第10話

 少し長居をしてしまった。穢れは祓えていない上に遅くなっては何を言われるかわからない。ヒミが帰ろうとしたところで、コウに呼び止められた。


「そうだヒミ、また花見に行きませんか?あなたと私が出会ったあの丘で。」

「花見ですか…?」

「ええ。あそこの桜は長く咲くでしょう?楽しみにしてますよ、ヒミ。…この新月の日に会いましょう。」

 出会った日と同じような、美しい笑顔のコウに見送られ、ヒミは岩戸をくぐった。

 約束ができた。そしてこんな自分との約束を楽しみだと言ってくれた。それだけのことがヒミの心を温めた。


「長かったな。どこに行ってたんだ。」

 岩戸を潜り出た途端に、アオイの厳しい声がヒミを迎えた。

「どこ…って…」

「お前、最近どこに行ってるんだ。」

 何も答えないヒミに、アオイはため息をひとつ吐いた。

「お前が何考えてんのか全然わからねぇ。」

 少しだけ温かくなった心に水をかけられたようにヒヤリとするのを感じたヒミは、何も返すことができなかった。黙ったままのヒミに、アオイの顔ははますます険しくなる。

「なんで黙ってるんだ。言えないようなことなのか?」

 尚も言いつのるアオイに、ヒミが何か言おうとしたその時、様子を見に来た宮司が現れた。

「ヒミ、戻ったか。」

「はい。」

「大事ないか?」

「はい。なんともありません。」

 宮司はヒミを一瞥して、眉尻を少し上げた。

「こちらへ来い。少し聞きたいことがある。アオイは先に戻れ。」

 何一つ思いが晴れないまま、アオイは言に従ってその場を離れた。


「何があった。」

「何も、ありません。」

「…ヒミ。」

「報告しなければならないようなことは、何もありませんでした。ただ、知り合いに会いました。それだけです。」

「本当だな?」

「はい。」



 新月のまだ日が高い時刻、満開を少しばかり過ぎた散り始めの桜の下、ヒミが向かうとそこには既にコウが待っていた。

 雲のような桜を見上げるコウの横顔は、常日頃穢れの中にいるとは思えない程に美しく、ヒミは暫し見惚れた。

 声をかけられずにいたヒミに気づいたコウは、ふわりと微笑み、ヒミの名を呼んで招いた。


「やはり、白く見えますか?」

「真っ白だけど…綺麗です…。」

 変わらず桜色は見えないが、それはそれで、ヒミにとって美しい光景だった。

「あなたの笑顔を初めて見ました。可愛らしいですね。」

 あまりにも言われ慣れない言葉に、ヒミはただただ、頬やら耳やらを赤らめるだけだ。

「真っ赤ですね。本当に、かわいらしい。」

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