⑤
霧崎を含めた四人は、ドクターを先頭に進んだ。向かう先はハッキリしていた。
カードキーをスキャンし、大きなスライドドアが開いた。
そこは翔機の格納庫だった。
ドクターが端末のスイッチを入れてあかりをつけたが、やはり何もない。
当然だ、兵士たちは既に飛び立ったのだから。
「見ていなさい」
ドクターは、再び手元にある端末を操作する。
すると、大きな音とともに、目の前の空間に、地下から何かがせり上がってくる。
固唾を呑んで見守っていると、『それ』は姿をあらわした。
「こいつは……」
小夜子もまた目を丸くした。
あらわれたのは、翔機――のようにも見える。
しかし、何かが決定的に異なる威容だった。
シルエットは円錐形ではなく、旧式の戦闘機のそれに近かった。
薄いボディに、後部のエンジン。
さらに、両脇から広げているようにも見える二対の翼。
翔機から、先祖返りしたような姿。
だが、小夜子たちの目を惹いたのは、その部分ではなかった。
機体の色彩は、『翼竜』によく似た、くすんだ銀色。
そして何より、機体の先端に、『頭部』のような部位が見える。
「これは……」
「レイ。お前が地上に叩き落とした『棘翼竜』の残骸を回収し、そのデータを利用し、全く新しい翔機を作り上げた。いわばハイブリットだ」
ドクターはレイの方を向いて、静かに言った。
「これが、お前の新しい機体だよ」
「俺の……?」
「そうだ。お前は他の兵士達とは違う。状況に対し、柔軟な対応を見せる。それこそが、この暴れ馬の乗り手に相応しい条件なのだ」
ずずん、ずずん。天井がゆれる。
今この瞬間にも、同胞たちが――血を流している。
「俺が、これに乗るっていうのか」
「そうだ。これまでの翔機の性能を遥かに上回る。こいつを使えば、奴らを撃退することも可能かもしれん。そうなれば、講話の道も見えてくる……兵士たちが、生きながらえる道もな」
レイが、唾を飲んだ。
拳を握り、自身の影を見つめる。
空は揺れ続けている。雪は降り続いている。
無限に、堆積していく。
冬が終わる頃には、何もかもを覆い隠しているだろう。
「貴方は……っ!」
霧崎が動き、ドクターを問い詰める。
「一体どういうつもりだ」
「私はただ、レイに可能性を見出しているだけだ。その行き着く果てを、見てみたい。それだけのことだとも」
「……っ」
霧崎が、ドクターから荒々しく離れる。
小夜子は、ただ待った。レイの言葉を。
彼は今、戦っていた。
その内側に無限の葛藤が積み重なっているのが分かった。
『兵士』ではなく、『レイ』という存在が、小夜子を通して生み出されたことによる葛藤。
ドクターの言葉に従って戦うことは、ゼロをそれ以上にすることにはなるだろう。
しかし、あまりにも危険な賭けであることには違いはない。
そこに、レイ自身が、挑む事ができるかどうか。
――大丈夫。私も、選ぶ。貴方が選ぶなら、私も。
喉の奥が乾いて、頭がガンガン痛かった。
それでも小夜子は待った。
拳を握った。強く、強く強く。
彼もそうしていたから、自分もそうした。
まだ拭いきれていなかったレイの血が、指の間からぼたぼたと溢れる気がした。
いつしか小夜子の内側から時間が消え去って、全ての音が遠ざかっていった。
霧崎が端末から何かを聞き取って、絶句していた。
街の被害状況を知らせる声であったように聞こえた。
強く、想像する。
空の上で、炎の華が噴き上がり、墜落した命が、街を赤々と照らすさまを。
翼竜が翼を広げ、憎しみの牙で、無垢な兵士たちを屠る姿を……その痛みを。
やがて、その目眩のような感覚に水を掛けるように、レイが口を開いた。
「残ってる……『兵士』達は。出撃しなかった、俺の同胞達は」
「フロアに居る。そこでモニターを通して戦いを見ている。二時間後に、全ての機能を停止して自壊する――奴らに、『兵士』たちの機密を渡すわけにはいかない。そうだろう、霧崎くん」
ひどくあっさりと告げられた事実に対して、霧崎は重々しく頷いた。
「俺は……」
◇
灰色のフロアは今、混乱に陥っていた。
診察を受けたレイが覗き込んでいたあの場所だ。
「どうなってるんだ、音楽が聞こえないぞ」
「みんな乱れてる、全然戦えてないじゃないか、ああっ、また一機」
残された兵士たち――六十人ほど――は、フロアに掲げられた巨大なスクリーンを見ながらざわついている。
同胞たちの戦い。そこに統率はなく、戦いは明らかにイレギュラーな状態。
その喧騒のなか、一人のナンバーが、立ちすくむ彼らの中で座り込んでいた。
「あれ、俺、震えてる……なんで。何が怖い」
彼は両手を見つめながら首をふる。
「こんなの、知らない……俺どうしちまったんだ、身体が変だ、なんだこれ、なんだ……」
ずしん、ずしん。
遠くからの戦いの轟音が伝わり、反響する。
「もう、我慢できない!」
兵士の一人……ナンバー四十が、集団のなかで叫んだ。
「俺たちにも出来ることがあるはずだ、見ているだけじゃない。ここを出て助けよう!」
他のナンバーは互いに顔を見合わせる。
「そうだ」
「ここで何も出来ないよりは、そのほうがいいよな」
やがて、彼の檄は全体に波及し、互いを鼓舞するように叫びあった。
「そうだ! 俺たちも行くんだ!」
「同胞たちのためにっ」
叫びが広がり、地鳴りのように重なり合う。
しゃがみこんでいた一人はその様子をきょろきょろ見回して、自分がどうすべきかを考えていた……。
「みんな、落ち着け!」
その時、一喝する声。ナンバー六が、スクリーンの前に躍り出た。
皆は叫ぶのをやめて、水を打ったように静かになる。
それを受けてから、ナンバー六は皆の前で、続ける。
「混乱しているのは分かる。悔しくてたまらないってことも」
声を聞きながら、互いを見合わせてうなずきあう兵士たち。
「その時はどうだった。信じてたら、音楽が流れただろう」
そこに、疑問の声が上がる。
「だけど、今は全然流れてない。不安なんだ」
「そうだ、あんなんじゃ、戦えないよ。女神が居ないんじゃ俺たちは弱い」
不安が広がっていく。
そう、いま、戦いの中に音楽はなかった。
いつも自分たちを鼓舞し、時には自分たちを優しく包んでくれるはずの音楽が存在しなかった。
それは胸をざわつかせて、落ち着かない気持ちにさせる。
それらを受けて頷いて、声は続けた。
「そうだよな。こわい。不安。そうだろう。だけどな、皆。それは、皆ひとりひとりのものじゃない――お互いを見ろ。右にいるやつ、左にいるやつ、それぞれを」
同胞の声に従って、彼らはそうした。
互いをじっと見つめ合って、その姿を確認する。
「おんなじ顔だ。みんなおなじなんだ。俺たちは皆ひとつだ。だから、全部ひとつにしてしまえばいい。そうだろう」
息を呑む音がいくつかの場所で聞こえる。声は続ける。
「だからみんな、手をつなぐんだ。お互いに、今ここで」
遠慮がちに、少しずつ広がるように、兵士たちは、そっくりなお互いの手を取り合う。
その後力をこめて、握り合う。
「そう、そうだ。そしてただみんなで、信じるんだ。何も疑問に思う必要はない。俺たちはいつだって勝ってきた。だから俺たちもそうだ。ただ見守ろう……そうすれば、きっと」
言葉はそこで途切れて、考える時間が与えられる。
やがて。
「ああ、そうだ」
「そうだ、俺たちはひとつだ。何も怖くない」
「そうだ、怖くないぞ」
……それらの声が、集団の中で上がり始める。
全体に、拡散した。
彼らは互いの手から互いの存在を感じ取りながら、吠えた。叫んだ。
声によって鼓舞された彼らの戦意が膨れ上がりはじめる。
「……」
しゃがみこんでいた者も、遠慮がちに立ち上がり、周囲を見た。
そして彼もまた――再び興った熱狂の中に入り込んでいく。
もう、恐怖はない。
祝祭のように互いをアジテートする彼らの背後で、戦いは続いている……。
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