第四十九話 強行策

 冥王の自室の前。先に顔を突合せたアリスと七海はどこか険悪な様子だった。


「どうしたんだ七海?」

「あかりか、遅かったではないか」


 あ、水神の方だったか。

 冷たい龍の瞳が揺れ、同時にアリスが背を向ける。呼ばれていたあたしと七海が揃ったことで早速案内を始めるようだ。

 冥王の部屋から三つ隣りの扉の前に立ち、何かを唱えるように解錠する。真っ白な壁に囲まれた昇り階段を進むアリスを追い、水神はあたしに耳打ちしてきた。


「あの小娘、絶対我を小物扱いしておるぞ」

「いやいや、そんなことねぇだろ」

「よく見るのだあの目を。ペットショップで売れ残った成体の蛇を憐れんでおる目だ」

「例えが俗世に染まり過ぎて大物感ゼロだな」

「ぬっ、お前まで小物扱いするのか!」

「うるさっ、耳元で叫ぶなよ」

「ふふ、つい荒げてしまった。やはり声を出せるのだから感情を乗せたくてな。ふふ」


 もう少しどっしり構えてる奴かと思ったけど、話せば話すほど近く感じる。心を開いているということなのか、水神にとっても実力の近い仲間に囲まれる経験が無かっただけで意外と楽しんでいるのかもしれない。

 延々と先が見えない階段で境界を抜けるような感覚が二度訪れた。見ていたはずなのに気付かないうちに扉が現れ、その中は夜空さながら暗闇から光が漂っていた。


「ここは監視室さ。魔界中に散りばめた光の玉からその様子を覗き見ることが出来る」


 闇の中心に立つ冥王は指揮者のように凛と指を振るい、あたし達にも見えやすく光を移動させる。


「大事な身体なのにこんな所まで来てもらって悪いね。調子はどうだい? 必要な物があったら言っておくれよ」

「もう随分世話になってるよ。それより、前置きはその辺にして本題に入ろうぜ。のんびり出来る状況じゃねぇんだろ?」


 冥王の顔はいつもの緩やかな笑みだが、纏っている空気はかなり重い。すでに臨戦態勢に入っているかのような圧迫感があった。

 何を考えているのか黙りと光を眺めている。合わせて静かにしていると、彼は諦めたように息を落とした。


「これより数日の後、魔王軍との総力戦に入る」

「······そんな気はしてたぜ」


 悪い予感はしていた。恐らく七海も勘づいていたのだろう焦る様子もない。問題はなぜこのタイミングなのか。支部を潰したり敵戦力の調査をしたりと地盤固めの真っ最中。あたしも安定期に入ったとはいえ戦える状態ではない。当初の予定ではあたしが復帰する頃に準備が整う算段になっていたはずだ。


「つい先日。魔王から接触があったんだよ」

「魔王からって、ガーデンがバレてんのか?」

「恐らく正確な位置までは分かっていない。けど、大まかには探知出来るらしいね。ご丁寧に近場の丘に僕の部隊長の首まで添えてくれてさ。どうやったのかは知らないけど、これ以上精度を上げられると完全に特定されて大量の部隊を送り込まれてしまう。その前にこちらから攻める方がまだ勝機はあるね」

「罠じゃねえの?」

「もちろん罠さ。ただ、虚をつかれてなす術無く全滅するよりはマシってだけ。君達には悪いけど、不利な戦いを押し付けることになる。せめてあかりくん以外が万全に整うまでは時間を稼いでみせる。情けない話で申し訳ない」


 王である彼の頭が深く下げられる。あのアリスが唇を噛むほど、現状は切羽詰まっていた。

 さて、どうしたものか。こちらから仕掛けると言っても作戦は練らなければいけない。幸い七海がいるお陰で指揮は取れるが、こいつはこいつで一人特攻しようとしていたから手放しに任せるのは心配だ。

 チラリと七海を盗み見る。中身が戻っているのか、目が合うなりムッとしてそっぽを向いた。


「いまさら一人で動かないわよ」

「す、すげぇな。心読めんの?」

「あんたはすぐ顔に出るのよ」


 七海が察し過ぎだと思うんだけどなぁ。

 話は理解したと背を向ける七海。その背中を止めるでもなく、冥王は一つだけ質問する。


「既に考えが?」

「無くはない。常に最悪を想定するのが受け身しか取らせてもらえなかった魔法少女のやり方だったからね。まずは彼女たちを集めて情報の共有をする必要がある。その後に改めて作戦会議を開くけど、もちろん頭数は出してもらえるのよね?」

「僕とアリス以外の全勢力を任せてもいい」

「余り期待は出来ないわね」


 冥王は乾いた笑いを零す。彼と右腕であるアリスは間違いなく魔王との直接対決に臨むだろう。実力を考えれば七海もそう采配するはずだが、実質この二人以外は魔法少女のレベルに遠く及ばない。作戦によってはいない方がマシとも言えるのだ。

 後ろ手に扉は閉まり、あたしと七海は同時に溜息をつく。最悪を考えてはいるとは言ったものの、圧倒的不利には変わらない。

 七海は髪を払い、切り替えるように長い息を吐く。


「さ、時間は稼いでくれるみたいだけど急いで戻らないとね。話し合いをサッと終わらせて実力テストをしないと」

「実力テスト、ね。やっぱり一人ずつ隔離してやんのか? あたしも見たいんだけど」

「昔も言ったけど、正確な実力は私が分かっているだけが望ましいの。他の人がどれだけやれるか知ってしまうと甘えが生まれる。個人が一人で何とかしないとって思わないと隙が生じるのよ」

「その持論だけはよくわかんね。まぁ、今まで生き残れてるのが証明なわけだけど」

「あなたはガーデンから出ちゃダメだから、さくらとイブに魔力渡しなさいよ?」

「わぁってるよ」


 下手に魔力を持ったままだと感情に任せて飛び出し兼ねない。その勘は正しい。過去に何度かやってしまったことがあるから胸が痛い。




 事態は切迫している。仲間の元に戻った七海とあたしは簡潔に事情を説明し、さっそく七海による実力テストは行われた。方法は単純な手合わせ。七海と全力で戦うだけだ。

 結果として全員認められることになったが、嘔吐しなかったものは一人としていない。下の子達は漏れなく泣きながら練習場から出てくる始末となった。


「優香より酷ぇ······」

「みんな根性はあるんだけどね」


 困った顔をする七海。こいつのことだから理攻めでダメ出しし続けたのだろう。優香みたいなタダ口悪く馬鹿にされるより心に響いてしまったのだ。




 そして二週間。全員が問題なく全快したことで作戦会議が開かれる。回復を待っている間に冥王から魔王軍に関する情報提供があり、ほとんど作戦は練りあがっていたから今日はその擦り合わせだ。

 円卓を囲むのは以前とほぼ一緒。魔法少女組は変わらず、向こうは冥王とアリス。今回は部隊長格は誰もいなかった。


「始めに一つだけ。魔王の根城に踏み込むのはこの場にいるメンバーのみ。冥王には悪いけど、彼の配下は少し弱過ぎる。無駄に死体は増やせないわ」

「面目ない」

「気にすることは無いのよ。恐らく魔王軍も似たようなもので、魔王と他数人だけ飛び抜けた強さを持っているわ。全体的な強さを求めないのは人間と悪魔の違いってところね」


 前置きは手短に、七海は淡々と作戦を伝えていく。戦闘に参加しないあたしも聞いていなかったその強行策は、否定的な意見の圧倒的に方が多かった。


「いくらなんでも、納得出来ない」


 珍しく一番に声を上げたのはみくりだった。

 長年共に戦い続けたみくりは七海を信頼している。無茶な注文は何度もあったし、今回の『真弓とみくりに別行動を取らせる』事にも大して疑問を持っていないだろう。

 じゃあなんで柄にもなく噛み付いたのか。それはこの作戦で個人に掛かる負担の比率が圧倒的に偏っていたからだ。


「風利とイブ、ほぼ確実に死ぬ。ううん、死ねって言ってるように聞こえる······。せめてみくも一緒に······」

「反論は認めない。風利とイブにはで正面突破してもらって敵の全勢力を引き付けてもらう。幹部クラスが出現したらゲートを開いて一匹ずつ愛、みくり、さくらのいる場所へ転送。転送は五分ずつ間を空けること」

「だから! そんなの! みくにだって出来ないかもしれない! どんな敵かもわからないのに!」


 顔を真っ赤にして怒鳴るみくり。同じ炎使い思い入れも強いのかもしれない。みくりにとって、風利とイブは妹のような存在なのだろう。

 しかし、それで折れる七海ではない。立ち上がろうとするみくりへ指を一本突き立てる。至って冷静に、全員に言い聞かせるように口を開いた。


「一時間。一時間以内に全ての幹部を片付けられなければ合流して逃げなさい。後は私たちに任せてガーデンから出ないで」

「······だから、五分耐えられるかも······」

「地獄のような時間でしょうね。でも、この二人に限って言えば一時間は確実に稼げる。貴方にも私にも出来ないかもしれないけど、どんな敵だろうと関係なく風利とイブなら絶対に出来るわ。私にとってはみくり達が五分おきに幹部を倒せるかが心配なくらいよ」

「······みくより、二人の方が強い?」

「実力ならみくりよ。でも大丈夫なの。それはこの二人が一番よく分かっているでしょうしね」


 全員が目を移す。風利は黙ったまま力強く頷き、イブはうつらうつらと船を漕ぎ始めるほど余裕を見せていた。

 納得は出来なくても従うしかない。自分たちが早く片付けてすぐに合流するだけだと押し黙る。ただ、七海や真弓と共に決戦メンバーに含まれた美空だけは蚊帳の外の様子で次の質問を投げた。


「風利の件はよく分からないから口出ししないけど、あたしが気になるのは、何で真弓さんとみくりさんを別々にしたの? 二人一緒の方が何倍も強いし、それに魔王と戦うならみくりさんを連れていくと思ってた」

「あらぁ〜? 私じゃ頼りないの〜?」

「いや! そういうわけじゃ······」


 美空は失言に気付いてあたふたと目を泳がせる。この質問も最も。七海との戦闘ですら一発ダウンした真弓がそれ以上の相手と戦えるわけが無い。

 これもまた、第一世代だけでの当たり前が答えになっていた。


「美空ちゃん、第一世代にはそれぞれ明確な相性があってね。私にとって一番相性がいいのは真弓なの」

「それって······」

「強敵を相手にするなら私と真弓が組んで、数の殲滅ならみくりと真弓が組む。双子で組ませるのと同じくらい、私と真弓は息が合うのよ。三歳くらいからの幼馴染だしね。みくりと会ったのはそれから七年後だし、一番古い付き合いかもね」

「そんなに昔から!?」

「ちなみにあかりと相性最高なのは優香よ。喧嘩ばっかりでそろそろ飽きないのかと思うくらいだけど、何だかんだね」

「ちなみに、一番相性悪いのは?」

「みくりと優香。性格も合わないし考え方も合わない。二人で組ましてるのに個別に動くから見てられないわね。流石に友達だから仲は悪くないけど」


 先程言いくるめられたみくりが更に落ち込む。もうこの会議では口を開かないだろうな。

 「話が逸れたわ」と、七海は更に細やかな役割と流れを説明していく。全員が聞き逃さないように身体を寄せて集中しだしたのは彼女が日程を口にしてからだ。




 決行日は。決戦は目の前だった。

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