第25話

 それからのヒミの心持ちは穏やかなものだった。

 今までヒミを責め立てていた喧しい何者かはなりを潜め、ヒミを締め付けていた重苦しい何者かは現れなくなった。

 片耳だけから滑り込んでくる音は優しい。目に映るものに相変わらず色は無かったが、優しい音と相まってヒミの内側を穏やかにした。

 何よりここには祓わなければならない穢れが無い。苦しみを訴えてくる声や苦悶の表情を見ることも無くなった。

 ふと時々、里へ行った芙蓉のことが気になることもあったが、自分の持っていないものをすべて持っている彼女ならば、自分があの場所へ戻るよりも良いように思えた。きっと、あの幼馴染や優しい仲間たちにとってもその方が良いのだろうと思えば、罪悪感や心配、嫉妬といった感情は白い空へと消えていった。

 穢れの懐にいて、ようやく自分が居られる場所を見つけたようだった。自分の穢れだった芙蓉が今は祓い子になっている。ならばヒミの方が今はケガレということだ。だがそれは嫌なことではなく、むしろ心を軽やかにするだけの事実だった。

 ここに在れば、前のように不安に駆られることもない。

 

 ただひとつ、コウがもの言いたげな顔をすること以外は。


 コウが言わんとしていることがもしも自分にとって辛いことであったとしたら、ましてやそれを言えずにいるとしたら。ヒミはそれを進んで聞くことはできなかった。


イラナイ

 

またそう言われてしまったら、もう今度こそ自分は粉々に壊れてしまうと思う。きっと跡形も残さず消えてしまう。

 消えられるならまだその方が良いのかもしれない。

 本当に怖いのは、狂ってしまうことだった。

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