同じ強さを求めないで


冷蔵庫の中で腐っていた苺をゴミ箱に捨てた。

昨日飲んだイチゴのシャンパンカクテルは、そんなはずないのに苦かった。


智がよく行くバーで飲んだ。彼はバーテンダーに、最近訪れた地方のバーの話をしていた。それは岡山にあった。バーテンダーに見せたボトルの写真を横目で盗み見ると、その日は平日だった。


「いつ岡山に行ったの?」

聞かずにはいられなかった。

「あ、うん実は2週間前に」

智は少し気まずそうに答えた。何も言わない波留に、智は言葉を続けた。

「波留も困るでしょ、突然、仕事に行き詰まっているから旅行してくるって言われても」


智は仕事のことや、おそらく多少は自分たちの関係について、考えたくて衝動的に新幹線に乗った。波留には一言も告げずに、素知らぬ顔で旅に出て、また戻ってきた。


相談してよ、なんて馬鹿げたことは言わない。彼の苦悩を見せて欲しいなんておこがましいし、彼が一人で超えていくことを、自分が手助けできるなんて思っていない。

それでも、旅から帰ってきたら、その景色はどんなだったかくらい、教えて欲しかった。

智の世界に波留はいつもいなくて、波留ばかりが彼を求める。


彼は、自分の苦しみや悲しみを自分で昇華できる人間だ。波留は、微笑んでいる彼しかほとんど知らない。

だからこそ波留が仕事で落ち込んで、彼に電話をしたことは理解しがたく、受け入れる価値がないことだったんだろう。


(同じ強さを、私に求めないで)

本当は強くなきゃ、智の隣にいる資格なんてないんだろう。


「今度旅に出たら、お土産買ってきてよ」


それだけいうのが、精一杯だった。


彼は彼なりの苦悩があって、でもそれに自分は全く関与させてもらえなくて、

だから波留は自分のことばかり彼に求めて、そして彼は波留をそのうち見放す。

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