ヒストリック・サーカス

リューガ

ヒストリック・ガールズ

 これはなんでしょう?

 メロンよりやや大きい。

 濃い緑のグラデーションに覆われた、白っぽい石。

 正解は大きな宝石、ヒスイの原石。


 私は、この石を返さなきゃいけない。

 ただし、これを手にした経緯を説明しても、きっと誰にも信じてもらえない。

 いっそ偽のエピソードを書こうか?

 でも、うそを書くのは良心がうずく。

 だからまず、正直に書こうと思うの。


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


 私、真脇 達美は20XX年8月13日に起こったできごとを、可能な限り忠実に思いだし、ここに書き記すことを誓います。


 とはいう物の、事件を最初から書こうとしても、どうしても思いだせない。

 はずかしながら、それだけ慌てていたという事だろう。

 今時、どんな田舎にもWi-Fi付きコンビニエンスストアや、スマートフォンがある。

 それらによって集まった映像には、思いだすためのお世話になった。

 それでも実体験を思いだせるのは、悪者に水筒をぶつけてやったあたりから。

 それとも、私が彼らに守られた瞬間だからかもしれない。


 その日は、真夏らしい熱線にあぶられていた。

 家の手伝いもない。

 そんな夏休みの日には、何も目的を持たずにブラブラするのもいいだろう。と思った。

 

 そしたら、見たことのない怪物の群れに襲われた。

 最初見た時、ロボットかと思った。

 だって、全身が銀色の金属で覆われていたから。

 あとで生き物だと教えてもらった。


 怪物たちは、異世界のラマクル王国からやってきたハンター。

 ハンターを覆っていたのは歯車ランという植物の花びら。

 ひじやひざなどの関節から伸びる緑色のリボン状のものは、その葉っぱ。

 歯車ランはハンターに寄生して装甲と能力強化を与える植物だ。

 その宿主となったハンターは、およそ本を読める環境にいれば、必ず目にする者たちだった。

 コウモリにそっくりな、巨大な羽で空を飛ぶ。

 トゲが何本も生えた長いしっぽ。

 地上では、鋭い爪が生えた4本足で走ってくる。

 張り出したあごに輝くのは、包丁より大きな牙。

 ドラゴンだ!

 その口から、真っ赤な火の玉が。ミサイルより大きな火の玉が、飛びだした。

 当たった地点を凍りつかせる、冷気を放つ物もいる。

 水を放ち、その勢いで物を破壊するものも。

 どれも全長が15メートル以上あるように見えた。


 私は、田んぼの真ん中にいた。

 普段なら緑の稲が風にゆれる田んぼは、今年は土壌改良とかいう物のため、工事中だった。

 土は削られ、小さな山になっている。

 たまたま近くにいた私には、そこが一番安全そうだった。

 それでも、水筒をぶつけた代償にドラゴンの炎は、私を吹き飛ばした。


「第一町人、発見!!」

 悲劇は、その声と重いモーター音によって止められた。

 痛かった。けどケガはない。

 気がつくと、人間の手をそのまま大きくしたようなメカの、手のひらに張られた硬いゴムの中にいた。

 目の前には、真っ赤な、いかにも装甲でござい! という感じの金属の塊が。

 塊は、真っ赤な人影。高性能な人型ロボットだと。

 背中には、稲妻をデザイン化したような、曲がった鉄柱のような物がある。

 そのギザギザだけ、なぜか灰色だ。


 でもその時は、そんな物があるわけないと思った。

 だって、バラエティ番組に出た時、見たことがあるから。

 のろのろ動くアート作品としてしか、三次元にはないはずだから。

 でもそれは、膝立ちの姿で両足の足首と膝にある4つのタイヤで駆け抜ける。


 その装甲が、ハッチになって上に開いた。

 後から手が伸びてきて、それが開けたんだ。

 振り返ると、灰色の人影があった。

 顔まですべて、近未来SFを思わせるアーマーと呼ぶのかな? で覆われた人だった。

 背中から金属でできた鳥のような羽が生えている。

 アーマーの人は、私をロボットの中に押し込んだ。

 その時、装甲に手を触れた。

 日光に熱された熱さを予想したけど、感じなかった。

 薄いけどやわらかい。

 ウルシを使った漆器のお茶わんのような感触だった。


 中には誰もいない。

 モニターで覆われた狭い操縦席に座らされ、勝手にシートベルトをかけられていく。

『“ドラゴンメイド“は、“チーム疾雷“と共に空の“オーバオックス“を持って跳びだしていきました』

 どこかの会議室と無線がつながっているのか、何人かのざわめきが聞こえる。

 空のオーバオックスと聞いて、自分の押しこめられたロボットの事だと察した。


 変わったものを覚えるのは得意なんだ。

 歌詞を考えるとき、そのモチーフに使えるから。


 その時、停車した大きなバイクの横を通り過ぎた。

 前後左右に棒が伸び、その先に大きなプロペラがある。

 これも見たことある。

 ただし外国からのVTRで。空中バイクだ。

 ライダーは私たちがいた方向に向けて、銃を撃っている。

 その銃は長くて、銃火は絶え間なくて。

 アサルト・ライフルに違いない。

 頭が興奮で真っ白のまま、視線でそのライダーを追った。

 バイクはハンドルの上に金属らしい板、シールドを乗せていた。

 射撃を終えライダーは、慣れた手つきでライフルを背中に回し、シールドをリア側に移す。

 私たちとの距離が十分離れたからだろうか。

 空中バイクはふわりと宙に浮き、路面や川を無視して駆け抜ける。


 田んぼを挟んだ向かい側の道には、大きなSUVが何台もいる。

 その屋根の上から光るのは、機関銃や大砲の火だ。

(これが、チーム疾雷?)


 あとわからない単語は、ドラゴンメイド。

(メイドの意味は、家政婦? それともお嬢さん? )

『彼女だけ、なにかを探知したのかもしれません』

 ざわめきを聞いてもわからない。


「そうだ! 私の家は!?」

 もうずいぶん離れた。

 振り返っても見えない。

 と思ったら、「ここよ!」

 目の前の人が、モニターを指さした。

 女の子の声だ。

(何でわかったんだろう)

 女の子はそう言うと、重そうな装甲を腕の力だけで閉めた。

 確かにモニターの一部には、我が家が映しだされていた。

 黒い瓦屋根にソーラーパネルが乗っている、個人ファミレスの応隆軒

 ドローン。カメラが付いた無線操縦飛行機でも飛んでいるんだろうか。


 家の前に、大きなSUVが滑り込んだ。

 その屋根に、銃火が瞬いた。

 これもバルカンだと思う。


 SUVから何人か飛びだした。

 皆、目の前の人と同じようなアーマーを着ている。

 そして、私の家に飛び込んだ。

「だ、誰よ! 勝手に上り込んで! 」

 それに答えたのは、無線機越しの、美少女っぽい涼やかな声だ。

『あなたのお友達では? 』

 その声は、本当に意外なことが起こった。と思っているようで。

「あんな人たちは知らないわ」

 でも、画面の中の人々は勝手を知り尽くしたように動く。

 大きなライフルを持った二人組は……背中からジェットを噴射して、屋根に陣取る。

 畑のある裏山にも、店の中にも広がる。


『では、私は? 』

 次の瞬間、目の前に空間から、しみ出すように小さな人が現れた。

 立体映像というやつ。

「あなた、誰?!」

『やはり、ご存じありませんか』

 現れたのは、アイドルにもなれそうな美少女だった。

 腰まで届くまっすぐな黒髪。

 同い年だろうけど、頭身が高くて、とても大人びた体つき。

『久 編美と申します』

 でもその姿は、変わっていった。

『私の事は、オウルロードとお呼びください』

 全身は西洋風の、きらめく銀色のヨロイ。

 背中には、取のような大きな羽。

 カブトは、大きな目玉と平らな顔、小さいくちばしを持つ、フクロウの顔を模していた。


『私たちは、ポルタ・プロークルサートル社の者です。

 ラテン語で、“門の先駆者”を意味して、PP社と呼ばれています。

 目的は……あの、冒険者ギルドをご存じですか?」

 知ってる。

 ファンタジーでよくある、モンスターを狩ったり、遺跡を探検するのが冒険者。つまり主人公。

 ギルドとは、冒険者に装備を売ったり、仕事を紹介したりする組織の事だ。

『その通りです。冒険者にあたるのは私たち。 レイドリフトと呼ばれています。

 “光のごとくドリフトする”。という意味です。

 私たちチーム疾雷は、ギルドの常設部隊だと考えてください』


 モニターでは、店からオトモダチが人を連れてでてきた。

 連れられているのは、パパ、ママ、おじいちゃんとおばあちゃん。それにお兄ちゃんとお客さん。

 オトモダチは、私の家族をSUVに押し込めた。

 そして、私たちの後を追って走りだす。

 助けてくれるのは本当のようだ。

 そしてオウルロードは衝撃的な事を口にした。

『そしてPP社の最高責任者は、異世界のあなたのお兄様です』


 オーバオックスが、突然左右に鋭く蛇行し始めた。

 ドラゴンがしつこく追って来たんだ。

 1、2、3……もういるだけ群がってる感じ。

 それでも、ロボットの装甲のおかげかな。

 さっきよりは、落ち着いてみることができる。

 ドラゴンの表面も。

 ゆがんだ銀色に輝くヨロイは、分厚くて重そうだ。

 背中も。

 人が乗っているのが見えた。

 そしておとぎ話の騎士が着ていそうな、ヨロイやカブトを身につけている。

 あれがヒーロー、ドラゴンライダーみたいだと思った。

 でも、私が悪者みたい。なんて死んでも言うもんか。


ダダダダダダ


 ドラゴンの首の左右に、大きな機関銃があった。

 ライダーたちはそれで攻撃してくる。

 嫌なことで文明が発達してるな。

 こっちの装甲は撃ち抜かれはしなかったけど、火花が散った。


 そんなドラゴンの群れを、無数の光、弾幕が剥ぎ取った。

 私たちは、長い直線道路に、田んぼと道しかない広めの谷にいる。

 その田んぼと言っても、作る人のいない荒地だけど。

 弾幕はそこからやって来た。

 一緒に逃げる乗用車より2倍は大きい、戦車やオーバオックスのようなロボットが並んでいた。


 戦車の陣地を通り過ぎた。

 クローラーに装甲と大砲を乗せた、見慣れた戦車がある。

 4本足を持つ昆虫を思わせる物もある。

 足止めを食らったドラゴンが、陣地に火や冷気、高圧水流を噴いて襲いかかる。

 戦車隊からも、クローラーを響かせて何台か駆け出した。

 目の前には一歩一歩が大地を揺らし、突進を掛ける筋肉質のドラゴンが!

 駆ける戦車隊とドラゴンは、文字どおり激突!

 戦車はドラゴンより少しだけ小さいが、はるかに重そうだ。

 ドラゴンは痛そうに転んだ。

 ものすごい土煙が上がる。


 その後ろの山から、細長い影がいくつも浮かび上がった。

 ドラゴンの群れは気付いてないみたい。

 アパッチとかコブラとかいう、戦闘ヘリコプターの編隊だ。

 一気に高度を上げ、落下の勢いをプラスしたミサイルや機関砲をあてている。

 怪物たちの勢いが大分そがれた。

 それでも何匹かが包囲を抜けだし、また襲ってくる!

 

 その時だ。

 空のさらに高いところから、小さな影がいくつも降下してきた。

 影がドラゴンの頭上から襲い掛かる。

 その一撃は人を一飲みにできそうな頭を、地面に無理やり向けさせた。

 吐きだそうとしたドラゴンの火が暴発。

 自分の火に、そのドラゴンは全身を飲み込まれる。

 小さな影は暴発に巻き込まれることなく、次のドラゴンに向かう。

 その動きは、ミサイルより早かった。

 そしてサイズは、人間と大して変わらない。


『さっすがタケ君!』

 シートベルトを着けてくれた人が空を向いて、うれしそうな声を上げた。

 結構な人数で降下して来たのに、呼びかけたのは一人だけ?

 装甲の前にいるから、モニターに映りつづけて、側にいるみたい。

 タケ君が、空の人影の名前。

 私の彼と、同じ。

「あ、あなたは誰なの!?」

 混乱した私は、前の人に叫んだ。

 蛇行運転にも、この人は微動さえしない。

「何でこんなことするの!?」

 オウルロードが賛同した。

『そうですドラゴンメイド! 勝手に部隊を動かすなんて』

 オウルロードも激高して見せる。

『交戦規定は満たしているのですか!?』

 ドラゴンメイドと呼ばれたのは、目の前の人だった。

 すぐに答えた。

 ヘルメットを外すことで。

『これでいい?』


 中から現れた顔に、私は息が止まるかと思った。

 それは、無線機越しの会議室にいた人たちにとっても、そうだったんだろう。

『あっ! あれを!』

 いくつも驚きの声が重なる。

『ああー!!!』

 現れたのは、ドラゴンメイドの素顔。

 それは、かつて日本を、世界を席巻した顔。

 寝不足でもないのに、生まれつき赤い大きな目。

 整った鼻筋。

 ちょこんと小さな唇。

 私にそっくりだったから。

 ベリーショートな髪が赤いのまで同じ。だけど、なぜか猫耳が生えてる。

 身長145センチ。

 アーマーの下は、やせた体形だろう。

 これも同じ。 

 でも、重さは分からない。

 さっき私をつかんだ手。

 ものすごく重かった……。

『私は真脇 達美。

 月並みだけど、初めまして。

 もう一人の私』

 そう言うドラゴンメイドは、たしかに緊張した自分の顔だった。

「月並み? こんなことが他にもあるの?」

『たまにね』

 ドラゴンメイドは、そう言って自分のほおをふれた。

『いいなぁ。人間の自分』

 また、わけが分からないことを言われた。


「あなたが本当に達美なら……」

 不安はあるけど好奇心には勝てない。聴いてみることにした。

「生まれはどこ?」

『ここ』

「見たところ今はしていないみたいだけど、以前の仕事は?」

『日本のトップアイドル』

「やめた原因は?」

 これには、相手は辛そうに目を伏せた。

『3カ月ぶりに、彼氏のタケ君。鷲矢 武志君をコンサートに招待したの。

 そこで、感極まって手を握った。恋人つなぎ。

 そしたら、何を思ったのか男がタケ君を殴った。

 それで私はステージを飛び降りて――』

「言いにくいなら、言わなくていいです」

 私はそう言って、会話を打ち切った。


 自分にそっくりの人間が現れると、気持ち悪いというけど、そんなことはないらしい。

 むしろ、自分で自分を追い詰めてるみたいで、2倍の罪悪感が募る。


 私はアイドルを、大乱闘を起こしてクビになった。

 タケ君を殴った男を、馬乗りになってボコボコにした。

 度胸づけにやっていた格闘技が役に立った。

 調べてみると、その男は以前にも補導されたことのある不良だった。

 でも、「アイドルは恋愛禁止」とかの慣習のせいで、私の評判はガタ落ち。


『私は事件の後、保護観察を振り切って大きなコンサートに殴りこもうとしたの。

 でも、会場に入る前に遠隔操作で電源を切られて、つかまっちゃった。

 それ以来、芸能活動はやってない。

 あなたは?』

 私はそんなに逆らえなかったな。

「力づくで飛行機に乗せられて、ここへ帰された」

 そして、現在に至る。

『それで、今あなたはどう思ってるの?』

 ドラゴンメイド、厳しいな。

 私が言う事は一つ。

「覚悟はしていたつもりだけど、いざクビになってみると寂しくなる事はある。

 でも、推理力のない人は嫌いだ」

 そして、2人で笑った。


『頭を抱えて』

 ドラゴンメイドの警告に、素直に従う。

 彼女はヘルメットをかぶり直す。

 そして左手でオーバオックスにしがみつきながら、右手の形を大きく変えた。

 指が、パラボラアンテナみたいに。

 その右手に、青白い光が宿る。

 高熱の、たしか、その呼び名はプラズマだ。

 プラズマは突きあげられた手にしたがい、空に飛んで行く。


 思わず、自分の手を見た。

 誰とも変わらない、多少の農作業や店の手伝いで汚れただけの手だ。

『ドラゴンメイドは、ネコを改造したサイボーグなのですよ。

 ちなみに私は、量子コンピューターによるプログラムです』

 オウルロードが言った。

 どっちも存在しないはずだ。

「そんなに違うのに、真脇 達美なの?!」

 平行世界、というのは知っている。

 宇宙は私たちの一つだけじゃなくて、他にも同じような宇宙がたくさんあるって。

 オウルロードの説明は、きわめてシンプルだった。

『宇宙には、魔法や怪獣があったりなかったり、さまざまな違いがあり得ます。

 それでも、東京のような大都市や、あなたのような有名人は多少の差はあっても高い確率で存在するのです』

 私って、結構レアなんだな。 

「じゃあ、さっき助けてくれたタケ君のフルネームは」

 期待を込めて、聞いてみた。

『鷲矢 武志さんです。私たちはワイバーンと呼んでいます』


 きっと赤い糸というやつだ。

「やったー!!」

 こんな時なのに不謹慎、か? こんな時だからあえて喜ぶべき、か?

 オウルロードは『神獣の神獣たる由縁。ですね』とだけ言った。

 今に至るまで答えは出ないけど、そんなに問題はないんだろう。


 喜びに打ち震えていたら突然、嵐の森のような音がした。

 周りが暗くなり、木が倒れたのかと思った。

 違う。

 ドラゴンが、覆いかぶさって来たんだ!

『大変です! ジェイド将軍です!』

 それって強いの?

『敵の最高指揮官です!』

 確かに、ほかのドラゴンより大きいと思う。

 巨大なカギヅメは、さらに太くて鋭い。

 オーバオックスの装甲も無事には済まないだろう。

 でもあの将軍。

 戦ってる仲間を、PP社に蹴とばして押し付けた!?

 サイボーグたちのプラズマが将軍を追いかける。

 連射されたそれは、ドラゴンの影を照らし、銀色の装甲を真っ赤に焼くまで続いた。

 ドラゴンの雄たけび!

 分厚い装甲越しなのに、はっきり聞こえた。


 ドラゴンメイドは、オーバオックスから手をはなした。

 背中からジェットエンジンらしい噴射が。

 同時にとがった物が背中から飛びだし、頭をおおう。

 戦闘機の先端みたいだ。

 人工的な羽ばたきとともに、ドラゴンに立ち向かう!


 赤く焼けたドラゴンの装甲が飛び散っていく。

 ドラゴンはそれでも、逃げようとしなかった。

 いえ、できなかったのかもしれない。

 ジェイド将軍は、鋭い輝きを持つ長い棒状の何かを。

 おそらく剣を、ドラゴンの首にたたきつけた。

 それが降下の合図なのだろう。

 将軍の銃撃が、突撃を援護する。

 その時、ドラゴンメイドの手から、稲妻のようなものがはじけた。

 電気磁石なのか、機関銃はそれに引っ張られ、ジェイドは手を放した。

 次にドラゴンメイドは、さらに上昇した。

 ドーンと、ドラゴンや私たちまで揺るがす衝撃波を残して。

 明らかに音の速さをこえている。


 その時、オーバオックスがタイヤ走行を止めた。

 そして2本足で立ち上がる。

 手が林の木をつかむ。

 それを手掛かりに、山を登り始めた


 振り向くと、ドラゴンメイドや他のサイボーグたちに新手のドラゴンが襲いかかっていた。

 そして、残ったドラゴンは明らかに、私を追っている。

 ドラゴンメイドもワイバーンも仲間たちも、全力でそれを食い止めてくれる。


 そのスキにオーバオックスは生い茂ったヤブをかき分け、山をのぼっていく。

 追っ手は木々がじゃまで近づけないようだ。

「人間より素早い動きじゃない? すごいね! 」

 私は感動していた。

『感謝していただくことではありません。

 お話はあとで。舌をかみますよ』

 私はそれにしたがう。

 このオウルロードがどんな人生(?)を歩んだにしても、信じられる気がしたから。

 オーバオックスは、山の峰をこえると、その場でうずくまった。

 ここは、めったに人の分け入らない深い森だ。

 辺りを揺るがすジェットのごう音、当然ドラゴンメイドより大きい。が聞こえたのは、その直後だった。


ドドッドドド


 地面が、激しく揺れた。

 揺れは、なかなか終わらなかった。

 山の向こうから、連続したキノコ雲が飛びだしていく。

 思わず、甲高い声がでた。

 自分でも聴いたことのない、悲鳴。

『お、落ち着いてください!

 あれは煙幕と、音と光だけの、目くらましです!』

「め、目くらまし?!」

 木々の向こうに遠ざかる鋭い影、2機の戦闘機を見つけた。

「怪獣には目くらましかもしれないけど、家や山には?」

 私の質問にオウルロードは。

『…………』

「おい」

 オウルロードは、黙ってモニターを指さした。

 そこに映しだされたのは、見慣れた街の地図。

 そこに重ね書きされる、大小さまざまな半円。

「これ、爆発?」

 私は、ハッチのノブに手をのばした。

 でも、開かなかった。

 チャイルドロックみたいな解除スイッチでもないかと、探した。

『対NBC用オートロックです。絶対にあきません』

「NBCって核、生物、化学兵器の、あれ?

 そんなもの使ったの!?」


『使っていません!』

 でも、こんなところで大量の爆弾を使ってる!

 田舎町だからでしょ!

『私たちの世界でも、東京のど真ん中でも、必要なら同じことをします!』

 私はハッチを開けるのをやめた。

 オウルロードの言葉には、本気の人間のような響きがあったから。

 それが本物なのか、そういうAIの性能なのかはわからないまま。

『しばらくは動けません。よろしければ、私たちの知る限りのことをお話しします』

 オウルロードは話し出した。

 歯車ランの事も、この時聞いた。

 そして、敵のことも。


『指揮官の名はジェイド。これが似顔絵とプロフィールです』

 見た目は白人の男性。角ばった顔に、金色の口ひげが立派だ。

 年齢は48歳とあった。

 役職は、ラマクル王国ハンター・キラー・ユニオンの銀龍騎士団の団長。

 えーと、ですね。ハンター・キラーって、怪獣、ハンターを狩る人のラマクルの呼び方よね。

 ユニオンは組合。

 つまり、冒険者ギルドの人?

『やってることは、それほど変わりません。

 ただし、国軍の大部分を兼ねているようですか。

 彼は30年前、この近所にあった真澄〈〈ますみ〉〉神社から御神体を盗みました』

 その神社の話なら、パパから聞いたことがある。

 もともとボロボロだったのが、その事件のせいで完全に忘れ去られたんだ。

 確か、真脇という名字は家が、その神社の脇にあったからつくられた。

『そうでしたか。

 その御神体が、今回の情報提供者なのです』

 ちょっと待って。御神体って、石とか像でしょ。

 しゃべるの!?

『御神体といえど、こちらの世界では大きな力は使えません。

 しかし、特定の物理法則のある異世界なら、自分の意思を自由に発揮できます。

 それこそ、神のごとく』

 異世界召喚チートというわけか。

『ジェイド将軍と御神体は、その力でラマクルを大きくしようと、各地へ征服をいどみました。

 しかし、征服した国では内乱が頻繁したそうです。

 将軍はさらなる力をもとめ、ふたたび真澄神社にやって来ました。

 しかし、神社はもうありません。

 そこで、由来する人を狙うことにしました。

 それがあなた。

 将軍たちは、真脇の巫女と呼んでいました。

 まずは私たちの世界へ攻め込んだのですが、退けられました。

 そこで、魔法への知識がないあなたたちの世界へ奇襲をかけたのです。

 御神体は、戦いが嫌になって、私たちに協力を求めたのです』


 戦いの音は、さらに激しくなっていく。

「それで、御神体は今どこなの?」

『私たちの司令部に。先ほどの戦車陣地です』


 盗まれた御神体は、どんな気持ちだったのたろう。

 崩れた神社から異世界へいけた。

 そこで自由になれて、うれしかった?

 世界征服に乗り出したのは、何のため?

 ラマクルの世界の人口が何人かは知らないけど、その面倒を見る気だったの?


「そうだ。もう一つ気になってことがあるの」

 後ろを向いて。

「背中のジグザグしたものは何?」

 あらためて見ると、その灰色のギザギザはやっぱり大きい。

 背中から完全にはみ出している。

 それに、何に使うかもわからない。

 形は死神の大鎌にも見えるけど、刃はないし。

 大砲にしては、砲口もないし。

『それは真空崩壊砲の試作機です。

 私たちは“ビッグ・デッパー“と呼んでいます』

 ビッグ・デッパー……死をつかさどるという北斗七星のことを英語でそう言う。

 さぞかし物騒な兵器に違いない。


 モニターにプロモーション映像が映しだされた。

 まず、背中の基部から砲弾らしい正体のしれないナニカが飛びだした。

『今、放たれたのが真の真空。宇宙よりもはるかにエネルギーを持たない空間です』

 真の真空は、ビッグ・デッパーの曲がり角で止まった。

 そこで黒い玉を取り込む。

『ここで、ブラック・ホールをとりこみ、安定した砲弾にします』

「ま、待ってよ。

 これって量子加速器ってヤツ? たしか発電所から専用の電線を引っ張る物だと思ってたけど」

『そのとおりです。

 電力は、この装甲の赤い塗料。ボルケーニウムから送られます。

 熱や物理的衝撃など、あらゆる刺激を自らの質量に変えて保存したり、また電力や物理的衝撃など、さまざまな形態に変えて出力できます。

 さらに、離れたボルケーニウム同士で力をやり取りできます。

 ボルケーニウムは、我が社の重役の一人、ボルケーナさんの体の一部です。

 彼女は銀河生態系の頂点で、バラバラにしてもそれぞれが新たな個体となって活動します。

 そして、ボルケーナさんはあなたのお兄様の奥さまでもあります』


 サラッと言ってしまった!

 映像では、ブラック・ホールを飲み込んだ真の真空が、曲がり角を曲がらないまま光を増していく。

 エネルギーが高まっているんだ。

『カーブには高エネルギーが詰まっていて、砲弾は飛びだせません。

 しかし、量子のもつれを利用すれば』

 砲弾はカーブを無視して、真っすぐ飛びだした!

『トンネル効果です。

 砲身をすり抜けたのです。

 砲弾の効果は真空崩壊。

 すなわち物体を通常とは違う物理法則の中に置き、自らのエネルギーで破壊させます。

 これに、ブラック・ホールの蒸発による爆発も加わります。

 砲弾の軌道から半径10メートル前後は効果範囲です』


 映像は、真っ直ぐ飛んだ砲弾が、戦車やドラゴンの混ざった敵のコンピューターグラフィックを吹き飛ばして終わった。

 ノドが緊張でコクリとなった。


 突然、オーバオックスの足が動いた。

『見つかりました。逃げます』

 オウルロードはそう言ったけど、間に合わなかった。

 たちまちあたりは爆炎に覆われていく!

 森の木々が吹き飛んで行く手をふさがれた!


 爆音よりも大きく、嫌な羽音と叫びが聞こえた。

 ジェイドたちに見つかった!

 見上げると、ひときわ大きなドラゴンが旋回飛行をしている。

 それに先立ってか、小柄なドラゴンが下りてきた。

 かぎ爪で、黒い大きな鳥の様なものを捕まえたまま。


 いや、鳥じゃない。

 さっき爆弾を落としていった、あの戦闘機だ!

『あれはダーク・ギャラクシーです!』

 ダーク・ギャラクシーはドラゴンにわずかに小さい、多分全長は10メートルほど。

 その頭は円形でレーダーみたいで、動かない。

 翼は鳥そっくりに羽ばたいていたけど、すぐ変形した。

 今までどんな鳥でも見たことがないほど丸まり、握りこぶしみたいになる。

 そのこぶしで、衝突にたえた。

『我が社の無人戦闘機です!』

 オウルロードは恐ろしいものから逃げる様子で、オーバオックスを動かした。

 でも、周りに大量の木々が倒され重なると、自由に走れない。

 正面を、一番厚い装甲をダーク・ギャラクシーに向けた。


 次の瞬間、ドラゴンの口から炎がほとばしり、ダーク・ギャラクシーを貫いた。

 爆弾やエンジンが燃えたのだろう。

 私たちは。ひときわ大きな爆発に突き飛ばされた。


 また悲鳴が聞こえた。

 今度も自分のかと思った。

 けど違う。

 悲鳴は外から。

 炎で巻かれて、のたうち回るドラゴンが上げていた。

 あいつ。ジェイドは、部下ごと爆弾代わりにしやがった!!


 部下を犠牲にしたクレーターを、ジェイドのドラゴンが下りてきた。

 悠々と。私のほかには目もくれずに。

 生でじっくり見るのは初めてだ。

 着ているヨロイは、肩から大きな角が生えてる派手なやつだ。

 しかも銀色を中心に、赤、青、黄、緑の4色のパーツを組み込んでいる。

 いかつい顔は似顔絵どおり。

 その顔を鎧と同じ4色のカブトで覆っている。


 オーバオックスはまだ手足を動かしたけど、逃げきるスピードなんか出せない。


 ジェイドは悠々と近づいてくる。

 その後ろでは、続いたドラゴンとライダーが仲間に付いた火を覆い被さる様にして消している。

 良かった。

 優しい心はあるらしい。


 ドーン ドーンと、2つ並んだ衝撃波の音。

 次の瞬間、ジェイドのドラゴンは地面にたたきつけられた! 

『ワイバーンとドラゴンメイドです!』

 灰色の人影が、ドラゴンの左右の翼を踏みつけていた。

 そして、ジェイドに向かって走りだす。


 ジェイドを中心に、のたうつ大蛇のような物が、ほとばしった。

 2人のサイボーグは、そのオレンジ色の何かに押しだされ、森の中に見えなくなってしまった!

 ドラゴンと一緒に、ジェイドが立ち上がる。

 その手から、のたうつオレンジは伸びていた。

 のたうつたびに、周りの景色がかげろうになる。

 ジェイドが手にするのは、あの長い剣。

 そこから伸びた、炎のムチだ!

 ほとばしった炎が、辺りの枯葉に燃え移った。

 

 ドラゴンメイドとワイバーンは、あきらめなかった。

 ドラゴンメイドが両手からプラズマ砲を。

 背中のジェットから光の線が、土煙を焼き切りまっすぐ伸びる。


 あとで考えればレーザーだ。

 飛行機のジェットが燃料を燃やしてタービンを回すのに対し、彼女たちはレーザーで空気を熱してジェット気流にするものだろう。


 ワイバーンは飛び上ると、機首部分をエプロンのように体の前に倒す。盾だ。

 両手からプラズマを剣のように伸ばす。

 そして急激に左右に機動を変えながらジェイドに飛び掛かる!


 でも、どちらの攻撃も届くことはなかった。

 ドラゴンメイドの弾幕には、ムチがとぐろを巻いて盾になった。

 さらにその盾ごと押し寄せてきて、再びドラゴンメイドを吹き飛ばす!

 ムチの先端はぐんぐん伸びて、複雑に飛ぶワイバーンを追い回す。

 ワイバーンのプラズマの剣が、ジェイドの剣めがけて一気に伸びた。

 あれならさっき見た。電磁石だ。

 それでジェイドの剣を奪ってしまえ!

 そう思ったけど、手から離れる前にジェイドが攻撃してきた。

 ひときわ大きな炎が、まるで巨大な柱のように現れた。

 その一撃が、ワイバーンをアッパーカットのように打ち上げた!

 こんな森の中じゃ、サイボーグの高機能は打ち消されてしまう。

 部下を八つ当たりするように使うだけじゃない。

 ジェイド自身も強力だった!

 山火事は、徐々に広がっていく。


 ジェイドのムチは、部下の頭上にも振るわれた。

 バチッという空中で跳ねる音を聞くと、部下たちは倒れる仲間を置いてこっちを向いた。


 敵と私の間には、何もない。

 オーバオックスの装甲はあるけど、いつまでも持つとは思えない。

 その時、感じた物は恐怖ではなかった。

 もしもここにPP社の増援がなだれ込み、ジェイドたちを退治したとする。

 で、私には何が残る?

 奴らに怖い目にあわされた。

 それだけ。

 彼らにしても、無力なターゲットを前に、敗退したという悔しさだけ。

 私は無力という、認めたくない、くだらない事だけが事実として残る。


 そう思うでしょ?

 あんた《ジェイド》も!


「オウルロード。ビッグ・デッパーを使って」

 ダメ元で頼んでみた。

『無効なコマンドです』

 やっぱり。

「じゃあ、そのほかに武器は?」

『ありません』

 やっぱり。

 だからドラゴンメイドがもってきたのね。

『あなたが使えるのは、お試しモードによる、簡単な作業です』

 おや?

 そう思うと、頭にヘルメットを被せられた。

 さわると、太いコードが付いている。

『それを被れば、考えるだけでオーバオックスを動かせます。

 それで機体を逃がしてください。

 お試しモードですから作動に上限はありますが、飛びかかる。つかむ程度はできます』

 おや?

『私が目標を指定できますか、そういうのは嫌いそうですね』

「ええ」

 まてよ。

 前にVRのシューティングゲームをした時、横からきた敵に気づかないで、やられた事があった。

「敵の配置だけ教えて」

『分かりました』

 もしかして、イラだってる?

『遺憾ながら。

 それに、ビッグ・デッパーの制御をしなくてはいけません。

 ご安心ください。

 機体がどの方向に向いても、砲身はターゲットを向きます。

 それと、あなたが迅速を尊ぶのはよく存じておりますか、見ていただきたい物があります』

 新しいプロモーション映像だ。

 トラックに積んだ大砲や、戦車?

『自走砲です。

 レーザーほどの速度はありませんが、放物線を描いて撃てますので、山の陰でも十分射程圏内です。

 上空のダーク・ギャラクシーによるレーザー誘導で、ピンポイントで爆発させられます。

 弾着とともにダッシュ。よろしいですか?』

 よろしいです。

『ではその様に。

 敵ドラゴンは左右に分かれてワイバーンとドラゴンメイドを囲もうとしていますね。

 しかし、ジェイド以外はケガをした仲間が気になり集中できないようです』

 右に2、左から3。

 正面をジェイド。


『5、4、3、弾着、今!』

 私とも、ジェイドとドラゴンメイドたちとも離れて、複数の爆発が起こった。

 山火事が広がらないよう、祈った。

『ビック・デッパー、機動!』

 背中のジグザグが展開して、ジェイドに向く。

 そっちには目を向けず、とにかく走ることだけ考える。

 ジェイドに向かって!

 初めて扱うのに、思いどうりに動いてくれる。


 オウルロードからは、止める声がない。

 ビック・デッパーのコントロールに演算処理を取られてるのか。

 ごめんね。


 今はジェイドだ。

 もし正面から突っ込んでも、炎のムチ、ドラゴンの火炎放射か前脚のいずれかで迎え撃たれる。

 後ろに回り込むのも時間がかかる。

 だから、狙うのはドラゴンの翼の端!

 その端に飛び乗った。

 そして関節にしがみついて押さえこむ。

 敵もさる者。重そうな翼を上下させて、私を振り落とそうとする。

 でも、これで飛び立てない!

 当然、ジェイドは迎え撃つ。

 炎をまっすぐな大剣にして。

 ドラゴンの翼は、ほうり上げられそうなまで、オーバオックスを持ち上げる。

 ビッグ・デッパーの砲身が、ジェイドを向いた。

 だが、相手は予想以上に迅速だった。

 炎の剣は、灰色のビック・デッパーの砲身を、焼切った。

 でも、そこって……。

『ちょっと、おバカちゃんですね』

 オウルロードの言うとおり。

 砲弾を押しとどめていた曲がった砲身。

 そこでふたの役割を果たしていたエネルギーが、稲妻のようにほとばしった。

 そして、カーブの始まり。

 すでにつくられた砲弾が、トンネル効果など関係なく、砲身を突き破って飛びだした!

 

 視界が、真っ黒になった。

 機体がこれまでになくガクガクと震え、次に回転し始めた。

 その時、気付いた。

 モニターは、壊れたらしい。

 機体は爆発でほうり上げられ、今落ちてるんだ!

 

ドドドドドド ゴゴゴゴゴ


 爆音が、後から聞こえてきた。

 まさか、空気が丸ごと押しだされてた……?


 全身に衝撃が走った。

 次の瞬間、真っ白な物が飛びだした。

 エアバッグだ!

 ありとあらゆる方向から膨らんだそれが、全身を包みこむ。

 おかげで、ケガはなかったようだけど。


ゴゴゴ ギギギ


 金属がこすれ、曲がる嫌な音。

 ハッチが開けられようとしてる!

 何ができるとは思えないけど、身構えた。

 しかし、開けたのはオーバオックス自身の腕だった。

 助かった!

 でもオーバオックスは、そのまま動かなくなった。

 オウルロードの声も、聞こえない。

 まさか、全ての電力を使いきったから、オウルロードのデータも消えて……?

 そううろたえかけていたら、オウルロードの立体映像の出ていたあたり。

 レバーか何かかと思った部分が、コロリと落ちた。

 ジュース缶のような白いそれから、4本足が伸び、丸い尻尾が飛びだし、2本の耳がのびて。

『達美ちゃん。今度こそ逃げてください』

 ウサギの形のロボットになっていた。

 私は抱きかかえる。

 オウルロードは、私を守ってくれた、尊敬すべき女性だったんだ。

 この手は、絶対に放さない!


 ハッチの隙間からはいだす。

 よかった。

 そのままでれば地面。

 でも、オーバオックスの表面に目がくぎ付けになった。

 赤く、艶やかだったはずの装甲が、黒く、焼け焦げた炭のようになって、はげ落ちていく!

 日の下にでた時、すっかり体はすすけてしまった。

 オーバオックスは、巨大なジェイドのドラゴンの下敷きになっていた。

 そのドラゴンもピクリとも動かない。

 歯車ランの花弁、銀に輝く分厚い装甲が、重くて持ち上がらないんだ。

『魔法と体のバランスが崩れたのですね』

 オウルロードの言うとうり。

 きっと、オーバオックスの装甲のボルケーニウムも。

 PP社の製品も魔法を使っているなら、それも無力化されたのかもしれない。


 動く人影がないかと見渡すと、いた!

 倒れた木の下に、サイボーグが2人。

 ワイバーンが上になり、ドラゴンメイドをかばっていた。

「ドラゴンメイド……だよね? 」

 アーマーのあちこちが吹き飛んでいる。

 ヘルメットも割れて、そこから顔が見えた。

「ええ。そうだよ」

 皮膚にボルケーニウムを使っていたらしい。

 炭状になってはがれ、下から銀色のガイコツじみたフレームがむきだしになった。

 薄い猫耳型のフレームで、かろうじてドラゴンメイドだとわかる。

「ごめんなさい! 私のせいでこんなに!」

 謝ったら、オウルロードも謝った。

『いえ、発射を決めたのは私です。

 あなたはその間、時間稼ぎをしていただけ!』

 ワイバーンに止められた。

「警告は届いていた。でも運が悪かったよ」

 彼のヘルメットも割れていた。

 下からのぞく顔は、やっぱりタケ君!

 眼鏡はないけれど、どちらかというと地味な、細い顔は間違いない。

「2人ともジェットパックを壊されたんだ」

 ドラゴンメイドからは。

「今の私にさわると、感電するよ」

 そう言われて、下がった。

 だけど、ワイバーンが木を押しのけようとしたから、私も思わず木を支えた。

 がんばれ!

 地面に近い枝を、オウルロードも持ち上げる。

 どれだけ助けになったか分からないけど、2人はすぐに出てこれそうな気がした。


 周りは火と煙だらけ。

 喉が痛いし目に染みる。

 でも、それより嫌なのは、自分が、大好きな森に火をつけたこと。

 それに人を巻き込んだこと。

 こんな気持ちになるなんて、思いもしなかった。


 その時、ドラゴンメイドの手が私の足首をつかんだ。

 そっちの手はアーマーがついている。

 そして私は、何メートルも放り投げられた。

「痛た! 何よ――」

 落とされたのは、別の倒木の影。

 そしたら。


ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ


 切れ目のない機関銃の音!

 2人が撃たれる、金属音が響く!

 プラズマ砲の反撃。

 その音に混じってワイバーンが。

「こっちを見ないで! 逃げなさい!」

 私はのぞこうとしてたけど、その声で踏みとどまった。

 目の前を、弾丸の欠片か2人の部品が飛んでいく。

 当たったらきっと、おだ仏だ。

 その直後、ウサギロボが飛んできた。

 あわてて捕まえる。

「先に逃げて! すぐ追いつけると思う!」

 ドラゴンメイドの声と、再び木が動く音。

 私はくやしかったけど、「分かった!」とだけ言って山を下りた。

『すぐに救援を呼びます!』


 煙を吸わないよう、背を低くした。

 けど、地面の枯草がみんな燃えてると、まるで効果がなかった。


 ヘリコプターの羽音が近づいてくる。

 それもいくつも。

 オウルロードが呼んだ救援だ!

 あの羽音を聞けばジェイドだって、おとなしくしてくれるかも。


パン!


 でも、その願いはピストルの銃声で打ち破られた。

 思わず振り向いてしまった。

 ドラゴンから下りて追ってくる、あの派手なヨロイがあった。

 彼は片腕を突きだし。


バン! バン!


 その音を聞けば十分だ。

 ただ山を駆け下りるだけなのに、心臓はこれまでにないほど脈打っている。

 緊張のせいか、足がもつれて転んだ。

 未だ動かないドラゴンの前で、ジェイドがヨロイを脱いでる。

 ああ、やっぱりあれ重いんだ。

 また走りだす。

 ヤブを払わず突っ込んだら、体中ひっかいた。

 それでも何とか、火の燃えていないところに来た。

 靴の底から熱い。泥を歩いてるみたいにネチャネチャする。

 火で溶けていたんだ。

 がけを削った山道がある。

 少しスピードが上がった。

 その先には、国道がちらりと見えた。


 それを、ジェイドのむさくるしい背中がふさいだ。

 カブトもない。長そでシャツ状に鎖を編んだ、鎖かたびらをしている。

 私が道を走っているのに気付き、がけから飛び降りてきたんだ!

 彼の右手には、ピストル。

 ほんとに、まずいところが進歩した文明の人だ。

 そして、左手で私の首を絞めてきた!

 

 オウルロードが、ウサギロボットでジェイドの顔に飛び掛かった。

 小さな手足で、掴み掛り、ひっかく。

 ジェイドはピストルで撃つと自分にあたる。

 代わりに、ピストルで殴り続けた。


 落ち着け。

 空手の先生も言ってたじゃない!

 大の大人でも、片手で子供を自由にできる訳じゃない!

 私は思い切って、ジェイドの左手をつかんだ。

 そして、思い切り右に、がけに飛んだ。

 さらに下へ。

 彼にとっては不幸なことに、木が立っていた。

 ちょうど左の肘の部分に。

 肘を砕いてしまえ!

 ジェイドはうめき声と共に、手を外した。

 私はがけに飛び降り、転がるように駆け下りた。

 ピストルの弾は飛んでこない。

 落としたのかもしれない。

 弾が当たる前に、大きな木の影に飛び込んだ。


 声を上げるのも、左右を見るのも怖い!

 けどオウルロードが心配。

 その時、足元にオウルロードが滑り込んできた。

『お手柄ですね。達美ちゃん』

 でも、ピストルの発砲音が近づいてくる。

 ザザザッと、山をすべる音も。


 襲撃者に文句を言ってやりたかった。

 前に連れて行かれた御神体が、あっちの世界でどれだけやったか知らない。

 その結果、勝ち進んで何が得られた?

 内乱だらけの大国という、行き詰まりが見えてないの?

 私にそれを沈めて欲しいの?

 私が燃やした森みたいな光景を、あちこちにつくって?!

 そんなの絶対にヤダ!

 でも、聴いてくれる相手ではないだろうから止めた。


 山の上を、見つからないように、ゆっくりのぞく。

 ジェイドだ!

 心臓の痛みは相変わらず。

 息が荒い。

 とっさに口を手で覆って音を消す。

 でも、足音はどんどん大きくなってる気がする。


「またあったなジェイド!」

 心臓が止まるかと思った!

 その声は、山の下から、すぐそばから聞こえた!

 そこにいたのは、真ん丸で赤い、小さなドラゴンだった。

 身長は1メートルほど。

 全身、ぬいぐるみのような毛でおおわれている。

 背中にあるのは、ハクチョウのような翼。

 その後ろには赤くて長いしっぽが揺れている。

「私、ボルケーナ」

 短く自己紹介された。

 こいつが、お兄ちゃんのお嫁さん!?


 そいつは後ろをむいて。

「この子をお願い! 生身の人間だから、気を付けてね!」

 こいつが、銀河生態系の頂点?!

 すごく目立つドラ声だ。

 そしてなぜか、クリーム色の抱っこひもを、だいじそうに抱えていた。


 ボルケーナは、その天使のような翼で羽いた。

 さらにばね状にまとめた長いしっぽで、体を勢いよく押しだす。

 行く先は山。

 私はぼうぜんとしながら見送った。

 その時、抱っこひもの中が見えた。

 

 メロンよりやや大きい。

 濃い緑のグラデーションに覆われた、白っぽい石。


「ガオー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 ボルケーナさんが叫んだ!

 地震が起こったのかと思った。

 とっさにオウルロードを手にして抱きついた木も揺れて、上から枯葉か枯れ枝が落ちてくる。

 叫びはまだまだ続く。


「おおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! お!」


 ようやく止まった。

 見上げると、山火事がすっかり消えていた。

 音波消化器、だっけ?

 ヒップ・ホップのベースに近い音で、火に空気が流れて燃料と酸素が混ざり合う流れを乱す。

 そう言う消火器。

 それを叫びだけでやって見せた!


 飛ぶボルケーナさんを追って、PP社の大群がやって来た。

 多すぎると思えるほど、ライフルを持った人々が。

 サイボーグだけでなく、普通の人間も多そうだ。

 その一人が、手を貸してくれた。

 山道ではジェイドが、大の字になって倒れている。


 オウルロードを抱えて山を下りると、様子が変わっていた。

 犬、猫、空には鳥に昆虫、その他さまざまな形をした小型ロボットが、あちこち飛んだり走ったりしてるんだ。

「これ、あんたの本体?」

 オウルロードに聞いた。

『そうです。

 ランナフォンと言います。

 あれ一つひとつがスマート・フォン、そして遠隔操作可能なドローンです』

 戦闘が終わって爆発とか、なくなったから、でてきたのかな。


 こっちに回された人が多すぎる理由はすぐわかった。

「何あれ?」

 道路にでると、それが見えた。

 道と田んぼに一列に並んだ戦車。

 その向こうに、直径も高さも20メートルはありそうな、ドームが見えた。

 銀色の大きくて、平らな物。

 たくさんのドラゴンの羽が重なり合った、ドームだ。

 一緒に下りてきたベテランぽい男の人が答えた。

「銀龍騎士団が、あんなドームを作ってたてこもっています。

 うちの若いのが言うには、ジェイドがいないところでは、彼らはああやってサボるんじゃないかと……」

 それ、何となくわかる気がする。


「異なことを!」

 山から、野太い男の声が聞こえた。

 ジェイドだ!

 前後左右を、ライフルを持った人たちに囲まれながらも叫んでいる。

「立ち上がれ! 勇者たちよ!

 万物に頼まれた、気高き支配を実現させよう!」

 でも、ドラゴンのドームはピクリとも動かなかった。

 それでもジェイドは、聴きづらい古語や述語を使い、険を帯びた声を上げる。

 手は手錠か何かで背中から動かせない。

 それでも取り囲む人々に体当たりを繰り返す。

 相手が部下でも、同じことをしそうだった。


「いい加減にしてよ!」

 見かねた私は、思わず叫んでしまった。

「あんたの騎士団が、どんな気持ちになったか考えたことあるの?!」

 私は、怒りを勢いに乗せて話した。

 戦争に次ぐ戦争で、大きくなったラマクル王国。

 でもそれは、巻き込まれた人々の恨みを買っただけ。

「それはあんたの騎士団も同じよ!

 周りの国がなくなったから、彼らの逃げ場もなくなった!」

 そしてドラゴンのドームを指さした。

「こんな形で逃げ隠れするしかないでしょ!」


「そう! そのとうりです!」

 声をかけられた。

 大人びた、女性の声だ。

 山の方からだけど、そこにいるのはボルケーナさん。

 その横には、肩を貸し合うワイバーンとドラゴンメイド。

 彼女はフレームがむき出しのままだ。

 その頬に、ボルケーナさんがふれた。

 たちまち頬から赤い液体、ボルケーニウムが広がり、ドラゴンメイドの見た目は私とそっくりに戻った。


 すると、声を上げたのは……。

「私も、それが嫌だから逃げだしました」

 ボルケーナさんの抱っこひも。

 その中から、緑色の石が浮き上がった。

 御神体だ。

 私がそう察した石を、ボルケーナさんは頭上に高く掲げた。

 石から光が生まれた。

 風に舞う朝の霧のような優しい光で、ドラゴンのドームを包んだ。

 ドラゴンの羽が開いていく。

 まるで、花のつぼみが開くみたいだった。


「……姫……」

 ジェイドが、穏やかな声をかけた。

 でも反された声は。

「姫だなんて呼ばないで!」

 ジェイドの表情が、絶望で固まった。


「私は、真純富湧姫マスミトミワケヒメ

 このジェイドと共に、ある世界を混乱に陥れた悪神です」

「悪神なものか!」

 ジェイドが瞬時に否定した。

「おまえの作る世界は真に純粋な世界! 富は尽きぬほど湧きいずる!」

 それからも叫び続ける。

 でも、真純姫は声を張り上げてそれに反抗した。

 まるで、ジェイドが言った事が呪いであるかのように。

「私も最初はそう思いました!

 もともと私がまつられていた神社は、朽ちるばかりで誰も見向きもされなかった。

 それが不満で、ジェイドたちの誘いに乗ったのです」

 30年前なら、ジェイドもティーンエイジャーだったはず。

 野心あふれる同志だったのかな。


 ドラゴンのドームはすっかり開いていた。

「お通ししなさい」

 聴きなれた男の声。

「彼らは自分たちの生き方を決めると誓った騎士だ。これからを知る義務がある」

 お兄ちゃん!

 ではない。

 PP社の社長の声だ。

 彼の後ろに、たくさんの人がいる。

 服装は私たちと変わらない。

 だけど、近所の人たちではない。

 真純姫と一緒に降伏した騎士たちだろう。

 肌の色も違う。年齢も、ハイティーンから初老。

 男女の区別もないらしい。

 ハンターを操るのには、関係ないのかな。

 ドームから、大勢の騎士たちがやって来た。

 社長と後ろにいるのと同じような人たちが、おどおどと。


 彼らがやってきて、真純姫の雰囲気が、本当に何となくなんだけどね、ホッとしたのを感じた。

 彼女の告白は続く。

「戦い続けました。望まれるまま、自分から望んだこともありました。

 全ては、純粋な善意にあふれ、富は尽きぬほど湧きいずる世界をつくるため、と信じて」

「だがそれは、姫だけではだめだった!」

 ジェイドのヤジ。

「ひとつの反乱を防いでも、そこから逃れた者が10の反乱を起こす!

 10を防げば100!

 今、真脇の巫女を連れて行かねば大変なことになるぞ!」

 一言言ってやらないと、気が済まない!

「「バカなこと言わないで!」」

 あらら、ドラゴンメイドと同時に言っちゃった。

「お先にどうぞ」と、譲られた。

「ジェイド。アンタたちの世界には災害がないの?

 力を合わせるとか、そういう形で世界をまとめることはできなかったの?」

 でも、ジェイとはそっぽを向いたままだ。

「人を動かすのは利益ともいうよ。歌とか演劇とか、芸術だって経済のつながりをつくれるんじゃないの?!」

 それは、私の経験でもある。

 でも、ジェイドはあざけりをもって答えた。

「さすが、技術大国を自称する日本の人だけはある」

 真純姫から聞いたのかな?

「いいかよく聴け。

 そんな栄光は、平民が貴族よりはるかに金を操るようになるからできる戯言だ。

 そもそも栄光の何たるかも知らぬ、野獣のごとき蛮族には、力をもって分からせるしかないのだ!」

「待ってください!」

 その一言に、怒る人々がいた。

 彼の部下たちだ。

「われわれは、バカだからここにいるんですか!?」

 ジェイドの答えは。

「そうだ!」


 そのジェイドの態度を見てると、目を背けたくなった。

 ギャンブルで負け続け、八つ当たりしてる人みたいだ。

 ……覚えておきなさい。

 女の子はおいしい物と、少しの罪悪感でできている。


 もしかすると、勝ち続けていたころのジェイドは優しかったのかもしれない。

 騎士団をまとめられるぐらい。

 でも、もう真純姫の心も離れたみたいだ。

「いいえ! 違います!

 ボルケーナさんたちとの最初の戦いで、それは思い知りました」

 でも、教訓を与えたはずのボルケーナさんは、辛そうだった。

 告白する真純姫を見る目は、友達を見る目に思えた。

「そこで私はPP社に、騎士団のうぬぼれを打ち砕くよう頼みました。

 同じような立場の人からの攻撃なら、私たちの騎士たちもイメージしやすいと思って――」


 その時、光が見えた。

 光ったのは、ジェイド!

 たちまち押さえ込んでいた人たちが吹き飛んだ!

 後ろ手に手錠か何かをされていたみたいだけど、それも吹き飛んだ。

 彼を包んでいたのは、あの剣の炎だ!

「どけ! 私の体内に埋め込んだ力までは、破壊できなかったようだな!」

 そう誇り、胸を張る。

 左胸、心臓のあるところ。

 炎はそこからあふれていた。

 鎖かたびらが焼けて溶けていたけど、ものともしない!


 ジェイドは周囲を爆発させながら、私に駆ける!

『逃げなさい!』

 言われるまでもない。

 その前に、ウサギのランナフォンをドラゴンメイドの方に投げた。

 狙いどうり、彼女は受け止めてくれた。


「あっ!」

 私も逃げようとしたけど、左手をつかまれた!

 熱い!

「この世界を離れたくないというのなら、それでもいい!」

 そう言われたけど、そこにやさしい雰囲気はみじんもなくて。

「この腕は、都合してもらう!」

 彼の左手で、炎がナイフを形成している!

 私は叫び、暴れた!

 でも、手は外れない!

 彼の指は、私の皮膚を真っ黒に焦がしながら、めり込んでいく!


ガシッ!


 その時だ。

「何やってんだ!?」

 ワイバーンが、ジェイドを後ろから羽交い絞めにしていた。

 さらにドラゴンメイドが、私に食い込む指を押し戻す。

 私からジェイドを完全に引き離すと、ドラゴンメイドは予想外の行動にでた。

 アーマーの上半身部分を、腕や肩などさまざまなパーツに解除したんだ。

 背中のジェットウイングは作りつけてあり、胸までチューブトップ状に覆って固定してある。

 だけど、両腕は生身に見えた。

 当然、私にそっくりの細腕で、ジェイドの両手をつかんだ。

「達美! これから起こることはすべて偶然だよ!」

 私は、やけどをかばいながらも、もう一人の自分の戦いから目を離せなかった。

 ドラゴンメイドの皮膚に、炎が吸い込まれていく。

 そうか、これがボルケーニウムの吸収能力!

「同じことが起こったらすぐに110番!」

 警告は続く。

「素直に言っても信じてもらえないだろうから、火事だ! とでも言って通報するんだよ!」


 ジェイドの体がそれまで以上に輝いた。

 それでも、2人のサイボーグは揺るがない。

「姫! ヒメェ!!」

 ジェイドは助けを求めたけど。

「もうあなたの言う事は、聴きません!!」

 真純姫は、自分の命全てを注ぎ込んだような叫びを上げた。

 その声も、激しい熱量も、同じように悔しそうだった。


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


 気が付くと、国道のそばで倒れていた。

 御神体と一緒に。

 傷跡を調べたけど何もなかった。

 PP社や銀龍騎士団が暴れまわった痕跡も、ひとつ残らず消えていた。

 燃えた炭も、弾丸1発さえ。

 あの事件の事は、人々の記憶とコンピュータの中にだけ残った。

 なぜ、人の記憶とコンピュータの中にだけ?

 単純に情報をたくさん扱うからなのか。

 もしかすると、人間には不思議な力があり、コンピュータにもそれに近い物があるのかも。

 いろんな知識を、未来に伝え、世界を変えるような。

 そんな進化が進んでいるのかもしれない。

 AIの進歩、車や家電、他のいろんな物をインターネットにつないでコントロールする話を見ていると、もしかしたらオウルロード……編美にはまた会えるかもしれない。

 そう思えてくる。


 それはさておき、この御神体を見て。

 緑の部分が多い。

 しかも、細工した跡もない。

 これは、ヒスイの含有量が豊富な証拠。

 これがあれば、ぜいたくな結婚式ができるね。

 子育てだってやり放題!

 え? あはは。赤くなっちゃって。

 怒らないでよ!

 ……うん。分かってる。

 お金がありすぎても人生がダメになるっていうし、私たちはまだ18歳。

 使い方だって、ちゃんと決められないと思うの。

 ねえ、タケ君……。

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ヒストリック・サーカス リューガ @doragonmeido-riaju

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