君の世界が広がれば

この間まで満開だったソメイヨシノは、この2,3日の雨であっという間に散ってしまった。

夜になっても気温が10度を下回ることが無くなり、これでやっとコートをクリーニングに出すことができる。

今年は一度も花見をしなかった。毎年恒例の会社の花見は雨だったし、大学のサークル仲間とは予定が合わずに企画が流れた。

ところどころまだ残っている八重桜を見上げ、来年は智と桜を見ることができるだろうかと感傷に耽る。


この2年間、自分たちは1週間に1回というペースをほぼ守って逢瀬を重ねた。


例外は1度だけだ。智が株で大負けし、落ち込んだのか珍しく電話を掛けてきたことがあった。波留の「傍にいたらお酒奢ってあげるのに」という言葉に、「いまからそっち行っていい?」と返された。その日は火曜日だった。金曜日以外の平日に会ったのはこの1回だけだし、予定していない日に会ったのもこのときだけだ。


(そう、たった1度)

一昨日の金曜日を思い返す。

仕事を終えて一人で家に帰って食事をしていると、急に激しい寂しさに襲われ、約束はしてなかったが智にLINEした。2年間で初めてのことだ。だが、21時に送った「会いたい」というメッセージは既読は付かなかった。送ったことを後悔しながらその日は他の男に連絡し、深夜まで酒を飲んだ。


次の日、昼頃に起きると智から連絡が来ていた。

「ごめん、LINEには気づいてたけど一人で考えたいことあったから」


その続きは、要約すればつまり、仕事やプライベートな時間に重きを置きたいから、突然連絡されても会うことは難しいという内容だった。


「わかった、そういう連絡は控えるようにする。転職したばかりで、いま精神的に不安定なんだと思う。これからは大丈夫」


きっと智は、辛いときも悲しいときも一人で乗り越えるタイプなのだろう。小さい頃から親に弱音を吐ける環境がなかったと以前聞いたことがある。

波留だってどちらかといえばそうだった。一人で淡々とこなしてきた。でも、恋愛は時に人を弱くする。抱きしめてくれる人間を求めて手を伸ばしてしまう。期待した分だけ、受け止めてもらえなかった痛みは大きい。


(自分の寂しさは自分で埋めなきゃいけない)


いままでそうしてきたのだから、これからもそうすればいいだけだ。

そう頭で理解していても、心が追いつかない。


この2年間、たとえ好きという言葉がなくても、自分たちは何かしらかの関係を築いてきた。だから、自分の弱いところを受け入れてくれる期待をしてしまった。


(慢心だ)

波留は天真爛漫に、いつも笑顔でいなくてはいけない。そうでなければ、智は波留と過ごす時間に意義を見出さなくなる。


最近、智は知人と共に新しい事業の計画を立てていた。

シェアオフィスを借りることも検討しているようで、ここ数日いくつか内覧をしていた。シェアオフィスはいくつかのベンチャー企業が居を構え、企業同士の交流会も頻繁にあると聞く。

色々な人と出会うと世界が広がると話していた。


(世界が広がれば、)


その話を興味深げに聞くふりをしながら、波留は全く違うことを考えていたことを思い出す。


(きっと智はすぐに、素敵な人を見つけてしまう)


理解している。今、こうやって智と波留の関係が続いているのは、彼の世界が閉ざされているからにすぎない。トレーダーという特殊な仕事には同僚や取引先という概念がなく、日常的な出会いが限定されているから、たまたま出会った波留に時間を割き、そのまま2年が経過した。

ただそれだけ。


愛の総量が違うなんて、とっくの昔に気づいていたじゃないか。寂しい、なんて言ったからって、智が自分に愛を囁いてくれる訳じゃない。

自分たちは、1組のカップルなどではなく、2人の他人が一緒にいるだけなのだ。


再び桜の季節を迎える頃には、しんどくてしんどくて、こんな恋愛止めているかもしれない。

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