第8話 狼煙

走る物音が聞こえたと思うとドアが開く音と共にキャシーの声が聞こえた。

「ケンジ、こっち来て!」

「どうした?」

そばでケンジが立ち上がる音が聞こえ信二も目を開けて上体を起こしてキャシーを見るとキャシーと目があった。

「ヘリが飛んでる!」

「本当か?」

ケンジがキャシーに駆け寄って行き寝室に入ったので信二も慌てて立ち上がり寝室に入ろうとするとキャシーが信二を睨んでいた。

「どうした?」

「サボってたの?」

「違う、休憩してたんだ」

(俺が死んだ時はキャシーを頼むとケンジに頼んだ事は黙っていた方がいいだろう)

何か言いたげに青い目で信二を見てきたが今は無視して寝室の中を見るとケンジとトウカが窓から手を振っていたので二人の背後に立った。

「声は出すなよ、周りの精神病患者たちが集まってくる」

「分かってるわよ」

少し怒ったようにトウカが返事をしたが信二は続けた。

「ドコ?」

「あれよ!あれ!」

トウカが言いながら空を指差したのでそちらを見ると白い雲の下を黒い点のようなものが移動しているのが見えた。

「あれか?あの雲の下を移動しているのが?」

「そう、あれよ」

言いながらトウカとケンジは必死に手を振っていたが飛んでいるヘリからは蟻んこ同然の大きさで分からないだろう。

ケンジが手を振るのを止めて信二を見た。

「この距離じゃ用意してある煙を出すのを燃やしても気が付かれそうにないな・・・」

「確かにな」

返事をすると隣にいたトウカが信二を睨んで怒鳴った。

「でも二度とこの近くを通らないかもしれないのよ!分かってるの?」

信二は思わず驚いて固まってしまったがケンジがいさめるように小さい声で言う。

「おい、デカイ声はだすな」

「すいません、でも、これが最後のチャンスになるかも知れないんですよ!?」

トウカは言いながらケンジと信二を見て必死に訴えてきた、ケンジも迷っているようで信二を見た。

「どうする?」

聞かれてトウカとキャシーを見るとトウカが信二をジッと見ていた、今すぐ決めなければならないのでケンジを見て自分に言い聞かせるよう言った。

「トウカさんの言う通り燃やしてみよう、これが最後のチャンスになるかも知れないしヘリが気が付かなくても実際どれくらい燃えて煙が出るか見てみたいからな」

するとケンジとトウカが頷いた。

「なら屋上に移動だ、俺は袋を持っていくからケンジはライターを持ってきてくれ」

「わかった」

信二はすぐに部屋を出ようとするとキャシーが寝室のドアの前で何がどうなっているのか分からずに三人を見ていた。

「キャシー、今から屋上で袋を燃やすから部屋に居るんだ」

日本語で信二が説明をすると理解しているのかしていないのかわからないが今は早く屋上に行かなければならない。

「トウカさん、キャシーを頼んだ」

信二は返事を聞かずにキャシーの隣を通りベランダに出る扉の前に置いてある燃える物を詰め込んだビニール袋を持ってベランダに出ると立掛けてある避難梯子を急いで登り屋上に登った。

屋上は少し傾斜が付いた鉄板かコンクリートに防水用の白色か灰色の塗料が塗られているようだが、長年の雨で黒くなり所々に風に乗って飛んできた葉っぱやゴミが片隅に溜まっておりコケのようなものが生えてうっすらと緑色になっている所も見えた、だがここなら物を燃やしても直ぐには屋根に火が燃え移ることはなさそうだが火を消す水か何かが必要だ。

避難梯子を登り屋根に出ると下からケンジが梯子を登ってこようとしていた。

「ケンジ、悪いけど何か火を消せそうなものを持ってきてくれ」

「わかった、じゃあこれを受け取れ、投げるぞ」

登ろうとしていた避難梯子から手を離してポケットに手を突っ込んで百円ライターを取り出して信二に見せてから投げてきた、うまく掴むことが出ず足元の屋根の上に落ちた。

足元に落ちたライターを拾い上げて屋根の中心に素早く移動しビニール袋の中から新聞紙を取り出し火を着けて中に戻すと一気にビニール袋の中身が燃え、炎で袋が溶け始めた

「熱っ!」

慌てて手を放し冷ますように振ってから暑さを感じた所を見たが赤くはなっていなかった、やけどはしていないようだ。

屋根に落ちたビニール袋を見るとビニール袋はすべて溶けて中の布と新聞が燃えているが白い煙がゆらゆらと燃え上がるだけで遠くから煙を確認するのは難しいだろう、黒煙を上げさせるためには他にも何か燃やさなければならないようだ。

だけどここは屋根の上だから燃やせるものなんてほとんど無い、取りに三階に戻るしかない。

避難梯子の場所に戻り三階に降りようとするとケンジが水を入れたバケツを持ってベランダに出て来た、降りようとしている信二に気付いた。

「どうした?」

「燃やしたんだが火が足りないというか白い煙しか上がらないから他に燃やすものを探そうと思って」

「まずはこれを上に置いてくれ」

言いながらバケツを持ち上げたので信二は屋根の上に四つん這いになってバケツに向かって手を伸ばし、ケンジがバケツを頭上に持ち上げるとバケツの取っ手に手が届いた。

「掴んだ!ゆっくり手を離してくれ」

すると段々とバケツを持つ手が重くなってきた、信二もゆっくりと中の水をこぼさないようにゆっくりと持ち上げ何とかこぼさずに屋上に持ち上げ、火の近くに運ぶために立ち上がった。

「おい、信二、俺が下の三人で燃やせるものを持ってくるから信二はそこで受け取って燃やしてくれ」

「わかった」

返事をするとケンジはすぐに部屋に入りドアの閉まる音が聞こえた、信二はバケツを持って焚き火の場所に移動して近くにバケツを置いた。

ヘリが飛んでいた方を見たがヘリがさっき見た時よりも小さくなり今にも見えなくなりそうで信二は焚き火を見た、焚き火の炎は小さくは無いのだが煙が少なく遠くからは見えなさそうだ。

三階にいるケンジ、モトラ、キャシーが次々に屋根に持ってくる物を焚き火にくべていくと炎が強くなり歯ブラシや雑誌、CDやCDケースなどのプラスチックを入れると黒い煙が出始めた。

だが、ヘリは先ほど飛んいた方を見ても見付けることが出来なくなり、これ以上焚き火の炎を強くする必要はなさそうだ。

更に燃やすものを運んでこようとするので避難梯子の下を覗くとトウカが雑誌数冊を屋根に投げようとしていた。

「もう燃やすものは十分だからドアの内側に置いといてくれ」

「わかったわ」

トウカが返事をして久しぶりに声を聞いたなと思っているとケンジがアマドのらしき服を持って出てくると上にいる信二に気付いた。

「どうだ?信二」

「もう煙は十分で出てるし燃やすものも今運んであるので十二分だ」

「ならいいがヘリはどうなった?」

信二はもう一度振り返りヘリが飛んでいた方角を見て目を凝らしたが見つけることが出来ずにケンジを見て無言で顔を左右に振った。

「そうか・・・、ちょっと待ってろ」

ケンジの姿が一瞬見えなくなったがすぐにまた現れ、その手には先ほど持っていた服を置いてきたようだと思っていると屋上に登る避難梯子を掴んで登り始め、避難梯子が揺れるので信二はしゃがんで押さえた、信二が登った時は急いで慌てていたため気にしなかったが今見てみると結構揺れて危ない感じだ。

「そこ掴んでると登れない」

「悪い、悪い」

目の前にケンジがいるので立ち上がって場所を空けるとケンジはバランスを崩さないようにゆっくりと屋根の上に片足を乗っけてからもう片方の足を避難梯子から外して屋上に登り黒煙を上げている屋根のほぼ中央の焚き火を見た。

「結構出てるな」

信二は空に上っていく黒煙を見て言った。

「これで気が付いてくれるかな・・・」

「分からんな」

ケンジが言いながら屋根を見て何かを確認すようにゆっくりと踏みしめていた。

「何をしてるんだ?」

「この屋根に火がついて燃えないかとおもってな」

「それは俺も考えたが、大丈夫っぽくないか?塗装してあるが下に硬い鉄板見たいのが入ってるように感じないか?」

信二が言うとケンジは首をかしげながら屋根を踏みしめた。

「そういわれればそんな感じもするな、だがあまりやらないほうがよさそうだな、後で焚き火から屋根を守れそうなものを探してこよう」

「そうだな」

二人はそれから一時間くらい屋根の上から空を見渡してヘリか飛行機が飛んでいないか探したが見当たらなく、火も服や雑誌を継ぎ足して燃やしていたがヘリが見えないので紙や服を継ぎ足すのをためらって火が弱くなっていた。

ケツが痛くならないのと汚れないように火に継ぎ足す雑誌を屋根に敷いて火の近くに座っていた信二はケンジを見た。

「ケンジ」

比較的キレイな場所に胡坐を掻いて座り空を見ていたケンジが振り返り信二を見た。

「何だ?」

「火をどうする?雑誌とか継ぎ足すか一旦消火するか?」

「そうだな・・・、とりあえず消すにしても消さないにしても火が小さい今の内に何か下に敷いたほうがよさそうだな」

言われた信二は立ち上がりズボンの尻を叩いて汚れを払ってから腰を伸ばしながら言った。

「だったら俺が休憩がてら下に行って何か探してくるよ」

「あぁ、わかった」

ケンジが力なく答え信二は下に降りるために避難梯子の所に立つとベランダに何かを入れたビニール袋を持ってキャシーが出てくると避難梯子を登ろうと掴んで片足を乗せ上を見上げた時に信二に気が付いた。

「信二、どいて」

降りようとしていたがキャシーがもう避難梯子に足を乗せているので仕方なく横に退くとキャシーはゆっくりと一段一段梯子を登って来るが怖いのか完全に腰が引けていた。

屋根の上に着くとキャシーは梯子から手を離し天井に両手を付こうとしたので信二は手を貸そうと手をキャシーに差し出した。

「キャシー、手」

片言で短い言葉であったがキャシーは理解してくれたようだが苦笑いをしながら信二の手を掴んだ。

「犬じゃないんだから・・・」

「すまん」

謝りながら踏ん張ってキャシーを引っ張り上げるとキャシーは信二を見上げた。

「でも、サンキュー」

「どういたしまして」

笑った顔はまだ子供であったが疲れが溜まっているのが見えたが触れなかった。

「キャシー、それは何?」

ビニール袋を指差すとキャシーがビニール袋の中からガムテープを取り出した。

「テープといらない服だよ」

「火に入れるのは十分あるよ」

信二は火の傍においてある雑誌や服の山を指差すとキャシーが頭を左右に振った。

「違うの、そうじゃないの、これはルーフにヘルプって書くのよ、ヘリや飛行機が近くに来た時に見つけてもらえるでしょ?」

「たしかに」

近くで見ていたケンジの声が背後から聞こえたので振り変えるとケンジが笑いながら続けた。

「もしかして俺達より頭いいんじゃないか?」

「そうだな、これからはキャシー先生と呼んだほうがいいかもしれないな」

ケンジと笑い合うと横をキャシーが通り抜けてケンジの顔を見たと思うと振り返り信二の顔を見てすこし怒ったようにいった。

「二人ともしっかりしてよね」

言うとキャシーはビニール袋の中から服を取り出して屋根に並べてガムテープで固定をし始めた。

「端に行って落ちるなよ」

「大丈夫よ、問題ない」

信二が注意するとキャシーはお尻をフリフリさせて答えた、何も言わずにケンジを見ると目が合い頷くとケンジも頷いたのでキャシーのことはケンジが見ていてくれるだろう。

何も言わずに避難梯子を使って三階に降りてリビングに入るドアを開けるとドアの前に布や雑誌が山済みされていた、踏み潰さないように避けて中に入りリビングに向かうとトウカが何かを探しているようで部屋にある机の引き出しを開けて中を探していた。

一瞬声を掛けようか迷ったが信二は何も言わず部屋の中を見渡して焚き火の下に敷けそうな物を探したが見当たらなかった、とりあえず大きな皿があれば使えると思いキッチンの皿が入っていそうな戸棚の扉を開けて中に大きな皿が無いか探したがアマドが一人暮らしをしている家なので大勢で使うような皿はなかったが念の為に他の戸棚も開けて中を調べた。

「なにしているの?」

背後からいきなり話しかけられたので身体がビクッとしてしまったが出来るだけ自然に声のした背後を見るとトウカが立ちながら腕を組んで見ていたがトウカは睨んではいなかったのですこしホッとして答えた。

「屋根で焚き火をして煙を出しているんだが直接屋根の上で燃えてるんで屋根との間に何かクッションを入れた方が良いと思って大きい皿か何か無いかと思って探してたんだよ」

「どれくらいの皿が必要なの?」

「何て行ったらいいかな、このくらいの30センチくらいの皿かな」

言いながら大体の大きさを両手で空中に書いたが言った寸法と合っていないかもしれない。

「そんな大きな皿はないわ、下のお店に行けばあるかもしれないけど」

「そうか・・・・、なら他を探すしかないか」

呟くとトウカが何か思い出したのか急に玄関に向かって行った。

「どうした?」

「そこで待ってて」

こちらを見ずに歩いていくので信二は言われたとおりただ待っていても仕方がないのでリビングに移動するとトウカが先ほど探していた引き出しに何かが挟まってちゃんと閉まっていなかった。

普段なら別に気にもしないでそのままにしているが今は待ってろ言われてやることもないので信二は引き出しをちゃんと閉まるようにしようと思い挟まっている引き出しを引くとアルバムらしきものが出てきた、その周りにはまだ整理していない写真があり思わず手にとって写真を見るとトウカが信二の見たことの無い笑顔でコーヒーを片手に笑っている写真だった、たぶん撮ったのはアマドだろう。

その引き出しには他のも二人が写った写真が数枚入っていてトウカはこれを見てアマドの事を考えていたのだろうか。

思わず他の写真も手に取りめくって見ていると二人が仲良く肩を寄せている写真や旅行に行ったのだろうか?何処かの観光地で撮ったような大きなダムが背後にあるトウカの写真があった。

「あったわよ、これなら使えるんじゃない?」

トウカの声が聞こえ振り向くと何処からか持ってきた膝丈くらいある陶器製っぽい円柱状の物を重そうに両手で持ち近づいてきた。

「重そうだな、手伝うよ」

信二は持っていた写真を引き出しに入れて振り向いて近づこうとした。

「ちょと、何を見てたの?」

(見られたくなかったのか?でも見てしまったんだから仕方がない)

トウカを見て頭を下げた。

「すまない、引き出しに挟まっていたんでつい開けて中にあった写真を見てしまった」

しばらく沈黙が流れた後、トウカのため息が聞こえたが信二は下げた頭を上げずにいた。

「ねぇ、頭を上げてくれる、私が悪いみたいじゃない」

頭を上げた信二は言った。

「いや、俺は本当にすまないと思ってるんだ、アマドを無事に連れてくると約束しておいて・・・」

そこまで言うと自分の中で何かあふれだし、声を上げて泣き出したくなってしまい握りこぶしを作って衝動を堪えたが、目から涙があふれ出したので服の袖で拭った。

「すまない、涙が・・・」

「・・・・わかっているわ、あなたもアマドが亡くなって悲しんでいる事を、アマドとケンジと信二で生き残るために最善を尽くしたけどアマドが亡くなったってわかってるの、でも・・・・」

信二がトウカを見るとトウカは続けた。

「だからといって頭で分かっていてもあなたを許すことが出来ない・・・・」

トウカは下を向いて黙ってしまった、信二も苦しいがトウカだって苦しんでいるんだ、ケンジだって同じだし、母親が亡くなったキャシーは信二より苦しいんだ、誰一人苦しんでいない人なんてこの場所にはいない。

泣き出しそうになり信二は目を閉じてゆっくり深呼吸を自分が落ち着くまで繰り返した、泣き出しそうなので変な呼吸になっていたが段々と落ち着いてきた。

何分立ったかわからないが目を開けるとトウカは先ほどと同じ位置で下を向いたまま立っていた。

もう一度深呼吸をしてからトウカに言った。

「トウカの気持ちはわかった、俺を許してくれとは言わないよ、だけど、この状況を切り抜けて無事脱出するために協力しよう、ここには俺達四人しかいないんだ」

すると下を向いていたトウカが顔を上げて信二を見て少し間をおいてから言った。

「・・・わかったわ、信二の言う通りよ、生き残るために協力するわ」

「よかった」

思わず口にしてしまったがトウカには聞こえなかったようだ。

「ならこれを運んでもらえるかしら?」

トウカが持ってきた円柱状の陶器製の物を重そうに運ぼうとしたので信二は手伝うために近づくと一旦地面に置いた。

「これ、何なんだ?」

言いながら信二は円柱状のものを触れたり指で弾いてみた、直径は30センチくらいで陶器製のようで厚みも2センチくらいあり中で火を起こしても問題なさそうだ。

「こんなの何処で見つけてきたんだ?」

「玄関よ」

「玄関?」

言われて陶器製の円柱を見た、結構な重さで直径も大きし高さは膝丈くらいの大きさで約50センチくらいあるのが玄関に?。

「置物の中にあったのか?」

「いいえ、違うわ、これはアマドが気に入って買ってきた傘立てよ」

「傘立て?」

たくさんの傘が入りそうだが、俺ならもっと軽いアルミ製の傘立てにするね。

「これが傘立てなら傘に付いた水がたまらないように穴が開いていると思うんだが底に開いているのか?」

トウカは頭を左右に振って答えた。

「これは本当は傘立てじゃないのだけど、アマドが気に入って傘立てに使っていただけなのよ」

(要らん事を聞いてしまった)

だがトウカは気にしているようには見えなかったので触れないようにした。

「ならさっさと屋根に運ぼう」

信二は傘立てを持ったが結構重いし陶器製のため表面がつるつるして滑りそうだ。

「手伝ったほうがいい?」

トウカが聞いてきたので信二は傘立てを持ち直した。

「いや、それよりもベランダに行くドアを開けてくれ」

「わかったわ」

返事をしたトウカがベランダに出る扉があるほうに向かって小走りで走って行き信二は一旦傘立てを置いてしゃがみ抱えるように持ち直してから立ちベランダに向かうとベランダに出る入り口に積まれていた焚き火にくべる物が端に寄せられて道が作られその先では外でトウカがドアを開いた状態で支えていた。

手を滑らせたり壁にぶつけないようにゆっくりと傘立てを運んで行くと布か雑誌の端を踏んだらしく一瞬足が滑った。

「うぉ」

驚いてへんな声が出たが慌てて滑った足を踏み直し何とか体勢を立て直した。

(トウカに見られてないかな?)

信二はドアを支えているトウカを見ると信二を黙って見ていた、転びそうになった所は確実に見られただろうがなにも反応していなかった。

(話すようにはなったけど必要以上に話すつもりは無いってことかな)

ため息を付きそうになるが堪えてしっかりと傘立てを抱え直しベランダに出て一旦床に置いた。

「重いな」

腕に疲れた溜まったのでなんとなく疲れを取るために手をぶらぶらさせているとトウカが何も言わずにドアを閉めた。

屋根に登る避難梯子を見たがこれを一人で傘立てを持って登るのは厳しすぎる、屋根にいるケンジに協力してもらった方がよさそうだ。

「おい、ケンジ」

呼んだが反応がなかった。

「おい!ケンジ!手伝って貰いたいことがあるんだが?おい!聞こえてるか?」

屋根から誰かの足音が聞こえるとケンジの顔が現れた。

「なにかあったか?」

「これなんかいいんじゃないか?中で焚き火を燃やしても周りには影響なさそうだろ?」

傘立てを指差すとケンジの顔が動き傘立てを見た。

「使えそうだな」

「だろ、トウカさんが探してくれたんだ」

「そうなのか?」

ケンジが言いながら下にいるトウカを見て言った。

「ありがとな、大切に使わせてもらうよ」

「いいえ、気にしないでください」

トウカは少し笑顔を浮かべながら答えた。

(やはり俺の時とは対応が違うな)

少しさびしいが仕方がない、上にいるケンジを見た。

「俺が下から持ち上げるから上で受け取ってくれ」

「わかったが、重いのか?それ?」

「大分重たいし、陶器製だから表面が滑りやすいから気をつけろよ」

「OK、OK、持ち上げてくれ」

(簡単に言ってくれるな)

ズボンで手の汗を拭ってからしゃがみこんで傘立ての底に指を入れてからゆっくりと胸の位置まで持ち上げて一旦深呼吸をしてケンジを見た。

「上げるぞ」

「おぅ」

一気に力を込めて傘立てを持ち上げると傘立てが重く腕が震えたが自分の顔を押し当てバランスをとりながら息を呑んで顔の高さまで持ち上げた。

「もう少し上に上げれないか?」

これ以上上げるとバランスを崩して落としてしまいそうだ、それに自分の頭に一気に血が上ってくるのを感じた。

「無理、一旦降ろす」

返事を待たず信二は傘立てを床に置くと息を止めていたので息を吐いてから大きく吸い込んだ、手の平にも汗を掻いていたのでまたズボンで拭った。

「おい、まだ持ち上げてねーよ」

「無茶言うな、結構重しバランス取りづらいんだよ、それならケンジが持ち上げろよ、俺が上に行くからさ」

「そんなに重いのか?」

ケンジは避難梯子を降りて傘立ての上の口の部分を掴んで軽く持ち上げようとしたが傘立ては動かなかった。

「重っ!」

「だろ?だけどこれ以外に中で物を燃やしても問題なさそうなものも無いだろ?」

「そうだな、何とかして屋根に運ばないとな」

二人は腕を組んで傘立てを見ているとトウカが口を開いた。

「バックに入れて背負って登るとか紐を結んで引っ張り上げるとかあるでしょ?」

イラついているのか呆れているのか、ため息交じりで言うがケンジは気にした様子も無い。

「トウカちゃんの言う通りだな、バックか紐を捜してき」

「ケンジ!!ケンジ!!」

遮るように屋根の上からキャシーの叫び声が聞こえてきた。

「どうした!?」

「すぐに来て!!」

ケンジが素早く避難梯子に飛びつき屋根に上がっていくので信二も後に続いて屋根に上がった。

「ケンジ!信二もあれを見て!!」

キャシーが飛び跳ねるように慌てながら遠くを指差しているので慌ててキャシーの隣に立っているケンジの隣に立ち指差す先を見たが、指差した先は空ではなく街中だ。

「何かあるのか?」

ケンジが隣で言うと信二の目に何か道路を動くものが見えたがすぐに家の影に隠れてしまいよくわからないが言った。

「何か見えたぞ!!」

「車だよ!車!」

キャシーが喜んで言うと信二に続いて屋根に上ってきたトウカが信二の隣に立った。

「車?助けが来たの?」

「わからない、一瞬しか見えなかった」

「何処なの?」

「あの赤い電気屋の大きな看板が立っている場所の近くの道路だ」

信二が指を差していいながら道路を見ると一瞬だが建物の間を車が二台通るのが見えた。

「車だ!!車が二台走ってるぞ!!」

「おい、分かったからでかい声をだすな」

思わず大きな声で叫んでしまいケンジに注意されてしまった。

「どうする?火を大きくして煙を出した方がいいか?」

焚き火の方を振り返るとトウカとキャシーが焚き火に大量の雑誌と布を投入しようとしていた。

「おい、一気に入れるなよ、火が消えるかもしれない」

聞いているのかいないのかわからないが一余注意して車の方を見た。

「ケンジ、車は?」

「どうやらこっちに近づいてきている」

言われて探すと先ほど車を見た建物の場所からこちらに近づいてきているように見えて聞いた。

「自衛隊か警察の車なのか?」

「いや、違うみたいだ、普通の車だ」

「じゃあ、俺達と同じ一般市民って事か?」

「その可能性が高いって事か・・・・」

信二が思わず呟いて車を見ると先頭を走る車は精神病患者を轢いたようで前方が凹んで血まみれのハイエースっぽい車で思わず呟いた。

「なんか見覚えがあるような気がするな・・・・」

「何処にでもある車だからだろ?」

「そうだな」

ハイエースともう一台のなにか分からないシルバーの普通車は段々とこちらに近づいてくる、ケンジと信二は黙って二台の車がこちらに近づいて来るのを見ていた。

「ねぇ、車はどうなの?」

背後からトウカが近づいてきた。

「こちらに近づいている、たぶんだが俺達が上げた煙に気付いたんじゃないか?」

「まぁ、他の人に知らせるためにしたんだからなぁ」

信二が言うと隣のケンジも呟いたので言った。

「ここに迎え入れるなら三階に移動したほうがいいな」

「そうだな」

ケンジと信二が避難梯子の場所に向かおうと振り返るとキャシーがトウカの近くで近づいて来る車を呆然と見つめて表情が固まっていた、明らかに様子がおかしかったので慌てて駆け寄った。

「どうした?キャシー?」

信二が呼びかけると目から涙が一筋流れた、ケンジとトウカも何かおかしいと気が付いた様でキャシーに駆け寄って心配そうに話しかけた。

「大丈夫?どうしたの?」

「キャシーどうした?薬がほしいのか?取ってこようか?」

心配して声を掛けるがどちらにも反応せずただ涙を流すのでやりたくは無かったが仕方がないのでキャシーの頬を軽くペチペチと叩くとキャシーの青い瞳が動き信二を見た。

「おい、キャシー、どうした?」

「あの車、見覚えがある・・・」

涙を流しながらキャシーが呟くとトウカが割って入った。

「何処で見たの?」

キャシーはトウカを見て震える声で囁いた。

「私とお母さんの後ろを走って追いかけてきて、ぶつかってきた・・・・」

そこまで言うとキャシーは声を出して泣き始めてしまいトウカがキャシーを抱きしめて何かキャシーに囁いた。

「おい、信二」

ケンジに呼ばれて見ると車を指差していたので信二もそちらを見た。

「お前もさっき同じような事と言ってなかったか?」

「言ったな・・・」

返事をしてケンジを見た、ケンジも最初見たときに見覚えがあったのだろうか?。

「信二、火を消してくれ、トウカちゃんはキャシーを連れて三階に戻ってドアが閉まっている事を確認してくれ」

「わかった」「わかったわ」

返事をして信二は火を消すために用意してあったバケツの水を焚き火に満遍なくかけ灰を踏み潰して完全に消化した事を確認して周りを見るとトウカがキャシーを連れて避難梯子を下りようとしていた、ケンジを見ると姿を見られないように屋根の端に腹ばいになって近づいて来る車を見ているので信二も同じように腹ばいになりながらケンジの隣に着いて近づいてくる車を見ると道路をさまよっている精神病患者達をスピードを落とすことなく轢き飛ばしながらこちらに向かって来る。

「なぁ?信二」

「なんだ?」

車から視線を外さずに返事をした。

「あの車がキャシーの乗っていた車に体当たりをしていた奴等の車だって確信はあるか?」

「・・・・無いね、お前も覚えているだろうが俺達は一瞬しか見ていないからな、だけど、キャシーはぶつけられた車に乗ってたんだし、あの怯えようを見たらな・・・、あいつ等が誰か分からないんだから一余様子を見てから行動を起こしたほうがいいだろ?」

「まぁ、そうだな・・・・」

返事をしたケンジがガサゴソと音を立てて動いたので隣を見るとケンジは屋根の上を何かを探すように見ていた。

「どうした?」

「いや、何か武器になりそうなものが無いかと思ったが・・・、鉄パイプとピッケルは下か・・・、俺は下に行って他に武器になりそうな物が無いか探してくるよ」

「わかった」

返事をするとケンジは腹ばいのまま身体を引きずるように後ろに下がって行き地上から見えない位置に来ると立ち上がり屈んだ状態で避難梯子に向かっていった。

信二が車に目を戻すと車は信二達がいる建物から100メートルくらい離れた道路を走って近づいて来ていた。

先頭を走ってくるハイエースは精神病患者を轢き飛ばしているためにフロント部分に血が付きボコボコになっているのが見え、運転席に赤髪の若い男と助手席に若い男性が座っているように見え、そのハイエースの後ろを付いて来るシルバーの普通車を運転しているのも男性の様に見えた。

二台の車は信二たちの建物に近づくとスピードを落として運転席や助手席に居る男達が空を見るようなそぶりをしたので信二は素早く頭を引っ込めて隠れた。

(どうやら煙を目印にしてここに来たみたいだな・・・・)

ため息を付いて再び車を覗くと車はゆっくりと進んで車のエンジン音につられて精神病患者たちが集まり始めた。

(どうするべきかな・・・・、あいつ等がいい奴だったら声をかけた方がいいが、キャシーの言っていた奴等ならこのままやり過ごすべきだが・・・、どうしよう)

一人で考えていても結論は出ないので信二は車がゆっくりと移動して近づいていることを確認してから後ろに下がり立ち上がってしゃがんだ状態で避難梯子まで移動して一気に三階に下りてドアを開けてアパートに入りリビングに向かった。

リビングではカーテンが引かれた窓からケンジが外の様子を伺っていて部屋の中央ではトウカが泣いているキャシーを慰めていた。

信二は先に玄関に向かいドアの鍵が閉められチェーンが掛かっている事を確認し、ケンジの隣に移動しカーテンの隙間から外を覗くと先ほどゆっくり動いていた二台の車が精神病患者に囲まれ始めていた。

「やばそうだな?助けに行ったほうがいいか?」

呟きながらケンジを見るとケンジは信二の声が聞こえたはずだが返事をせずにカーテンの隙間から外の様子を伺っていた。

すると突然聞きなれない乾いた破裂音が聞こえケンジの表情が強張った。

「信二、外を見ろ!」

素早くカーテンの隙間から二台の車を見ると先頭を走るハイエースの運転席近くの精神病患者が仰向けに倒れその周りにいる精神病患者達の顔に血が飛び散っていた、さらに運転席に近い位置に居た精神病患者が運転席に掴みかかると乾いた破裂音と共にドアに掴みかかった精神病患者の頭から血が飛び散り地面に倒れている精神病患者に重なるように倒れた。

「何が起こってるんだ?」

「運転席を見ろ!」

ケンジの声が聞こえ運転席を見ると中にいる赤髪の若い男が映画で出てくるようなライフル銃を構えていた。

「おい、あれライフルか?」

その瞬間にライフルの先が跳ね上がり前に居た精神病患者がまた一人血を撒き散らして地面に倒れるとケンジが答えた。

「そうみたいだな」

外を見ているケンジに言った。

「俺はあいつらをやり過ごすほうが良いと思う、もしあいつ等がキャシーの乗っていた車にぶつけた奴等なら危険だ」

「だけど、あいつ等がいれば俺達も安全だぞ」

「確かにな」

信二は後ろにいるトウカとキャシーを見るとキャシーを抱きしめたトウカが心配そうにこちらを見ていた。

「さっきから何か変な音がするけど、どうしたの?」

「いや、外のこちらに向かって来た連中が車の中から銃で外にいる精神病患者たちを撃っているんだ」

「うっている?」

「発砲しているって事」

たしかに撃っているなんて言われてもすぐには分からない、するとトウカも気になったのかキャシーを抱きしめたまま窓辺に移動してきてカーテンの隙間から外の様子を見て発砲音が聞こえた瞬間に顔が強張るとキャシーが暴れてトウカの手振りほどき信二を見た。

「信二、あの人たちは絶対に悪い奴だよ」

すると信二の隣に居たケンジがキャシーを見た。

「確かなのか?」

キャシーはケンジの目をまっすぐ見て深く頷いた。

「今、トウカちゃんに抱きしめられながらお母さんと一緒に車に乗ってあの車に追いかけられた時の事を思い出したの」

するとキャシーはまた泣きそうになったので信二は肩に手を置いてやさしく言った。

「落ち着いてからで良いよ、ゆっくり話してくれ」

「サンキュー」

小さい声でキャシーが呟いて深呼吸をする小さい音が聞こえた、がその間も外からは発砲音が聞こえてきた。

その場にいる三人がキャシーに注目しているとキャシーが顔を上げ目に涙を溜めてケンジを見た。

「車をぶつけてきた男の人たちは車の中で楽しそうに笑っていたの、その時ぶつけてきた車のバックミラーに何か鳥の巣みたいなのがぶら下がっているのが見えたの」

言われて信二とケンジはカーテンの隙間から発砲を続けているハイエースの運転席を見ると確かに鳥の巣のように丸い物がバックミラーにぶら下がっているのが見えた。

「ケンジ」

「見たよ、キャシーの言う通りだ、あいつらには関らないようにしよう、それでいいな?」

ケンジが言うとキャシーは口を硬く閉じて声を上げ泣きそうになるのを我慢しながら頷いた。

「トウカちゃんも、それでいいな?」

「えぇ、私もあいつ等は危険な気がするわ」

信二はケンジを見て頷くとケンジが言った。

「なら居場所がばれないように部屋の中で大人しくしていよう、トウカちゃんとキャシーはソファで休んでくれ」

「分かったわ」

トウカが返事をしてキャシーを連れてソファに移動していくと、外から雄叫びが聞こえてきた。

「なにぃ?何の音なの?」

驚いたトウカとキャシーがこちらを見たが、信二とケンジはカーテンの隙間から外を覗くとアダチ薬局の中からシャッターを突き破って出てきた身長が二メートルあり肩と頭部が一体化している化け物がハイエースに向かって走っているのが見えた。

「おい、あれ俺達を追ってきた奴か?」

ケンジに言われて信二はその二メートルある化け物をじっくりと見ると顔のようなところに信二が刺したピッケルの柄があるように見えたような気がしたが化け物が走っているのでよくわからないし前に見た時となにか違うような気もした。

「何か前に見た時と違うようだが、ピッケルの柄が刺さっているのが見えた気がする」

「あんなのここら辺に二、三匹もいられたらたまったもんじゃない」

「そうだな・・・、だけどあの化け物が俺達を追ってきた奴なら山のような化け物も近くにいるかも知れんな」

信二は外を見渡して目の前の道路や建物の隙間から見える道路を見たが、それらしいのは見えなかった。

「いないみたいだな」

言ってケンジを見るとケンジもカーテンの隙間から外を見渡していた。

「そうみだいだな、ひとまず安心といったところだが、二メートルの化け物はまっすぐ車に向かっていくぞ」

ケンジに言われ信二も外を見ると二メートルの化け物が信二たちの車を追いかけてきたような勢いでまっすぐにハイエースに向かって走り、邪魔な精神病患者を手を振り回して弾き飛ばしていると発砲音が聞こえ二メートルの化け物の上の部分が血で赤くなり動きが止まった。

ハイエースを見ると走行している助手席の窓からライフルを構えた男が上半身を乗り出してライフルの銃口を下げて何か操作するとまたライフルを構えて発砲した。

発砲音とほぼ同時に立ち止まっていた二メートルの化け物の腕がだらりとぶら下がった、腕の付け根に銃弾が当たった様だ、すると二メートルの化け物が叫び声を上げて再びハイエースに向かって走り始めた。

(危ない!)

思わずハイエースを見ると助手席でライフルを構えていた男が慌てて車に引っ込みハイエースが加速すると後ろのシルバーの普通車も加速した。

「マジかよ、あいつらぶつける気だ」

ケンジの声が聞こた、ハイエースも二メートルの化け物もジャマな精神病患者たちを弾き飛ばしながら一直線に進み互いに道を譲らなかった。

思わず息を呑んで見入ってしまうが、お互いの距離が十メートルでぶつかりそうになった瞬間に二メートルの化け物が奇声を発しながら大きくジャンプした。

ハイエースはスピードを上げたままジャンプした化け物の下を走り抜けたがその後ろを走っているシルバーの普通車もスピードを落とさずそのまま突っ切ろうとしたが、ハイエースを飛び越えた化け物がその前に着地すると驚いた様でシルバーの普通車が急ハンドルを切って曲がるのと同時にブレーキ音なのかタイヤの音なのか分からない音が響き歩道を乗り越えて道沿いの家の塀に突っ込んだ。

「何!?何の音なの?」

「道路を走っていた車のハイエースじゃない方が家の塀に突っ込んだ」

トウカの問いにケンジが答えた。

「なにが起こっているの?」

聞かれたケンジも何て説明すればいいのか分からないのか黙ってしまった、そういえばトウカとキャシーが混乱しないように化け物の事は話していないのだった。

信二は窓から外を見ていると化け物の銃弾を受けてだらりとぶら下がっていた腕がジャンプした着地の衝撃でちぎれて地面に落ちるのが見え、化け物は叫び声を上げながら塀に衝突したシルバーの普通車に向かって走り出した。

塀にぶつかったシルバーの普通車はフロントが大きく凹みもう動きそうに無い、運転手はエアバックが作動して無事の様ですぐに車から出てきて逃げ出すのかと思うと後部座席のドアを開いた。

「何やってる!早く逃げろ!」

思わず信二は叫んだ。

だが、運転をしていた男は後部座席に身体を突っ込むと中から男性を引っ張り出そうとしたがその男性は頭を何処かにぶつけたのか気を失っているようで自分から動いている様子はなかった。

「ねぇ、何が起こっているの?」

いつの間にか隣にトウカとキャシーが来てケンジを見たが、ケンジは今の状況をうまく説明できなかったようで困った表情をしていた、信二はトウカとキャシーを見ると二人とも不安が顔に現れていて外の様子を気にしている。

「分かった、外の様子を見せるけど二人とも気をしっかり持つんだぞ」

二人が返事をせずに深く頷いた。

キャシーが信二が見ている隙間から一緒に外の様子を覗いてトウカは膝を突いてケンジの下からケンジと一緒に隙間から外を覗いた。

「ヒッ」

キャシーの小さな悲鳴が聞こえた、外の光景を見てショックを受けたようだ、信二も外を見ると先ほどの運転手の男が後部座席から引っ張り出した男に肩を貸しながら必死にその場から離れようと早足で歩いているが二メートルの化け物が腕を失った部分から血を垂れ流しながら二人に走って近づいて行く。

肩を貸している運転手の男が近づいてくる化け物を振り返り見た瞬間にこのままでは助からないと思ったのか肩を貸す男を放り出して一人で走り出し、取り残された後部座席に居た男はその場に崩れ落ち倒れこんで後ろを辛そうに振り返ると、その後ろにはもう化け物が迫っていて逃げれそうに無い。

「信二・・・」

「見るな」

キャシーが辛そうに呟く声が聞こえ信二は倒れた人から目を離さずに強引にキャシーの身体を押して外が見えない位置に移動させた。

ちょうどキャシーには見えなかっただろうが、化け物は倒れている人に近づいていくと車に乗っている時に信二を食べようとした口が現れそのまま倒れている人をひざまずくように頭から噛み付くと口から大量の血があふれ出て食べられた人の身体は血で真っ赤に染まると魚を飲み込む動物のように咀嚼するたびに血を飛び散らせながらあっという間に全身を食べてしまうと次の獲物を求めるように立ち上がった。

(もう一人の逃げた男はどこだ?)

逃げた人を探したがもう見えない場所に隠れているのか安全な場所まで逃げたのか見つけることが出来なかった、化け物は口から血をあふれさせながら逃げた獲物を探すようにさまよい歩き始めた。

「どうやらもう一人は無事に逃げたようね」

「そうだな」

トウカにケンジが答えるのでそちらを見るとトウカがケンジの腕を掴んだ。

「あの化け物何なの?あれも病気にかかった人なの?さまよっている人たちは何かの病気の人たちでワクチンとか何かの治療で治るんじゃなかったの?ねぇ!?」

ケンジはなんと答えれば良いのか分からずに信二を見てきたので答えた。

「俺達だってわからんよ、どうなってるのかさっぱりだ、だが、あの二メートルの化け物が元は普通の人で精神病患者に噛まれてああなったようだ」

「どういうことなの?精神の病気でワクチンで治るんじゃないの?」

「分からないが、あぁなってしまったらだめだろうな・・・」

言われたトウカは下を向いて黙ってしまった、キャシーも信二が話したことを理解しているのかいないのかわからないが不安そうな顔をして黙ってしまった。

するとケンジがトウカの肩に手を置いてやさしく言った。

「トウカちゃん、確かによくわからないことが多いが俺達は協力して無事に脱出しよう、ベストを尽くしてがんばるからトウカちゃんも協力してくれ、もちろんキャシーも協力してくれるよな?」

「OK」

キャシーはぎこちない笑顔で答えた。

(本当に話を理解しているのだろうか?)

「トウカちゃんもいろいろ不安があるだろうけど俺達に協力して無事に脱出しよう」

言い終えるとケンジはトウカの肩に置いている手でやさしく肩を叩くと鼻を啜るような音がした、トウカがTシャツの袖で顔を拭ってからケンジを見上げた。

「わかったわ、私もみんなが無事に脱出できるよう協力するわ」

言いながら立ち上がった。

「あぁ、頼んだぞ、頼りにしている」

ケンジが微笑んだ。

(ケンジには負けるな、まったく)

キャシーを見ると先ほどとは違いすこし不安が取り除かれたように安心したように微笑んでいた、思わず安心してため息を付きそうになる。

ライフルの発砲音が聞こえ信二は慌てて外を見ると先ほど走り去ったハイエースが戻ってきて助手席の男が身を乗り出しながらその先にいる二メートルの化け物に向かってライフルを発砲していた。

すると先ほど逃げたシルバーの普通車を運転していた男が隠れていた家の塀の内側から飛び出してハイエースに向かって走り出すと二メートルの化け物も男に気が付き走り出した。

ハイエースの後部座席のスライドドアが開き中から斧を持った若い金髪の男が出て発砲音で集まってくる精神病患者たちを倒しながら走って来る男に手招きをした。

走っている男は振り返り迫ってくる化け物を見て距離と走るスピードを確認してこのままでは追いつかれると感じたようですぐに前を向いたが後ろを振り返ったために目の前に飛び出して来た精神病患者に気が付かずにぶつかり精神病患者と共にバランスを崩して道路に倒れて全身を打った。

「やばいな」

思わず呟いた、ハイエースから出てきた金髪の斧を持った男が助けに行こうと走り出し、化け物に向かって発砲する音も聞こえたが化け物に当たっているのかいないのかわからないが化け物はスピードを落とさず走り続けた。

もう逃げる事ができそうにないが倒れた男はすぐに立ち上がろうとした時、化け物は背後にいた。

(食べられる)

だが、化け物は倒れた男を無視してその場を走り抜けまっすぐハイエースに向かって行く。

一番驚いたのは斧を持って助けに向かっていた金髪の男ですぐ方向転換してハイエースに向かって走り出しハイエースの助手席の男は再びライフルを撃ち始め倒れていた男も一瞬化け物が通り過ぎ唖然としていたがすぐに立ち上がって逃げようとしたが一緒に倒れた精神病患者が足首を掴むとそのまま噛み付いて男は叫び声を上げながら必死に振りほどこうとしていたが発砲音と共に男の顔が真っ赤になりそのまま倒れた、ライフルを撃っていた助手席の男を見るとまたライフルの銃口を下に向けて操作していた、たぶん弾を入れ替えているのだろう。

斧を持った金髪の男が乗り込む前にドアを開けたままハイエースは化け物に向かって走り出し斧を持った金髪の男はどうすればいいか分からずその場に立ち尽くしたがすぐに近づいてくる精神病患者に対処しながら逃げ始めた。

「また、体当たりするつもりか?避けられるぞ」

ケンジの呟く声が聞こえた。

「あぁ、そうだな」

目を離さずに信二は答えた。

化け物も先ほどと同じようにまっすぐハイエースに向かって突き進み距離が十メートルになった瞬間に大きく膝を曲げてジャンプしようとした。

その瞬間にフロントガラスが割れジャンプしようとしていた化け物の足が血まみれになりその場に崩れ落ち数秒遅れて発砲音が聞こえた瞬間にハイエースが化け物の正面からぶつかり鈍い音がここまで聞こえた。

ハイエースはそのまま突き進み化け物を轢いた所から血とミンチのような状態になった肉片が混じった太い血の線が引かれて行く。

五十メートル位走ると一旦止まりバックを始め、足どころが下半身がなくなった化け物が片腕で暴れているのが見えたと思うとハイエースがバックするのを止め助手席のドアが開きライフルを持った男が降り化け物に三発銃弾を撃ち込むと動かなくなった。

すると中から運転手の赤髪の男が出て来たと思うと動かなくなり血が広がっていく化け物に近づくと思いっきり蹴飛ばした、化け物は動かなかったが更に何度も蹴飛ばしライフルを持った仲間が止めるまでひたすら蹴飛ばしていた。

ライフルを持った男が運転手の赤髪の男に何か囁きこちらを見て信二たちの方を指差した。

信二は心臓が止まるような衝撃が身体に走り恐怖を感じた。

「おい、あいつ等に居場所ばれてるぞ」

ケンジの声が聞こえているが目を離さず見ていると斧を持った金髪の男が精神病患者たちを斧で顔面を叩き潰しながら二人に駆け寄ってハイエースの近くで合流して何かを話し合うと斧を持った男もこちらを見た。

「そうみたいだな、斧を持った奴も合流してこっちを見た」

言いながら窓から離れて部屋の中心に移動するとケンジも同じように移動しながら話した。

「煙を出して居場所を知らせていたんだから当然といえば当然か・・・・」

「とりあえず三階のドアに頑丈なバリケードを組んだほうが良いが少しの時間稼ぎにしかならないだろうな・・・」

ケンジはキャシーとトウカを見たので信二も二人を見るとトウカが尋ねてきた。

「こっちを指差したってどういうこと?ねぇ?」

トウカとキャシーが不安そうに信二とケンジを見た。

「外のハイエースの奴等がこちらを指差して何か話していた、たぶん俺達が上げた煙を見たんだろう、ここに来るかもしれない」

信二が言うとキャシーが泣き出しそうな顔をしたが、泣いてはダメだと理解しているようで自分の唇を噛みながら声を上げないように耐えていた。

優しい言葉をかけて不安を取り除いてやりたいがそんな状況ではなかった。

ケンジがトウカとキャシーに近づいた。

「俺と信二が二階に移動してあいつ等が本当にキャシーを襲った奴等か確かめて安全な奴らか確認するからキャシーとトウカちゃんは三階に隠れていてくれ、見つからないように息を潜めているんだ」

「えぇ、わかったわ」

トウカは返事をしながら立ち上がると寝室に向かってこうとしたので信二も言った。

「俺とケンジが大丈夫だといったら出てくるんだ、俺達以外の男の声が聞こえてもすぐには出てくるんじゃないぞ」

「わかった」

トウカは振り返らずに返事をした。

「おい、トウカさん」

再度呼びかけると今度は振り向いて信二を見た。

「キャシーの事を頼んだぞ」

トウカは表情を引き締め深く頷いてキャシーを連れて寝室に入った。

「おい、信二、俺達も二階に移動するぞ」

ケンジが信二を追い越してベランダに向かった。

「何か持っていくものはあるか?」

「分からんがまず先に下に移動しよう」

「OK」

信二もケンジの後を追ってベランダに向かった、ケンジは三階から二階に降りる避難梯子がなくなって開いている穴を飛び降りたので思わず言った。

「おい!」

「梯子を下ろしておいてくれ」

ケンジは叫んで返事を聞かずに店の中に入っていた。

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