伊勢崎カリン②


 あれは私が高校に入学して2学期の終わり頃…


 文芸部に入って、題材にあう本を読んだり、自分なりのエッセイ(作文)を執筆したりと、私なりに高校生活を満喫していた…。



 昼休みは静かな図書館で過ごすのが日課、この日もチャイムと同時にお弁当を持って廊下を歩いていた。


 "1年1組"、私は当時3組で、あまり面識の無い人が多いクラスということもあって、苦手意識が強いクラス、前を通るときに変に緊張して、余計に下を向いて歩いていた…


「まじか!スゲーな!!ケイト!!」

 廊下にまで響き渡る大声が、突然私の耳を貫いた。


「なになに?どうした?」

 ざわめく教室内

(なんだろ?)

 気になった私は少しだけゆっくり歩いて耳を傾ける…


「皆聞いて!ケイトがいきなり初段取ってきたんだよ!黒帯だぜ!ク・ロ・オ・ビ!!」

「すげー!」

「やったなー!ケイト!」

「なにそれ、強いの?」

 クラス中が"ケイト"なる人物の話題で盛り上がっていた。


(黒帯?なにそれ…)


 その時は知るよしもなく、ただの記憶として微かに残っただけだった…。



 あくる日、私は楽しみにしていた小説を図書館まで待ちきれず、読みながら廊下を歩いていた。


 階段に差し掛かり、なにも考えず足を出した、その時!

(あれ?地面が ない!)


 ドドド!

 私は階段を2~3段転がり落ち、お弁当や本をぶちまけてしまった。


 幸いにも誰にも見られてなかったみたい…。

 キョロキョロと見渡した後、落とした本を拾おうと手を伸ばした…

(痛いっ!)

 起き上がろうと踏ん張った足から激痛がする!

(挫いた!どうしよう…)

 我慢できない痛みでもないけど…保健室までちょっと遠い…


 ふと気配を感じて顔をあげると、私の落としたお弁当を目の前に差し出して、なかなか起き上がれない私を覗き込む男子がいた!

(人がいた!どこから見られたの?!)

 恥ずかしさのあまり、顔を背けてしまった。


「大丈夫?デカイ音してたけど?」

("瞬間"は見られてない?…良かったぁ)

「立てる?」

 優しく心配そうに声をかけてくれる男子、決して男性が苦手な訳では無いけれど、あえて近づこうともしてこなかった人生。


「だ、大丈夫」

 本当は痛くて起きられないほどなのに、私はそれよりも恥ずかしくてやり過ごそうとしていた。

 かといってこのまま動かなければ、いずれバレてしまう。私は思いきって起き上がることにした。


「いたっ!」

 鋭く走った激痛に声が出た!


「ダメじゃん、保健室まで行こう」

 そう言うと男子は私の断りもなく肩を取り、抱き上げて連れていってくれた。

 途中ですれ違う生徒がこちらを見ている。

(恥ずかしい!早く保健室着いて!!)


 保健室までの距離、決して軽くはない私を抱えて、なおかつ、ほとんど体がぶれてない。しっかりとした体幹と腕力の証拠だった。

 背はお世辞にも高くないし、制服の上から見ても細身の男子。

(どこにこんな力が?)


 男子とここまで密着するのは初めてで、照れと恥ずかしさと、足の痛みで頭の中はメチャクチャになっていた。


「せんせー!急患」

「あらら、転んだの?見せてみて!」

 椅子に座らせてもらい、やっと男子と離れた。


「んじゃ、お大事にー」

 男子はそのままあっさり出ていこうとする。

「あ…」

 声が出なかった…、助けて貰ったのに、感謝してるのに、

 恥ずかしいところを見られたこと、触られたこと、小柄な体格をバカにして見てたこと…ぐるぐる頭を巡って"ありがとう"が言えなかった…。


「ご苦労さま、"青城"君」

 保健の先生が名前を呼ぶと、振り返りもせず手を振って行ってしまった…。


(青城…)


 その日は大事をとって親に迎えに来てもらい、そのまま早退した。


 しばらくは多く歩くのを控えて、昼休みの図書館もお預けになり、教室からほとんど出ることもなく2学期は終わりを迎えてしまった…。


(結局、"青城"という人を探せなかったし、お礼も言えなかった…)


 ……

 3学期、すっかり足の傷は癒え、"青城捜し"もしないまま、お礼を言うことさえもなく過ぎ去っていった…。


 そして迎えた2年の春、この学校は2年に上がるときだけクラス替えがある。


 私は2年4組になった。


 文芸部の私にも後輩が出来て、本好きが集まるこの部活は充分に私を満足させてくれていた。


 その日は運動部の春の大会の壮行式(応援する会)で体育館に集まっていた。

 スポーツに縁遠い私は全く興味は無かったけれど、同じクラスの女子達はユニフォーム姿で次々と壇上に上がる"スポーツマン"に釘付けだった。


 そして、それぞれの部活の意気込みが次々と発表されていく。

 野球部、バレー部、バスケ部…、当然私にはなんの接点も無く退屈な時間のはずだった。


「続いて柔道部、メンバーは一人ずつ名前と得意技を!」

 と、部長らしき人がマイク無しに大声で叫ぶ。

(技の名前なんて聞いても知らないし…)

 やっぱりこれも耳は右から左へスルーされていた…。


『青城ケイト!初段!得意技は背負い投げです!!』


 ?!


(青城…ケイト…?!)


 微かに残されていた1年の冬の記憶が走馬灯のように蘇る!!


(遠くて顔がよく見えない!)

 私は彼の顔を今度こそ覚えておこうとした。

 そして…今度こそちゃんと言わなきゃ!と誓った。

 しかし、離れた壇上の顔を正確に見ることは出来なかった…。


 何組なのかさえ知らない、

 いきなり同じクラスの男子に聞くのも恥ずかしい。

 もちろん、横の繋がりが広い女子になど聞けない。

 相談するほどの友達も作ってない…。


 私はまた失敗してしまった…。



 ……

 そして、3年生になり、部長として過ごした文芸部も終わりを告げ、最後の夏休みが開けた…。


 ひょんな事から見つけた書店で不思議な本に夢中になって数日後…。


 絶界から帰ると奥の部屋に見知らぬ男子が座っているのを見かけた。

 彼はまだ"向こう"に入ってるみたいで微動だにしない。

 どこか見覚えのある体型…

 急に起きたらどうしよう、と思いながらも胸の名札を覗き込んだ…



『3年1組 青城ケイト』


 私は中腰のまま顔が真っ赤になって硬直した!



(やっと見つけた…もう2度と忘れたりしないよ、あなたが青城ケイトさん!)

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絶界の探求者 Habicht @snowy0207

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