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 こうして、この騒動は終わった。


 旦那とブラッケンはすぐに正気を取り戻した。ウトのケガも、シェリーの回復魔法が功を奏してか、大事に至らずにすみ、療養を続けている。おれのケガに至っては痕も残っていない。領主の館を攻めていたその他の魔物は、指揮官のソウルを失って統制が取れなくなり、他の神官や衛兵の反撃を受けて撃退された。かくして町は平和とにぎわいを取り戻し、めでたしめでたし、である。


 もちろん、おれたちは英雄として歓迎され、るわけがなかった。


 ことの真相を知っているのは教会の神官たちと、領主など一部お偉いさんだけで、市民に事実は明らかにされなかった。それはそれで人々の好奇心をつつくもので、噂のいわく、身の丈ウン十メートルの巨人がやってきて、時計の針を箸に、鐘をお椀にして、ソウルを昼飯にたいらげていったそうである。


 おれが巨人になってしまった理由は、つまりこうだ。


 正気に戻ったブラッケンは何度も頭を下げてくれたし、領主を通じてけっこう色のいい報酬もいただいた。おれたちは、ここに来た目的を十分果たした。ただ、教会の方が大もめにもめたのである。


 「アッジが今回、禁止されてる操金魔法でコトを収めちまったからな。それとこれとは話が別ってな、アッジを処分すべきか、今後操金魔法をどう扱うかで賽が回ってる」


 しばらく居候を決め込んだ領主の館で、晩飯をがっつきながら、旦那は言った。


 「金属に取り憑く、神聖魔法の効かないソウルっていうのは、教会の方でもお初らしくてな。これに今後どう対処するかってのもあって、今回の件、これからの件、操金魔法の是非、そりゃもう喧々囂々けんけんごうごう侃々諤々かんかんがくがく会議は踊る踊りますのらったったぁ、とまぁ、つまり連中は三度のメシより議論が好きとみえる」


 難儀な奴らだ。


 「で、会議の結論が出るまで、しばらくこの町に参考人として残っていてほしい、と、教区長様はおっしゃられた」


 「……旦那は何と答えたんスか?」


 「なめとんかワレ、とな。教会の会議の結論なんざ待ってたら、俺の寿命が先に尽きちまう。……明日にでも出発だ、いいな?」


 いいも悪いも、おれは雇われの身だ。旦那がそう決めたなら、逆らう理由はなかった。


 代わりの剣とトンカチも調達できた───代わりに、と簡単に述べてしまったが、愛着のある剣とトンカチを錆に変えてしまったのは、後からショックが来た。旦那はさっぱりしていて、今後は新しい剣を世話してくれと言ってくれたが、手塩にかけた武器と違う感触に、なかなかなじめそうになかった。死んだ人間が帰らないように、壊れたモノもまた、二度と同じ形にはならないのだ。


 だが、あの剣とトンカチは朽ちて今、おれに新たな誇りを植えつけてくれた、そう思うようにしている。ときには犯罪だといわれても、自分が望んで手に入れた、他人にはそうそうマネできない技術ってのは、いつだって信じるに値する。やっぱりこいつはやりがいのある仕事だと、あらためて思うのだ。




 そんなわけで、旦那とおれはその翌朝、領主に礼を言って、そそくさと旅立った。


 領主の館から町の門へ向かうまでには、中央広場を通らねばならなかった。広場に近づくほどに、あの鐘楼がいやでも目に入ってくる。文字盤だけの時計、正時が来ても、鐘は鳴らない。時間を確かめようとしてつい鐘楼を見上げてしまい、ないことを思い出して決まり悪そうにする人々の姿を、何度も見た。


 時計も鐘も、あのままにはしておけないだろうな。どんな職人が、どんな技術で作り直すのだろう。ま、壊した当人のおれは、こうしてずらかるわけだが。


 そんなことを思いながら、広場の噴水の前で、おれは少し足を止めて教会を眺めた。


 と……その教会の方から、駈けてくるちっこい人影があった。シェリーだ。……やけに荷物が大きい。やけにおしゃれな旅装だ。それでもってやけにうれしそうだ。その姿を見たとき、背筋を悪感が駆け抜けたのは、本能的な何かだったろうか。


 「アッジさん」シェリーはおれを見上げる位置まで駈けてくると、息を弾ませながら、にこやかに言った。「ある程度、結論が出ました。今回の件は、不問だそうです」


 たりめぇだ。あそこまでやったんだ、懲役なんぞにしてみやがれ、暴動起こすじゃすまねぇぞ。


 「それで、これからなんですけど……やはり当分は、操金魔法は原則禁止です。ただ、今回の件を本部教会に報告して、今後も現れるであろう金属に取り憑くソウルには、これに有効な操金魔法を認めるよう教義を改めて対処すべきであると、ブラッケン様が提言なさるそうです」


 「……それで?」


 「でも、やはりそれには時間がかかるので……禁止のままだと、アッジさんが困りますでしょう? だから、ブラッケン様が責任を持つということで、特別な許可証が出ました」


 そう言ってシェリーは、懐をまさぐりだした。……どうやら大事なものは何でも首からぶら下げる主義らしい、鎖を引っ張って取り出したものは、文字の刻まれた一枚の小さく薄い木板だった。


 「この許可証がある限り、アッジさんはリトゥリー派の領域でも、操金魔法を使っても罪には問われません」


 ……ずいぶんうまい話だな、と思いつつ、「ありがとう」と、その許可証を受け取ろうとした。しかし、シェリーは首を振った。「いえ、違います」


 「あん?」


 「この許可証は、私に渡されたんです。だから私が、首から下げてますのに」


 「……どういうことだ?」


 「つまりですね……」


 説明しようとするシェリーからその許可証をひったくって、裏の書きつけを読んでみると───いわく、アッジ・グラスクは、本許可証を管理する選抜された神官の監視下においてのみ、操金魔法の使用を認められる。


 ……おれは、青ざめた。やはり世の中に、うまい話などないのだ。自分が自分の仕事として自分で会得した魔法が、誰かの監視下でないと使えないなんて、そんなのアリか! 即逮捕の方がなんぼかマシだぜ!


 しかも、「選抜された神官」って、なんだよ。……シェリーをじろりと見ると、うれしそうに、自分を指差しているじゃないか。


 「ですから今後、教義が改まるときまでは、私がアッジさんに同行します」


 「同行、って、……これからずっとおれにひっついて旅をするっていうのか?」


 「はい、そうです」


 おれはあぜんとして、シェリーにぶつける言葉が見当たらなくて、……旦那に、泣きついた。「旦那ぁ、こいつら、まだ何かタチの悪いソウルに操られてるんじゃないスか?!」


 「はやい話、教会は教会の体面上、魔法鍛冶を野放しってわけにゃいかんのだろ」旦那は腕を組んだ。「で、シェリー、ひとつ訊くが、あんたの路銀は、どこから出るんだ」


 「もちろん、私どもリトゥリー派教会の公費から出ます」


 「それだったら俺は文句ねぇぞ。攻撃防御回復と三拍子揃った神聖魔法の使い手がタダでついてきて、おまけにリトゥリー派の町でも大手振って歩けるってんなら、そりゃ願ったりかなったりってモンだ。今まで行けなかったところにだいぶ行けるようになる」


 「旦那ぁぁ」旦那に満足げに言われてしまっては、おれには立つ瀬がない。


 「では、決まりですね。それではおふた方、ふつつか者ですが、これからどうぞよろしくお願いいたします」深々と頭を下げる、シェリー。


 「冗談じゃねぇ!」おれは思わずその場から逃げ出していた。


 「あっ、待ってくださいよぅ、アッジさぁん!」シェリーがぱたぱた追ってくる。


 なんでこんなことになっちまうんだか───やりがいのある仕事だとは心から思う、あぁ思うともさ、だがしかし、魔法鍛冶ってのは、なんてめんどうなステータスなんだろう!


                           <終>

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