19:30 ブロードキャスト・ナウ「『日帰り異世界旅行』ブーム、光と影〜今、ヴァルテリアで起こっていること」(解)(字)

仮庵

第1話

 こんばんは。ブロードキャスト・ナウ、司会進行の渡会法子わたらいのりこです。

 異世界ヴァルテリア、ドリス王国と日本の国交が成立して、来月でちょうど一周年を迎えようとしています。この一年で、架空の存在だと考えられていた、いわゆる「中世ファンタジー世界」の実在が広く認知され、「異世界日帰りツアー」ブームが起こりました。昨年12月に国内の旅行会社が初めて実施した「異世界日帰りツアー」の参加者は、1ヶ月でおよそ500人程度でしたが、今年8月、夏休み期間の異世界日帰り旅行者は約2万人弱と、飛躍的な増加を見せています。

 それに伴い、異世界旅行者と現地住民の間にトラブルが発生するケースも増えてきました。異世界ヴァルテリア最大の盟主国家・ドリス王国で今、どのようなことが起こっているのか。今夜は現地のインタビューを交えてお伝えします。



(ナレーション)

 ドリス王国、王都ドリステリア。

 ヴァルテリアには時計が普及していないため、多くの人々はレルム神拝舎の鐘の音で時間を把握します。ドリステリアで最も名前を知られている「冒険者の酒場」、「風薫る草原」亭の店主、フレッドさん(地球年齢55歳)もその一人です。フレッドさんは早朝の鐘の音と共に目覚め、一日の最初の仕事である、掃除に取り掛かります。

「掃除はきちんとしなきゃならねえ。うちは荒くれ者が多いからな……。賭け事に使ったカードがそのままテーブルにばらまかれてるくらいなら可愛いもんだが、壁にナイフがぶっ刺さってたり、乾いたゲロが床に張り付いてるとなりゃ、大仕事だ」

ですが最近、掃除の際に、奇妙なものが見つかるようになりました。

「これだ」

 フレッドさんが取材班に見せてくれたのは、銀色に光る、小さな平べったい物体。日本では大変広く浸透している「ボタン電池」ですが……。

「こいつは……何だっけな。名前が出てこん」

 ──(取材班)ボタン電池ですね。

「それだ。ボタンデンチ。あんたの国のもんなんだって? うちの常連に、外に詳しい奴がいてな。そいつが言っとったんだ。適当に捨てようとしたら、だめだって怒られちまったよ。よくわからんが、大地のマナを汚す成分が入っとるんだって?」

 ボタン電池には、環境や人体に有害な水銀が使用されています。そのため、日本ではボタン電池の処分について、指定の袋に分ける、一部の店舗に設置された専用の回収箱に入れる、などの方法が広く周知されていますが、異世界はそうではありません。ヴァルテリアの人々にとっては、「電池」自体がまったく未知のものなのです。

他にもプラスチック、ビニール、使い捨てライターやスプレー缶まで……。観光客が激増したドリス王国には、日本由来の様々な有害ごみが持ち込まれています。外務省は王国の外交部と連携し、日本の観光客には、ごみを必ず持ち帰ること。ドリス王国民には、怪しいものは勝手に処分せず、必ず指定の機関に届け出ることを呼びかけていますが、目立った効果が出ているとは言い難い状況です。

 日本の有害ごみが詰まったごみ箱を手に、フレッドさんは言います。

「溜まるたび、うちの若いもんに持って行かせてるんだが、全然追いつかん。最近は元々多い客がさらに増えちまって、人手も足りんしな。かと言って、こっちで捨てることもできんときた。面倒なこったよ」

 そして……。フレッドさんの酒場で起こっている問題は、他にもあります。

 ──(取材班)お客さんは、どのくらい増えたんですか。

「数えたことはねえが……ここ数日は、朝から晩までそれらしい顔を見るな。どいつもこいつも、妙な金属の板持ってあちこちふらつくから、邪魔でしょうがねえ。あれは一体何をしとるんだ?」

 ──(取材班)写真を撮っているのだと思います。

「シャシン?」

 ──(取材班)目の前の風景の一部を、一瞬で絵にして保管することができるんです。

「はああ、そんな事がねえ。……でもな、あれは危ねえぞ」

 フレッドさんは眉間に皺を寄せます。

「うちは見ての通り、狭い店だ。今はおれとあんたらしかおらんからいいが、店が開きゃカウンターもテーブルも冒険者でごった返す。フルプレートの戦士連中が5人もうろついてみろ、通路なんざ通れたもんじゃねえ。そんな中で、あんたの国の観光客が……その……シャシン? に夢中になって、ガラの悪い冒険者にぶつかりでもしたら、どうなると思う」

 ──(取材班)なるほど……。

「それだけじゃねえ。常連の武器にべたべた触る奴だの、酔っ払いに不用意に話しかける奴だの……。見てるこっちはヒヤヒヤしとるぜ。さっきも言ったが、店には荒くれ者も大勢来るんだ。10年前の『魔軍戦役』からこっち、やたらと冒険者が持て囃されるようになったが、勘違いしちゃならん。連中のほとんどは、真っ当な生き方が出来ずに冒険者になるしかなかった、要は社会のはぐれモンよ。うちの店に来るってことは、そういう連中の真っ只中に飛び込む事なんだってのを、もっと理解してくれんと困る」

 ──(取材班)危機感が足りない、ということですね。

「そういうこった。あんたらはどうにも、下手すりゃ死ぬような事を平気でするからな。……『風薫る草原』亭を開けてからこっち、面倒な客の相手はそれなりに慣れたつもりだったが、あんたらの『面倒』さは冒険者とはまた違う。厄介なもんだ。まあ、幸いどいつも金払いはいいからな。落ち着くまでは、せいぜい搾り取らせてもらうさ……」



 一方、実際に被害が発生してしまったケースもあります。

 ドリス王国、王家直属騎士団「金獅子騎士団」団長のディアナさん(地球年齢24歳)。王家の祖、バートロミュー・ドリス王の乗騎であったといわれる黄金の獅子の名を受け継ぐこの騎士団は、王国騎士の中でも、剣術、作法の両方に優れた者しか入団を許されないエリート集団です。ディアナさんは若くして、この金獅子騎士団初の女性団長となりました。

 高潔でありながら、気取らない性格のディアナさんを慕う人は多く、街の巡回の際には、大勢の人々がディアナさんに励ましの言葉を投げかけます。そんな街の人々に、ディアナさんも、時間の許す限り声をかけて回ります。

「こんにちは、金獅子の団長さん」

「こんにちは、エリス。今日も頑張っているね」

「おや団長さん! お仕事おつかれさま。うちのパンを食べてっておくれよ。新作ができたんだ」

「どうも、おかみさん。本当かい? じゃあ、帰りに寄らせてもらうよ」

「ありがとう! ぜひよろしくね!」


「民の暮らしに心を配るのは騎士としての義務。それに、私は元々人と話すのが好きなんだ。それは異界からの客人相手であっても同じ。未知の世界の話を聞くのは、自身の視野を広げる事にも繋がる」

 ディアナさんはそう語ります。

「……ただ、最近は困った輩も多くてね」

 ディアナさんによると、先日、街の巡回中に、部下がトラブルに見舞われたというのです。

 その日の巡回は、ある女性騎士団員の担当でした。女性は入団して間もない新人であり、ディアナさんは、一日も早く街と人々に親しんで欲しい、という思いから、彼女をその日の担当に指名したと言います。

 ですが、街の中心を貫くクレストン大通りを歩いていたその時、女性は日本人観光客と思われる数人の男に取り囲まれました。男達はスマホを手に女性を撮影しながら、

「何だよ、金髪巨乳じゃないじゃん」

「露出が全然ないんだけど? 全身鎧とか夢がない、わかってない」

「女騎士は快楽堕ちに弱いって本当? やっぱ後ろから責められるのが好きなの?」

「くっ殺! くっ殺!」

 などと、大声で囃し立てました。

 その後、別のエリアの巡回を行っていた騎士が都民の連絡によって駆けつけたところ、男達は慌てて逃走。状況はひとまず沈静化しましたが、女性は恐怖と怒りから、しばらく巡回業務に出られなくなってしまったといいます。ディアナさんはこの事件を受け、ドリス王国外交部を通じて日本政府に厳重な抗議を行いました。

「彼等の使う言葉は、私達には理解しきれないものも多くてね。後程王室付の知恵者に説明してもらったんだが……(眉間にしわを寄せる)。ともあれ、彼等の想像する『女騎士』の虚像を押し付けられ、挙句ひどく侮辱された。その事実は、彼女も私もしっかりと理解したよ。騎士として、その汚名は灌がねばならない」

「フィクションによって培われた、通俗的・卑猥なイメージの押しつけ」によるハラスメント行為。これらは、特に若者の間で「リアル異世界ファンタジー」とも呼ばれるヴァルテリアと日本の国交樹立により表面化したことから、「フィクショナル・ハラスメント」と呼ばれていますが、最近ではより一般的な問題としてとらえ、「イマジナリー・ハラスメント」と呼ぼうという動きもあります。

 一般社団法人「ハラスメント対策研究学会」代表、副島孝俊そえじまたかとしさんはこう指摘します。

「要は、相手をちゃんとした一個人として見ていない、というのが根っこにある点で、これらは全て共通した問題なんですよ。そう考えると、女性に男の感じる『女性らしさ』を強要するのも同じことですし、もちろんその逆も然りです。そういう意味では、フィクショナル・ハラスメントはヴァルテリアの人々に対する限定的な差別ではなく、日本、そして地球上のあらゆる場所に存在すると言えるんです」


「私が日本の皆さんに求めているのは、決して難しいことではない」

 ディアナさんは言います。

「私達は、見知らぬ世界から来たあなた方に、敬意を持って接したいと思っているし、私自身そうするよう務めている。だから、あなた方も、私達にどうか敬意を持って接してほしい。私達は、あなた方の嗜む物語の登場人物ではなく、ヴァルテリアの大地に生きる人間だ。文化も歴史も何もかも違うが、その点だけは、あなた方と何ら変わりない。

 互いに敬意を。私が望むのはそれだけだ。それこそが、人と人との関係性すべての基盤となるのだからね」



 ──本日のスタジオゲストは、比較文化論を専門とする、上室大学芸術文学部教授の貫坂高志かんざかたかし先生となります。貫坂先生、よろしくお願いします。

「はい、よろしくお願いします」

 早速ですが、貫坂先生、お二人のインタビュー映像をご覧になって、どのような印象を持たれましたか。

「そうですね、ヴァルテリアのような『中世ファンタジー世界』という概念は、長らくフィクションとしてのみ存在し、幅広い年齢層の読者に愛されてきました。特にゲームやライトノベルなど、若者向けの媒体には、読者にわかりやすいよう細部を高度に記号化された『中世ファンタジー世界』が登場する作品が非常に多くてですね、ドリス王国との初期の外交交渉の際には、このような作品に馴染んだ若い世代が大きな役割を果たしたと言われています。

 ただ、先程のお二人のインタビューを見るに、その傾向が、今は悪い方向にも働いてしまっている。『長年親しんできた中世ファンタジー世界』が現実に現れた、という状況の中で、現実と虚構の距離感を理解しきれてない人達が、一定数いるんじゃないかなと。わかりやすく言うと、例えば有名人のSNSアカウントに、やたらとふざけた反応を返したり、むやみに攻撃的な言動をする人がたまにいるでしょう。あれと似たようなものだと思います」

 あまりにも距離が近すぎて、逆に相手を同じ人間だと思えず、軽い気持ちでそういった行為をしてしまう……ということでしょうか。

「まさにその通りですね。

 逆に、ヴァルテリアの方が日本で問題を起こしている例もありますが、こちらはむしろ、日本の異質さに怯えてですね、恐怖から事件を起こしてしまうケースが多いんですね。最近目立ったところだと、熱心なレルムの神官の方が、京都の神社の前で「異界の邪神の侵略を許すな」と抗議行動を起こして、迷惑防止条例違反で警察に連行された事例がありました」

 はい。地元放送局による中継もあって、現場は騒然としましたね。

「日本人とヴァルテリア人、親しみが行き過ぎた結果か、あるいは異質さを恐れてか、動機は異なりますが双方の迷惑行動の根っこは同じで、まさしくディアナ団長の仰る『互いへの敬意の欠如』が一番の問題です。一部の過激な人はね、ヴァルテリア、ドリス王国との国交を断絶しろ、なんて言いますけども、地球人類はもう異世界ヴァルテリアの存在を知ってしまったし、ヴァルテリア側もそれは同じです。既に行われた沢山の交流を、今更なかったことには出来ないわけです。だったら、うまく付き合っていくしかない。これは全ての異文化交流に言えることで、半ば理想論ではあるんですけども、互いに互いを、独立した歴史と文化を持つ民族、あるいは一人の生活者としてきちんと認識して、節度と、やはり敬意ですね。敬意を以って付き合い、理解を深めていくことが大事ですね」

 まだ国交樹立から一年ですし、正しい距離感を保って、少しずつお互いに歩み寄っていきたいですね。貫坂先生、ありがとうございました。



 さて、来週のブロードキャスト・ナウは、今夏の甲子園で圧倒的な実力を見せた、愛知県の岡宮高校野球部に迫ります。岡宮高校の快進撃の裏には、顧問ではなく、専門のスポーツトレーナーによる、プロレベルの手厚いサポートがありました。彼等の練習風景を取材するうち、現代の高校野球、ひいてはアマチュアスポーツ全体が抱える問題点が浮き彫りになってきました。それでは、来週もまたこの時間にお会いしましょう。さようなら。

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19:30 ブロードキャスト・ナウ「『日帰り異世界旅行』ブーム、光と影〜今、ヴァルテリアで起こっていること」(解)(字) 仮庵 @kariho_trpg

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