第4話 約束

獅凰が吹き飛ばされた先にあった壁は見事に大破した。常人ならば大怪我は免れない事だろうが、幾度と飛鳥の攻撃を喰らっては懲りずに同じ事をしでかす奴だ。土煙が晴れたかと思えば笑いながら此方へと歩いてきた。


「いやぁいい蹴りを喰らっちまった。はっは」


「もう一発くれてやろうか」


「それは勘弁」


口端を上げ肩を竦める獅凰は無傷だ。それなりの力が籠ってしまったので少しばかり焦ったのだが、余裕ぶられるとそれはそれで何だが腹立たしい。獅凰に対してだとどうにもムキになりがちというか、負けず嫌いというか、無自覚な為に妙な感覚に陥る飛鳥だった。


「――これは一体何の騒ぎですかな」


ぴん――と空気が張り詰める。

どこまでも冷たく、蔑みさえ感じる程の、低い声音。


「……叢雲、叔父様…」


飛鳥の母、八代目幻守之巫女…その弟であり、飛鳥の叔父であり、この国の摂政である『叢雲』。面倒な事になった、と飛鳥は思った。

彼は摂政として優秀過ぎる程に優秀であり、この国にとって無くてはならない存在なのだが、『大の妖嫌い』であった。もちろん、私情で一応は王族である者に無礼な振る舞いを表立って見せる事はない。けれど妖嫌いの彼が、獅凰に対してどういった感情を抱いているかだなんて考えるのも容易い。

飛鳥はこの叔父が苦手だった。


「これはこれは、天妖族の若君」


「どーも」


「我らの国とそちらの関係はご存じでしょう。…許可もなく城内への侵入、我らが巫女姫への不用意な接触は余計な軋轢を生みかねない」


「そうだなぁ、サプライズのつもりだったんだが、いや軽率だった。『次は』気を付けるよ」


「…サプライズ、とは?」


「今日はかわいい従妹殿の誕生日だろ?贈りものをしようにも呪具やら何やらと疑われて本人に届かないだろうし、そんならせめて祝いの言葉くらいは直接伝えてやりたいってもんだろ?」


芝居めいた手ぶりを加えつつ、よくもまぁ口が回るものだ。恒例とは言え突然襲いかかってきた奴の台詞とは思えない。というか、『次は』なんて言ってる時点で叔父の言葉など聞く耳持たずである事を主張している。

極めつけに『もう少し飛鳥と話たらすぐにでも出ていく』と…本当に、怖いもの知らずにも程がある。


「あ、のっ!本当に!ちょっと話したら追い返し…いやお引き取りしてもらうから、えーと…」


「お引き取りって」


「ちょっとあんたは黙ってて」


「…分かりました。今日は特別な日。摂政風情の私が口煩く言うのも烏滸がましい。それでは、お二方、失礼致します」


「あ…」


色の変わらない感情を乗せた視線を此方へ一瞬向けて、一礼して叔父は去っていった。


「お前ほんっとアイツの事苦手なんだな」


けらけらと笑う獅凰に否定は、出来ない。

叔父は苦手だ。人を寄せ付けない雰囲気、冷たい視線、妖に対する嫌悪。…それが、自分にも向けられていると、気付いてしまってから。


「…あんたはふてぶてし過ぎだよ。こっちがハラハラする」


「はっは、ああいうタイプのやつは煽れば面白れぇ反応してくれるからなァ…」


「煽るな」


「まぁそうだな。あれは全く釣れねぇしつまんねーわ」


もう何も言うまい。


「あ、さっき言ったけど、祝いてぇってのは本当だぜ?誕生日、それと十代目巫女就任、おめでとう」


「え、あ、ありがとう…」


いつものにやりとした笑い方ではなく、殊更優しく微笑むものだから、暗く沈んだ気持ちがふわりと浮き上がる。


「物は渡せねぇから…プレゼントは俺からのキスとか」


近付いてきた顔面に一撃食らわせた私は悪くない。



***


あれから獅凰に『お引き取り』してもらって、青嵐には壁を壊してしまった事を咎められ、またかと呆れられた。

盛大に開かれた誕生祭も終わり、自室の窓から城下を見渡す。

月明りが闇を照らす、静かな夜。流石に音までは聞こえてこないが、あちらこちらではまだ光が灯り、もしかしたら宴気分が抜けずに語らいあってるのかもしれない…なんて。


「満月、だったんだ」


今は見えない太陽の光を反射して、輝く白銀の星。静かな夜というものは、どうにも感傷的な気分となってしまう。

『あの人』はあの星のようだと、誰かが、飛鳥が、思った。髪の色を比喩しての言葉だったのかもしれない。『あの人』は飛鳥の太陽だった、けれど『あの人』が飛鳥を太陽だと言ったあの日から、『あの人』は飛鳥の太陽であり、月でもあった。

あの星に手を伸ばしても届く事はない。

でも『あの人』になら、きっと届くと信じている。


「…主」


「…約束を、したんだ」


いつの間にか、傍で人型となり寄り添ってくれていた暁に、独り言を呟くように言った。


「大切な、――兄様との約束」


飛鳥はひとりだった。ひとりで生きて、ただいきているだけだった。そんな飛鳥を救い、心を、愛を、生きる意味を教えてくれたのは、双子の片割れである兄…悠吏だった。

彼は今、飛鳥の傍にはいないけれど、あの人は絶対に裏切ったりしない。

握られた手に力が籠る。


「約束の為に、私が飛鳥(わたし)である為に、…これからもよろしくね、暁」


「――もちろんだ、我が主」


小さく笑い合った二人を、月だけが見ていた。

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幻籠華 彩迦 @tsaika25

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