0976から1000

0976


「いらっしゃいませー

「アイスコーヒーのSをひとつ下さい

「はいお客様

「なんですかこれって重いな

「これをあの台に置くので一緒に運んであと飾り付けも手伝っ

「もう少し普通の客として扱ってくれませんかね

「でもお客様だけお客様扱いするのも

「客なんだよ! てかみんなこんな扱いなのかよ!


0977


「いらっしゃいませー

「アイスコーヒーの

「お客様はコンビニを渡り歩いてコーヒーを集める働きバチですね

「渡り歩いてはいないけどね

「そんな! ではこの店のコーヒーばかり採取されているのですか!

「まあそうだね

「体についた花粉を他の店に運ぶのがお客様の役目なのに!

「だからコンビニはいつの間にか増えているのか


0978


「いらっしゃいませー

「アイスコーヒーのSをひとつ下さい

「お客様は神様ですか?

「違うよ

「では仏様ですか?

「悟っても死んでもいないよ

「では何様のおつもりですか?

「その言い方だとちょっと意味が変わる気がするけどあなたが初めに言ったお客様で

「お客様気取りですか!

「ああそうだよ!


0979


「ませー

「アイスコーヒーのSをひとつ下さい

「ただいま!

「急にどした?

「コーヒーをお買い上げのお客様に!

「に?

「なんと抽選で!

「ああそういう

「高級車が当たる!

「思い切ったね

「ような気がする!

「ん?

「気分になる!

「えっ、こっちが!?

「薬を!

「薬物!?

「投与します!

「断言すんのかーい!


0980


「いらっしゃいませー

「アイスコーヒーのSを下さい

「雨ですね

「ですね

「お客様が蝶なら私は雨です。上からひたすら翅を打ち、アスファルトの地面に磔にします。そしてあなたは溜まっていく私の愛に満たされながら溺れ死ぬのです

「えーと、なに?

「今のをコップの中に再現しましたー

「虫を入れるな!


0981


「いらっしゃいませー

「何故ここにいる?

「アイスコーヒーのSでよろしいですね

「人の家の前で何をしている?

「昨日お客様がご来店なさらなかったので……来ちゃった

「買えば帰る?

「もちろん私も暇ではないので

「嘘つけ

「では100円です

「ああはい

「コップですー

「……あーとつまり……コーヒーは店かよ!


0982


「ませー

「アイスコーヒーのSをひとつ下さい

「コップですー

「はい

「こちらのコップを20個集めて当店にお持ちいただくとコーヒーが1杯無料になりますよー

「多いな。そういうのってシールとかスタンプカードとかで

「そんなことをしたら集めやすくなってしまうではないですかー

「わざとなのかよ


0983


「いらっしゃいませー

「アイスコーヒーのSをひとつ下さい

「コップですー

「はい

「それとこちらバレンタインデーのプレゼントですー

「真夏ですよ

「紙コップ用のスリーブを作ってみましたー

「なんだか見覚えのある柄ですね

「当店カラーですのでー

「店長の着ている制服、左腕の袖がないんですが


0984


「いらっしゃいませー

「アイスコーヒーのSをひとつ下さい

「お客様はこちらの印キャンペーンをご存知ですか?

「しるし?

「10個集めるとコーヒーが1杯無料になります

「そういうのは面倒で

「そこですよお客様。今回はコーヒーを飲むと印がお客様の肌に浮き上がるようにしたので

「飲めねえよ


「このキャンペーンは5日前から始まっておりますのでもう既にお客様の体にはいくつかの印があるはずです

「そんなものどこにも……あった

「ほらやっぱり

「これ消えないんだけどどうやって消すの?

「10個集めてコーヒーと交換すれば消えます

「とんでもないことするね



「仰る通り不評なのでこのキャンペーンも今日までで

「集められなくなるよね

「でもまだ間に合いますので

「これ今、何個集まっているのか分からないんだけど

「裸になっていただければ自分では見えないお尻の谷間も開いて調べて差し上げますよ

「他に手はないの?

「ここに手を置くとこの液晶に印の数が表示されます

「なら脱がそうとすんな



「お客様の印は現在5つで今ひとつ買いましたので後4つコーヒーを買って飲めば消せますね

「なら後4つ下さい

「ホットとアイスどっちがいいですか?

「もうどっちでも……ふたつずつ下さい

「冷やしたり温めたり忙しいお客様ですね

「誰のせいだよ

「お腹がたぷたぷになりますね

「おかげさまでね!



「5杯も飲むなんてお客様は本当にコーヒーが好きなのですね

「好きで飲んでいるわけじゃないよ

「カフェラテにして味を変えることもできたのに

「そういうことは先に言って

「ひと口飲めば印が表れるってことも先に言った方が良かったですか?

「そうだね! できれば最後の1杯を飲み終える前にね!



「では印も10個集まったようなので早速ここに手を置いて下さいませー

「はい

「これで印は消えましたのでご確認下さいませ

「ああ……消えてる。良かった

「ではこちらが印と交換致しましたコーヒーですが味にも飽きたと思いますので特別にカフェラテに致しました

「そりゃどうも



「……飲まないのですか?

「飲まねえよ! また始まっちゃうだろ!


0985


「ませー

「アイスコーヒーのSを下さい

「こちらのコーヒーくじは一番下の賞がアイスコーヒーで当たれば100円でカフェラテや抹茶ラテが手に入りますよー

「では1枚引いてみます

「どうぞー

「これどこをめくるの?

「ここをペラっと。おおー、コーヒーコーラが当たりましたねー

「外れてない?


0986


「いらっしゃいませー

「アイスコーヒーのSをひとつ下さい

「でもこの必勝攻略ガイドによりますとお客様がコーヒーを飲んでも膝の皿の防御力が2上がるだけで

「なにその本

「温めたきゅうりの絞り汁を飲めばお客様の奥義である『敵の上で仰向けに寝転がり駄々をこねる』の攻撃力が

「俺の奥義しょぼかった!


0987


「アイスコーヒーのSを下さい

「そう仰ると思いまして先に用意しておきましたー

「いや自分で淹れるから

「そう仰ると思いまして先に飲んでおきましたー

「なにがしたいの

「コーヒーを飲んで気持ち悪くなったのでー……

「ので?

「ここでお客様が『なら代わりに店番するよ』と

「言わない言わない


0988


「いらっしゃいませー

「アイスコーヒーのSをひとつ下さい

「お客様はポイントカードはお持ちですか?

「お持ちではないです

「当店では当店以外のポイントカードでも非公式に登録できますよ

「それは便利だね。ちょっと怪しいけど

「ではポイントカードを

「でも持ってないから

「1枚も?

「1枚も


0989


「いらっしゃいませー

「アイスコーヒーのSをひとつ下さい

「コーヒー臭い口にキスしたくないので嫌ですー

「しなくていいから下さい

「でもお客様は店内に充満している死のウィルスに間違いなく感染致しましたし免疫を持つ私の唾液をお客様に与えるにはキス

「しなくていいからコーヒーを下さい


0990


「ませー

「アイスコーヒーのSをひとつ下さい

「ではこちらの魔法陣へどうぞー

「うい?

「では魔界711よりコーヒー様を召喚致しますので現れたらお客様はこの縄で縛って

「俺がやるの?

「セルフですので

「わかったよ

「コーヒー様は10本の触手で暴れコーヒーを吐きますが

「それイカスミじゃ


0991


「いらっしゃいませー

「アイスコーヒーのSをひとつ下さい

「コップですー

「あの……飛沫防止のシートがレジ台まで下りていて、しかもこの美少女キャラクターのイラストのせいでそちら側が一切見えないのでコップがどこにあるか分かりません

「では隙間から手渡し致しますー

「はいどうも


「むー、お客様ー。美少女キャラクターの描かれたシートからこんな腕の毛がもさもさのゴツい手がヌッと出てきたんですから少しは驚いて下さいー

「でも昨日の人の腕の大きさの何かの触手みたいなやつの方がインパクトあったし

「あれは衛生的に絶対ダメだと言われてしまいました

「飲んじゃったんだけど?


0992


「ませー

「アイスコーヒーのSをひとつ下さい

「こちらの弊社で開発致しましたコップ型スマートフォンはいかがですかー?

「何故その形に

「コーヒーを注ぐためですー

「紙やプラスチックのコップの方が

「こちらをお持ちならコーヒーは無料になりますよー

「これなんで画面を内側にしちゃったの?


0993


「ませー

「アイスコーヒーのSをひとつ下さい

「そんなにコーヒーばかり飲んでいるとおねしょしちゃいますよー

「しないし仮にしたとしても一人暮らしだからどうってことない

「でも今日こそは行きつけのコンビニの可愛い店員を部屋に忍び込ませられるかも

「なら飲み続けて垂れ流し続けようかな


0994


「いらっしゃいませー

「アイスコーヒーのSをひとつ下さい

「こちらのお財布に優しいお支払い方法はいかがですー?

「100円だし元々財布には優しいような

「献血ですので世の中のお役にも立てますよー

「そういうことならまあ

「ではお客様の血を1.2リットルいただきますー

「体に厳しすぎ!


0995


「いらっしゃいませー

「アイスコーヒーのSをひとつ

「コンビニのコーヒーは1日で120杯くらい売れているそうですよー

「そう

「でも昨日ウチの店でコーヒーを買ったお客様はお客様だけですー

「そう

「どうして売れないのでしょうー?

「まずドアを開けて客を入れて……俺を外に出してくれー!


0996


「いらっしゃいませー

「アイスコーヒーのSをひとつ下さい

「コップですー

「はい

「それとコーヒーを淹れる機械の盗難警報装置が過敏に反応するようになってしまいましてボタンを強く押すと爆発致しますのでお気をつけ下さいー

「何故爆発?

「盗難対策といえば爆発ですよねー

「これ盗まれるの?


「盗まれてからでは遅いのですー

「この距離じゃあなたも巻き込まれますよね?

「大丈夫ですー。機械のこの裏側の面が重金属製でしたのでここに爆薬を薄ーく板状に貼り付けて

「ミスナイ・シャルディン効果!?


0997


「いらっしゃいませー

「アイスコーヒーのSをひとつ下さい

「こちらのコーヒー風呂はいかがですかー?

「風呂ってあんた

「ちょっとコーヒーを作りすぎてしまいまして

「それにしても作りすぎだし、ちょっと、じゃないでしょ

「消臭効果もあるのでお客様のコーヒー臭もきっと消臭され

「それは無理だろ


0998


「いらっしゃいませー

「ホットコーヒーのSをひとつ下さい

「お客様がコーヒーを注文をして店員がコップを渡すこの繰り返しから抜け出す方法がついに分かりましたー

「どうするの?

「お客様はコーヒーを飲むのではなくコーヒーに飛び込むのですー

「どうやって?


「コーヒーをひたすら覗けば存在の大きさが変わりますー

「でもこの繰り返しが好きなんだ

「お客様はこの店に囚われたままでずっとコーヒーに支配されていますー。そろそろコーヒーは手放して自分の人生を生きて下さいませー

「それじゃあ、お別れ?

「私はいつだってコンビニにいますー。だって私は店員ですからー

「そっか。そうだね


 私がコーヒーを覗き込むとコーヒーはどんどん広がりついに私を飲み込んだ。私はコーヒーに沈みやがて光も届かない紙コップの底に辿り着いた。ただ暗いそこを私は歩き回る。だが目的もなく見つけたいものもない。


 歩く意味を失いただ立ち尽くす私の境界がコーヒーに溶けていく。


 「いらっしゃいませー」


 と店員さんの声が聞こえた気がした。


 「こちらコップですー」


 私がそれを受け取ろうと手を伸ばすと扉が開き溢れ出た光がコーヒーを全て押し流した。


「いらっしゃいませー

「アイスコーヒーのSをひとつ下さい

「100円ですー

「はい

「こちらコップですー

「はい

「ありがとうございましたー


 私はコップを手に取りコーヒーを淹れる。抜け出せたのかは分からない。コンビニに来てやることは変わらない。ただコーヒーを覗き込んでももう目眩はしない。


 

 「飲まないと目眩はしませんよー」


 ひとのモノローグに入ってくるな


 

 「ちゃんと会話してくれないなら思考に介入するだけですよー」


 超能力者かよ


 「お客様の思考はこの世界に溶けた砂糖のようなもので体の境界面から世界に漏れているのですー」


 それを読んでいると?


 「私はこの世界を飲んでいるのですー」


 店員はこの世界を飲み込む。いずれなにもかもが飲み込まれるだろう。店員には境界がない。すべての時間と場所に存在し、いなくなることもない


 「24時間営業ですからねー」


 異なる個性と同じ規律を持ちコンビニに君臨する。そして哀れな客から搾り取り自らを増やし続ける


 「ウチも店員募集していますよー」


 そんなわけで私もコンビニの店員になった。これでこれからは飲み込む側だ。いずれ世界は私の一部になる。そしてこのコーヒーを淹れる機械も私の一部になる


 「なりませんよー」


 客共よ震え怯えよ。私が店員になった以上、貴様らはコーヒーの底に沈む運命を待つのみだ


 「店を潰そうとしないで下さいねー」


0999


「ませー

「アイスコーヒーのSを下さい

「こうしてお客様にコーヒーを売り続けて3年が経ちましたー

「そうですか

「それなのに私達の関係には進展がありませんー

「なら、店員さん、ではなく苗字ででも呼びましょうか?

「これで結婚に向かって一歩前進ですねー

「到達まで300年はかかりそうですね


1000


「いらっしゃいませー

「ホットコーヒーのSをひとつ下さい

「100円ですー

「はい

「こちらコップですー

「はい

「ありがとうございましたー

「……あの

「なんでしょー?

「実は私、引っ越すのでここでコーヒーを買うのは最後なんですよ

「はいー

「今までありがとうございました

「いえー

「それでは


「また向こうでお会い致しましょー

「えーと?

「コンビニのあるところに私は居ますー。だって私は店員ですからー

「いやあなたがいるわけでは

「お客様の店員は全員私ですよー

「いやでもあっちの彼は

「あなたが彼に話しかけた瞬間、彼は私になるのですー

「だとしたらあなたは一体?

「私はあなた……のコンビニの店員ですー

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「いらっしゃいませー」 みきちず @mikitiz

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