第一章:240年前の未来

第一話:240年前の未来


神奈川県 横須賀市


 その地に、有本僚は足をつける。

 今日、ここではとあるイベントが予定されていた。

 大日本共和国連邦防衛海軍が誇る戦艦の見学会。

 正直に言うところ、僚自身は別に行きたくて来た訳ではなかった。楽しみにしていたという彼の同級生が「一人で行くのは気が引ける」とクラスメイト全員を誘った中、ただ一人予定が空いていた彼だけが応じることとなったのだ。一方でその友人は急な用事で行けなくなった為、結果としては彼が押し付けられただけとなってしまった訳だが。


「横須賀か……」


 実際に来たのは初めてだったが、件の行事とは別に僚はこの地に思うところがあった。

 8年前、都合により離れ離れになってしまった幼馴染。

 確か彼女は横須賀に引っ越した筈だ。


 彼女は今、どうしているんだろう。元気にしているだろうか。

 ひょっとしたらすれ違ったりして。


 そんなことを思いかけ、

「……んな都合いいわけないか」

 そもそも今の自分に、彼女に会う資格があるのか、と。

 独り言と共に苦笑いを浮かべながら、僚は歩き出した。




 それと時を同じくして。


 横須賀港には現在、とある巨大な戦艦が一隻停泊していた。


戦艦〈信濃〉。

全長333.0m、全幅51.0mの超大型戦艦。


 『改二大和型計画(別名 BBY-X計画)』と呼ばれる、大和型超弩級戦艦の設計データを元に大幅な改造を加え、完成したデータを元に超大型戦艦を建造・運用するという計画のもとで生まれた、計五種類存在するデータの一つから生まれた艦だ。

 この艦を一番艦とする信濃型戦艦は、五種類存在する設計データの中では最も原型に近い姿をしている。具体的には、艦橋前方部甲板上に三基、後方部甲板上に二基、主砲としてそれぞれ巨大な三連装砲塔を構えている姿。これは原型艦の二基の副砲が主砲にそのまま置き換わった様、と表現できた。


 その艦の艦尾部にある艦載機格納庫にて。

 長く蓄えられた黒髪をポニーテールにした少女が一人、艦載機のチェックをしていた。

 彼女───吹野深雪ふきのみゆきはまだ若いが軍属で、この艦の正式な乗組員の一人であり、艦載機整備士主任をやっていた。

「零……」

 目の前の艦載機ハンガーに備わった機体の名を一人呟く。

 羽を休める鳥の如く、主翼を数枚に折り畳み鎮座する航空機。

 〈零〉と呼んだこの機体のことを彼女は良く知っている。当然だ。この機体は彼女が設計し、試作機だがなんとか組み上げた機体だからだ。

 と言っても、この機体はが原因で、欠陥機の汚名レッテルを貼られていたのだが。

 彼女はその機体に触れる。まだ塗装も成されていない鉄色の機体。

「私、変えられるかな……?」

 一人、ポツリと呟く彼女。

 だが、彼女も分かってはいたが〈零〉は何も答えてはくれない。

そんな深雪の元へ、連絡が入る。

 それを確認し、彼女は今一度鎮座する機体を見つめたところで、格納庫を退出した。



「ん?」

 駅を離れて数分、港が見える公園にて。僚がそこまで辿り着いたところで最初に見ることとなったのは、チャラ男にナンパされて困惑している少女の姿だった。

 帽子を深く被った作務衣姿の少女は、少なくとも僚には嫌がっている様に見えた。

 少々気が迷ったが、僚はそんな二人の元に近づくなりその間に割って入った。

「どうかしましたか?」

 そう言い放ち、男の視線が彼女から僚に移った時。僚は彼女と目が合う。

 平均身長くらいの僚より頭一つ長身の男に対し、その少女は小柄で華奢そうな印象に見えた。

 遠目では帽子の鍔に隠れていたその貌は、安い表現になるが、美少女だった。

 真珠を思わせる色白の肌。帽子からはみ出た髪の色は、季節外れの雪の様に眩い白銀色。緻密に象られた彫像フィギュアを思わせる顔立ち。その、日本人らしからぬ蒼い瞳に、一瞬吸い込まれそうになる。

 その彼女はというと、一歩、二歩と僚に近づき、

「待ちましたよ? 

「……へ」

 違う名前で呼び、抱き付いてきた。

 その状況に困惑する僚。だがそれは

 華奢、という印象に対して意外にも

「すみません、合わせていただけますか?」

「え……あ、はい……」

 胸元で小さく囁かれたその一言に、ハッと冷静な判断を取り戻す。

 どうやら彼女は『自分達が待ち合わせていた』という体でどうにかこの場をやり過ごしたい様だ。

「ごめんごめん、遅くなっちゃって……」

 そう言って彼女の頬を撫でる。彼女もまたえへへ、と笑って見せる。

「なーんだ、彼氏持ちかー」

 そう言った男は悔しそうに、だがどこか済々とした様に、

「しゃーね、ここは諦めてクールに去るぜ」

 そう宣言通りに去っていく。

 最後の清々しさには好感を感じるが、とりあえず彼の姿が見えなくなったところでそろそろ大丈夫ですと耳打ちで合図し、一歩下がった。


「すみません……ありがとうございます、その……付き合っていただいて」

「いえ……その、困っていた様でしたので……」

 申し訳なさそうに言う彼女に、僚はそう答える。

 お互い少々顔が赤い。

 その場凌ぎの為とはいえ、自分に触れられて不快な思いをさせていないだとうか、などと考えていた時だ。

「えっと……私の顔、気になりますか……?」

「え? あ、いえ……」

 彼女の顔を凝視する形になってしまったらしく、不安げに尋ねてくる彼女にすっとんきょうな答えを返してしまう。

「まぁ、綺麗だとは思いますけど……」

「……はひっ!!?」

 問われたこともあり改めてまじまじと見つめ、ふと、そんな言葉が口から零れてしまう。

 くたびれた帽子からはみ出ていた銀髪といい蒼眼といい、日本人離れしているといえる彼女の容姿は、確かに目立っても仕方がないのかもしれない。

 言われた彼女はというと一層顔を赤く染めていた。

「あ……ごめんなさい……。出会ったばかりの人に言われても、嬉しくないですよね……」

「あ、いえ、お気になさらずで大丈夫です!!」

「なんか喋り方がおかしい様な……」

 あたふたする彼女に、かわいいという印象を抱く僚。

「そ、そういえば!!! あの、えぇと……これ、どこで受付しているかわかりますか!!?」

 すると突然、そう切り出した彼女。ポケットから取り出して見せてきたのは、丁度僚が向かおうとしていたイベントの会場案内であった。

「はい、丁度僕も行こうと思ってたところです。

良かったら一緒に行きますか?」

「あ、ありがとうございます」

 そして、出発しようとしたところで。そうだ、と僚は何かを思いついた様に止まる。

 これも何かの縁だと、彼は名乗ることにしたのだ。

「僕は有本僚。君は?」

「私は……」

 少し迷うように間を空けながらも、少女は答えた。

能美のうみサラ、と申します……!!」





「またあの子のところに行ってたの?」

 深雪がCICに入室するなり、オペレーター席に居た女性が開口一番にそう言った。

 桂木優里かつらぎゆり──信濃のオペレーターを勤めている彼女は深雪と同期であり、遠慮なく敬語を外すことができる。

「……悪い?」

「……いいえ」

 そっけない返事と共に溜め息を吐く優里。

 そんな彼女に対し「お疲れの様だな」と労いの声を掛ける。

 菊地武彦きくちたけひこ──〈信濃〉副砲砲手だ。

 巌の様に屈強な体躯のその男は、珈琲コーヒーの入ったカップを深雪に手渡す。

 ありがとうございます、と短く返して、受け取った深雪は少し啜る。

「いつものことですよ」

 そんな彼にそう返す優里。

「しっかし、中尉も煮詰め過ぎはよくないんじゃないか?」

「どうせ他にやる人が居ませんから……」

「それもそうだろうがな……」

 武彦の気遣いにただ淡々と応え、深雪は優里から渡されたタブレット端末を操作する。

 いくつかのデータを整理していたのだ。そして、搬入物リストの欄に入るなり、入念にチェックを入れていく。

 だが、

「…………は?」

 彼女自身が発した不機嫌そうな反応と共に、画面を操作していた指は途中で止まってしまった。

「待って、何これ」

 とある搬入物の欄が拡大される。

 それを深雪は優里に見せた。

「私、こんなの頼んだ覚えないんだけど?」

 品名は〈多目的作業用人型重機ワークローダー〉、らしい。

 それはどういうわけか艦載機格納庫と隣接していた内火艇格納庫に送られていた。

「格納庫内の整備用とかじゃないの?」

「いや、管轄違うでしょ……」

 そういえば何か運び込まれていたような……。思い出した事を振り返る様に深雪は呟いていた。

「今から問い合わせる?」

「……いや……止めといた方が良いわね」

「いや、でも……」

「不備があったとは言え、今ここで時間を浪費する訳にはいかないわ」

 艦内の電子デジタルカレンダーに目をやりながら深雪そう告げた。

「今日が何の日か忘れた訳じゃないでしょうに」

「それは……まぁ、忘れろという方が無理ね……」

 連られた訳でこそないが、優里もまたそれを見やる。


   戦艦〈信濃〉 一般公開・観覧航行会


 それが今日、この艦が控えている行事である。

「幸いにも艦載機・内火艇格納庫は共に非公開・関係者以外立入禁止にしているわ。

搬入物も各部署に搬入済み、見られる心配はない筈よ」

 現在、予定通りなら入場が始まっている筈だ。海軍の面目を潰さない為にも、遅れさせる訳にはいかなかった。

「……まぁ、流石に艦長への報告はするけどね」

 そう告げたところで、

「……汚職も程々にね」

「汚職言うなし!!!」

「だって半ば私物化してるんだもの」

「……否定できないのが辛いわ……」

 そこそこ濃い目のキツい冗談ブラックジョークを以て茶化されることとなった。


 その横でも、もう一つ会話している組があった。

「そういえば、陸軍でもイベントやってましたよね?」

「……すまないがここでその話は禁句だぜ」

 折原駆おりはらかける───主砲砲手が、隣席の武彦に話掛けていた。が、武彦にはそれを嗜められていた。

「吹野中尉が気合い入れてんのは主にそれのせいだ」

「あぁ……」

 察して頷く。

 海軍が戦艦の見学会を開くのに合わせた様に、陸軍もまた


 一式特務戦闘機〈ハヤブサ


「忌々しくて仕方ないだろうな」

 その一言を付け足しながら、武彦はその名を呟いた。

 それは深雪が開発していた〈零〉と

「いつもみたいに空振らないといいですがね……」

「……本人にだけは言ってやるなよ」

 苦笑いを浮かべつつ、そう返した。


 その時だった。


 CIC要員だけではない、〈信濃〉各部署の搭乗員全員の私用携帯端末・艦内用端末・各席モニター内のダイレクトメールに一斉に緊急の知らせが届いたのは。


「――――は……!!?」


 それに何と書かれていたか。


 浜松飛行場にて陸軍の新型戦闘機〈隼〉が数機、何者かにより奪取され現在逃亡中。

 さらに太平洋上より国籍不明の航空部隊・並びに小規模艦隊の出現。

 それぞれ横須賀に進路を取っている為、該当地域の各員は戦闘配置に着き迎撃の用意をされたし。


 という凶報だった。


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紅蓮の艦隊 -the Great Battleship of Scarlet Fleet- (改稿版) 王叡知舞奈須 @OH-

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