魔法『少女』だった頃③ 〜最弱の逃走劇

 優香の妹、馬場佳珠ばば かじゅのイメージは臆病者だった。




「あかりーん」

「ん、佳珠か。何してんだこんなところで」


 森の中で密やかに訓練していたあたしの元へ駆け寄って来たのは、いつも片目を隠した遭遇率最底辺の魔法少女だった。


「今日はねーこの辺りの鳥さんとお話する約束してたんだよボク。ほらあかりんも一緒にお話しよーよー」

「見てわかんねぇか? 訓練してんだよ」

「ひっ」


 別に強く当たったつもりはないのだけど、明るいくせに極度の怖がりの佳珠は体を震わせて木の後ろに隠れてしまった。

 何となく悪い気がして優しく微笑んで手招きをする。そうすると、佳珠は表情をぱっと輝かせて再び近寄ってきた。


「えへへ〜」

「ははは……」


 なんか掴みどころがなくて気まずい。

 正直なところ、あたしとコイツは相性が良くないと思う。物心ついた時から乱暴な口調が染み付いていたあたしが話すと、佳珠は高確率で数歩下がる。それなのに、何故か変な懐かれ方をしていてすぐに寄ってくるのだ。笑ったり怯えたり扱いに困って仕方がない。

 まぁ、好奇心が旺盛なのだろう。初対面の時から『あかりん』とあだ名で呼ばれ、出会う度に後ろから着いてきてはいつの間にかいなくなる。神出鬼没で用事があってもなかなか捕まらないなんてよくある事だった。

 優香もいなくて丁度いい、予てから言いたかった話でもしてみよう。


「なぁ佳珠。そろそろお前も魔法の訓練……」

「いーやーだー!」


 食い気味な断固拒否。


「で、でもさぁ、お前の属性や神器の能力は誰よりも戦闘向けだし」

「ボク戦うの嫌いだもん!」

「家族が悪魔に襲われたらどうすんだよ?」

「お姉ちゃんが守ってくれるって言った!」

「……お姉ちゃんが負けちゃったら誰が守るんだよ」

「イヤなものはイヤーなのー!」

「少しは考えて喋れよ!!」

「ぴゃっ!」


 余りにも聞く耳を持たない姿勢についイライラしてしまった。佳珠はさっきより遠くの木に隠れて小動物のように警戒の目を向けてくる。

 本当に面倒くさい。歳は一つ下なのに、まるで娘に言い聞かせる親のような気持ちになってしまう。


「はぁ……ごめん佳珠。言い過ぎた」

「……ボク考えてるもん」

「そうだよな。でも話くらい聞いてくれ。ちょっとだけ、な?」

「…………」


 まだ警戒は解いていないが、それでも近付いてきてくれた佳珠。訓練で使っていた丸太に腰掛けて、隣に座るように促した。


「今はあたし達四人で何とかなってるけど、これからどんな強い悪魔が来るかも分からないわけだろ?」

「…………」

「あたしは思うんだ。佳珠がいればもっと多くの人が救えるんじゃないかって。お前の『風』は広い範囲を守ることが出来るし【仙宝 フェレス】の能力があれば正直あたし達がやってる事、お前一人で出来る。それだけの力を秘めてるんだよ」

「うーん」

「あたし達も、お前の姉ちゃんも万能じゃない。それこそ万能ってのはお前の為にある言葉だと思うんだ。その力で姉ちゃんを守ってやりたいと思わないか?」

「……ふぅぅ」

「あたしも怖いんだ。あたしや仲間がいつ死ぬかわかんねぇし、出来るだけそういうのは避けたい。お前の能力はそれを回避出来ちまうからさ、どうしても頼っちまうんだ」

「ぬぬぬぬ……」

「わかってくれるか?」

「……もう喋っていい?」

「あぁ」

「やだ」


 舌を突き出しての拒否。

 このクソガキ……。


「ぐぐ……そ、そうだよな。お前の考えも聞かないと話し合いにならないよな? なんでそんなに戦いたくないんだ?」

「あかりんに話しても分かってくれないから話さなーい」

「そそ、そう言わずにさぁ」


 血管が切れそうだ。殴りてぇ。


「じゃ、ゲームに勝ったら教えてあげる」

「あ? ゲーム?」

「そ、鬼ごっこしよ?」


 佳珠は被っていたハンチングをくいっと上げて楽しそうに立ち上がった。

 ゲーム。鬼ごっこに勝つだけでこの非戦闘狂を説得できる材料が得られるなら願ってもないことだ。


「ルールは簡単です! この森の中でボクが逃げるからあかりんが捕まえたら勝ち! 魔法の使用も許可しちゃいます!」

「魔法が有りなのか」

「そだよー楽しそうでしょ?」

「ふふ……あぁいいぜ」


 馬鹿なヤツめ。あたしが岩しか出せないと気を抜いてると見た。残念ながら新技を覚えたあたしにこのルールは有利過ぎる。


 お互いに変身を終えたあたし達は、十メートル離れた所でスタンバイ。彼女の合図でスタートが切られた。


「よ〜い、ドン!」

「【ローズゴーレム・ウィップ】」


 開幕早々、佳珠の背後に岩の蔓を召喚して空を塞ぐように捕えにかかる。風魔法なら空へ飛ばれなければなんてことは無い。


「おっと! あははっ、あかりんずるーい!」

「ま、そう上手くは行かねぇか」


 低空飛行で鮮やかに蔓を避ける佳珠。やっぱり他の魔法少女と比べて飛行速度が段違いで速い。なんの練習もせずにこのスピードとは恐れ入る。

 佳珠が蔓と遊んでいる間に速度のクリスタルを杖に埋め込んだあたしは、今度は自分の足で彼女に詰め寄る。それに気付いた佳珠は森の中へ入ってどんどん奥へと飛んで行った。


「こっちこっち♪」

「ぐ、器用なやつだな」


 こちらを向いた姿勢で飛びながら木々を避ける佳珠は、本当に楽しそうに笑いながら鬼ごっこに励んでいた。こういう心から無邪気な顔をするから、誰も彼女を仲間にしようとしないのだ。あたしも、出来れば佳珠には幸せに暮らして欲しいと思っている。

 だけど諦めきれない。あたし達はそれほど強くないのだから。


「あかりんパース!」

「うわっ、なんだこれ」

「果物なってたから取ったの一緒に食べよー?」

「おいこれ虫ついてんぞ!」

「当たり付きだね♪」

「ははっ、食えねぇっつの!」


 よく分からない果物を投げ返してやった。それすら避けて、別で持っていた果物をむしゃむしゃ頬張る佳珠は縦横無尽に森に溶けていく。

 ついて行くのが精一杯だ。やっぱり森の中じゃアイツに分がある。なにせ、鳥と話してるくらい野生児だからな。


「そろそろ本気で行くぞ」

「本気! 元気!」

「【クロックロック】」


 大岩を召喚して、木々をなぎ倒しながら佳珠へと放つ。それをギリギリで避けようとした鳥のような魔法少女の身体が急に失速した。


「あやややや?」

「お前の姉ちゃんからヒントをもらって作った『周囲の自由を奪う魔法』だ。動けねぇだろ?」

「ぬぐぐぐっ!」


 高速振動する大岩から離れられず動きを止めた佳珠は無理矢理引き離そうと足掻く。しかし、もう目と鼻の先だ。勝負あった。


「捕まえた!!」

「ふんっ!」

「へっ?」


 触れるか触れないかのところで、佳珠の身体は消えた。気が付けばどこにもおらず、何となく空を見上げたら勢いを殺せず上昇し過ぎた佳珠がバタバタと手足を振って抗う姿が見える。

 なんてやつ。見えない速度であんな高さまで一瞬で登ったってことか。こんなスピード味方どころか敵ですら見たことがない。


「佳珠! 空は反則じゃねぇのか! あたし飛べないんだぞ!」

「反則なんて言ってませーん! べー!」


 言ってねぇけどよ。仕方ない、まだお披露目には早いけどあれを使うしかない。

 最近出来るようになった特殊クリスタルの複数生成。速度のクリスタルと操作のクリスタルを合わせ、応用した移動専用魔法。


「【スリルドライブ】」

「っ!?」


 あたしは起動と同時に佳珠の背後に一瞬で移動した。あたしが飛べると思っていない佳珠は硬直し、その隙をついて手を伸ばす。

 流石に捕まえられるだろうと思ったが、佳珠は見えてすらいないその手を簡単に避ける。


 やられた。アレの発動がノータイムだとは予想外だ。


「くそ、【仙見せんけん】使いやがったな」

「あかりん凄い! 飛べるだけじゃなくてボクと同じくらい速いんだね!」


 興奮に鼻を鳴らす佳珠。いつもは隠れて見えない彼女の左目が紫色に光を放ち、瞳の周りに謎の紋様が浮かんでいた。


 これが【仙宝 フェレス】の固有能力。未来予知の神器である義眼を使った【仙見】と呼ばれるものだ。優香は過去を操り、佳珠は未来を見透かす。時を支配者する姉妹の片割れは一筋縄では捕らえきれない。

 姉妹は同じ系統の能力だが、戦闘に際して佳珠は優香よりさらに強大で凶悪だ。全てを読まれているなら何をしても無意味。さらにポテンシャルだけで飛び抜けた才を持つ優香が大きく及ばない魔法センス。共に成長していけば最強の座は佳珠。次いで優香になることは揺るぎようがない。


「さぁここからが本番だね!」

「絶対捕まえてやるからな!」


 そして、普通の人には知覚する事すら出来ない速度での鬼ごっこは、暖かい夕陽が世界を染めるまで続くこととなった。









「だぁくそ! 降参だ。もう魔力ねぇよ」

「やったぁ!!」


 スリルドライブが消えそうになってようやく、あたしは負けを認めて下降を始めた。

 土台無理な話だったのかもしれない。同じ速度で飛べても相手には未来予知で避けられる。こっちは特別なクリスタルを維持する魔力がいるのにあっちはただの飛行。勝負なんて見えていたのに、佳珠と遊ぶのが楽しくなってついこんな時間まで続けちまった。

 山の上の草原に着地したあたしはあぐらをかいて座り、その周りを嬉しそうに駆け回る佳珠。


「さぁ、あかりんには何してもらおっかなぁ♪」

「おいおい、負けた時の話なんてしてねぇだろ」

「そだっけ? んー、いい風も出てきたしこれでいっかなぁ?」


 そう言って、佳珠はあたしの太ももを枕にして寝転がった。


「膝枕って、佳珠はホント子供だなぁ」

「えへへ、あかりんって何だか安心するんだよねぇ。きっといいお母さんになるよ?なるかな?」

「こんな歳の近い娘はいらない」

「またまた〜」


 そのまましばらく休んでいると、佳珠は息をするような静かな声で話し始めた。


「風、気持ちいいでしょ?」

「そうだな」

「空気はあったかくて、いい匂いでさ。鳥さんや植物もひそひそお話してるの……」

「……」

「もうすぐね、星もぴかぴか綺麗で……お月様もにこにこ、で…………」

「うん」


 半分目の閉じた佳珠は熱くて深い息を漏らした。たぶん、遊び疲れて眠いのだろう。

 あたしは佳珠の頭を優しく撫でる。すると、まるで子猫のように気持ちよさそうな顔をするんだ。


「だから…………ボク」

「ん、もう寝てもいいぞ」

「…………」


 佳珠はそのまま静かな寝息を立てて夢の中へ行ってしまった。ちょうど日も落ちて、残されたあたしは草木のお話に耳を傾けてみる。


 わかっていた。どれだけ強くても、どれだけ才能があっても、それが例え神に選ばれていたとしても、巻き込んじゃいけない人がいるって。

 人が大好きで、この世界が大好きで、佳珠は誰よりも優しい女の子なんだ。何にでも興味があって、それなのに気が弱かったりする普通の女の子。そんなみんなの妹分の佳珠が、あたしは堪らなく好きだ。

 つまり、潮時かな。


「あかり、佳珠が世話になったね」

「優香……見てたのか?」


 気配では気付いていたけど、優香も出てくる気はなさそうだったので知らないフリをしていた。

 彼女のはあたしの隣に座って、手に持っていた缶コーヒーを一つこちらに渡す。いつも対立ばかりしているのに、今日は妙に嬉しそうな柔らかい笑顔だった。


「う、苦い……」

「へぇ、コーヒーくらい飲めると思ってた。不良っぽいし」

「別に不良じゃねえよ。口の悪さは爺さん譲りなだけだ」

「そっ」


 佳珠を膝において、優香と二人で夜空を見上げるなんておかしな日だ。でも、不思議と悪い気はしないな。

 優香は佳珠の頬をぷにぷにとつつきながら、あたしの心を読んできた。


「戦わせたくない……って思ったかな?」

「…………そりゃな」

「佳珠はね、別に何かトラウマがあって戦いたくないわけじゃないんだよ。もともと気弱で、いつも私の後ろに張り付いてる怖がりさんだったんだけど。ただそれだけなの」

「今はそうでもないよな」

「ちょっとずつ成長して色んなことに興味が出ちゃうのかな。どこにでもいる普通の子って私でも思っちゃうくらい。変な喋り方だけどね」

「確かに変わってる」

「ま、だからこそ戦わせちゃ駄目なんだと思うよ。こういう子を守ってるんだって私達が気付くくらいで丁度いいんだよ」

「はぁ、それは同感だな」


 飲み終えた缶をあたしに渡した優香は、まだ眠っている妹をおんぶしてゆっくりと空へ浮かんだ。


「今日は遊んでくれてありがと。佳珠もすごく楽しそうだったよ」

「ちょっとは仲良くなれたみたいであたしも嬉しかった。妹ってのもいいもんだな」

「あげないよ?」

「残念だ」

「ま、佳珠の分は私が頑張るからさ、それで許してよ。この子はお姉ちゃんが守ってあげないとね」

「何言ってんだ。みんなで守るに決まってんだろ? あたしらはチームなんだからよ」

「ありがと。じゃあおやすみなさい。またね」

「ん、おやすみ」


 優香が見えなくなるまで見送り、あたしも家に帰ることにした。

 結局佳珠を仲間にすることは出来なかったが、それもひとつの正解だった。何にせよ、これで悩みの種は無くなったわけだから集中して訓練に励める。結果オーライだ。

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