夢と魔法とお仕事と(1)

 九月七日、晴れ。


「十三時二十七分、ラインカットです! カット数一二〇七」

「了解! ありがと」


 最後尾キャストからの無線に答えるとすぐ、わたしは右手を大きく上げて二回ぐるぐると回してから頭の上でバツ印を作った。会場内キャストにラインカット――ゲストの列形成が終了したこと――を報せる合図だ。オーケイです、とあちこちのキャストがぱたぱたと手を振ってくる。


 このショー会場は、入り口が少し高くなっていて、ステージは下だ。わたしがいるのは会場の入り口付近なので、中の様子は大雑把にしか見えないが、指示は出しやすい場所である。


「残席どんな?」

 無線で、会場のステージ前にいるキャストに問うと、少ししてから返事がくる。

「中央ほぼ埋まってます。AとGがまるっと空いてます」


 A、Gブロックは会場の両脇、少しステージが見づらくなる座席だ。合わせて三〇〇の残数。立見席が左右中央合わせて六〇程。入り口から外を見る。列はまだ少し、入り口から遠く伸びている。最後尾にはキャストがついていて、そこが列の最後だと分かる。そこまで、目測で四〇〇いかないほど。うーん、どうだろうか。


「平澤、どんな感じかしら?」

 少し迷っていると、ぽん、と頭をたたかれた。

「マキちゃん」


 顔を上げる。キャストの制服に身を包んだが立っていた。背が高く、カフェオレカラーのジャケットがよく似合っている。少し長めの髪ではあるが、うっとうしさは感じない。やや吊り目ではあるが、怖さよりは悪戯っぽさがあるせいで、近寄りがたい雰囲気はない。まぁたぶん、イケメン。襟元にはトレーナーバッジが光っている。

 牧野源一郎。

 同じくこのテーマパークで働くキャストで、わたしのトレーナーでもある。まぁ、今はわたしもトレーナーにあがったんだけど、やっぱりいつまでたっても彼にとっては、教え子でしかないらしい。


「中はAGのみです」

「オーケイ。大丈夫そうね。んじゃ、残席五〇切ったあたりでいったん止めて、中と調整しながら入れるわね。それでいい?」

「オッケーです。立ち見は通常通りそれぞれ二〇で。足りなそうなら教えてください」

「任せてちょーだい」


 ニコ、とマキちゃんが笑う。

 うーん。相変わらず見た目のイケメンぷりと口調が一致しないひとだ。いい人なんだけどね。

 よろしくお願いします、と頷きながら、また無線を操る。今度は外の、次回ショー列の担当キャストだ。


「次回ショー、お疲れ、そっちはどんなもん?」

「現在待ちが十七。キューは七番折り返したところです。最終ラス回が一。縁石で待ってもらってます」

「了解。列が十五番まできたら移動開始で」

「了解です」


 そうこうしている間にも、ゲストはどんどん中に入っていき、座席も調整しながら埋まっていく。

 そして、ショーが始まる。ショーの音楽とゲストの歓声と拍手が始まるとき、わたしたちの仕事はいったん落ち着くのだ。


 この、夢と魔法の王国がわたしの職場だ。

 そして、こういったショーステージにおけるゲスト案内――ゲストコントロール。

 それが、わたしたちの仕事だ。

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