夢と魔法とお仕事と(2)

 十五時。わたしはショー会場のあるオンステージ――ゲストがいる表から、バックステージへ入った。今日はこの後リーダー数名で会議があるためだ。この後のオンステは、別のリーダーが担当する。会議の議題は、この冬の期間限定メインショーについて。


 バックオフィス棟の二階端にあるほとんど物置同然の会議室に集まったのは、リーダーが五人。いま、うちの部のリーダーは全部で十二人いるけれど、あとのリーダーは現場かオフだ。


「シンデレラ、って久しぶりよねぇ」

 マキちゃんが資料を眺めながら言った。


 ――今更だけど、マキちゃんのこの口調、素である。まぁ、わたしも入社当時、いざトレーニングだという時に「アタシのことはマキちゃんって呼んでね☆」とか言われて度肝を抜かれたもんだけれど、慣れればどうってことはない。


 ……というか、この仕事、どういうわけかこのテの人が多い。最初は驚く新人も、入社半年もすれば総スルーである。


 マキちゃんは本人曰く、口調だけらしいけれど、まぁどっちでもいい。ちなみに下の名前で呼ぶと綺麗にどつかれるので注意である。


「わたし、その頃ゲストとして来ただけです」

「あらやだ。もうそんな前?」


 マキちゃんは顔をしかめて、みんなが「ジジイっすね」とか「むしろババアじゃないの?」とか茶々を入れては笑いが起きる。


 今年の冬季限定メインイベントショーは、シンデレラ城前にステージを組む。これは、久しぶりの試みだ。ここのところ城前ステージはやっていないから。


 そして、テーマはシンデレラの舞踏会。以前――資料によると八年前――に、シンデレラの戴冠式なるものをやったらしく、それに類するものになるとのこと。


 わたしたちは普段、レギュラーショーというパーク内に三つある固定ステージのショーと、パレードを担当している。そして、こういうイベントショーのときは、それも担当することになるのだ。結構これが、毎回大変だ。何せ年単位で変わらないレギュラーショーと違ってワンシーズンごとに変わるため、その度にやれ動線どうするだ、機材はいくつ必要だ、キャストの配置はどうするだ、と決めなくてはならないから。


 とはいえ、わたしは実はこの会議がそれなりに好きではある。


「当選チケット確認、人数多めに取らないとですね。それか入り口一か所にしちゃうか」

「会場三十分前だと一か所は無理あんだろ。入り口キャスト死ぬわ」

「八年前で三か所です。ただ、現在入場者数増えてますから、もう少し増やすのが堅実でしょう」

「配置考えると五か所が精いっぱいかね」

「賛成」

「書いときますね」


 さくさくと決まっていく。こういうのが、気持ちがいいなって思うから。


 わたしがこの仕事を始めたのは大学生のころだ。最初はアルバイトで、そのあと契約社員になった。もう五年働いている。リーダー、およびトレーナーになってからはまだ一年目だけど、こういう会議に参加出来るようになったのが嬉しい。何せ、ショーを作り上げている、という実感が強い。


 そしてそれは楽しいことではあるのだけれど、ほんの少し、胸に影を落とす。


 わたしは今、二十五歳。マキちゃんは確か二十九。はたして、いつまでこの仕事をしていていいものか。


 仕事は楽しい。楽しいが、契約社員でいつまでもいていいものかどうか。


「こぉら、ありすちゃん」


 ペシ、と不意に頭をはたかれた。マキちゃんだ。


「下の名前で呼ぶなください」

「頭がお留守だったわよ。集中しなさい」


 見破られた。ちょっとふてくされてみせると、マキちゃんは困ったように笑う。いい人だし、オネエであることさえ除けばカンペキだろう。イケメンだし有能だし。そんなひとでも、契約社員だもんなー。正社員雇用、結構厳しいよなぁ。わたしがいけるとも思えないんだよなぁ。


 ふっと、短く息を吐いた。

 資料に目を落とす。


 ――あれ?


「機材これ、足ります?」


 わたしの指摘に、ひとりがくしゃりと頭をかいた。


「あー、そこな。ちっと足りないぽいんだよなぁ」

「予備って今どれくらいありましたか」

「わっかんなぁい。足りると思うんだけどぉ」


 口々にリーダーたちが話し始めたところで、わたしは立ち上がった。


「わたしじゃあ、今見てきますね」



 予備機材置き場は、一階のオンステージ脇にあるプレハブ倉庫だ。


 中に入ると、埃臭さが鼻についた。仕方ない、普段ほとんど使用していないのだから。電気すらない倉庫には、古いロープやロープをつなぐポールが乗ったカート、カラーコーン、フラッグ、誘導灯……と雑多に詰め込まれている。


「えーと、足りないのはポールか」


 一台のカートに九本、ポールが刺さっている。このポールを、地面に開けられた穴に刺すことで支柱となってロープを張れるのだ。


 カートは二台ある。ただし一台は七本しか入ってない。全部刺さってないカートは少し不安定そうではあるが、まぁ使えるだろう。


「十六か。まぁ、オンステのと合わせたらぎり足りるかなぁ……」


 呟いた、その時だった。


 視界の隅で、何かがきらり、と光った。


 ちょうど、二台並んだカートの隙間だ。ポールカートを少しずらし、しゃがみ込む。


 ――あった。


 埃の中に、うっすら光るちいさなもの。

 親指の先ほどの、キーホルダーか何かだろうか。拾い上げる。


「……ガラスの、くつ?」


 そう。それはちいさなちいさなガラスの靴だった。キーホルダーの頭だろうか。よく出来ているなぁ、と感心する。こんな薄暗い倉庫でもキラキラと光ってとても美しくて可愛らしい。


 何年か前のお土産とかかなぁ。落とし物ひろったの、届け忘れとか? 少なくとも今のお土産でこれはなかった気がする。


 今更落とし物センターに届けるべきか、どうしようか。


 そんなことを考えながら立ち上がった――のが、いけなかったんだ、と思う。

 ほんの少しカートをずらしただけの隙間だった。そして片方のカートは不安定だった。重たいポールが入っているカートが、不安定だった。


 あ、と思った時にはもう遅かった。


 ゴツッという腰への衝撃とともに、ポールが倒れてくるのがやけにスローに見えて。見えたとおもった次の瞬間には――


 ゴンッ


 派手な音とともに目に星が散った。


 そして。



 そしていま、目を覚ましたわたしの前には。


 丸いおじさんが、泣きながらひざまずいている。


 ――どうしようか、この状況?

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