第4話 ch4

「ご自身のことで相談があるとかで」言葉を濁した若い女性を気遣い、事務所には自分一人と電話でアポイントを取ったお客の二人だけにさせた。助手に早めの休憩と新聞の買い出しを求めた。

 いわれるがまま、澤村はコーヒーを運ぶと相談者の指示に従った。レコーダーのテープの交換は終えておくべきだった、間に合わせに電話機のテープを代用する。音声を録音して欲しいのだそう、訴えるための証拠ではないらしい。可能であれば、録音しテープはダビングしてコピーを一つ手元に欲しいと言う。

 あいにくここにはダビングできる機械がない、裏の電気屋にならおいているかもしれません。

 立ち上がった女性を座らせた。皴を避けて腰に沿わせた両掌、斜めの膝がテーブルの奥で顔を出す。

「うちの者に頼みます」今すぐにでも、女性は顔を突き出したが、澤村はタバコに火をつけるしぐさで呼吸を整えさせた。煙が立ち上り、気を逸らす。まとまりのない話ほど、時間を無駄に使う。

 何事も準備が肝心ですよ、澤村は二人の刑事へ視線を送った。水たまりに跳ねる日は雲のベールをすり抜ける、かろうじて昼間、午前10時にも似た外の気配。

 とうとうと、女性の口の動きを目で追った。声と内容だけに集中していた。引きずり込む眼差しは目を合わせると、そちらの世界の住人になりかねない。以前気持ちに変調を来した相談者に考え方を塗り替えられそうになったことがある。コーヒーカップが割れる音で正気に戻れた。僕を試した、または呪いのように後ろ向きな考え方をこちらへ移した、と捉えていた。それからは、力を持つ目を避けて軽薄な人物であることを事前に、身のこなしや態度で相談に訪れる人たちへ伝える。そっぽを向き、足を組んで、差し入れや食事をしていようと、である。

 ある人物の名前が登場したところで、澤村は女性と目を合わせた。かすかな駆動音が無音に空間の気配を込める。

「いつからです?アイラ・クズミさんのファンになったのは」

「きっかけは雨の野外ライブ。伝説の幕開けです」紅潮した頬、頬骨が高く移る。

「お好きなようですけど、彼女の魅力は?」麻薬やアルコールのように禁断症状を備える威力があの人の曲に籠るとは、脳内で再生すれば解決することでは、澤村は脚を組み直す。

 鼻で笑われた。人が変わった、みたいだ。口元に手首からつながる指先がだらりと重なる。艶っぽく、およそ20代前半の女性には思えない仕草だった。

 人格をいつくか所有する人だろうかと思いましたさ、澤村は相談者が帰ったあと、S市内と近郊4市町の心療内科、精神科をあたっていた。伝手やコネを頼りにである、患者の情報は無断で公開してはならない。けれど、病院の不手際によって脱走した患者を見つけた、ノイローゼ気味に陥る患者家族の異常を知らせた、精神科医の個人的な依頼を特別報酬で受け付けたとしたら、灰皿に吸い殻を増やす。


「OUTERはサンドウィッチを手に五日月を眺めるリバーサイド。愛しい人は移り気にいっそ過去より早く。想い船に乗り込むも気の迷い、between A to B、雪虫と10月に出合ってこんにちわ」

「アイラさんの曲、曲名のタイトル!」咽た若い刑事に傍らで、鋭く見通す女性刑事の目が光った。

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