所謂トゥルーエンドと言うやつだ。

紅葉知花

典型的なハッピーエンド

朝練現在、私は体育館の隅で縮こまっている。

理由は簡単。私が怒られているから。

「おい、早乙女さあ。前にも言ったよな?杏里ばっかに仕事押し付けるなって」

キャプテンである鬼塚君の鋭い視線が私に突き刺さる。

周りの部員も、とても冷たい目で此方を見ている。

「ごめんなさい、次からは気を付けるから……」

「俺たちもう三年なんだぞ。次、次って言ってるけどもう次なんてないだろ」

そう言い捨てる鬼塚君に、気の弱い私は何も言えずにただ口を噤んだ。

「はあ、取り敢えず杏里に謝れよ」

「うん、ごめんね杏里ちゃん」

「いえ、後輩の私が仕事をするのは当然なんで!」


なんて、御尤もな事をスラスラと言っているが、本当に仕事をしているのは私だ。杏里ちゃんは、私が用意した事を自分の手柄にしてしまう。

それを、皆は当たり前のように信じる。杏里ちゃんは可愛いし、うっかりミスしても「ドジだなあ」で済むのだ。




__私の三年間、何だったんだろう。

一生懸命マネージャとして支えてきたつもりだったんだけどなあ。

なんて出てきた言葉は飲み込んで、仕事をする。

脱ぎ散らかされたジャージを丁寧に畳んで、タオルの洗濯をする。

その間杏里ちゃんは体育館で必死に応援中。

いいな。私もしてみたいな。



「……何、此れ」

「わ、来た来た!」

教室だけは、安全に過ごせると思ったのに。

何故か私は杏里ちゃんに仕事を押し付けるクソ野郎と成り下がってしまったらしい。現に今、机には雑言だらけの貼り紙が乱雑に貼られている。

……心臓がちょっとだけ痛い。

クスクスと嫌な笑い声に囲まれ、私はぎゅっとスカートを握り、貼り紙をゴミ箱に捨てた。




「ただいま」

放課後の練習が終わって、家に着く。

リビングにはふらふらに酔っ払った父がうとうとしていた。

「お父さん、こんな時間からお酒は止めてっていってるでしょ」

「うるせえ、口答えする気かテメェ!」

出来るだけ優しく窘めたつもりだったが、気に障ったらしい。

私の手より一回り以上大きな拳で頬を目一杯殴られ、私は反動で後ろへ倒れ込む。

「さっさと飯用意しろクソガキ」

「……はい、ごめんなさい」

フン、と鼻を鳴らして私を一蹴りした後、フラリと自室へ籠ってしまった。

…………なんで私を置いて出て行ったの、お母さん。

赤く腫れてしまった頬に湿布を貼りながら、昔のことを考えた。





それから



毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日

苦しい日々を過ごしていった。












もう、疲れた。


やってもやっても杏里ちゃんの手柄にされてしまう部活も。


吐きそうになるクラスメイトの視線にも。


お父さんの理不尽な暴力も。



全部全部全部、疲れたんだ。









何とか怒り狂うお父さんから逃げ、学校の屋上へ。

殴られ続けて体や顔は痣だらけ。

でも、もう終わりだ。

此処から落ちれば一瞬で終わるだろう。

そう思い、靴を脱ごうとした。

……あ、靴履いてない。

靴を履くのも忘れるくらい必死で逃げたんだなあ。

思わず自虐的な笑みが零れた。

じゃあせめて私と分かるように、綺麗に飛び降りようか。

フェンスを乗り越え、少し間違えたら真っ逆さまに落ちてしまうような場所へ立つ。

綺麗な眺め。今日はいい日だ。飛び降り日和だな。

よし、じゃあ飛び降りるか。

最悪で最高な人生に、さよならを。


__フェンスを掴んでいた手を、離した。




____「早乙女っ!!」

嗚呼、来てくれたんだね。態々。

有難う、さようなら。


私に手を伸ばす鬼塚君や、他の部員に向けて微笑んだ。












「……ぅ」

目が覚めると、真っ白な空間にいた。

もしかして、天国?そう思いキョロキョロと見渡そうとしても、体が思ったように動かない。


……あ、ここ病院?

首を頑張って動かし、自分の腕を見る。

沢山の管に繋がれた、うっすら痣が残った腕。

嗚呼、生きちゃったんだな、と直感でそう思った。

死にたかったんだけどなあ……。そう呟くと、涙がじんわりと溢れ出た。


……違う!

私は、只みんなに認めてほしかっただけ。

死にたくなんかない、まだ生きたい!

そう思っていると、激しく音を立ててドアが開いた。

「早乙女!!」

「鬼塚、くん」


それにみんなも。

部活のみんながぞろりと立ち並んでいた。

杏里ちゃんも、目を潤ませて申し訳なさそうに隅の方で立っていた。


「ごめん、ホントにごめん。許してくれるなんて思ってない……でも、本当にすまなかった」

「私、まだマネージャ続けてもいいかな……?」

「当たり前だろっ」


涙声で力強く言う鬼塚君に、私は微笑んだ。

良かった、まだ続けてもいいんだ。

「あ、あの、先輩。ごめんなさい、ホントウにごめんなさい……!」

「顔、あげて?私こそ、杏里ちゃんの事考えきれてなかった。これから、同じマネとしてよろしくね」

「ッ、はい!」








それから完治した私は、再びマネージャとなった。

杏里ちゃんも改心して、今では仲がとても良くなった。

「早乙女ー、行くぞー」

「うんっ」


嗚呼、これこそ私が求めていたシアワセ。

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所謂トゥルーエンドと言うやつだ。 紅葉知花 @rahumeikaa

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