第四十話 懐刀

 本当ならば、腕試しの相手に冥王は入っていない。彼の側近からいい勝負になりそうな者をあてがわれるだけだ。それに勝つ必要もない。あたしと真島姉妹がクリアしている以上、後輩組がどんなに弱かろうとオマケみたいな扱いで仲間に入れてもらえる。予めそういう話になっているのだ。

 だからと言って、オマケになるつもりはサラサラないのがウチの子達のいい所。


「これで、終わりにしよ?」

「·····参りました」


 自分より二倍以上の半魚人にノーダメージ勝利を決めた風利は、喉元に突きつけた忍者刀を解除して背を向ける。部隊長に手も足も出させなかった割に、どこか不満げな顔をしているのは物足りなかったからだろうか。

 本人より嬉しそうな愛は風利に駆け寄り、勢いのまま抱きついて勝利を祝した。


「風利ちゃんすごい! 何してるのか全然分からなかったよ! 本物の忍者みたい!」

「ちょっ、やめ·····」


 頬擦りする愛をちょっと押し返すが、褒められるのは好きなようで満更でもない。


「風利、納得出来てないみたいだけど?」

「んー、だって、卑怯。相性だけで勝ったもん」


 そう言って、大量の汗と軽傷まみれの半魚人へ申し訳なさそうに頭を下げる。見た目に反して穏やかな半魚人は悔しさを隠すように快活に笑った。

 流石に本人はわかるようで、実際今回の部隊長は風利との相性が最悪なのだ。根っからの力と耐久タイプで、魔法も捻ったものが無い攻撃系ばかり。目に見えて壁役だろう。対して風利はトリッキーにトリッキーを加えた変幻自在の立ち回り。いやらしい設置魔法だけでなく最大火力も高い炎を使い、神器は形や数を問わない。接近さえ出来れば対処されることはほぼ無いわけだ。

 たまたまの巡り合わせとは言え、この結果を見せられては冥王も考えを改める。


「出すつもりはなかったけど、残りの子にはこちらの二番手を当てちゃおうかな」

「はい、頑張ります!」

「ふふ、おいでアリス。殺しちゃダメだよ?」


 律儀に返事をする愛はなんていい子なんだろう。なんて、笑っていられない。ナンバー2を出すと聞いて、真島姉妹も表情が強ばる。予想以上に評価されたことが裏目に出てしまったようだ。

 何せ、この国のナンバー2は·····。


「お手柔らかに」

「あれ、さっきの案内人の女の子?」


 入口からこの広間まで連れてきてくれた金髪のメイド少女は行儀良くスカートを掴んでお辞儀をする。アリスと呼ばれるこの子は、以前あたし達が辿り着いた時にみくりと戦った相手だ。

 みくりは小さな声で愛を呼ぶと、耳元でコソコソと話し出した。


「愛、最初は全力で防御だよ。変に避けちゃダメ」

「よ、避けない? 何が来るんですか?」

「挨拶」


 言い終えて得意気にニヤリとするみくり。いや、そんな半端な助言でイキんなよ。先輩面だって楽じゃないんだぞ。

 ワケもわからないまま愛が前に出ると、光の壁があたし達の周りや壁一面に張り巡らされた。これは冥王の心意気。巻き添えを食わないためのシールドだ。


「さあ、始めよう」


 冥王の声に先に反応したのは愛。アマンダの能力を直前に発動していたのかスタートのタイミングを逃さなかった。


「【蘭泉······】」

「やー」


 突如、愛の身体が光に飲み込まれる。アリスの頭上にいつの間にか召喚された魔法陣から真っ直ぐに伸びる巨大なレーザービームは、凄まじい衝撃波を広げていった。


「直撃か!?」


 これがアリスの怖いところだ。奴は魔法を使う時に一切の溜めがない。その速度は冥王を上回り、前回みくりが戦った時には直撃を受けた。初弾で大ダメージを取られ、ジワジワと削られみくりは敗北したのだ。

 残光が徐々に消えていき、愛の安否を確認するために何度も瞬きをした。殺しはしないはずだが、もし直撃しているのならばみくりより悲惨な結果になる。


「速い。けど、雷よりはマシかな。光っぽいけど光速じゃないんだね」

「マジかよ·····」


 水の法衣【蘭泉羽衣】を纏った愛は三本のアマンダを周囲に召喚して無傷で凌いでいた。

 忘れていた。愛は防衛のスペシャリストだ。それに、聞けば美空の雷撃を見てから防げる化け物じみた反射神経を持っているとか。

 格上のみくりでさえ防ぐことの叶わなかった初弾を潰され、アリスの目の色が変わる。


「あ·····うん」


 だが特に言うこともなさそうだ。シャイな奴。

 それでも、愛に興味が出たのか少し前に出る。続いて二つ目の魔法陣が現れた。

 巨大レーザーは二つに増えたが、今度は上手く避ける。三つ目の魔法陣が加わると、回避させないように発動のタイミングが不規則になる。

 冷静に、確実に、無駄無く。愛の身体は舞い落ちる薄布のように流麗で、美しいとさえ感じてしまう。アリスを相手に、ガーデンのナンバー2を相手に本当によく耐えている。

 そう、耐えているのだ。


「もう一つ」

「··········んんっ」


 増え続ける魔法陣が八つになって、愛は初めてかすり傷を受けた。着地と共に重心がブレるが、痛がる素振りも見せず大きく距離を置く。掠っただけとはいえ受けたのは足だ。回避方法を変えるつもりなのだろう。

 これまで愛は一度も攻撃に移っていない。大型の魔法を乱射してくるのだから、ガス欠狙いの反撃を考えるのは当然だ。恐らくアリスと対峙する者の多くは取る選択肢だと言えるだろう。

 そして、それが悪手と気づく頃には手遅れになる。

 魔法陣の数は十三。もはや万華鏡の中にでもいるかのように訳が分からない景色で埋め尽くされ、愛は避けることを諦めた。個別に捌き切ることも難しくなり、全方位に広がるウォータードームの中で歯を食いしばる。

 ここらで限界だ。


「こ·····」

「こ?」

「·····降参します」

「そう」


 アリスは少し寂しそうに魔法陣を消していく。完勝はしたものの、かすり傷しか与えられなかったことに不満があるのかもしれない。愛がもう少し粘れば手応えもあっただろうに、そこの所は賢く引き際を逃さなかった。

 始めから勝負にならないとわかっていたのか特に悔しい素振りもなく、勉強熱心な彼女はアリスへ駆け寄る。


「あの」

「何?」

「すごい攻撃でした。全然隙も無くてどうしようって思って、魔力が切れるの待っててもどんどん魔法陣増えるからもう駄目だなって思っちゃいました」

「そう」

「一発がすごい魔力量だったのに、あとどれくらい残ってるんですか?」


 アリスは一度黙り、目線を左右に揺らしてから指を二本立てた。


「これくらい」

「二割·····ですか? そっか、あと少しだったんだ」

「おしい」

「え?」

「二割。しか出してないよ」

「··········惜しくないですね」


 絶望の答え合わせ。

 アリスに持久戦自体が悪手なのだ。最大魔力量があたし達どころか魔界で指折り。その上回復速度も非常に速い無限砲台。真っ当に攻略するならば火力で上を行く他ない。そんなことが出来るのはさらに指を折らなければならないけど。

 ここで愛が少し落ち込んで帰ってくる。だけかと思えば、今度はアリスが愛を止める。


「あなた、堅いのね」

「え、ありがとう、ございます?」

「ねぇ·····どれだけ耐えられるの?」


 アリスが微笑み、魔力が急激に高まる。


「離れろ愛!」


 声に反射して飛び退く愛を追って、今までの比にならない規模の光が辺りを包む。巨大過ぎて一切の退路がない。その光景に、水神が七海コアを破壊させた一撃がフラッシュバックした

 ガイアコートが追い付かない。守れない。愛が死んでしまう。あたしの発動速度はアリスに遠く及ばない。なんでこんな事を·····。

 様々な思考が頭を覆う直前、さらに速い何かが視界を埋める。


「笑えない·····笑えないわ·····好きじゃない」


 光を飲み込む漆黒の壁が、愛とアリスを分け隔てる。獣皮のような影を揺らめかせるソレは、大事な仲間を包み込むように抱き寄せた。

 漆黒の壁は唸りを上げ、そいつの心を代弁するように渦巻いて弾ける。弾けて初めて、それがよく見知った黒炎であると認識できた。

 変身第二段階を発動した炎の魔法少女。黒炎の獣皮を身に纏う【テラー】状態のみくりが殺意の篭った眼差しで空中からアリスを見下ろしていた。


「今度は、反応出来たね」

「···············」


 テラーの影響で赤黒く光る瞳が無表情のアリスを写す。いつどちらが仕掛けてもおかしくない。お互いの魔力が膨張を続けていた。

 そこで、終止符は打たれる。


「はいそこまで。戻りなさいアリス」

「·····はい」


 熱鉄を冷水に落としたように、アリスの魔力は見る見る鎮火していった。無防備に背を向けて去っていく姿を見送り、みくりも変身を解いて帰ってくる。


「愛! 怪我してないか!?」

「だ、大丈夫です! ちょっとビックリしちゃいましたけど、みくりさんが守ってくれました」

「本当に、本当によかった。ありがとうみくり」

「·····まぁ、わかってたし」


 上手くやったご褒美にシスコンの姉に撫でられまくるみくりは、少し頬を膨らませているように見えた。


「こっち、チラチラ見てきた。本当にやると思わなかったけど」

「お前が出てくるよう誘導されたってことか? でも何でそんなことを」

「··········再試験? 知らない」


 真意が知りたくて冥王を睨みつけると、彼は困ったような笑顔で首を縦に振った。


「そんなところだね。みくりくんは以前負けちゃってたけど、二段階変身を覚えてからアリスと戦ってなかっただろう。緊張感のあるいい機会だと思ったんだけど·····威力が大き過ぎたのは後で叱っておくよ」

「·····先に言っとけよ」


 まぁ、先に言ってしまえば何の意味もないのだろうけど。それでも、一切動けなかったあたしは悔しさから吐き捨てた。


「ん〜、んぁ?」

「美空、もう起きたのか」

「·····何? なんであたし抱っこされて寝てんの?」

「お前が抱きついてきたんだよ」


 大きな欠伸で伸びをする寝癖少女も復活したところで、ようやく冥王が重い腰を上げた。


「さて、一段落したところだしそろそろ休むといい。これから数日はここでゆっくりしてもらうつもりだから部屋も用意してあるよ。荷物をおいたら浴場までアリスに案内させる。その間に食事を準備させよう」

「お風呂! ご飯! みんな早く行こ!」


 寝起きのくせに急に元気になる美空は、愛と風利の手を掴んで走り去って行った。まだ案内役がここにいるのにどこへ行くつもりなんだか。


「じばしり」

「どしたみくり」

「後で、付き合って。安定しないから」

「んー、まぁいいぜ」


 みくりから修行の誘いなんて珍しい。第二形態がまだ思い通りに使いこなせていないようだ。ちょうどこっちも課題が出来てしまったから手伝ってもらおう。

 珍しいやり取りを見て妬いたのか、修行する気がほとんど無い真弓が間に割って入った。


「浮気。ダメ絶対」

「いやお前も付き合えよ。最近サボり過ぎだぞ」

「だぁって頭打ちなんだも〜ん」

「そりゃ、わかってんだけどよ。ほら筋トレとか」

「ムキムキの身体でゴスロリ着ろってぇ?」

「·····キモイな」


 ようやく気も抜けて、その後も適当に会話しながら各自の部屋へ向かった。風呂に入って、飯食べて、みくりとの訓練の後また風呂に入って寝た。

 翌朝も久しぶりに質の高い休息を取ったせいか全員寝坊することになって、ここから何とも締まらない日々が続く。

 結局、次の作戦会議が開かれる十日後まで完全自由行動になってしまったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る