベルトの円形結晶から柄が生える。

引き抜くと刃渡り30センチほどの短剣になった。

さらに続けてもう一本。


《一応強度はそこそこあるから大丈夫だと思うけど気をつけてね》


俺もドゥルーに続いてロッククライミングを始めた。

腕の力だけで登らなければならないがこの短剣はよく刺さる。おまけに身体強化された筋力は容易くその自重を支える。


(無茶に思えたけどこれが一番の正解だな)


上を見上げるとドゥルーがすいすい登っている。

猫か、いやトラだったなあいつ。


ちなみにズボンだ、だからパンツは見えねえぞ。

誤解すんなよ。


《誰に言ってるの?》


(‥もちろんルビーだ。当たり前だろ)


壁の上に今は見回りの騎士もいない。

それを確認して登りきった。

先に来ていたドゥルーは感心したように言った。


「ホントについて来れるとはな」


「どういう意味だ」


「なに、お前は正面きって門を潜るのかと思っただけだ。存外、応用が利く力だな」


この野郎ぉ。野郎じゃねえけど。


「おい、この貴族街のどこに隠れ家があるかわかんのか?」


そう言うとドゥルーは貴族街を見回して、


「分かる、俺の鼻ならな。だが、俺も変身しないとな」


そう言ってすぐにドゥルーがうずくまって喘ぐ。

俺は何事かと顔を覗き込むと‥猫のような髭が左右3本ずつ生えていた。


おまけに尻の辺りで服が膨らんでやがる。

尻尾か、尻尾なのか。


それを凝視する俺にドゥルーは


「ジロジロ見るんじゃねぇ!俺はお前と違って初期型のハイブリッド体だから変身も中途半端なんだよ。文句あんのか?」


そんな猫、じゃなくて可愛いトラ耳と髭、さらに尻尾で言われてもどう返せばいいんだ。


文句があるとすればだ。


「お前、耳と尻尾を隠してんじゃねえぞ。そこが見えなきゃ意味ねえだろうが。猫耳キャラ舐めてんのか?ちゃんと語尾にもニャをつけろ」


「俺はトラだ。ひ弱な猫と一緒にすんな。だいたいお前の言うことはさっぱりわかんねえ」


なんて説明すればいいんだ。

俺は頭の中を整理して答えた。


「お前のハイブリッド体としての姿はな、俺の故郷じゃ一種の男の理想像なんだよ。だが、それには耳も髭も尻尾も隠しちゃ意味がねえんだ。ついでに語尾にニャをつければ完璧だ。3歩歩くたびに男が寄ってくるぞ」


こいつみたいに獣人っぽい奴なら友達になるのも楽しそうだ。何せ日本人初の異世界渡航者だからな、俺は。


あぁ、ホントに敵じゃなきゃな。ハイブリッド体との出会いもすげえワクワクするのに。


意識を思考の海から戻すとなんだかドゥルーがモジモジしてる。なんだこいつ、小便でも我慢してんのか?

すると意を決したようにドゥルーが問いかけて来た。


「お前、男の理想って‥俺を口説いてんのか?これから悪魔と戦おうって時に」


「ばっ、ちげえよ。あくまで一部、一部の人だよ」


俺はこのモジモジ女の誤解を食い気味で解いた。


めんどくせえ。

けど、よく考えたらこいつも女なんだよな。

それが体を切り刻まれて、モンスターを混ぜられて‥。

ちょっとだけ優しくしよう。ちょっとだけ。



「とにかくだ、そのご自慢の鼻で早く悪魔を探してくれ」


「わかっている、お前がふざけているせいだろう」


月明かりが街を照らす。

その中にぽつぽつと小さな光が点在している。

あれが見回りの騎士だろうか。


貴族街をぐるりと囲む城壁の上から俺たちはそれを見ていた。


「いくぞ、ついてこい」


そう言って先に飛び降りるドゥルー。

俺はそれを追いかけた。


落下の風圧を感じながら、俺はふざけた気分を取り払う。


こっからは命懸けだ。

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