リア充の定義はわからないけれど今がしあわせなのは確実

 鏡台の前に座ってヘアアイロンで髪を緩く巻いてゆく。

 自分で言うのもなんだが、最近は結構上達したような気がする。整髪剤をつけた指先で毛先を軽く整えてから、最後にカチューシャをセットすれば完成だ。

 爪も完璧。両手には控えめなベージュのマニキュアが光る。

 今までは、こんな生活が訪れるなんて考えられなかった。

 感慨深く爪の先を眺めていると、母の


「月湖ー、もう来てくれてるわよー! 早くしなさーい!」


 という声に我に返り、慌てて厚手のコートを羽織ると部屋から飛び出し、階段を駆け下りる。

 途中で


「おねーちゃん、後でネイルアートしてー。明日友達と初詣に行く予定なのー」


 という星実の声に


「いいよー。どんな絵柄がいいか考えといてねー」


 と返しながらブーツをはく。


「月湖、くれぐれも門限までには帰ってくるんだぞ」

「わかってるって。今まで私がその決まりを破った事はなかったでしょ?」


 お父さんに答えながら急いでドアを開けると、門柱のところに日比木先輩が立っていた。


「よう。あけましておめでと」




 

「わあ、すごい人……」


 近くの神社は、初詣客で賑わっていた。大勢の人が行き交い、参道脇にずらりと並んだ露店からも威勢のいい声が響く。

 先輩とはぐれたりしないかな? 大丈夫かな?

 そんな心配をしていると、不意に先輩が「なあ」と話し出した。心なしか真面目なトーンで。


「覚えてるか? 俺がお前の両親に偉そうな事言ったあの夜」

「当り前じゃないですか。そのおかげで私の今はこんな格好もできるようになったんですよ。先輩は私の恩人です」


 あれから先輩のお姉さんを通じて、可愛いながらもお手頃な値段の服を扱うお店なども教えてもらっていた。だから、今の私は普通の女の子と同じくらい……だと思いたい。


「そんな大層なもんじゃねえよ。あの時さ、俺や姉貴みたいになって欲しくないからって言ったけど……本当は――」


 その時、人の波が乱れて、私達は別々の方向へ押しやられそうになる。

 ど、どうしよう、このままじゃ先輩とはぐれちゃう……!

 と、先輩が離れそうになった私の腕を掴んだ。その拍子に持っていた先輩のスマホが地面に落ちる。

 まずい! 私のせいで先輩のスマホが……! 空いている手で人ごみの中から咄嗟にスマホを拾い上げると、どこか壊れていないか確認する。しかしスマホに慣れていない私は、無意識にどこか変なところをタップしてしまったようだ。急に画面が明るくなる。

 と、そこに表示されていたのは、なぜか私の横顔だった。背景からして、いつか先輩が連れて行ってくれた、あの海沿いのパーキングエリア。いつの間にこんな写真を撮られていたんだろう。ていうか、どうして私の写真を壁紙に……?


「先輩、これって……?」

 

 不可解な現象に思わず尋ねると、先輩はなぜか気まずそうに髪をかきあげた。


「……あーあ、見られちまったか。こんな形じゃなくて、俺なりにちゃんとけじめをつけたかったんだけどな」


 先輩は携帯を取り上げると、おもむろに私の手を握る。


「実は僕、変温動物なんだよね」


 そう言って引き寄せると、そのまま身を寄せるように人ごみの中を歩き出した。

 聞き覚えのあるそのフレーズ。確か――



【実は僕 変温動物なんだよね そういいわけして手をつなぐ夜】



「それって、短歌部の勧誘ポスターに書いてあった短歌の一部……」

「うん。俺が作った」

「そうだったんですか!?」


 確かに、あの二つの短歌は先輩たちが作ったと聞いた。そのうちのひとつ、あの短歌を作ったのが日比木先輩だったとは。


「いつか好きな女にそんな言葉言ってみたいと思ってたんだよな。たった今願いが叶った。残念ながら夜じゃないけど、そこはまあ、おまけって事で」


 思わず先輩の顔を見上げる。あまりになんでもないような言い方に、一瞬聞き流しそうになった。

 でも、確かに言ったよね? 「好きな女に言ってみたい」って。そして今、私は先輩にその言葉を言われた。それって……

 真冬だというのに、急に周りの温度が上がったような気がした。特に頬のあたり。

 私の顔色の変化に気づいたのか、先輩の口角が上がる。いつも見てきた不敵な笑い方。

 これ以上その顔を見ていられなくて慌てて俯く。

 

「……き、奇遇ですね。私も好きな人にそんな言葉言われたいと思ってました。それをお参りする前に叶っちゃいましたけど……」

「それなら丁度よかったな」


 そっと手を握り返すと、先輩もぎゅっと握り返してくれた。そこから幸せというぬくもりが体中に広がってゆくようだった。

 ああ、もう信じられない。こんなことが現実に起こるなんて。

 私は嬉しくなって先輩の手を両手で包み込むように握る。片手じゃ足りない。もっともっと、この幸せに浸っていたかった。


「先輩、あとでおみくじ引きましょうよ」

「当然。そんなの、初詣の基本イベントだろ。どっちがよりいい運勢引けるか勝負な。負けたほうは、たこ焼きおごりで」

「良いでしょう。受けて立ちますよ。今の私は最強運の持ち主ですからね。負ける気がしません」

 

 だって、こんなに良い事が起きた直後に悪い結果が出るはずがない。



【やってきた最大級の幸運で 今なら絶対大吉引ける】




(完)


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31文字のうた 金時るるの @ruru10000

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