第五十話 迎撃部隊

 雲の遥か上空を移動するガーデン。いや、ガーデンから切り離した不可視空間であるリトルガーデンの中で、さくらちゃんを抜いた戦闘員だけの出撃前ミーティングが行われていた。


「あれが、魔王の塔······」


 私の言葉に答えるように、先陣を切る二人は手を繋いで頷く。同じ後輩組である私と美空ちゃんは直前になり心配の方が勝ってしまい、何か言い残したことはないかと唸る。横で見ていた七海さんは何も言わず、ただ時間だけに意識を集中していた。


「さて、そろそろね。迎撃チームはさくらのいる大砦に移動しなさい」


 眼下にそびえ立つ余りにも巨大な塔を見下ろし、七海さんは魔王討伐部隊に念押しの指示を出していた。七海さん、真弓さん、美空ちゃん、冥王さんにアリスちゃん。彼女達の力には絶対的な信頼を寄せているけど、この塔の中には恐らく数万の強大な悪魔がひしめいている。上空に見張りがいないところを見ると既に待ち構えている可能性が高い。いくら個人の力が秀でていても、本当に成功するのだろうか。

 何より、その活路を開くのは風利ちゃんとイブちゃんただ二人だけ。現状最適な作戦と分かっていても、落ち着いてなんていられない。


「愛、大丈夫だよ」

「でも······」


 私を覗き込んで、風利ちゃんは笑った。七海さんから死にはしないけど地獄のように苦しい一時間を耐えろと言われたのに、どうしてこんなに笑っていられるんだろう。


「私は、嬉しいんだよ? 今まで大した活躍なんて出来なくて、でも、七海さんは私なら出来るって言ってくれた。ちゃんと戦略として役割があるのなら、全力を尽くしたい」

「風利ちゃん······」

「それにイブもいる。二人でいられるのなら、私たちは無敵だから」


 元気付けてくれてるのかな。リーダーなのに、情けないや。


「絶対迎えに行くから」

「ん」


 会話が終わったのを見ていた七海さんはイブちゃんの肩を叩く。イブちゃんとさくらちゃんを繋ぐ【フラッグゲート】が発現し、私たちはそれ以上後を濁さず速やかに移動を開始した。




「お、やっと来たのかい? 随分遅かったね」

「時間通り」

「僕はずっとここにいたから暇で死んじゃうかと思ったよ。まぁ、君達が来たってことは間もなく敵も姿を現すだろうね」


 合流してすぐにさくらちゃんは饒舌に話し出す。元々お喋りな性格の子だから単独待機は性に合わなかったのだろう。

 迎撃に使われる場所は以前美空ちゃん達が落とした砦。招集がかけられているのかもぬけの殻のままで放置されていたのだった。ここなら邪魔をされることも少ないだろうしガーデンも近い。中はみくりさんも詳しいから迎撃戦をするには打って付けの場所だった。


 それから、事態が動くのに時間はいらなかった。


「っ! 二人とも変身するんだ。向こうでゲートが開いたよ。間もなく接敵する」


 さくらちゃんの声に間髪入れず変身する。それと同時にゲートが開き、マグマを纏った巨人の鬼が吐き出された。


「ってぇなぁ! どこだここは!!」

「うわ、アトラスじゃん······初手から側近レベルとは風利もイブもやるねぇ」

「テメェはケルベロス!! さっきの女の仲間か!! ぶっ殺してやる!!」

「はいはい、お喋りには付き合えないよ」


 私たちがワープしてから正確な時間で五分弱。一匹目が予想の半分の時間で送られてくるということは、風利ちゃん達が上手く先手を取れたと言うことだろうか。

 アトラスは肥大化した両腕を振り下ろし、大砦を一撃で崩落させる。足場を崩されて落下する私は守宝アマンダの能力で慎重に頭を回転させ、すぐに仲間の位置を確認する。

 この距離なら、問題ない。


「貫け【グングニル】」


 防御用であるジャベリンではなく、攻撃特化に精度を上げた魔力の槍がアトラスへと一直線に飛ぶ。砂煙が視界を遮っているのに、アトラスは凄まじい反射速度で急所を外してきた。心臓部へと投げたグングニルは左足を切断するに留まり、逆に私の正確な位置を捉えた鬼は口に大量の魔力を溜める。


「そこかぁ?」

「······」


 砂煙は揺らぎ、私とアトラスの視線が交わる。奴の口に集まる魔力は砲撃として打ち出されるだろう。アリスちゃんほど早くはないけど、同等の攻撃力はありそうだ。

 でも、それなら防御の必要性もない。


「死ねぇえええええ!!」

「【ミラーズゲート】」


 放たれた砲撃はゲートに吸い込まれ、アトラスの背後から彼を包み込む。鬼の身体は余程硬いのか、自身の攻撃を受けてなお多少の驚きを見せるだけでダメージは薄い。

 その僅かな硬直は、致命的な隙になるだけど。


「【マイトフレア・レーヴァテイン】」


 四肢に獄炎を纏ったみくりさんの右腕が炎剣と化し、巨大なアトラスを真っ二つに切り裂いた。生命活動を終えたアトラスは抵抗する統べなく炎に包まれ、灰を残すことなくこの世から消滅する。

 初戦を完全勝利した私たちは、変身を解くことなく一度集まる。


「いや〜アトラスを数秒で片付けちゃうなんて、君達の方がよっぽど化け物だね」

「さくらちゃんありがとうね。お陰で助かったよ」

「サポートはお易い御用さ。あかりの魔力さまさまなんだけどね! あはは!」


 さくらちゃんが高笑いしている隣で、みくりさんは私の頭に手を置いて微笑んでいた。


「愛、グングニルの威力上がったね。結構硬かったよ、アイツ」

「ありがとうございます。それより、みくりさんのさっきの技見たことないんですけど、新技ですか?」

「ううん、昔から使ってるよ。マザーグースが使いこなせなかったから、主力はマイトフレアなの」

「ははは、そうでしたか」


 しばらくみくりさんに鍛えてもらってたのに、底の見えない人だ。

 それぞれが細かく残存魔力の確認をする。この作戦は二戦目からが本番。最低限の魔力で最速で切り抜けなければならない。一時間後には風利ちゃん達を迎えに行って、あわよくば決戦に参加出来るのが理想だ。そこはみくりさんの判断なので独断は出来ないけど、美空ちゃんもいる場所で私も闘いたい。


「愛、力を抜いて」

「えっ?」

「全身が強ばってる。焦っちゃダメ」

「ふひはへん〜」


 知らぬ間に近付いていたみくりさんは私のほっぺたをに手を寄せ、もにもにと揉みしだく。彼女の表情はいつも通りの無表情。当たり前の作業を続けているように静かな瞳だった。

 私は強ばっていたのか。そんな事にも気付かず、みくりさんの細い指に包まれて胸の辺りが弛緩していく。こうして大事な場面に立って初めて、乗り越えてきた死戦の違いが目に見えて現れてしまう。

 少しだけ、怖くなった。


「みくりさん······私は」

「駄目だよ」


 彼女は優しく私の口を塞ぐ。


「貴方は強い。誰よりも強い。だから乗り切れる。弱い自分は誰にでもいるけど、それと向き合うのは今じゃない。わかった?」

「は、はいっ」

「ん、よし」


 口元だけの軽い笑みを残し、みくりさんは背を向けて次の敵を待つ。

 見透かされたのか。頬にじんわりと感じる彼女の温もりが心の痛みを包み込んでいく。そう、今じゃないんだ。自分に構けていては隙が出来る。きっとそんな事を伝えたかったんだと思った。


「来るよ」

「はい!」


 私は強い。それは間違いなんかじゃない。ここに立つことを許されたのが何よりの証明なんだから。




 きっちり五分置きに送られてくる敵を迎撃すること八体。問題なく作戦が進んでいて万全の状態で九体目を迎えるところだった。

 ここで初めて、リズムが狂い出す。


「次が、来ない?」

「······さくら、向こうの様子は?」


 前回から七分が経過。正確に五分を刻んでいたのに、苦戦しているのだろうか。あかりさんの魔力でイブちゃんと繋がっているさくらちゃんは意識を集中し、ゲートを応用した探知で彼女たちの状態を探っていた。


「イブの魔力が急激に膨れ上がっているね。恐らく相当強い奴が出てきたのか、もしくは残り時間では捌けないほどの増援が到着してしまったのかも知れない」

「そ、そんなっ」

「みくり、判断は君に任せるよ」


 嫌な予感が溢れてくる。みくりさんは黙ったまま少し考え、すぐに「うん」と作戦を立て直した。


「さくら、ゲートを繋げて。私の魔力が感知されるくらいのでいい」

「みくりさん、何を」

「敵に自分から来てもらう。愛、次の戦いは今までよりずっと厳しいよ。本気、出していいから」


 返事を待たず、みくりさんは魔力を解放してわざと広がるように散漫させた。同時にゲートは開き、事態は私たちの思惑を大きく越えて動き始めた。

 異変を感じたみくりさんは私とゲートを遮るように手を水平に上げ、まだ敵の姿すら見えていないのに魔力を高めだした。


「さくら、ゲートが大き過ぎる。もっと小さく」

「まずい······まずいよ。繋いだ瞬間に向こうからこじ開けられているんだ。相手にもゲート使いがいる。僕とあかりのように魔王と魔力を繋げている側近レベルが紛れていると考えたほうがいい。下がるよ! すぐに来る!」


 物凄い速度で広がり続けるゲートは砦を軽く飲み込むほど肥大化していった。

 そして、突然物凄い圧力が私たちを呑み込んだ。


「なっ······!!」

「そんな馬鹿な!! 有り得ないよ!!」


 身体の一部が見え、みくりさんとさくらちゃんは声を荒らげた。

 これでもかと広げられたはずのゲートから最初に見えたのは、趣味の悪い黒く棘ばった甲冑にも似た左手。問題は大きさだ。リヴァイアサンと引けを取らないであろう桁外れな手の平でゲートの端を掴み、跨ぐように全身が露わになる。


「小せぇなぁ? これがゲートかよ」


 凄まじい魔力を纏ったソイツは一人で現れた。真っ黒な全身は光沢を放つ鱗に覆われ、長い尻尾に鉱石がまとわりついた羽。誰が見てもこう言うだろう。本物の【ドラゴン】だと。

 それでも、みくりさんとさくらちゃんの反応が異常だった。確かに今までとは破格の圧力は感じるけど、纏っている魔力からこの三人なら負けるほどの相手じゃないはずだ。なのに、みくりさんは目をカッと開いて頬に汗を伝わせていた。


「みくりさん、何か知っているんですか? 強敵だとは思いますけど、私たちが全力を出せば······」

「全力で勝てれば、運がいいよ······ごめん、愛。こんな事になるなら、こっちは一人で······」

「な、何ですか急に! 話が見えません!」

「みくりにコイツを知っているかなんて愚問だよ」


 さくらちゃんが割って入る。彼もどこか吹っ切れたように笑っている。


「愛、よく覚えておくんだ」


 彼の言葉に、背筋が凍った。




「いま目の前にいるのが魔法少女が生まれた原因。魔界どころか人間界にすら絶望を振り撒いた最凶の殺戮魔獣【覇王ヴェイダル】なんだよ」




 歴史の教科書にも載っている世界滅亡を騒がれたという化け物がこのドラゴンだというの?

 人間の兵器は全く効かず、いくつもの島を地図から消した悪魔。日本に上陸と同時にあかりさん達初代魔法少女が七日間に渡る激戦を繰り広げ、多くの被害を出してようやく魔界に送り返したとされている。その姿は写真や映像として一切残っておらず、目撃者の証言で絵として残っているのは知っている。しかし、その見た目はもっとリザードマンのように人間の要素が多かったはずだ。こんなそのままのドラゴンだなんて聞いたこともない。


「ん? あぁ、お前はクソッタレ魔法少女の一人じゃねえか? 相変わらず雑魚臭ぇ面だなおい」

「なぜ、生きているの。あなたは魔王に殺されたはずじゃ」

「強ぇ奴がいると思ってこっちに来てみりゃお荷物魔法少女と臆病者のケルベロスかよ。これなら残って城のマグマ使いと戦った方がよっぽど楽しそうだぜ」


 みくりさんの問いを無視し、不機嫌そうに首を回すヴェイダル。

 確かに強いのだろう。向き合っているだけで身体が勝手に震える。でも、決して聞き捨てならないことを言ったんだ。


「みくりさんはお荷物なんかじゃない!」

「あぁ? ゴミがもう一つ落ちてたのか。魔力弱過ぎて見えなかったぜ。もしかして弟子か? ハーハッハッハ!! こりゃ面白ぇ!! 雑魚がゴミを育ててるなんてな!! 」

「この!!」


 ヴェイダルの大きな首目掛けて最大出力のバブルスライサーを放つ。しかし、直撃して破裂する泡の爆弾は擦り傷すら付けることが出来ず、ヴェイダルは何の反応も示さずただ笑い続けていた。


「くっ! それなら······」

「愛。冷静になって」

「だって! みくりさんの事を! アイツ!」

「事実だから。二十年くらい前の戦いでわたしは手も足も出なかった。あかりと、優香がいなかったら人類は全滅していたんだよ」

「そんな······」


 なんで、なんでそんな事を言うんですか。

 私が肩を震わせていると、みくりさんは何を思ってかクスクスと笑った。


「【マイトフレア・モシン・ナガン】」

「っ!!」


 みくりさんの左手がスナイパーライフルを型取り、目にも止まらない炎弾を撃ち込む。私のバブルスライサーには見向きもしなかったヴェイダルが目を見開き、高速で飛翔する。避けたように見えたが、炎弾は翼の中央部に大きな風穴を空けてしまっていた。


「クソ雑魚がぁ······」

「私は、この子達がいて、強くなったの。タダじゃ負けないよ。ねぇ、二十年前の話、続ける?」

「ふざけやがって!! 今度こそ八つ裂きにして喰ってやる!!」


 ヴェイダルは大地が抉れるほどの咆哮を上げ、魔力を解放し始めた。風穴は見る見る塞がってしまい、あっという間に全快してしまった。


「みくりさん······」

「大丈夫。守ってあげるよ。みくりお姉ちゃんに、任せなさい」


 へへっと恥ずかしそうに笑う彼女に勇気を貰う。心が熱い。三人で力を合わせれば、きっと乗り越えられる。


 大丈夫だ。私たちは魔法少女なのだから。

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