第四十一話 知らなかった一面

「へぇ、洋ロリそんな強かったんだ」

「美空ちゃんぐっすり寝てたもんねぇ」


 ガーデン到着二日目の夜。あたしと風利とイブは愛の部屋に集まってパジャマパーティーをしていた。ここのメイドさん達がお菓子とジュースをくれたからついやっちゃったのだ。布団もふかふかで気持ちいいしすごく楽しいのだけれど、気になることがあるとすればメイドさんに借りたパジャマが大きくて袖から手が出ないことと、一番大きなソファを占領して毛繕いをしている犬だ。


「ん、呼んだ?」

「呼んでないわよ。てかなんでさくらが愛の部屋にいるの。あかりの部屋に帰りなさいよ」

「僕の部屋はないんだからつまりどこ使ってもいいってことなんだよね。今日は愛ちゃんの気分」

「きっしょ。男子禁制だからシッシッ」

「残念、僕に性別は無いんだよねぇ」

「美空ちゃん。まぁまぁその辺で、ね?」


 愛になだめられ、さくらから顔を背けるとちょうど向かいに座っているイブと目が合った。ちょっとだけ我が物顔の犬に当て付けてやるつもりで、イブの頭に手を伸ばす。


「イブは同じ魔族なのに、こーんなに静かでいい子ふげぇっ!」

「·····ダメだよ。イブは私のパートナー」

「ちょっ! 退きなさい風利! 少し撫でようとしただけでしょ!」


 身を乗り出したあたしの上に倒れ込んだ風利はツンと聞く耳を持たない。

 その様子が楽しそうに見えたのか、目を輝かせたイブが動いた。


「イブもー」

「ふぅうんっ! 遊んで、ないってば!」

「ふふ、えーいっ」

「や、やめぐぇっっ! 重ぃぃ·····っ!!」


 イブに続き愛も乗ってきて、流石に呼吸がやばい。

 なんであたしこんな拷問受けてるんだろう。

 喋る元気も無くなって、魔法使ってやろうかなと考えた時だった。鍵を掛けたはずの扉が勢いよく開かれる。


「女児の甘美な吐息が聴こえるのはこの部屋かぁああああハァハァハァハァ!!」

「うわぁああああああああ発情した真弓さんが来たぁあああ逃げろぉおおおお!!」

「ふへへへへへえへふへへ逃がさないわよぉ??」


 化け物の乱入で部屋の中は大混乱。パジャマパーティーは中断され、賽の河原で鬼ごっこをさせられるような地獄絵図が広がった。


 数分後、見事に全員捕まえて満足顔の真弓。いまは最後に捕まえた風利を撫で回したり頬擦りしたりと天国を満喫している。


「で、なんで来ちゃったのさ」

「散歩中で楽しそうな声に釣られちゃったぁ☆」

「小学生の女子会に混ざって楽しい?」

「死ぬほど楽しい」

「みくりさんに焼かれちゃえばいいのに」


 ヘラヘラと笑う真弓さん。そうだ、みくりさんだ。彼女がこんな暴走を許すはずがない。だいたい、常に一緒にいるのに何で一人だけで散歩してるんだろう。喧嘩でもしたんだろうか。

 あたしの表情から察したのか、真弓さんは少し寂しそうにスカートのフリルを弄る。


「みくは部屋でグロッキーなのよねぇ。地走の自主練に付き合ったんだから当たり前だけど」

「あかりが·····自主練?」

「えぇ、何その顔〜」

「だって、ねぇ? 天才なのに·····」


 あたし達はたぶん同じ顔をしていた。愛と風利は間違いなく同じ事を考えていたはずだ。

 だって、あかりと自主練って言葉が全く結びつかない。あの天才は訓練中も誰かに教えるだけ。これだけ一緒にいて、自分の為に時間を使っている所を一度も見たことがないのだ。

 どう触れればいいのかわからず、あたしと愛は何となく風利を見た。風利はイブと目を合わすが、娘の彼女もイマイチしっくり来ていない。

 すると、ずっと傍観していたさくらが口を開く。


「あかりはそういうの人に見せないよ。真弓は同期だからよく知っているかも知れないけど同属性の僕も一、二回しか見たことない」

「は〜ん、ほ〜ぅ」


 うんうんと頷く度に悪い顔になっていく真弓さん。いま、すごく意地悪な事を考えている。絶対。

寂しそうな顔はどこへやったのか、ベッドから降りた真弓さんはパンと手を叩く。


「さ、子猫ちゃんたち早く着替えてぇ〜」

「な、なんでよ。時間的にもう夜なのよ?」

「ふふ、地走の練習覗きに行くのよ〜」

「えぇ!?」

「興味あるでしょ? 夜にしかやらないんだぁ〜」


 もしかして本当に自主練してるの? 嘘じゃなくて? だとしたら正直めちゃくちゃ気になる。

 変な後ろめたさがあたし達の足を重くしたけど、好奇心には勝てない。続々と着替えを始め、準備が整ったら早足で歩く真弓さんを追いかけた。


 人気のない静まり返った宮殿の道を進みながら、事情の知らない四人で胸の高鳴りを語り合った。どんなことをしているのか、どれくらいしているのか、実は瞑想しかしていないんじゃないかとか。そんな予想をして笑っていた。

 あたし達の中で、あかりは天才の中の天才。努力知らずの仙人みたいな人だ。自分は放っておいても強くなるから他に教えるため時間を割く。最強の名に恥じぬ強靭な心でいつも支えてくれて、絶対に折れない。絶対に守ってくれる。自信家で偉そうだけどそれが友達のようで、同時に親のような包容力のある人だ。

 宮殿の出入口から庭を挟んで、見張り棟のような縦長の建物の前で、真弓さんは一度もこちらを向いて人差し指を立てる。そろそろ近いのか、静かにしろと言っているのだ。でも·····。


「ここ、狭くない?」

「地下が広いのよぉ。バレないと思うけど、ここからは小声で話してね?」


 ニコッと微笑んだ真弓さんは、さっきと違って意地悪な顔をしていなかった。この人、いったいどうしたいんだろう。

 背の低い扉を開けて、螺旋を描く石階段を下っていく。それからしばらく、どれだけ下りても足音以外聞こえない。本当にあかりはいるんだろうか。

 ずっと同じ場所をループしているようで、もどかしくなったあたしは真弓さんに引き返す提案をしようとした。


「ねぇ、もういいんじゃ·····」

「到着〜。あの扉の先よぉ」


 タイミング良く、少し広い空間に出る。まるでガーデンの入口になっていた祠みたいな造りで、ここまで来て物音一つしないとなると、やっぱりこの扉もゲートみたいな仕掛けになっているのだろう。

 真弓さんが躊躇なく扉に手を掛け、あたしの心臓は思い出したように鼓動を速める。少しでも近くで覗こうと前に出ると、真弓さんはいくつか忠告する。


「この扉を開けると、ほぼ間違いなく耳が痛くなるけどビックリして声を上げないでねぇ?」

(こくこく)

「あと、何が見えても絶対に飛び出さないこと。いいかなぁ〜?」


 みんなで顔を合わせて一緒に頭を振る。せっかくだ。出来る限りいつも通りのあかりが見たかった。

そして、意を決して扉が開かれる。

 たった数センチ開いた瞬間。隕石でも降ってきたんじゃないかという大爆音があたし達を襲った。


「っっっっ!?!?」


 辛うじて、辛うじてだ。心臓が飛び出そうなほどビックリしたのに誰も声を出さなかった。いや、ちょっと出た。イブから「ふひゅんっ!」みたいな変な音がした。

 笑いを堪える真弓は耳まで真っ赤にして、扉の隙間から中を覗くように促してくる。いつまでも目を丸くしていられない。あたし達は直接手で口を抑えたまま、並んで覗き込む。




 そこには、信じられない光景が広がっていた。



「う"あぁぁああああああああああ!!!!!」


 恐ろしく広大な鍾乳洞の真ん中で、全身傷だらけのあかりが数百はいる多種多様な悪魔に囲まれている。殆どは岩の怪物で、鋼らしき光沢を放つ何かが十体前後。四面楚歌どころの騒ぎじゃない。死を覚悟するしかない状況だった。

 岩のくせにあたしと同じくらい速い。鋼の怪物に関してはたぶんそれ以上。恐らくあかりが召喚したのだろうと分かるけど、間違いなく主を殺そうとしている。あかりは自分の魔力と殺し合いをしていた。

 呆気に取られ、しばらく黙って眺め続けた。時間と共に数は減っているが、あかりの消耗が空を上回る。岩の怪物に気を取られすぎると鋼に重い一撃を受け、その度に血が舞う。それでも動きを止めれば致命傷を負ってしまうから歯を食いしばって足を持ち上げる。血と汗と涙でグシャグシャのまま、ガイアロッドを振るい続けた。

 想像を遥かに越える光景に、胸が痛くなった。これが、本当に練習の範疇なのだろうか。なんでここまでしなければならないのだろうか。あかりは、あかりはどこへ行こうとしているのだろう。


「地走は天才よ。それは間違いない」

「·····え?」


 真弓さんは語る。その目は曇りなく、真剣そのものだった。


「身体は軽く、魔力も多い。発想力が軍を抜いて次々に新魔法を生み出しては実践に取り入れる。きっと私たちと同じ事をしていても、一番強いんでしょうね」

「だったら、ここまで·····」

「でもね、それじゃ守れないのよ」


 声が、僅かに震えた。

 ハッと真弓さんの顔を見上げると、彼女の瞳が潤んでいた。·····ように見えた。


「地走にとって大切な人が死ぬ時、絶対にあの子がその場にいる。不幸な事にね。そうすると、人ってどういう気持ちになると思う?」

「··········守れ、なかった?」

「そう、誰より強いのに、英雄だの最強だのと謳われて来たのに。力はあるのに負け続けているのよ。もちろん、勝った数のほうが守った命の方がずっと多い。それでも納得するような女じゃない。もう誰も失う訳にはいかないから、誰より才を持ってして誰より努力をする。守るものも増えちゃったからねぇ〜」


 真弓さんの手があたしと愛の頭に置かれる。その優しい手つきに、不意に涙が抑えられなくなった。

なんで黙ってたんだろう。あたし達はまだ守る対象なんだろうか。一人きりで、ずっと戦ってきたんだろうか。

 想いが爆発しそうになった。そんな時、遠くで聴こえるあかりの声色が変わる。

残り数体を前にして、鋼の化け物に捕まっていた。


「あかり!!!!」

「あ、ちょっと!!」


 真弓さんの声を無視して、あたしは飛び出した。

鋼の一人があかりへ拳を振りかぶる。アイツの一撃をまともに食らえば腹を貫通する。そんな事させない。間に合え、間に合え、間に合え!!


「美空ちゃん!!」


 すぐ後ろで愛の声。同時に飛び出したのだろう。風利と愛の手が結ばれ、繋ぎ目で二人の魔力が渦巻いている。

 水と炎。そうか、これなら。

 あたしはスピードを緩めて、自分の足を魔力の渦に当てる。その瞬間、調和しない二つの魔力は大爆発を起こしてあたしの身体を前に弾き飛ばす。その刹那のタイミングを逃さず、身体を雷へと同化させる。

 今まで出たことのない速度で打ち出されたあたしは、宙で変身してブーストを掛ける。鋼の拳なんかに負ける気がしない。

 あかりへ打ち下ろされる腕を粉砕して、勢い余って奥の数体を貫く。壁に着地して、直ぐにあかりの元へ飛んだ。


「あかり!!」

「な、お前ら!?」


あたし達に気付いたあかりは間抜けな声を上げる。連動するように動きを止めた残りの鋼を愛と風利が真っ二つにして、三人で囲むようにあかりを背にした。


「ちょちょちょ、なんだこれタンマタンマ!」


 あかりが腕を振ると、残っていた化け物はみんな崩れ落ちる。

 あたし達の荒い息だけが聞こえる鍾乳洞で、あかりは狼狽えたままキョロキョロしていた。


「か、鍵かけてあったよな?? どうやって·····」

「ばかあかり!!」


 あたしの怒声に身体を震わせたあかりは、呆然としていた。でも、あたしは昂った気持ちが抑えきれず声に乗せる。


「なんで何も言ってくれなかったの! あかりだけこんなに頑張らなくても、あたし達は仲間じゃない! 辛い過去があるのかもしれない。あたし達はまだ頼りなくて、守らなきゃって思うのも仕方ないけど! でも! あたし達は仲間じゃない! 一緒に頑張ろうよ! もう一人だなんて思わないでよ!」

「お、お前なぁ·····何を言って·····」


 あたしだけじゃなく、愛と風利もあかりに抱き着いて離さない。困ったような顔をするあかりの目線が、入口の方を見たまま固まった。


「真弓ぃいい。お前が原因だなこのやろう」

「あ、あらぁ?」


 あたし達の手を優しく解いたあかりは恐ろしい速さで、逃げようとする真弓さんを捕まえて口では言えないお仕置きをした。

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