第7話 ケンジの決意
四人で朝食の食パンを一人一枚食べていた、二階の喫茶店「ルブラン」の店の冷蔵庫や食料庫にある食品も腐り始めてしまい選別をすれば食べれる物はあるが朝からその仕事をする気にはなれなかった。
アルコールやジュース、飲料水は店で出すようにストックされている物がたくさんあるが賞味期限がギリギリの牛乳を全員が飲んでいた。
食パンの乗った皿にはラップが巻かれて食事を終えたらラップを捨てることにより衛生的で皿を洗う水を使わずにすむようにしていた。
信二はラップを取りゴミ箱にラップを丸めて捨て冷蔵庫から冷えていないコーラのペットボトルを取り出してコップに入れて少し飲むと冷えていないので甘ったるく感じた。
「おい、俺にもくれ」
ケンジが半分食べた食パンを左手に持ちながらこちらを見ていた。
「同じコップでいいだろ?」
「あぁ」
「私にもコーラ」
信二が飲んだコップにコーラを注ごうとするとキャシーの声が聞こえたのでソファに座ってパンを食べているキャシーを見るとこちらを見ていた。
「OK、OK」
返事をしながら新しいコップを取り出そうと食器棚の扉を開けた。
「信二、コップ、同じでいい」
言われた信二は振り返ってキャシーを見るとキャシーは隣でソファに座っているトウカを見た。
「トウカはコーラいる?」
聞かれたトウカはキャシーを見て微笑み優しい声で答えた。
「えぇ、私にも頂戴、喉が渇いたわ」
その様子を見ていたケンジが信二を見て言った。
「ならコップは二つの方がいいな」
「分かってる」
返事をしながらもう一つのコップを取り出してコップを二つ持ちまずはケンジと信二が食べていたキッチンの前のテーブルに座っているケンジにコップを一つ置いてコーラを入れた。
「サンキュ」
次にキャシーたちが座っているソファの前のテーブルの上にコップを置いてコーラを注いだ。
「コーラ、ここに置いとくぞ」
「うん、サンキュ、信二」
キャシーは笑顔で言ってきたので信二も微笑み返した、一瞬モトラを見たが信二を視界にすら入れたくないようでワザと顔を背けていた。
(しかたないな・・・)
信二がケンジの前に座るとケンジが日課になっているスマホの電源を入れメールが来ていないか確かめるためスマホを掲げたので信二もポケットに入れているスマホを取り出して電源を入れた。
画面の電池マークに14パーセントと表示されていたが、電源を切る前は確か18パーセントと表示されていた気がする。
(もうそろそろスマホも使えなくなるな、出来れば使えなくなる前に母親か警察からの救助に向かったというメールがほしい)
願うようにスマホのメールの更新ボタンを押して電波を捕まえようと画面を見ながら部屋の天井に向けて高く突き上げた。
だが、電波が来ておらず県外と表示されるのであきらめてスマホの電源を切って前で同じようにスマホを掲げているケンジを見た。
「そっちは?」
「ダメダメ、やっぱり電波塔がおかしいんじゃないか?」
「そうみたいだな・・・・」
ケンジは掲げていたスマホの電源を落としてからテーブルの上に置いて立ち上がると窓辺に向かって歩き出して遠くを見て何かを探すように辺りを見渡しはじめた。
その様子を不思議そうに見ていたキャシーが立ち上がりケンジの隣にたって外を見てからケンジを見た。
「何を探しているの?」
「いやな、携帯電話の電波塔がここから見えないかと思ってな、探してるんだよ」
いいながらケンジは外を見ていた。
(見てどうするつもりなんだ?)
信二はそう思ったがキャシーは電波塔という言葉が分からなかったのか首を傾げて信二を見てきたので立ち上がりケンジ達に近づいてキャシーの隣に立って説明した。
「電波塔っていうのはな・・・、何て説明すればいいんだ?」
ケンジを見たがケンジも困ったような顔をした、どうやらキャシーが電波塔という言葉を理解していないことに気が付いたようだ。
「電波塔、エレクトリック タワー?これじゃ電気塔か・・・・、真面目に英語勉強しておけばよかったな・・・」
するとケンジが自分のスマホを取り出して画面のアンテナが表示されているところを指差すとキャシーが流暢な英語を話した。
「・・・・・」
まったく聞き取れなかった、キャシーは気が付いたようでやさしい英語でもう一度ゆっくり話した。
「ラジオ タワー 電波塔」
「電波塔ってラジオタワーって言うのかよ、勉強になるな、信二」
「あぁ」
隣のケンジが言うので返事をすると目の前のキャシーが笑いながら信二とケンジの顔を見た。
「これくらい中学生か高校生なら知ってて当然だよ?」
「でも俺達は中学生でも高校生でもないおっさんだもんな?信二?」
ケンジが笑いながら言い思わず信二も笑って答えた。
「あぁ、そうだな、俺達はおっさんだ」
二人の反応を見たキャシーは生意気にため息を吐いてから二人を見た。
「時間はいくらでもあるから英語を教えますか?そしたら中学生にはなれるかもしれないよ?」
信二とケンジは言われてお互いの顔を見て笑い合いケンジに言った。
「それもいいかもな」
「あぁ、そうだな、だがまずはそのラジオタワーを探してみようぜ」
「ラジオ タワー ね」
キャシーに発音を訂正されてまた笑った、信二はチラッとソファに座っているトウカを見るとこちらを見ていた、その顔はここに来た時よりも顔がやつれているというか生気が無くなっているように見え、信二が見ている事に気が付くとすぐに顔をそらした。
トウカの体調はあまりよくなさそうだが俺が直接話しかけても何も返事をしないだろう、頃合を見てキャシーかケンジに聞いてもらったほうがよさそうだ。
それからしばらくの間三人はリビングや寝室の窓、ベランダから電波塔を探したが三十分も探せば見える範囲に電波塔が無いことが分かった、だが三人はすることも無いのでキャシーが寝室でケンジがリビングで信二はベランダから外に変化が無いかボーっと見ていた。
信二はベランダで空を見上げると所々を雲が流れ合間から青空が見えた、天気だけを見ていれば気持ちがいい日になりそうだが下からは精神病患者が歩きまわる音と呻き声が聞こえて来る、ベランダに身を隠しながら周りの民家を見ていたが段々と目を瞑って眠ってしまいそうになるのを耐えていた。
すると背後から物音が聞こえ目を擦りながら振り返るとドアを開けケンジが出てきて信二を見下ろした。
「寝てたのか?」
頭を振って答えた。
「まだ寝てはいないね」
「よくこんなところで眠れるな」
呆れようにケンジが言うので信二は眠気を覚ますために立ち上がって硬くなった身体の関節を伸ばすために伸びや屈伸をすると頭から眠気がなくなり頭や硬くなっていた関節に血が通っていくような気がした。
「お前だってここで一日中外の様子を見ていれば俺と同じになるさ」
「そうは思わんがな」
納得はしていないようだ。
「それよりもどうしたんだ?何かあったか?」
尋ねるとケンジはベランダの手すりに寄りかかりながら周りを見渡した。
「なぁ信二、俺はこの二、三日不思議に思ってたんだがな、道路にいるゾンビ共とこの町に住んでいる人の人数がどう考えても合わないと思っているんだがお前はどう思う?」
「どうって?何を考えてるんだ?」
思わずいぶかしげに聞くとケンジも考え込むように話した。
「いやな、どう考えても人が少なくないかなと思ってな」
「家の中にいるんじゃないか?全員が精神病に感染しているとは限らないし、俺達と同じように助けを待ってるんじゃないか?」
「あぁ、俺もそう思うけどな、信二よく考えてみろ、お前が言うようにここには俺達以外にもアダチさんたちみたいに家に立てこもってる人たちも大勢いるとすればなんで誰も助けに来ないんだと思う?」
「思うって・・・」
聞かれた信二は周りの家や道路を見たが昨日と変わらずに周りの家はすべてカーテンが閉められていて道路には精神病患者がさまよっていた。
一瞬嫌な考えが頭に浮かんできたがあえて違うことを言った。
「精神病患者の治療法を探ってるんじゃないか?俺の部屋でテレビを見たときそんな感じのことをアナウンサーが言ってなかったか?そしたら篭ってる俺達だけでなく精神病患者たちも救えるからな」
「確かにその可能性もあるかもしれないがな、俺はこう考えたんだ」
ケンジはキャシーやモトラが扉の向こうにいないか耳を済ませて足音が無いことを確認すると信二を見た。
「最初は東京だけだったが感染が今は日本中に広がってるんじゃないかと思っているんだ、だってそうだろ?俺達以外にもここら辺の家に取り残されている人がいるはずなのに警察や自衛隊のヘリコプターが飛んでないなんておかしいだろ?それに電気や水の復旧だって行われていないようだしこの地域に構っている場合じゃないって感じだろ?」
「確かにケンジの言う通りかも知れないが、東京には何万人って単位で人が住んでるんだぞ?東京の都心の方で大勢の人が閉じ込められていてそっちの救助を優先してこっちは後回しになっているのかも知れないぞ?」
言い分を聞いたケンジが信二の正気を疑うように聞いてきた。
「それ本気で言っているのか?」
もう一度考え直してため息を付いて言った。
「願望に近いかもしれないな」
「じゃぁ、信二だって俺と同じ様に考えてるんだろ?」
「ケンジの考えてる状況は最悪の場合だと思ってるだけさ」
「おいおい、この状況が最悪な状況じゃないと思ってるのか?」
ケンジは言いながら詰め寄ってきたので一歩後ろに下がって言った。
「ケンジこそ、自分が言っている事の意味が分かってるのか?今この状況がケンジの考えている状況なら俺達はここに篭っててもいつか飢え死にするだけなんだぞ?」
「だから俺とお前で今後どうするか考えようと思ってここに来たんだよ、お前だってただボーっとしているよりもマシだろ?」
「まぁな」
信二は思わず頭を掻くと何日もシャワーを浴びていないので油っぽくベトッとした感じがした。
「風呂に入りたいな・・・」
思わず口にしてしまうとケンジも頷いた。
「俺も風呂に入ってさっぱりしてからキンキンに冷えたビールを飲みたいな・・・」
ケンジが言うと思わず想像して虚脱感を感じた。
「想像させるなよ」
「ぬるいビールなら下の『ルブラン』にあるんだけどな、どうせこのままやること無いなら夜は酒盛りでもするか?」
「あぁ、俺も強い酒を飲んですべて忘れたいよ」
お互いに声を出さないで笑い合いしばらく黙っていると道路をさまよう精神病患者が目に入ったので言った。
「なぁ、ケンジ、あの道路にさまよっている人たちをテレビでは精神病患者って言ってたよな?」
「確か言ってたな、だけどあのゾンビのようなのを見るとな、精神病だとは思えないな」
「ケンジの言ったゾンビってのが本当に正しいのかも知れないな、ただの精神病なら山みたいな無数の手足が生えてるのや二メートルくらいの大きさで肩と頭が一体化している化け物なんているはず無いからな」
言いながらあの血まみれになっている怪物のことを思い出すとピッケルを突き刺した感触がよみがえり身震いをした。
「やっぱり俺が言ったゾンビ説に賛成か?まぁ、このままじゃ精神病でもゾンビでも変わらないけどな」
「いや、あの山のような奴は精神病患者を食べてたんだぜ、いくらゾンビでも共食いはしないだろ、だから俺はあれはゾンビや精神病とかそんなんじゃないと思うんだ・・・」
「勿体つけないでさっさと言えよ」
ケンジはベランダの手すりに頬杖を付き興味なさげだ。
「あれは宇宙人の侵略なんじゃないか?噛み付かれて未知のウイルスに感染してその宇宙人が望む何かが人と適合するとあの山のような奴や二メートルの大きさの化け物になるって考えたんだがどうだ?」
先ほどまで興味なさげだったがケンジは興味ありげに信二を見た。
「じゃぁ、あの道路をさまよっているようなやつらは何なんだ?お前の言う適合したのが俺とお前が見た限りじゃ二体しかいないなんて効率悪すぎないか?」
信二は頭を振ってから答えた。
「適合しなかった人は適合した人のための餌なんだよ、ケンジも見ただろ?あの山みたいな化け物が精神病患者を食べるのを」
「確かに見たが・・・、じゃぁ、あの二メートルの化け物はどうなんだ?」
「それはだな、山の方が雌で肩と頭が一体化している化け物が雄とか?」
するとケンジが眉間に皺を寄せた。
「あれでどうやって繁殖するんだ?」
「わからんよ、もしかして分裂していくのかもしれないな」
冗談を言ったつもりでケンジを見たがケンジは眉間に皺を寄せて考えていた。
「おい、冗談だよ、そんな真剣に考えるなよ、俺達がいくら考えても答えなんて確かめようがないんだから」
言いながらケンジに近づいて肩を叩くとケンジが信二を見てため息を付き苦笑いした。
「たしかに信二の説の可能性もあるが、俺の言っているゾンビ説の方がまだましかもしれないな」
「今夜はぬるいビールでも飲むか?」
「そうだな、今日は何も考えたくないな」
「なら後で下に取りに行くよ、キャシーとトウカに何か取ってきてほしいものがあるか聞いて来てくれ」
信二が言うと思い出したように言った。
「トウカにも困ったもんだな、アマドが死んだのは信二のせいじゃないのにな、いくら無事に連れて帰ってくるって約束してもな、アマドだって危険を承知だったんだからな・・・」
「それくらいトウカだって分かってるはずさ、最初はトウカがアマドとケンジを助けに行こうとしたのを俺が止めたんだ、もし俺が止めないで自分が行っていたらアマドは助かったんじゃないかと考えてしまうんだろ」
「まぁ、確かにそうかもしれないな、俺だってお前が同じような状況になって死んだら確実に後悔するし止めた奴を恨むかもしれないな・・・」
最後まで言ってケンジはしまったと思ったのか急にこちらを向いた。
「恨むかもってのは冗談だ、気にするな」
「分かってるよ」
信二は苦笑いをすると居づらくなったのかケンジは周りを見渡した。
「俺は下に何か取って来てほしい物があるか二人に聞いてくるよ」
いいながら入ってきた扉から部屋に戻った、信二はそれからため息を付いて床に座った、最悪で嫌な事しか考えられない、アマドが車の外に飛び出し精神病患者に食べられている光景が目に浮かび自分もそうなってしまうのではないかと考えてしまうので出来るだけ何も考えないようにベランダの柵の隙間から外を見た。
何時間経っただろうかボーっとしているので時間の感覚が分からなくなってきた、ただ自分が気付かない間に寝てしまっているのかもしれない、先ほどまでは日陰に居たはずだが今は日当たりになっていた。
太陽が真上近くまで来ているので大体時間は十二時くらいだろう、腹は減ってはいないが喉が渇いた。
信二は立ち上がると身体がこわばっていたので腕や足の関節を伸ばすと思わずアクビが出た。
周りの家を見てみたが何も先ほどと何も変わらないどころか昨日ともなにも変わっていないように見えた。
リビングに続く部屋の扉を開けて中に入ると中ではケンジがリビングの窓際で床に寝転がりながら外を見てドアの音に気が付いて振り返り信二を見た。
「どうした?何かあったか?」
「全然、ボーっとしてるのか寝ているのか区別が付かなくなって喉が渇いたから何か飲みに来たんだよ」
いいながら信二はキッチンの冷蔵庫を開けて中に入っている飲み物を見たが水とコーラしか入っていなかった。
「コーラか・・・、嫌いじゃないけど喉が渇いているときに水分補給として飲むのはな・・・ベトベトするし」
思わず独り言を言いながら朝使ってキッチンにおいていたコップを持つと寝転がっていたケンジが立ち上がり近づきながら言った。
「コーラには砂糖が入ってるんだから仕方が無いだろ、炭酸で腹を膨らませて砂糖は栄養補給とでも思って飲むしかないぞ、飲んだら俺の分もくれ」
「わかった」
コップにコーラを注いで飲んだが炭酸が抜けてきて微炭酸というかそれ以下になっていてほぼただの甘い水になっていたが仕方ないのでコップに入っている分を一気に飲んで空にしてコップをケンジに渡しコップにコーラを注いでやるとケンジが一気に飲んでいった。
「ぬるいから余計に甘く感じるな、虫歯になりそうだな」
「言われたら歯磨きしたくなってきた」
自分の歯を舌先で舐めてみると表面がザラッとしたような感覚がしてため息が出た、するとケンジが空になったコップをテーブルに置いて言った。
「下に酒があるから飲み物は心配ないと思ってたけど、さすがに水を飲みたくなってきたな」
「どうにかして水を作る方法を考えた方がよさそうだな」
信二が言うとケンジは頷いた。
「酒を火にかければアルコール度が低いのはアルコールが先に飛ぶだろ、そのアルコールが飛んだ液体をさらに煮詰めて蒸気を集めれば水が出来るんじゃないか?」
「確かに理屈ではそうかも知れないがうまくいくとは思え無いな、喫茶店のガスコンロは外にある業務用のガスボンベを使っているから使えるかも知れないが」
「外を見ているよりもましだろ」
ケンジが得意げに笑って言うので信二も頷いた。
「確かにな、だけど少し休憩させてくれ、ベランダの床に座ってたらケツが痛くなってきた」
「仕方ないな、三十分休憩したら『ルブラン』に移動するぞ」
しかたがないとため息混じりにケンジが言うが返事を聞く前に信二はソファへ移動して寝転ぶとソファのやわらかい感触がしたのでケンジに言った。
「そういえばキャシーとトウカは何を下から持ってきてほしいと言ってた?」
信二は目を閉じて頭をソファの手すりの上に乗っけた。
「やっぱり飲み物だな、喫茶店に出すジュースがまだ下にあったからそれと食料って言ってたな」
「そういえば下は喫茶だったから使い捨てのおしぼりか手ぬぐいタオルがあるかも知れないから持って来ようぜ、使い捨てなら顔を拭くのに使えるし手ぬぐいタオルなんていくらあっても困らないからな」
「そうだな」
ケンジの声が窓のほうから聞こえてきた、どうやら外を見ているようだ、キャシーとトウカは一緒に寝室の窓から外を見ているはずで今は大丈夫だろう、だがこの先はどうか分からないな・・・。
「そうだ」
言いながら目を開けて上体を起こしてケンジを見ると床に座ったケンジが不思議そうな顔でこちらを見た。
「どうした?なんか思いついたのか?」
「いや、違うんだ、ケンジに頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいこと?」
ケンジがでかい声で言うので信二はキャシーとトウカのいるアマドの寝室を見て何も反応が無いことを確認してからケンジを見て小声でいった。
「あまり二人には聞かれたくないんだ、小さい声で返事してくれ」
「あぁ、分かったが何なんだ一体?」
ケンジは小声で面倒そうに言いながらソファに四つん這いで近づいてきた。
「お前にトウカとアマドを無事に連れて帰ってくるって約束したって言ったろ?」
「あぁ」
「それは守れなかったが、もう一つキャシーと約束してるんだよ」
信二はそこまで言って寝室を見た。
「勿体つけるなよ、さっさと言え」
面倒くさそうに言うケンジを見た。
「キャシーと安全な場所に脱出して父親を一緒に探すって約束したんだ」
「お前の父親?」
ニヤニヤしながらケンジが言ってきて、思わずこちらもニヤけてしまった。
「なんで俺の父親なんだよ」
「お前が頼りないからかな」
まだニヤニヤしながら言ってくるので信二はケンジを睨むと身を引いて笑いながら言った。
「冗談に決まってるだろ、それで俺になにを頼むんだ?お前とキャシーを守れってか?」
顔を左右に振って否定した。
「それもあるが俺の考えていたのはそうじゃない」
「じゃぁ何だよ?」
「俺が死んだら俺の代わりにキャシーを守って脱出して父親を探してくれないか?」
「嫌だね」
すぐに返事をすると窓の方を向いて腕を組んで胡坐をかいて続けた。
「そんな約束は嫌だね、絶対しない、信二がキャシーと約束したんだろ、だったらお前がその約束を破らないようにしろよ」
強い口調で言うので信二はなだめるようにやさしい声ではっきり言った。
「あぁ、お前の言っていることは正しいし俺だって死にたくはないさ、だけどこんな状況じゃ何時なにが起こるかわからないだろ?俺にもしもの事があった時、頼りになるのはケンジ、おまえだけなんだよ」
ケンジは何も言わずに黙って腕を組み外を見ていたので続けた。
「なぁ、頼むよ」
深いため息を付いてから信二を見た。
「わかったよ、お前が死んだ時は俺がやってやるよ」
「ありがとう、すまないな」
「だが、俺だけ約束するんじゃ不公平だから俺とも約束してもらおう」
「もちろんいいけど、何を約束するんだ?」
信二が言うとケンジが考え込むように無精ひげが伸びている顎を掻いた。
「・・・・そうだな、流れで言ってみたがすぐには思いつかないな、少し考えさせてもらうかな」
「あぁ、そうした方がいい」
言われたケンジはまた外を眺め始めたので信二はソファに寝転んで目を閉じた、コンクリートの地面に触れていたケツが痛かったがソファに寝ていれば大分楽になり自然とあくびが出てきた。
(眠ってしまいそうだ・・・・)
目を開けようと思ったがケンジがそこにいるんだ、もし眠ってしまっても起こしてくれるだろう。
身体から力を抜いて何も考えないようにすると部屋の壁にかけてある時計の秒針が動くカチッカチッという音が響いていた。
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