第3話 話をしよう!


「ねぇ、もういい加減進路決めたの?」


(あぁ…また母さんの小言だ…)


 朝御飯くらい静かに食べさせて欲しい…

 とはいえ、ご飯の時くらいしか下に降りてこないんだから、僕が招いてる事態なんだけど…


「まだ…」

 ボソッと呟き、そのまま黙って家を出てきた。


 柔道部の頃は簡単だったなぁ~

 ただ強くなるという目的のために練習してた。

 おかげで引退直前には二段に昇格できたし、社会人では使わない資格とはいえ、なんか「強さの証拠」みたいなのが嬉しかった。

 僕は割りと小柄で身長165センチ体重60キロ、柔道部と聞くと大柄な人を連想しがちだけど、柔道には軽量級からあるから、一見頼り無さそうに見えて、実は僕は強い。

 一回り大きな人が相手でも全く臆することなど無かった。


(今日もあの書店に行ってみよう)

 放課後が楽しみでなかった。

 ワクワクして登校するなんて入学以来だ。


「どうしたケイトご機嫌だな、彼女でも出来たか?」

 教室に着くや否やそう話しかけてきたのは中学からの友達のジュン。


「違うよバカ、ジュンは進路決まった?」

「んー、まぁ第一希望位は提出したぞ」

「マジか、すげーな」

「ケイトがのんびり過ぎるんだ、皆夏休みのうちに動いてんぞ」

「そうだよなぁ…」

 最後の砦だと思ってたジュンまで進路を決めていた。

 僕だけが前に進めていない…。


 昼休み、僕の日課は、小柄な体格と柔道で養った運動能力を活かして、売店で素早く人混みを掻き分けて、目的の"コロッケパン"を勝ち取る事だ。


「よし、今日も買えた」

 優越感に浸りながら教室への帰り道、廊下ですれ違った女子生徒に"何か"を感じて振り返り、遠ざかる後ろ姿を見つめてしまっていた。


「ケイト?」

 一緒に売店にいったジュンが不思議そうな顔をしてる。

「あ、いや、なんでもないよ」

「ふぅーん…」

 怪しい目付きで睨まれたけど、それ以上は詮索してこなかった。

 されても何も答えられないんだけど。

 でも、これが"一目惚れ"というものなんだろう…


(あの女子…、なんだったかな…、どこかで会ったような…)


 ………

 キーンコーンカーンコーン…

 待ちに待った放課後だ!


 僕は急いで例の書店に向かおうと鞄を整理していると、ニヤニヤしながらジュンが近寄ってきた。


「なぁケイト、昼間の女子、どんな関係だよ?」

「はぁ?!なんでもないよ!名前も知らないし」

 ジュンは一瞬キョトンとしたが、

「ふ、柔道一直線だったお前ならそんなことだろうと思ってさ、聞き込みしてきてやったぞ」

(またジュンほ余計なことを…でも、気になるなw)


「伊勢崎カリン、3年4組。元文芸部部長だとよ」

(文芸部…真逆の人種だな…)

「よくもまぁ半日で判ったなぁジュン」

「顔ぐらい知ってるだろ普通は、同級生だぞ」

(それもそうだ、僕が無関心すぎるだけか…)

 しかし、運動部だったし、僕らは1組、接点など無かったんだから仕方ない。


「文芸部は決まりがある訳じゃないから今でも部活出てたりするらしいけど、基本は俺たち同様ニートだ!」

「ニートって言うな!wどっからの情報だよ?」

「4組は同中のカズマがいるだろ、あいつから聞いた。」

(あぁ、帰宅部であのチャラい奴な…)

「ケイト暇だろ?ゲーセンでも寄ってかね?」

「いやいいよ金無いし、帰るわまたね!」

「そかそか、また明日なー!」


 友達に別れを告げ、僕は流行る気持ちを抑えきれず、書店へと向かった…。


(伊勢崎カリン…か…)


 名前を思い浮かべただけで心臓が脈を打った。

 なんで気になったんだろう…?


 まっすぐ来たから今日は昨日より時間がある!出来る限り冒険したいな!!

 ワクワクしながら書店の前に到着すると、同時に店に入ろうとしていた人とバッタリ遭遇した。

 今時自動ドアじゃないガラガラと横に開ける古いドア、目線が手元だったから危うくぶつかりそうになった!

「ぁ、すみません…」

 同じ高校の制服(スカート)、女子?!


(まさか?!)

 恐る恐る顔を確かめる…

 そこには昼間のあの子"伊勢崎カリン"がいた。

「い、伊勢崎さん?!」

 話したことも無いのに、つい知ったばかりの名前が口から出てしまった!

「…なんで?」

 冷たい視線が僕に突き刺さる!

(しまったぁー!この"なんで?"は、何故名前を知っているのか?!お前はストーカーか?!って事に違いない!!まずい!犯罪者まっしぐらだぁぁぁーーー!)


「ご、ごめんなさい!昼間見掛けたからクラスメイトから名前を聞いてて…その…」

(ヤバイヤバイヤバイ!言い訳すら思い付かない!)


「え?違う、同級生の名前くらい判るでしょ、青城ケイトさん」

「うぇ?!」

 びっくりして声にならない声が出た。

(やはり僕が周囲に無頓着なだけなのか…)


「なんでこの店来たの?」

 "なんで?"の意味を分かりやすくしてくれたのか、同じ質問を繰り返してくれる伊勢崎さん。


「それは昨日…、ここのお婆さんに誘われて…」


「昨日ね…確かに…」


(なぬ?!じゃあ、昨日の角の少女は伊勢崎さん?!だからどっかで会ったような気がしたのか…)


「じゃあ、伊勢崎さんもあの本を?」

 僕は同志に会えて、しかも可愛くて以外と身近だった伊勢崎さんと判り、ついニヤけていた。


「うんそう、数日前から。」

 ぎこちないが伊勢崎さんも口元が少し笑っているように見えた。


(やべぇ…めっちゃ可愛い)


「おやおや、お二人さん、いつまで店の前で立ち話してるつもりだぁね?」

 ガラガラっとドアを開けてお婆さんが顔を出した。


「ぁ、こんにちわ」

「こんにちわ」


「中入んな、お茶でも出すでね」

 柔らかい口調に乗せられ、僕たちは奥の部屋でお茶を御馳走になった…。


 伊勢崎さんと一緒にいるというだけで妙に緊張する。


「お嬢さん、本には慣れたかぃ?」

「はい、でもやっと歩き方が判ったという程度です」


「ほっほっ、充分やて。お兄さんはどうやぃ?」


「えっと…まだ初日なので…」


「そうやったなぇ…、したらお嬢さん、お兄さんと一緒に旅しちゃどうや?」


(えええー?!確かに今は旅の仲間を探すところだけど、この展開は神がかり過ぎだよー)


「ええ是非、青城さん"向こう"で待ち合わせしますか?」


「え、あ、はい!」


「ほっほっほっ、したらまた遅くならんうちには声かけるで、ゆっくりしてきぃ」

 そう言うとお婆さんは部屋を出ていった…。


 話せたとはいえ近くに座るのは気が引けたから、今日も少し離れた椅子で本を机に置いた…。


「町の地図は判る?」

「いやぁ…まだ酒場と町長しか…」

「それじゃ、酒場の前で待ってて、行くから」

(ぃやったぁぁぁぁぁ!)


 そして僕らは本を開き、"絶界"に入った。


 世界が入れ替わる、昨日はとまどったけど、落ち着いていればなんてことはない、劇の暗転のようなものに思えてきた。

 仲間が出来た!、そんな感覚の僕は昨日より心は弾み、絶界のことをより柔軟に受け止めて感じられるようになっていた。


「おかえりなさい、ケイトさん♪」

 可愛らしい声の主はもちろん案内妖精のネル。

「ただいま、ネル」

「ケイトさん、ご機嫌ですね、良いことありました?」

「そ、そう?」

(昨日は膨れっ面にさせちゃったしなぁ…伊勢崎さんのこと言い出しにくいけど、約束もあるし…。


「ネル、実はある人と待ち合わせしてて、これから昨日の酒場に行きたいんだよ」

 旅のお供となったネルに隠し事なんて出来ないよな…。


「そうなんですね♪では参りましょう!」

 左右に軽く揺れながら、パタパタと羽根を動かし、来た道とはいえ僕に道案内をしてくれてるネル。


 昨日の位置からさほど遠くなく、ほぼ一本道で酒場に到着して、すると酒場の前にはフードを深めに被った小柄な女性が立っている。


(伊勢崎さん、僕もすぐに来たはずなのに早い!)


「ごめん、待たせた?」

 慌てて駆け寄り謝った。

「ううん、丁度来たところ、青城さんこそ、早かったね」

 フードを取りながらこちらを見て、にっこりと微笑む伊勢崎さん。現実よりもさらに数倍可愛く見えた。

 だって…すごく優しい顔で微笑んでるんだもん。

 僕は耳まで真っ赤になっていた。

 後で思い出してもすぐに赤くなる自信があるくらい、舞い上がっていたのは間違いない。


「ケイトさん、こちらが待ち合わせの方?」

「うん、多分昨日の聞き込みの人だよ、伊勢崎カリンさんって言うんだ。」

「初めましてよろしくお願いいたします♪ネルと申します」

(なんだ、もっと昨日みたいに膨れっ面で焼きもち焼くかと思ったけど…、僕の取り越し苦労か、それか思い違いだったのかな)


「ネルさんね、よろしく。でも案内妖精だよね?名前があるなんて…」

「僕が勝手に付けちゃったんだよw」

「エヘヘ♪お名前を頂きました!」

「そんなことも出来たんだ…、私のは町を案内し終わったら消えちゃったのに…」

「妖精の勤めはそれぞれなんです。それが普通なんですよ♪」

「へぇ…」

(なんか思った以上にスムーズに話せてて良かった…)


「それじゃ道案内は必要無いかなぁ」

 ちょっと寂しそうに伊勢崎さんが呟いた。


「そんなことないよ!それに仲間を探せって言われてたから、良かったら一緒に行こう!」

 僕は焦って声が上ずってしまった。


「そっか…、それじゃあまずは何処に行きたい?」


(あなたとなら何処でも!!)

 と叫びたい気持ちを抑えて、絶界で何をしなければならないかを落ち着いて考えてみた…。


「仲間を見つけれたら次は…やっぱりウィッチペーパー探しを始めるべきなのかな?」

「そうですね、でもケイトさんはまず装備を揃えましょう♪」

 と、ネル。


(そうか、魔物退治が目的じゃなくても旅は危険が伴うって町長も言ってたっけ)


「武器とか買うの?」

「それにはまずチェックペーパーを使って、ケイトさんの適正を見てみましょう♪」

 ネルが手を翳すと小さな手のひらが光り、1枚の紙が現れた。

「それ私もやった、これで職業を決めれるの」

「 ほぇー、凄いなぁ」


 クスクス、

 隣の伊勢崎さんが笑っている。


「え?なに??」


「青城さんって、変な言葉使うよね」


 確かに「ぬぁ!」「ほぇー」とか、不意に出る言葉は変なものばかりだ。

 急な指摘で僕は恥ずかしくなって返す言葉が無かった。


「ケイトさん、この紙を力強く握りしめて下さい」

 ネルから差し出された紙を受け取り、僕は端っこを持ってあるったけの力を込めた!


 キン!


 何かが弾けるような甲高い音がして、紙からぼんやりと細長い剣が浮かび上がった!


「これは長刀、つまり片手剣ですね♪ケイトさんは剣士がいいと出ました!」

「剣士…」


 小さい頃に憧れた職業だ!剣を振るって、マントを翻す!少年ならば誰もが一度は夢見るもの。


「やっぱり個人差あるのね、 私は魔法って出たの」


「伊勢崎さん、魔法使いなんだ!」

 すげー!そっちのが憧れる!!ファンタジーといえば魔法だよなぁー!


「正確にはビショップって言うらしくて、回復系と攻撃魔法も使える職業みたい」


「すげ!賢者じゃん!!」

 ドラクエだったら上級職だよ!!


「うん、それでここ数日は魔法の書を探してて、何枚か集めたから回復の"ケア"と攻撃の"ボルト"が使えるようになってるよ」


 魔法の名前だけで感動してしまった!

 これだよこれこれ!これぞファンタジー!!


「素敵ですカリンさん♪二人パーティーですが役割はバッチリといったところですね!」


「あ…」

(しまった、また不意に声がでてしまった!)

 ネルはなんの躊躇もなく"名前"で彼女を呼んでいたからだ。


「あ、あのさ伊勢崎さん、名前で呼び会おうよ…、仲間だし…」

 恥ずかしいけど勇気を振り絞った!


「うん…、ケイトさん?」


「君」


「…ケイト君」


(よっしゃーーーー!)

 とは言えず…


「じゃあ、僕はカリンさんで」


 少しハニカミ、下を向いて頬を赤らめるカリン。


(神よ!産まれて初めて神に感謝します!!!)


「それでは行き先は武器屋さんですね!」

 ネルはレッツゴーと言わんばかりに腕を振り上げた。


「そうだね、行こう」

「うん」



 2日目、一目惚れの相手と絶界での冒険が始まろうとしていた。

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