第四十三話 黄金の狼煙

 ガーデン、そして魔法少女による合同作戦会議。魔界で行われる最も危険で大規模な戦闘の一つ、『水神討伐戦』を目前としたあたし達は、広い会議室で顔を揃えていた。

 冥王を最奥として縦長のテーブルには魔法少女六人とイブ、さくらの八名。冥王陣営からアリス、部隊長二人が席に着いていた。

 冥王は前置きとして、一つだけ確認事項を述べる。


「さて、今回の討伐戦だけどこちらからはこの三人だけしか参加させない。以前に話した通り、本来リヴァイアサンと戦うメリットが僕達には一切無い。少ないけど我慢してほしい。戦闘員を欠けさせる訳にはいかないからね。当然、魔王戦に備えている僕も出られない。それを踏まえて話を進めよう」

「いや、アリスを貸してくれるだけで願ってもない事なんだ。あたしらからは感謝しかねえよ」

「最低限でも貸しは大きい方がいいからね」


 軽く笑う冥王は大して期待していないのだろう。元々一人で魔王を倒す算段を立てていたくらいだからあたし達はあくまで予備戦力。水神討伐の意図だってこちら側の予想だけで成功する確率は真面目に計算するのも馬鹿らしいだけ。冥王の配下が減らないのなら、あたし達の中で一人でも生き残れば今後に支障はない。だからこそ、向こうが差し出した人選は全員遠距離特化だ。

 おおよその作戦は単純なもの。水神の縄張りの外側から攻撃を始める。最近の水神は滅多なことでは泉から姿を現さず、多少の騒動は支配下に置いた魔族に対処させるらしい。向こうの戦力を誘導しながら地道に潰して、水神の側近が離れた所をあたしとみくりがゲートで襲撃する。

 簡単にはまとめたものの、要は逃げ撃ちだ。囲まれるとジリ貧になるから常に移動しなければならない。手薄になった場所から攻め、どこで水神が現れても邪魔をされないことが成功条件。記憶の中の奴は、今でも確実に勝てるとは言い難い。

 あたしは密かに冥王と詰めていた作戦を具体的に伝えるため、テーブルに広げられた地図を指差す。


「まずは·····」


 七海、待ってろよ。

 すぐに会いに行くからな。






 ガーデンから外に出ると、つむじ風は問題なく目的地へ到着していた。水神の縄張りから南方に当たる一番近い丘の上だ。ここからなら湖までは見えないにしても、暗黒の森が広範囲に渡り視界に収めることが出来る。


「地走、これが最後のチャンスだからね」

「わぁってるよ」


 真弓に肩を叩かれ、あたしは頭が白くなっていることに気付いた。仕方ない。前回は死んでもおかしくない大敗北を味わった上に七海を失った。生きているはずだなんて自分に言い聞かせてここまで来たって、どこにも自信はないんだ。そんな不安を見抜かれてしまったのだろう。

 自分の顔を軽く叩いて、あたしはアリスに合図を出す。彼女の魔力がどんどん高まっていく間に、最後の言葉を残す。


「手筈通り、アリス達三人はここで敵を引き付けて接触したらガーデンに撤退。出来るだけ敵の数を減らして欲しい」

「善処する」


 アリスの頭上に特大の魔方陣が召喚される。部隊長達とイブが合わせるように魔力を溜め始め、第一陣の迎撃準備は整った。


「念を押すようだけど、無理は禁物だ。危なくなったら全員すぐに逃げるんだぞ」


 全員が頷き、あたしは大きく息を吸う。

作戦開始だ。


「アリス!」


 アリスの目が黄金に光り、特大魔方陣から光線が打ち出される。衝撃波は大地を薙ぎ、木々を粉砕しながら暗黒の森の中心部から上空を捉える。雲を吸い込み一度停止した光線は膨張を始め、真っ黒な標的を明るく照らしだした。


「弾けて。【オルガ・メテオシャワー】」


 次の瞬間、膨張した光が大爆発を起こし、花火のようにエネルギーを散らし森を襲う。どれほどの距離を呑み込んだのか分からないほど。見えていた範囲はほぼ全て呑まれてしまった。

 これが冥王の隠し球。魔界随一を争うアリスの超広範囲魔法。数多のクレーターを生み出し無防備な敵を永遠の眠りに誘った。

 しかし、それでも全滅は叶わない。生き残った上位種の悪魔の気配がどんどん膨らんでいく。部隊長の一人が声を荒らげ、索敵に入る。


「アリス様! 残敵約五十、どれも上位種の個体です! 内六体からはケルベロス様やイフリート様やに匹敵する魔力を検知しました! あのならず者のミノタウロスも潜んでいたようです! 恐らくリヴァイアサンの加護を受けている可能性が高いです! これは·····」

「落ち着いて。貴方も上位種だよ。魔力を回復させるから少しの間持ち堪えて」

「は、はい!!」


 生き残りが空と地に別れ、物凄い速度で距離を詰める。想像以上に強い悪魔も手中に収めていたリヴァイアサン。こんな端まで配置しているとなると、それだけで中心部の激戦が予想された。

 迫る敵を部隊長が必死に迎撃するが、一匹だけ異常に脚の速い悪魔を止められなかった。


「なんだテメェら? 死にたいようだなぁ?」

「く、『九節のアトラ』!! ミノタウロスだけじゃなかったのか!?」


 目の前に飛び出して来たのは九節のアトラ。聞いた事のある名だたる上位魔族の一人。片腕が九つの関節を持つ異形の甲虫の姿をしていた。

 アトラは飛び上がったままアリスに向き合うと、長い腕をしならせ首を薙ぎ払おうとした。

 その一撃を止めアトラの腕を破壊したのは、巨大な身体に白銀の毛皮を纏ったウチの番犬だった。


「·····っ! 貴様、消滅のケルベロスか!!」

「久しぶりだねアトラ。元気してるかい?」

「浮浪者風情が!!」

「もうご主人様がいるから浮浪者卒業··········」


 会話中だというのに、アリスの光線は容赦なくアトラをこの世から消し去った。空気は読まない。だからアリスは強いのだ。


「もう少し話したかったなぁ」

「ケルベロス、横入りはいらない」

「助けてあげたんだからお礼の言葉が欲しいなアリス? 首取られそうだったよ?」

「そんなわけない」


 アリスは右腕を上げると、その手にブレードのような魔力が纏っていた。あのままアリスに攻撃していても、どっちみち自慢の腕をもがれていたわけだ。

 「ちぇ〜」と面白くなさそうに帰ってくるさくらは、小さい身体に戻ってあたしの前にお座りをする。


「さくら、お前ちょっと遊ぼうとしてただろ。後のこともあるんだから魔力は使うなって」

「珍しい顔に楽しくなっただけさ。ま、もう見れそうにないけどね」


 悪びれもなく尻尾を振る。こんな大事な作戦の途中だってのに、遊びたがりにも困ったものだ。

甲高い口笛が鳴り響き残存勢力が応援を呼んだのを確認すると、あたしはゲートを開いて次の目的地へみんなを運んだ。


「アリス、後は頼んだ」

「ほどほどに頑張る」


 淡々と答える彼女を横目に、南東の大森林へと移動を開始する。ここで誘導に成功すれば流れは掴めるはずだ。




 暗黒の森から南東側は、湖から最も遠いエリアとなっている。元々別の上位魔族の縄張りだけあって、リヴァイアサンが直接出現する可能性は極めて低い。代わりに、リヴァイアサンが居なくてもその場を守れる強敵がいることは目に見えていた。

 多少明るくなった森に身を潜め、第二波を引きつけるための攻撃を開始する。


「よし、ここはイブと風利と愛に任せるぞ。イブ、準備はいいか?」

「ん、いくよー」


 イブの身体からマグマが漏れ出す。少し見なかった間に最大魔力が大きく向上していたようだ。あたしの魔力をほとんど引き抜いても以前よりかなり強い。この場を任せても大丈夫だろう。

 イブの両手から大量のマグマが発生し、前方の森林を焼き払っていく。アリスほどスピードは出ていないにしろ、雑草すら残さず森を食い荒らしていく彼女を無視出来るわけがない。

 また口笛がこだまする。反応が早い。


「愛、撤退の指示はお前がするんだ。イブのゲートはあたしやさくらより少し発動が遅いから前衛には置くなよ」

「分かりました。ある程度引き付けたら美空ちゃんに合流します。あかりさん達も気をつけてください」

「あぁ」


 少し早めにゲートを開き、東側の廃墟を目指す。そこに美空と真弓とさくらを置いて、あたしとみくりが真反対の西側で時を待てば完成だ。リヴァイアサンが手を出せない西側で時間を稼いでくれると、その間に勝負を決められる。愛達と美空達がどれほど頑張れるかが今回の作戦の鍵だ。

 ひとまずここは三人に任せよう。接近は風利が潰せて、防御特化の愛にゲート持ちのイブがいれば全滅することはないだろう。




 瓦礫だらけの廃墟。湖から遠いエリアの中でも更に奥まった場所に次の二人と一匹を下ろす。


「この場所は元々妖精王、今の魔王が生まれ育った場所なんだ。覇王による襲撃で崩壊した後は、立地の良い北に根城を移したんだけどね。食料も豊富でとっても住みやすい国だったんだよ」

「そうなのか」


 さくらは軽く解説をしながら辺りを散策していた。ここまで饒舌に語り出すくらいだから何か思い入れがあるのかもしれない。リヴァイアサンと戦った過去もあるくらいだからその時期に世話になっていたのだろうか。

 ここからは少し待たなければならない。愛達が合流してからあたし達が移動する。そんな手筈になっていた。


「はぁ、やっぱりあたしもあっちの方が良かったんじゃない? 愛に任せるのはちょっと不安ね」

「なんだなんだ? 美空はお姫様が心配で仕方ないのか。相変わらず相思相愛だな」

「ちょ、そっ、そんなこと言ってないでしょ!」


 真っ赤になって否定されてもな。好きな子と一緒にいたいのはわかるけど、戦力的に分けるしかなかったんだ。すまんな王子様。いや、どっちもお姫様か。

 各々が適当な場所に座り、神経を集中させる。音を聞き、魔力を感じ、どれだけの軍勢が愛達に押し寄せているのか測り続けた。

 五分を超えた辺りで変化が訪れる。置いてきた三人の中で最も魔力の多いイブが後退していく。これはゲートを開く為に距離を取っているのか、予定よりずっと早いタイミングだった。


「ん」

「来たわね。なんか遠いけど」


 みくりと美空が同時に立ち上がり、一つの方角に目を向ける。ゲートが開いた。随分離れているが、戦闘しながらだと座標が掴みにくいのか·····。

いや、違う。


「全員構えろ!!」


 あたしは一番ゲートに近い美空とさくらの前に飛んでいき、変身と同時に岩の防壁を何枚も重ねて召喚する。そして、ゲートから放たれた滝のような水圧を外側へ受け流した。


「み、水! これはまさか、水神のゲート!?」

「あたしの後ろから離れるなよ! この魔力·····間違いなくリヴァイアサンだ!」


 驚いた。縄張りから最も遠いこの場所ですらゲートの射程圏内。聞いていた話より明らかに広い。

 一撃目を防ぎ切る頃には全員変身を終え、戦闘準備自体は整っていた。しかし、やや上空に位置取ったゲートからは本体どころか魔法すら飛んでこない。

 何かを待っている。そんな感じがした。

 様子を見て沈黙していると、今度はあたし達のすぐ後ろに新たなゲートが開いた。今度は間違いなく仲間のものだ。


「あかりさん!」

「愛、風利、イブ。無事だったか」

「怪我はありません。それより、急に悪魔達がこっちの方向に走りだして·····場所がバレています!」

「そりゃ構わないさ。どっちみちこの廃墟に誘導するつもりだったからな。それより問題はこのゲートだ」


 全員が揃った。やはりこれを待っていたのか、水神のゲートは薄く光り始めると次々に悪魔を召喚していった。

 やっぱりそういうことか。姿を現さないわけだ。


「みくり、準備は出来てるだろうな?」

「·····気持ち悪い」

「そりゃ万全だ」

「ま、待ってよあかり!」


 いざ決戦に臨もうというのに、美空は慌てて止める。指を敵のゲートに突き立てながら声を荒らげた。


「あれがリヴァイアサンのゲートだって言うなら、変身もしてないあたし達の場所が分かるって事でしょ! 隠密で近付く作戦は無理よ! いまあかり達が突っ込んでも囲まれて終わるだけなんだから一度撤退するべきだわ!」

「逆だよ美空」

「はぁ?」

「今しかねえの」


 夥しい数の悪魔を放出し続けるゲートを指差し、手短に説明した。


「自分の手元からあんな数召喚するってことは、恐らく側近をほぼ全て送り込んでるんだろう。ゲートは自分の周りに幾つも召喚出来るけど、遠距離には一つしか出せない。離れれば離れるほど座標は狂う上、消費魔力も跳ね上がるからな。南や南東の悪魔をこの廃墟へ送ってるわけじゃねえんだ」

「で、でも·····」

「時間がないんだ信じてくれ。お前らは全力で逃げろ。それだけあたしらが戦いやすくなる。もしもの時のゲートはイブが開いて、さくらは消滅魔法を使ってでも守り抜いてくれ。真弓の闇があれば逃げやすいから、みんな真弓から距離を取り過ぎないようにな」

「あ、もう!!」


 返事を待つといつまでも終わらない。あたしとみくりは空高く浮かび上がると、ゲートから流れ出る悪魔が底を尽きたのを確認した。


「消えない」

「さっきの魔法といい、使い終わったゲートそのままといい、やっぱ誘われてんのかな」

「じばしり、入る?」

「他人のゲートってな変な気分だぜ」


 地上には五百から六百の悪魔。まともに相手をすれば死者が出るだろうが、逃げの一手ならばこちらが有利。ここは自分たちの仕事に徹することにしよう。




 意を決して、あたしとみくりは敵のゲートへ飛び込んだ。その先にある微かな希望を求めて。

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