第12話

 この日もヒミは1人、祓いに出た。

 昔と違って穢れの輪郭がはっきりしてきたのに加え、抵抗して来ることが増えた。声も言葉として聞こえてくる。これがヒミにとっては苦痛だった。穢れの想いがわかってしまうのだ。そしてそのどれもが、自分の中にある想いなのではないかと思うたびに動きが遅れ、その結果怪我をすることが増えた。

 ハナならば、ヒミの傷をすぐに治すことができるが、ヒミにとってそれは出来ないことだった。意地にもなっていたし、ハナに力を使わせることにアオイは良い顔をしない。それが自分に向けられたらと思うと、とても言い出せるものではない。

 それに、腕には痣や切り傷、火傷のような跡もあるが、そんなことはもうどうでもよかった。痛いのは嫌だったが、もはや自分が傷つくことなど、どうでもよかった。


「おかしいと思わないのか?」

 トキワはヒミが1人で祓いに行っていることを知っているが、好きにさせろという宮司の言葉に従っていた。しかし、何も知らないアオイとハナが「最近は平和だ」と笑っているところに遭遇した。暢気に笑っている二人に湧いたのが、怒りとも悲しみともわからない。

「なぁ、なんで最近穢れが溜まっていないのか、疑問に思わないのか?」

「トキワ君は知ってるの?」

「…いや。」

「不思議だけど、少しでも優しい世の中になったっていうことなのかな?ね?」

「…そうだと、いいな。」

 それまで黙っていたアオイだったが、ハナに向かって「トキワと二人で話がしたい」と告げると、トキワの腕を引いて歩き出した。

「…なんだよ。何か知ってるのか。」

 トキワは何も答えなかったが、その表情で悟ったアオイは、「やっぱり、ヒミか。」とぽつり呟いた。

「自分で言い出したらしい。ずっと1人で行くって。」

「なんで。」

「そんなのはヒミ本人にしかわからないだろうよ。でも…わからなくもない、か。」

「…あいつ1人で何とかなるなら、他に4人もいらないな。」

「それだ。本来なら5人で手分けするものを1人で片付けてるんだ。しかも、穢れが前よりも抵抗してくるらしい。」

「じゃあ、何で1人にさせるんだ。お前は知ってたんだろ?」

「…宮司が、しばらく様子を見るようにと…。」

 トキワの返答に、今度はアオイが苛ついた。

「あいつ色もまだ見えてないんだろ?それに近頃おかしい。何かあったらどうするんだよ。それとも、お前はヒミの心が読めていて、大丈夫だってわかってるから放っておいてるのか。」

「読めない。何を考えてるのかもわからない。でも、何かを隠してる…気はする。怪我をしてもきっと黙ってるだろうことも、わかってる。」

「…ハナに言えば、すぐ直してくれるだろ。」

「お前が、嫌そうな顔するだろ。」

「そりゃそうだろう、あれは気功みたいなもんだから、ハナだって疲れるんだよ、それに誰かが怪我したって聞いたら嫌そうな顔にもなるだろ。」

「…そうか。」



 そんな会話をよそに、ヒミは再び誘い込まれるように穢れを追ってあの洞窟に着いていた。

 真っ黒な蝶がみるみる人型に変わり、妖艶な女になった。

 ヒミを見やると、口端をつり上げて笑った。それから洞窟の暗闇へ手招きしながら消えて行った。

 一度入ったことのある暗闇だ。恐れはなく、手招きに応じて闇へ歩を進めた。

 あの日と同じように大柄な男が現れ、その傍らにはコウがいた。ただ違っているのは、ヒミをここまで誘ってきた黒蝶の女がまとわりつくような視線を向けていることだけだ。


『また、会えたなヒミ。』

 満足そうな大柄の男と、黒蝶の女は笑みを浮かべているが、コウ1人が険しい顔をしていた。なぜ、そんな険しい顔をしているのか。会えれば嬉しいと言ってくれたのは嘘だったのか。

 一心にコウに目を向けていたヒミは、目の前に再び蝶になった女が近づいていることに気づかなかった。気配を感じて視線を移した時にはすでに黒蝶がヒミの視界を覆い隠すところだった。

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