特別な日にかこつけて訪れるのはあこがれの場所ゲーセンです


 周囲では大きな音楽や電子音が聞こえる。それに負けまいとするたくさんの人々の声も混じってあたりは賑やかだ。

 私達は今、ゲームセンターにいた。


「おい森夜。なんでゲーセンなんだ? お前ゲーマーなのか? お、そうだ。どうせなら格ゲーで対戦するか?」

「格闘ゲームなんて難しくてできませんよ。私の目的は『ネイルプリリ』です」

「ネイル……?」

「簡単にオリジナルデザインのネイルシールが作れるという、おしゃれかつハイテクなゲーム機ですよ! ずっとやってみたかったんですけど、ゲームセンターってなんとなく怖くて、今まで一人じゃ行けなかったんですよね……でも今日は先輩がいるし安心です」

「お前はそういう情報だけには耳ざといな」


 言いながらも、先輩はネイルプリリに付き合ってくれた。

 一人じゃないという安心感からか、ついつい楽しくて、いくつもネイルシールを作ってしまう。お花柄のやつ、レース柄のやつ、キャラものなんかも。


「はああ、楽しかったあ」


 いつの間にか熱中していたみたいだ。ネイルシール作りに満足した私は、そこで喉の渇きに気づいた。


「先輩、わたしちょっと飲み物買ってきますね」


 そう告げて施設内の自販機を探す。しかしなかなかみつからず、彷徨っているうちにいつの間にかメダルゲームのコーナーに迷い込んでしまった。

 この辺りはちょっと薄暗い。その分筐体から漏れる派手な演出で、時折あちらこちらで光が瞬く。

 と、そこで目的の自動販売機を見つけたのでお茶を買う。

 すぐに戻ろうと思って振り返ると


「よう、久しぶりじゃん」


 目の前に男の人がいた。

 え? 誰……? 同じ学校の人? でも、私にはその人に見覚えがない。ぼっちの私に声を掛けてくるような人にも心当たりがない。それによく見れば目の前の男の人は、どう見ても高校生じゃない。もっと年上だ。

 それともどこかで会った事あるっけ……?


「え、ええと……」


 答えに詰まっていると、男の人は


「ちょうどいいや。これから二人でどっか行こうよ」

「え、いや、知り合いと一緒に来てるので……」


 ていうかほんとに誰?


「いいじゃん。その子にはラインで『先に帰る』って伝えておけば大丈夫だって」

「い、いえ。その、すみません。私もう行かないと」

「そんな事言わずにさあ」


 横をすり抜けようとした私の腕を、男の人が素早く掴む。その拍子に持っていたお茶のペットボトルが手から滑り落ちて床に転がる。


「さ、行こうか。楽しいところに連れて行ってあげるから」


 男の人は笑顔を浮かべて私の腕をつかむ。咄嗟に抵抗するも、そんなのおかまいなしとでもいうように、その人は私の腕をぐいぐいと引っ張る。

 そこで初めて恐怖感に襲われた。

 な、なにこの人……人の話を全然聞かないし、力も緩めてくれない。どうしよう。このままじゃ私、どこかに拉致されちゃうんじゃ……


「た、たすけ……」


 近くの人に助けを求めようとするも、ゲーム機が放つ騒がしいサウンドに遮られ、周りの人々には届かない。おまけに恐怖でうまく声が出せない。

 や、やだよ。怖い。離して……!

 心の中で叫んだ時


「あんた、何やってんだよ。その手を放せ」


 見れば、そこに立っていたのは日比木先輩。

 鋭い目で男性を睨んでいる。鮮やかな金髪と耳に光るピアスから、その姿はいつにも増して凶悪な雰囲気を纏っている。

 男性は一瞬呆気に取られていたようだったが


「おい、聞こえてんのか? 早くそいつから離れろよ」


 再び先輩が低い声で告げると


「ちっ、男連れかよ。つまんね」


 そんな捨て台詞を吐いて喧騒の中に紛れて行った。


「せ、せんぱい~~!! 怖かったです! あの人知り合いのふりして近づいてきたんですよお! もう少しで誘拐されるかと……」


 半泣き状態で先輩に駆け寄るも、彼はペットボトルを拾い上げながら呆れたようなため息を漏らす。


「どう考えても古典的なナンパだろ? ああいうのはまともに相手するんじゃねえよ」

「ナ、ナンパ!? あれが!? うそ! どう見ても拉致じゃないですか! 犯罪ですよ!」

「だから、そうやって強引に連れ出す手口なんだって。まったく、お前は変なところで無知だな」

「だって、ナンパなんて今日初めてされたし……そもそも今までナンパなんてされたことない私にとっては、ナンパというもの自体が都市伝説だと思ってましたよ。そんな方法があるなんて全然知りませんでした。やっぱりゲームセンターって怖いところなのかな……」


 先ほどの出来事を思い出すと少し足が震えて、思わず先輩のジャケットの袖を掴む。

 

「おい、しっかりしろ。お前がナンパされたのは……その、あれだ、お前がぼけっとしてるから余裕で行けると思ったんだろ。気を取り直してクレーンゲームのコーナーでも行こうぜ。そこなら変な奴もいないだろ。欲しいものあったら取ってやるから」


 無言で頷くと先輩の後に続く。いまだ袖を握ったままだったが、先輩は何も言わなかった。 

 先輩の言ったとおり、クレーンゲームのコーナーは明るくて、私達くらいの年頃の子も多い。それを見てやっと安心感が戻ってきた。


「先輩、私UVライトが欲しいです。ジェルネイルに使う用の」

「そんなマニアックな景品があるわけねえだろ。お前はゲーセンをドンキかなんかと勘違いしてんのか?」

「ええー、残念……あ、それじゃあ、あそこにあるあれ! あれがいいです!」


 私の指さす先には、大きな鳥のぬいぐるみ。丸いフォルムがすごくかわいい。


「よし。あれだな? 俺のゴッドテクを披露してやるからよく見とけよ」


 



 そうして鳥のぬいぐるみを手に入れた私は、それを胸に抱いて、上機嫌でオープンカフェにいた。

 11月の外気はコートを着ていても少し寒いけれど仕方がない。さっきネイルプリリで作ったシールをさっそく試してみたかったのだ。

 シールを美しく見せるために、爪に貼ってから、その上から近所のドラッグストアで買ったトップコートを塗る。その臭いが室内で充満してはまずいだろうというわけで、こうして外の席に座っている。先輩まで付き合わせしまっているのは申し訳ないが。

 水色の地に雪の結晶が描かれているシールは、この季節と爪にしっくりと馴染んだ。



【欲しいもの 全部もらった誕生日 今の私はたぶん最強 (`・ω・´)9】



 そんな短歌を考えていた時


「ちょっとすみません」


 顔を上げると、先ほどとは違うけれどやっぱり知らない男の人がテーブルの傍に立っていた。

 え? な、なに? まさか、またナンパ……?

 先輩に助けを求めようと視線を向けた時、目の前の男性は慌てたように胸の前で手を振る。


「あ、驚かせたらごめんなさい。僕、こういうものなんですが」


 そう言って差し出してきたのはちいさなカード……いや、名刺だった。私も知っている有名出版社の名前が入っている。名前の上に書かれたその肩書は――


「カメラマン……?」

「そう、今は女子中高生向けのファッション誌のカメラマンをしてるんだけど……」

「はあ……」


 そんな方がどんな御用なのかと思いきや


「よかったら君の写真を撮らせて貰えませんか? 雑誌に載せる事を前提で」

「え?」


 なんと私に向かってそんな事を言い出したのだ。


「今、街で見かけたおしゃれな子の特集をしてまして。その企画に使わせてもらいたいんですよ」

「ど、どうしよう先輩……! おしゃれな子だって! 私が! そんな事言われたの初めて……!」

「よかったじゃねえか。せっかくだし写真撮って貰えば?」

「で、でも……」

「うん? なんか気になるのか?」


 私は身を乗り出すと小声で先輩に告げる。


「だって、この髪型だってメイクだって、あの美容師さんにやってもらったものだし、服だって先輩のお姉さんが選んでくれたものなんですよ? 私が自分の力でこうなったわけじゃないのに……これってアレじゃないですか? 『他人の褌で相撲をとる』っていう状態じゃないですか? あんまり褒められた行為とは言えないんじゃ……」


 それを考えると、このまま写真を撮ってもらうというのはなんとなく後ろめたい。

 けれど先輩はそれを鼻で笑う。


「確かにそうかもしれねえけど、その髪型や服装を引き立ててるのはお前という存在があってこそだろ。今日のお前が雑誌に載るって知ったら、きっといとこも姉貴も喜ぶぜ」


 そ、そうかな……確かに雑誌に載ったとなれば、あのヘアサロンも良い宣伝になるかもしれない。こんな素敵なアレンジをしてくれた美容師さんへのお礼になるかも……

 悩んでいる私が渋っているように見えたのか、カメラマンを名乗った男性は


「ああ、気が進まないのなら無理にとは言いません。お邪魔して申し訳ありませんでした」


 あ、行ってしまう……

 と、思ったその時、先輩に腕を掴まれた。


「待ってください」


 そのまま引っ張られ立ち上がると、先輩は男性に告げる。


「構いません。こいつの写真、撮ってやってください。な、いいだろ? 森夜。今日はお前の誕生日なんだから、その記念にさ」


 その言葉にはっとする。

 そうだ。今日は私の誕生日。そんな特別な日にこんな特別な事が起こる。それってとっても素敵だ。


「はい。是非私の写真を撮ってください。おねがいします」


 私は男性に向かって頭を下げた。







「雑誌の発売、楽しみですね。確か来月発売される1月号に載るって。これはもう観賞用と保存用と観賞用が擦り切れて解読不能になった時用の3冊を買わないといけませんね。あ、そうしたら先輩、あの美容師さんとお姉さんにお礼を言っておいてくださいよ。おかげさまで雑誌に載ることができましたって」


 帰りの電車の中で大きな鳥のぬいぐるみを抱いたまま、隣の先輩に話しかける。

 駅のトイレで服を着替え、メイクも落として爪も元通り。髪の毛も解いて、今はみつあみおさげにしている。これなら家族に見られても怪しまれないはずだ。


「あと、お姉さんの服はちゃんとお洗濯して返しますね。その時はお手数ですけど、渡しておいてもらえますか?」

「おう、任せとけ」


 とはいえ、自宅で洗濯して服を見られでもしたら大変だ。


「こんな丈が短い服はまだ早い」


 とか言われてお説教コースに違いない。ここはクリーニング店にお任せしよう。

 それにしても、さっきから自分でも浮かれているのがわかる。だって「街で見かけたおしゃれな子」なんて言われて写真まで撮られてしまったのだ。さらにそれが雑誌にも載るなんて。すごい。奇跡だ。奇跡みたいなミラクルだ。

 これもみんな先輩のおかげ。感謝の気持ちを抱きながら日比木先輩の横顔を伺いながら、ふと気になった。


「そういえば先輩。今朝私におしゃれを諦めてないのか聞きましたけど、あの時私が『諦めました』って答えてたらどうするつもりだったんですか?」

「その場合は適当に誕生祝い代わりのケーキでも食って解散するつもりだったな」

「うわ、寂しい。でも、それなら事前に諦めてないかどうか聞いてくれたらよかったのに」


 先輩は何故か気まずそうに目を逸らす。


「……それは、お前が本気かどうか確かめたかったっていうか……ほら、口ではああしたいこうしたいって言いながら結局やらない奴とかいるだろ? お前もそうなのか気になって。でも、お前があんなメールをスルーしないで、律儀に待ち合わせ場所に現れた上に、唐突な俺の質問にも即答した事で、信用できたっていうか……試すような事して悪かったと思ってるよ」


 そうだったのか……先輩は私の本音を知りたかったのかな。私は先輩の問いに正直に答えた事で、今日の素晴らしい体験ができた。なんだか童話の金の斧みたい。とすると、先輩は私にとっての女神様……

 ちらりと先輩の横顔を観察する。

 いや、さすがに女神って柄じゃないよね。でも、私にとって救世主も同然の存在かもしれない。

 

「あの、先輩の誕生日っていつなんですか? 私、先輩にお礼がしたいです。誕生日をお祝いしたいです」

「……教えねえ」

「ええー、どうしてですか?」

「礼とか別に気にすんな。今日だってほとんど俺が勝手にやったようなものだし」

「でも、すごく楽しかったです。私、今まで家族にしか誕生日を祝ってもらった事なかったし……」

「おい、最後の最後で哀しくなるような事言うんじゃねえよ」

「す、すみません……」


 私が小さくなると、先輩は微かに笑った。


「礼がしたいってなら、これからも短歌部にいてくれりゃいい。お前の弁当のから揚げうまいし」

「えー! 私の存在価値ってから揚げだけですか!?」

「あ、あと来月の文化祭の件な。いう事聞くって約束忘れんなよ」


 おう、そういえばそんな約束してたっけ。まずいな。今日こんなにいろいろとして貰ったら、文化祭でよほど酷使されても文句は言えない……

 どうかおかしな命令をされませんように。




 最寄り駅について先輩と別れる。休日だろうが関係ない。我が家の門限は6時30分なのだ。特に今日に限っては尚更守らねばならない。

 もうすっかり暗くなった道を急いで自宅へと帰り着くと、窓にはひとつも明かりが灯っていなくて真っ暗だった。まるで誰もいないみたいに静まり返って。

 けれど私は気にせずドアを開ける。

 その途端、発砲音のような音が響き渡り、微かな火薬の臭いとともに頭上から何かが降りかかる。


「月湖おねえちゃん、お誕生日おめでとう!!」


 そんな声とともに、玄関の明かりがぱっと灯った。

 そこにいたのはクラッカーをそれぞれの手に持った両親と妹。みんなにこにこと笑っている。私に降りかかったのはクラッカーの中身の色とりどりの長細い紙。

 私の家はいつもこうやって誕生日を祝うのだ。まるでこの方法が一番だというように。

 確かに、子供のころはこのイベントが楽しかった。父の誕生日の日なんかは、父が仕事から帰ってくる直前に、みんなで隠れて息をひそめて、今か今かとクラッカーの紐に指をかけてどきどきしていた。そして父がドアを開けた瞬間にみんなで飛び出してクラッカーを鳴らしてお祝いするのだ。すると父はすごく喜んで、私と星実をかわるがわる抱き上げてくれた。

 でも、16歳になった今、そのイベントを素直に喜べなくなってしまった。

 けれど、それを拒絶する事はできない。その行為こそが私に向けられる愛情の証なのだろうから。それを拒絶するという事は家族を拒絶するという事。そんなの絶対にできなかった。

 だから私は精一杯の笑顔を浮かべる。そして


 「ありがとう!」


 と答えるのだ。


「いやー、月湖ももう16歳かあ。まだ実感わかないなあ」

「ほんとにねえ。いつまで経っても変わってない気がするわ」


 父と母がそんな会話を交わす。

 「いつまで経っても変わってない」――たぶんそれは間違っている。私が変わりたいと思っても変えさせて貰えないだけだ。本当はいつだって、今日みたいにおしゃれして、かわいい服を着ていたい。でも私はそれを許されていない。だからずっと変わらないまま。


 私の好物ばかりの豪勢な夕食をすませると、必ずいちごの乗った小さなデコレーションケーキが出てくる。キャンドルの炎を吹き消した後で、切り分けて4人で食べるのだ。

 私はいつもいちごをどのタイミングで食べるか迷ってしまう。最初に食べるか、最後に食べるか。それともそれ以外のタイミングで食べるか。

 ちらりと隣の星実のお皿を見ると、すでにいちごだけがなくなっていた。



【切り分けた白いケーキのいちごから いつも先に食べるような君】

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