第47話 科学部、雷に打たれる!

「そろそろあたしマジでヤバい」

「んー? どうしたー?」

「なんかお腹がどんよりと重い。これは数日中に来る」

「え、まさか」


 そのまさかである。彼らがここで暮らし始めてから三週間が経過しようとしている。つまり、姐御の生理が来てしまうのだ。


「本当にカイメンを使う事になるとは思わなかったわ」

「そうか、もう三週間経ちましたか。そろそろ桜子さん二号先輩の婚約者のエージェントも来そうですね」

「どうやって来る気か知らないけどねー」

「今日辺りどうにかなんないっすかね?」


 空を見上げれば、鉛色の雲が立ち込め、今にも降り出しそうではある。が、雷が鳴っているわけではない。前回のように『ただ雨に濡れただけ』というのは何としても避けたい。


「どうですか、二号先輩。この空は来そうですか?」

「来るねー。この感じだと十分後くらいに始まるかなー。でもねー、来る時が雷だったからと言って、帰りもそれで行けるとは限らないからねー」

「でもこのまま手をこまねいて見てるわけにいかないでしょ、あたし明日辺りマジでヤバいから。これで雷スタートしなかったら、教授に金盥の上で雷乞いの舞を踊って貰うからね!」

「また僕が人身御供ですか」

「とにかく支度しましょうよ」


 そこに遠くの空で雷鳴が轟くのが聞こえてきた。


「始まったねー。サクッと教授に仕切って貰おうかー」

「了解」


 ぽつぽつと雨が当たり始める。これを逃したら次回はいつになる事やら。


「全員衣服を着用してください。金太のズボンと二号先輩のシャツがまだ干したままです」

「オイラが取って来るー」

「金太、鉄板と金盥と日傘を外に出せ。出すだけで立てるな。姐御先輩は僕のリュックの中身を確認してください」

「おっけー、資料を忘れるわけにはいかないわね」


 金太と二号が出て行ったところで、教授は二本の銛をシダの繊維でつなぎ合わせる。

 雨がだんだん本降りになって来た。二号の天気予報は、今まで外れた試しがない。なにしろ彼は、勉強の片手間に趣味で気象予報士の資格まで取ったくらいだ。とにかくいろいろ規格外な部長である。小っちゃいけど。143cmだけど。

 金太のズボンとアカントーデスの一夜干しを持った二号が、シャツを羽織りながら戻って来る。


「姐御、これも持って行こうよー。貴重な資料だよー」

「おっけー。カイメンも入れとく」


 近くで雷鳴が聞こえ始める。これはいい感じだ。前回と同じような雰囲気である。


「我々も外へ。姐御先輩、リュックは僕が持ちます」

「この銛どうするの?」

「ここに雷を誘導するんです」

「オイラが持って行くー」


 雨はだんだん激しくなり、砂浜の真ん中に金盥と鉄板を準備している金太に容赦なく叩きつけるように降って来る。


「金太、ズボン持ってきたよー。まず穿いてー」

「銛をセットします。いつ落ちるかわかりませんから、みんな伏せていてください。なるべく近くに来て」


 教授はひっきりなしの雷鳴と本降りになってきた雨の中、銛を天に向けて突き立てる。銛が倒れないよう、金太が足元で盛り土をしている側で、二号が鉄板と日傘で更に支える。

 近くのシダ樹林の中に雷が落ちたらしい。いつも水場にしていた辺りに火の手が上がっている。


「ねえ、雷落ちて欲しいけど、本当に落ちたらあたしたちヤバくない?」

「死ぬときは一緒ですよ、先輩」

「来るときは雷だったしねー」


 凄まじい閃光に、姐御が盛大な悲鳴を上げながら金太にしがみつく。恐らく、金太の今までの人生で最もラッキーな瞬間であろう。どさくさに紛れて金太は姐御を自分の懐に入れている。もうこのまま抱きしめちゃえよ。


「これでまた帰り損ねたら、水場ヤバいよねー。あれ、燃えてるのいつもの場所だよねー」

「その時はまたその時ですね。何度でもチャレンジしましょう」


 ずぶ濡れになりながらもやや余裕があるのは、前回バスタブをひっくり返したような雨だったのに対して、今回は然程酷い雨ではないからであろう。

 だが、雷自体は前回よりも派手に鳴りまくっている。これはちょっと期待できそうだ。


「もういいから、とっとと雷落ちちゃってよー。いつまでもずぶ濡れ嫌だし! 生理始まっちゃうじゃないのよー! 仕事しろ、雷神!」

「姐御先輩、もし無事に戻れたら、俺と付き合ってくれますか」

「どさくさに紛れて何を言ってるんだお前は」


 全くだ。そういう安易な恋愛と安易な異世界転生と安易なチートと安易なハーレムは許さん!


「後半全然関係ないと思いますが……」

「もう付き合ってあげるからとにかく生理始まる前に現代に帰らせて!」


 えええええーっ! 作者無視すんなお前ー!


「マジすか! 絶対今の忘れないでくださいよ!」

「背に腹は代えられないのよ! 使い慣れた夜用超ロング40cm羽根つきタイプがいいの!」

「あ、二号先輩、そこにシーちゃんが!」

「えっ?」


 シームリアのシーちゃんが嬉しそうに二号の方に向かってノタノタと歩いて来るではないか。


「あーっ、シーちゃんダメ、こっち来ちゃダメー!」


 その時、大地を揺るがすほどの轟音とともに、目の眩むような閃光が辺りを支配した。


***


「おい、今の落雷、科学部スペースじゃね?」

「うん。あの辺だった」


 つい今しがたの落雷で慌てて地面に伏せた運動部の連中が、恐る恐る体を起こす。陽が射しているというのに一体どこから雷が落ちたのか。


「大丈夫かな、今日何かやってたよな」

「見に行く?」

「うん」


 勇気のある野球部有志数名が、校内でも魔境と噂されるあの『科学部スペース』を覗きに行く。とは言え、とてもカノジョには見せられないようなへっぴり腰ではあるが。


「おい、誰もいねーぞ」

「でも確かに居たって。二階堂と梨香りかの声がしてたもん」

「おーい、二階堂! 二階堂いないかー?」

「ここだよー」


 背後からの声に振り返ると、そこには落ち武者の如くボロボロに薄汚れた科学部のメンバーが。


「まさか、二階堂、死ん……」

「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏、成仏してくれ」

「死んでないわよ。いいからちょっとあんたのスマホ貸して」

「へ?」


 姐御は有無を言わさずに野球部男子のスマホを奪い取り、教授に見せる。教授はと言えば、いつものように謎リュックから取り出したノートに何かを書き込んでいる。


「7月12日16時13分、時間の経過が確認できませんね。これは出発時刻にそのまま帰還したと考えるべきでしょう」

「いや、俺のスマホ――」

「ごめん、ちょっと借りるわー。オイラたちのは電池切れなんだよねー」

「は?」


 野球部にはまったく事情が呑み込めない。これだけの情報で呑み込めたら逆に凄いけど。


「あーもしもしー、大地だけどー。学校の裏門に車一台回してくれるー? 完全隔離型コンテナでそのまま第二研究所生物科学ラボに格納。……うんそだねー、滅菌室と有機物収集システムの準備ー。あとは帰ってから指示するー」


 電話を終えた二号は、スマホを貸してくれた(奪い取った)野球部員に笑顔でそれを返却した。空恐ろしい台詞とともに。


「……はい、スマホありがとー、助かったー。あ、それアルコール消毒しといてねー、未知の細菌ついてるかもー」

「なっ……ちょ、何それ!」

「てか、その二階堂が抱いてるそのでっかいトカゲ、一体何!」


 もう彼らには他の部の連中など目に入っていない。科学部はいつどんな時でも未来だけを見つめているのである。


「こっちは1秒も経過してなかったのね」

「そだねー。オイラたちの肉体だけが3週間分長く生きた計算になるねー」


 こちら側でも雨が降り始めた。心なしかシーちゃんが嬉しそうである。古生代でも現代でも、両生類の性質は変わらない。


「で、これからどうするの?」

「コードネーム決めたじゃないすか。俺、白虎・天野」

「そーじゃなくて」

「とにかくうちの研究所に一旦移動して、シーちゃんを保護してから考えよー」

「とりあえず、姐御先輩は今から俺のカノジョっすね」

「は? 何寝ぼけたこと言ってんの、このオカメミジンコは!」

「えっ? 約束したじゃないすか!」

「黙れウチワヒゲムシ」


 科学部は何処に居てもやっぱり平和である。





 おしまい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

科学部! 如月芳美 @kisaragi_yoshimi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ