年上の女の人の手ほどきで大人の階段上ぼっちゃうかも

「約束? 約束ってなんだったっ……」


 言いながら、姉貴と呼ばれた女性は呆気にとられたまま何も言えないでいる私と目が合った。

 その途端、目を見開く。


「あー! あーあー! この子が例の!? えー、なに、もー、かわいいじゃん! ちょっと待ってて、急いで掃除するから!」


 目の前で再びバタンと勢いよくドアが閉まった。


「あ、ちょ……くっそ、あいつ絶対約束忘れてやがったな」

「あの、先輩。今の人って……」

「ああ、俺の姉貴。ここで一人暮らししてる」


 やっぱり……言われてみれば目元がちょっと似ていたかも。

 でも、ここに私を連れてきてどうするつもりなんだろう。

 そんなことを考えながら待ってみるも、10分ほど経ってもドアの開く気配はない。

 まさか、忘れられてないよね……? 心配になりながらも先輩を見るも


「またこのパターンかよ」


 などとぼやきながら一応大人しく待っている。よくある事なんだろうか。

 他愛のない雑談を交わしながら、さらに10分ほど経過した頃、再びドアが開いて、先ほどの先輩のお姉さんだという女性が顔を見せた。


「ごめんね、ごめんね。さあどうぞ。入って入って」


 いつの間にかばっちりお化粧している。服も着替えたらしく、ジャージからきちんとしたものに変わっていた。

 あれ? 掃除するとか言ってなかったっけ……?



 小さなキッチンスペースとメインフロアがドアで仕切られた1Kの部屋に通されると、途端にお姉さんに部屋の隅に連れていかれた。

 見ればそこには大量の服のかけられた回転式ハンガーが。


「どの服が似合うかなー。似合うかなー。これとかどうだろ」


 そんな事を言いながら、次々と私の身体の前面に服を押し付けてはとっかえひっかえしている。

 

「あ、あの、これは一体……」


 またもやわけのわからないまま戸惑いの言葉を口にすると、お姉さんは服を取り換えながら答える。


「あの愚弟に頼まれたのよ。あなたに服を見繕って貸して欲しいって。耳にピアスを光らせながら短いスカート履いて街をねり歩きたいんだって?」


 うわあああああ! そんな事まで知られてるううううう!!

 確かに言ったけど、言ったけどさあ! 他人の口から聞かされると恥ずかしい……! そんな事人に漏らすなんて先輩の無神経男子!


「でも、今ここでピアス穴開けるわけにもいかないしね。今日はイヤリングにしよっか」


 そういうとアクセサリーボックスをじゃらじゃらとかき回し始めた。

 取り出したの先端に丸い毛玉のような飾りがついたイヤリング。


「うん。これがいいかな。でもって、服はこれでネックレスはこれね。あ、悪いけど、キッチンのほうで着替えてきてもらえるかな? 愚弟には覗かせないようにするからさ」

「誰が覗くかよ! 人聞きの悪いこと言うな!」

「え~、ほんとに~? この思春期少年が美少女の着替えに興味ないわけないでしょ~?」

「うっせー、この部屋のクローゼット開けんぞ!」

「あっ、やめて、それはやめて! そこは魔境だから! ほんとお願い! それだけは許して!」


 そんな姉弟のやり取りを聞きながら、服を抱えた私はドアの向こうのキッチンスペースへと向かった。

 渡されたのはチョコレート色の地に白いストライプの入った襟付きワンピースと、もこもこな生地のピンクのジャケット。それと白いお花が3つ連なったネックレス。

 すごい! ザ・女の子! って感じの服! そうそうこういうの。こういう服が着たかったんだよー。

 浮かれながら着替えていると、ふと、ドアの向こう側から、真面目なトーンのお姉さんの声が聞こえた。


「……ねえ伊織。あんた、たまには実家に顔出してる?」

「あんなとこ行きたくねえし。姉貴だってわかるだろ?」

「それじゃ、このままずっとおじいちゃんの家でお世話になるつもり? 進学とかどうすんの? 学費とかさ」

「……別に進学なんて考えてねえから」

「そんなのダメだよ。あんたはあたしよりずっと頭いいんだから、もったいないよ。進学しなよ」

「……そんときゃ奨学金の申請でもするし」

「それってちょっと楽観的すぎるんじゃないの?」

「……」

「もう、聞いてんの? 伊織。ねえってば」


 先輩がどう答えたのかは聞こえなかったが、そのままドア越しの会話は途切れた。

 なんだか複雑な話を聞いてしまったような気がしたが、私なんかが他人の家の事情に口を出すわけにもいかない。

 少々気まずい思いをしながら、着替え終わった姿でおそるおそるドアを開ける。


「わー! わー! かわいい! 似合ってる! さすがあたしのチョイスセンス!」

「自画自賛すんなよ」


 先ほどの不穏な空気はどこへやら。何事もなかったように日比木姉弟は私の格好で盛り上がり始めた。


「あの……ちょっとこのワンピース、丈が短くないですか……?」


 不安になって尋ねてみる。だって、このワンピース、太ももくらいの長さまでしかないのだ。


「え、でも、耳にピアスを光らせながら短いスカート履いて街をねり歩きたいんでしょ? だいじょぶだいじょぶ。それくらいの長さなら普通だから」


 ぎゃー! だ、だからそれはもう言わないで……!

 心の中でもだえる私の手を引き、お姉さんは全身が移る姿見の前まで連れて行ってくれた。

 それを見て、先ほどまでの違和感が薄れるのを感じた。

 ほんとだ。お姉さんの言っていた通り、短いと思っていたワンピースの丈も、こうして見ると街を普通に歩いている女の子と同じくらいだ。世の女の子達はこのくらいの丈のスカートを余裕で着こなすものなのか。メンタル強いな……

 

「ほら、大丈夫でしょでしょ? ねー伊織もそう思うよね?」

「うん、まあ、普通だな。あ、普通の女子みたいって意味でな」


 おおおお。ここでも普通の女の子のようだという評価を貰えた。うれしい……!

 地味ぼっちから普通の女の子への華麗なる変身。もしかして、シンデレラってこんな気持ちだったのかなあ。





 

 先輩のお姉さんにお礼を言ってアパートを後にする。元々着ていた服は紙袋を貰ったのでその中に入れてある。


「で、これからどこに行きたいんだ? やっぱり街を練り歩くのか?」


 先輩が唐突に訪ねてきた。だからその練り歩くという発想から離れてほしい。もっとも、もとはと言えば私の発言が原因なのだが。

 でも、私はそれよりも気になる事があった。


「あの、先輩。どうして今日はこんな事してくれたんですか? こんなヘアアレンジやかわいい服まで手配してくれて」


 問うと先輩は意外そうな顔をした。


「今朝言ってたじゃねえか。おしゃれしたいとか」

「確かに言いましたけど……だからってそれを叶えてくれるなんて思ってもみなかったです」

「だって今日はお前の誕生日なんだろ? 前に何が欲しいかって話題になった時もそんな事言ってたし。今朝尋ねたのは、まだお前にその気があるのか確かめたかったからだよ」

「え……? それじゃあこれって、誕生日プレゼント……?」


 先輩はどこか気まずそうに頭をかく。 


「……一応そのつもりだけど。金は掛かってねえけどな」


 それじゃあ、今まで絶対に叶わないと思っていた願いが実現しちゃった……? うそ、夢みたい……

 胸に何かがこみ上げて、少し泣きそうになってしまった。

 だ、だめだめ! 泣いたらせっかくのメイクが台無しになっちゃう。

 深呼吸して心を落ち着かせる。


「先輩、私、今年の誕生日が一番幸せかも……!」

「おいおい、さすがに大袈裟すぎんだろ」

「そんな事ないです。だって、私ひとりじゃ絶対こんなことできなかったもん……最高の誕生日プレゼントをありがとうございます。先輩」

「あ、そういやまだ言ってなかったな」

「え?」


 何を? と不思議な気持ちになっている私に先輩は告げる。


「誕生日、おめでとう」

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