自転車があるのになぜか徒歩で行く そんなあなたの真意つかめず
翌朝、学校の最寄り駅について、いつもの先輩との待ち合わせ場所に行くと、そこには小田桐先輩は勿論のこと、何故か普通に日比木先輩もいた。
「あれ? 日比木先輩って自転車通学に戻ったんじゃ……」
問うと、日比木先輩は親指を立てて背後を示す。
「おう。俺のイプシロン号Zは、そこにある駅の駐輪場にちゃんと置いてあるぜ。ここから学校まで徒歩だ」
「でも、昨日は一緒に行けないって……」
「俺は『一緒に電車に乗れねえ』って言ったんだ。駅から学校まで一緒に登下校できないとは言ってねえぞ」
「それでも、せっかく自転車があるんだから、普通にそれで学校まで行けばいいのに」
学校にも駐輪場はあるのだから。それに、そのほうがずっと楽だろうに。
「忘れたのか? どっかのぼっち脳女子が『友達と一緒に登下校したい』とか駄々こねるから付き合ってやってるんだろ」
え? それじゃあ、日々木先輩がわざわざこんなめんどくさい事をしてるのは私が原因……?
私は焦って頭を下げる。
「先輩にそこまでさせていたなんて気付かずすみません! 私の事は気にせずに、どうぞ思いっきり自転車で学校まで行っちゃってください……!」
勧めると、何故か先輩は目を泳がせた。
「いや、別に……そこまでする事でもねえし……」
「そんな、申し訳ないです! 先輩に不自由な思いをさせてまで私の我儘に付き合っていただくわけには……!」
「だから、そんな事無いっていうか……」
その時、それまで黙って成り行きを見ていた小田桐先輩がくすりと笑った。私達が思わず彼を注視すると小田桐先輩は慌てたように手を振った。
「ああ、ごめん。つい……森夜さん、日比木は別に怒ってたり、君に責任を押し付けようとしてるわけじゃないんだよ。こいつにとってはいつもの事。単なる照れかくし――」
「小田桐! うるせえぞ!」
日比木先輩が遮るように大声をあげた。なんだか焦っているような。
「ともかく、一緒に登下校するって約束したのは事実だ。俺はそういうのはきちんと守る律儀な男なんだよ。ってわけで、さっさと出発だ」
日比木先輩はくるりと背を向けると、足早に学校のほうに向かって歩き出してしまった。
怒ってしまったのかと思ったけれど、こういう事態はよくあることなのか、小田桐先輩は落ち着いた様子で
「それじゃあ、僕達も行こうか。あいつに遅れないように」
と、私を促すように歩き出した。
【この時がいいねと神が言ったから11月3日はわたし記念日】
「おい、森夜。なんだよこのあからさまにパクリくさい短歌は。意味もわかんねえし」
「ええとですね。この『わたし記念日』というのは、私にとって特別な日ということであり、11月3日は神様がこの世に私という存在を降臨させた日。つまり、11月3日は私の誕生日だということです」
「はぁ、短歌を利用して遠回しな誕生日アピールかよ。察してちゃんかよ」
「でも、文化の日が誕生日なんていいね。覚えやすいし。あと二週間後くらいか」
呆れたような日比木先輩とそれをフォローするような小田桐先輩。いつもの光景だ。
「で、何が目的なんだ?」
「何って?」
日比木先輩の言葉の意味がわからず、疑問の声を上げると、先輩は面倒臭そうに髪をかきあげた。
「だからさ、そうやって誕生日アピールするって事は、俺たちにプレゼント的なものを要求してるんじゃないのか?」
「ち、違いますよ! そんなよこしまな事考えてませんよ!」
私は慌てて首を振る。単に他に短歌が思いつかなかっただけとはいえない。
「ふうん。それじゃあ仮にさ、僕らが何かプレゼントするって言ったら、森夜さんは何が欲しいのかな?」
「えっ、そんな、お気遣いなく! 何もいりませんから!」
「仮にの話だよ。欲しいものをちょっと想像するくらいなら楽しいだろ?」
小田桐先輩がそんな事を言い出した。そんな妄想したら、余計欲しくなっちゃうような気もするけど……
「前は友達が欲しかったけど、今は先輩達がいるし……」
「それなら今欲しいものは?」
今欲しいものかあ……それは明確だけど、口に出すのは少し胸が痛くなる。
「今の私が欲しいものは、きっと簡単に手に入らないものです。可愛い服を着て、髪の毛なんかもゆるふわな感じにアレンジして……今時の普通の女の子みたいに思いっきりお洒落して……それが今の私の一番の望みなんです。そんなの、とても無理でしょう? そんなお金もないし、なにより親に怒られちゃう」
そう。ずっとずっと前から憧れていた。普通の女の子みたいな格好に。可愛い服を着て、ネイルして、そして友達と街を歩いて買い物してカフェでお喋りして。
でも、それが難しい事も分かっている。だから、私の欲しいものは、たとえ誕生日という特別な日でも手に入らないだろう。
いつのまにか私が俯いていたせいか、部室の空気が重くなってしまったような気がする。
先輩達も何を言っていいのかわからないのか、戸惑っているようだ。その雰囲気に気づいて、真面目に答えたことを後悔した。適当に「猫が欲しい」とか言っておけばよかったのに。うう、私って相変わらず空気読めないな……
慌てて話題を変えようと、顔と一緒に口角を上げる。
「それより日比木先輩。約束通り、ネイルアートの実験台になってくださいよ」
「は? あれってマジで言ってたのかよ」
「え? 先輩は本気じゃなかったんですか? 酷い! あの言葉を信じて道具まで持ってきたのに!」
「約束って?」
「それはですね……」
小田桐先輩が不思議そうに首を傾げたので、昨日の経緯を説明しようとしたら、それを遮るように日比木先輩が声を上げた。
「わかった森夜! わかったからさっさとやれ!」
言いながら小田桐先輩に答える。
「実は昨日色々あって、これから先こいつのネイルアートの実験台になる約束をしたんだよ」
「その『色々』の部分が気になるけど……まあいいか。よかったね、森夜さん。日比木は約束を守る律儀な男だから、好きなだけネイルアートするといいよ」
「おい、余計なこと言うな。調子に乗って変なネイルアートされたら堪んねえよ」
そうは言いながらも日比木先輩は素直に手を差し出してくれた。
こんな事、少し前までは考えられなかった。好きなだけネイルアートできるなんて。
早速マニキュアを塗ろうと先輩の手に顔を近づけると、先日は伸びていた爪が、何故か深爪になっていた。
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