魔法『少女』だった頃⑤ 〜最大のミス〜

「【クロックロック】」

「よっと!」


 相手の動きを封じる振動を放つ大岩を優香に投げ付けると、彼女は全くものともせずにそれを殴り崩した。


「やっぱダメか〜。ちょっとくらい止められると思ったんだけどな」

「そりゃそうだよ。いくら振動してても時間が止まったら動きも止まる。言った通りでしょ?」

「わかってても試してみたかったんだよ」


 一旦訓練は休憩にして近くの流木に腰掛ける。いつもの島はあたしと優香、そして自分の魔力を扱い切れず暴走させ寝込んでいる真弓だけだったので静かなものだ。


「静かだな」

「うん、ものね」


 そう言いながら、海の向こうで立ち昇る巨大な水柱と濃霧を見つめる。小さ過ぎて見えないが、そこには七海とみくりが本気の試合をしているところだ。みくりが遅れて新技を編み出した事で実力に差が出たため、七海の有利な海上での試合となったわけだ。もちろん潜るのは禁止だけど。


「あ」

「終わったかな?」


 みくりの炎が赤から青、そして黒に変わった瞬間、二人の動きが全くなくなった。

 しばらくして、無傷のみくりが気絶した七海を背負い戻ってくると、それをまだ目が覚めない真弓の横にそっと寝かせる。


「みくり、どうだったよ?」

「……セーブが難しい」

「はぁ、お前もう成長しない方がいいんじゃねえか? いつか仲間殺しそうだ」

「……頑張る」


 みくりはそのまま姉の横に座って携帯を弄りだした。ここまで余裕で退けられてしまうと、さすがに七海が可哀想になってくる。七海だって色んな技を編み出して強くはなっているのにそれを力ずくで押されつけられてしまうのだから。


「なぁ優香。お前そろそろみくりをギャフンと言わせてやれよ」

「無茶言わないでよ。青い炎ですら時間止めても熱いんだから黒なんて近付けもしないわよ」

「え、そうなのか?」

「何でか知らないけどね。それにみくりは感がいいから時間止めるタイミングで引いちゃうから近付く頃には動き出して丸焼き。もう焦げたくない」

「へー」


 未だ試合で負け知らずのみくり。今のところまともに戦えそうなのは優香だけだというのに、彼女でさえ大きな実力差を感じているなんてつくづく化け物じみている。


 そんな風に、午前中はいつもとなんら変わらなかった。変わらなかったはずだった。







 現れた小さな小さな魔力反応に対して







 油断してしまった。







「ん? 今の悪魔か?」

「そう、なのかな? 一瞬過ぎてわからなかったけど……どこに出たんだろ」

「これじゃゲートも開けないなぁ。みくり、お前今の感じ取れてねぇか?」

「……わかんない」


 この時一番感覚の鋭いみくりが探知出来なかったこともあり、気のせいだろうと決めつけていた。訓練後で全員が疲れていたとか、敵であっても無害かもしれないとか、それぞれが適当な言い訳を作って探そうともしなかったのだ。

 その日の訓練を終えたのが午後の夕陽が出てきた頃。七海と真弓が目を覚ましてから家に帰った。


 その晩。九時を過ぎてから七海の緊急招集がかかり、優香と佳珠の通う小学校の屋上に全員が集結することになった。

 深刻な顔をする七海。優香はその横で下を向いたまま暗い顔をしていた。


「全員揃ったわね。電話で話した通り、佳珠が行方不明なの。みんな協力して」

「それは心配だけどぉ、遊び回ってる可能性はないの?」

「それはないわ。優香から聞いてる限り、佳珠は門限を破るような子じゃないし何より……」


 代わりに説明していた七海の前に出た優香。今にも泣きだしそうな顔をする彼女を見たことがなくて、一瞬で心が冷えた。


「佳珠の魔力、感じないの……」


 一人変身している彼女がそれを宣言する事で、真弓とみくりの顔が凍りつく。

 変身することで魔力を感じる距離を広げられる魔法少女。あたし達は変身さえしていれば住んでる県を丸ごとカバー出来る特性がある。優香と佳珠、真弓とみくりは血の繋がりが影響しているせいか、お互いの場所ならば距離はその何倍にも跳ね上がる。

 つまり、数県離れた場所にいるか、悪魔の特殊能力で隔離されているか、もしくは……。


「早く探すぞ! 優香はあたしと来い! ゲートなら日本中連れて行ける!」

「優香とあかりは二人で行動して。真弓とみくりは北上、私は南下して……」


 ようやく行動に移ろうという時に、今までに感じたことの無いほど巨大な魔力反応が現れた。まるで見計らっていたかのように。


「こんな時に敵かよ!? 凄ぇ魔力!!」

「あかり、こっちは何とかするから佳珠を探しなさい。優香を頼んだわよ」

「おいおい、これお前ら三人で勝てそうにないだろ。あたしもそっちに行かねぇと全滅すんぞ」

「幸い反応は海の上。私の独壇場よ。みくりもいるから最悪足止めは出来る。早く見つけて帰ってきなさい」

「う……わぁったよ!!」


 強敵を前にして別行動。普段の七海なら絶対にしない選択だが、状況が状況だけにこうせざるを得ない。

 どこか放心状態の優香の手を引き、無理矢理にゲートをくぐる。まずは佳珠が最近遊びに行ってる北側に向かって、その後に南だ。






「はぁ、はぁ、はぁ」

「あかり……」


 立て続けにゲートを召喚して北海道までの全てを探索したあたし達。そこから南に向いて京都まで飛んだところで、あたしの魔力が尽きかけてしまった。

 ゲートは扱いがかなり難しく魔力消費が多い。まだ『精度』も上げきれていないのに連発で使うのはさすがに厳し過ぎたのかもしれない。


「あかり、少し休も? あの子なら、きっと大丈夫、逃げ足だけは速いもの」

「……優香、無理すんな。顔はそう言ってねぇぞ」

「…………」


 ゲートをくぐる度に不安が重くのしかかってくるのだろう。もう優香は作り笑いすら出来ない。

 汗だくの身体を抱き、息を整えて魔力を溜める。大丈夫。すぐに次のゲートを開くことが出来そうだ。


「優香、姉のお前がそんな顔してたら佳珠が出てきにくいだろ? どんと構えてろよ。『姉ちゃんが守ってやる』だろ?」

「……うん」

「よし、行くぞ」


 今の優香に言葉は届かない。あたしが連れて行ってやらないと。そんで、人騒がせな迷子を叱りつけて、みんなで鬼ごっこでもして仲直りだ。それまでは、死ぬ気でゲートを開き続けてやる。


 そして、終幕の時間がやってきた。






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