第5話 自慢じゃないけど仲良し一家です。

◆ひめこちゃん


①「お姉ちゃんのひめこはパパを尊敬してます」


 つり気味の大きな眼と赤い髪がゆーさん似た長女のひめこ、口を結んで仁王立ちしている。腰には剣をぶら下げている。


②「ひめこの夢はパパのような勇者になることです」

 「そのための鍛錬は欠かせません」

 「いじめっこなんか成敗してみせます」

 

 剣道着や空手着姿で鍛錬に励むひめこと、意地悪する男子をこらしめるひめこの絵。


③「そんなひめこにも怖いものが一つ……」

 

 別室で作業中のマリママを呼ぶ、ひめこのものらしき「ママー!」という悲鳴。


④「そう、虫さんが大嫌いなんです」


 部屋の中に迷い込んできた蝶をみて涙目でおびえ、マリママにだきつくひめこ。それを見て苦笑するマリママ。



◆おーじくん


①「弟のおーじくんはママ似です」


 マリママによく似たタレ目の大人しそうな少年がへにゃっとした笑顔を浮かべている。


②「強くて頼りになるお姉ちゃんがいるからかちょっと甘えん坊さんです」


 怖そうな犬に脅えるおーじの前に立つ勇ましいひめこの絵。


③「おーじくんが好きなのは絵本や図鑑をながめること、ママのお料理のお手伝いをすること。それから何よりすきなのは……」


 腹ばいになって絵本を眺めるおーじの絵と、料理するマリママのそばで食器を運ぶなどのお手伝いをするおーじ。


④「虫さんをつかまえてくることです」


 嬉しそうに捕まえた昆虫(トンボ?)を見せつけるおーじ、それを見て涙目になるひめこ。苦笑するマリママとゆーさん。



(本文)

 普段はおねえちゃん風をふかせるひめこだけど、虫さんの前では威厳もかたなしです。

 (捕まえた虫さんはあとで放します)


 よく女の子は男親に、男の子は女親に似るなんて言いますけど、うちはたまたまぴったりそれに当てはまりました。


 みなさんのおうちはどうですか?



 

 緑山団地の空き家にお化けが出る。肝試しに迷い込んだヤンキーが行方不明になった。

 あの空き家はマジヤバイ。入ったら最後女の幽霊に食われる。

 そんな噂が町内の小学生社会を席巻していた。


「くっだらない」

 火崎日向子ひなこは一笑に付した。クラスのバカ男子に「勇者の子供なら緑山団地のお化け屋敷に入って見せろ」と挑発されたためだ。

「なんであたしがそんな噂にわざわざ巻き込まれなきゃなんないわけ? 君子危うきに近寄らずって言葉知らないの? あーしらないよね、あんたらバカだから」

「っだよことわざブス! 本当は怖いから行かないくせに。強がってんじゃねえぞブス」

「……あのさあ、二言目にはバカの一つ覚えみたいにブスブス言うのやめたら? バカが余計バカに見えるし。その調子で大人になるとSNSでムカつく女の日を見かけたら即ブスブスって糞リプ寄越して逮捕されるダメな大人になるよ? いいの? いいなら別に止めないけど」


 雑な挑発に乗らないどころか即座にこう切り返す性格故、日向子はクラスのバカ男子どころかクラス全体から煙たがられていた。文武両道のクラス委員として担任からは頼りにされているようだったが、

「火崎さん、できればもうちょっとクラスになじむ努力をしてみたらどうかしら?」

 と困り顔で提案される程度には浮いていた。

「クラスになじめとはバカのレベルに合わせろってことでしょうか?」

「いやあの、だから、クラスメイトをそうバカバカ言うもんじゃないっていうか……ね?」


 媚びを含んだような「ね?」に対する嫌悪感を隠さずにはあっとため息をついてから、日向子は一礼して担任の前を辞した。

 

 先生になってまだ数年という担任は優しくて熱意はあるようだがまだ初々しく頼りない女性だ。学年でもウェーイな連中が多いわがクラスをまとめ上げられるだろうかという心配と義侠心からクラス委員となり、陰ひなたと良きクラス運営に尽力したという自負があった日向子にとってその「ね?」は軽い屈辱であった。


 まさかこのあたしがあのバカどもよりタチの悪い問題児童扱いされるとは……。

 

 こんなことなら去年の担任、大縄跳びや合唱大会で自分勝手に目標を設定し、それが達成できないすぐヒステリーを起こし「先生が何故怒るのかわかりますか⁉」と意味不明なキレ方をするベテラン先生の方がまだましだった。敵として実に倒し甲斐があった。

 

 下校中に去年の充実した一年を反芻する。この担任と日向子はバチバチにやりあった。担任は道徳の授業で「火崎さんんのような人がいても分け隔てなく仲良くできるうちのクラスは素晴らしいクラスです」とあきれるような発言をすれば、日向子は次の日からボイスレコーダーを用意し担任が似たような発言をしたのをしっかり抑えて動画サイトに公開した。教団の前で日向子を晒し上げ「このような髪の人はまともな社会人になれません」と地毛の赤い髪をあげつらったときはしっかりノートに記録した上で同じように地毛の色が赤いパパに報告した(パパも小中学生時代に髪の色で非常に嫌な思いを味わっていたらしいためきっちり強めに学校に抗議してくれた)。そんなパパのことを道徳の時間に「最近はモンスターペアレントなんて言葉を聞きますが、うちのクラスにも一人そんな親御さんがいらっしゃいますね」と耳を疑うような発言をしたときはインターネットごしに人権問題に詳しそうな弁護士さんに相談した(その旨はSNSを介して拡散され憤った大人たちによる大弁護団が結成されそうになったので学校側が平謝りすることで手打ちとなった)。

 そのような血みどろの戦いが繰り広げられた結果、クラスは荒れ果て、日向子の両親はなにかというと呼び出され、日向子自身も各種体罰虐待を食らいながらも最終的に担任は一身上の都合という理由で年度末を待たずに学校を去っていったのだった。

 ああ、わが人生初めての‶ボス″よ。あなたは今どこで何をしているのだろう……。夜中に目が覚めた時にリビングで母が「去年の日向子の担任だったあの先生、入院されてるらしいわ」と言っていた気がするが。


 そんな自分がクラスになじめないどころか、クラスメイトからも教師陣からも一歩距離を置かれるのには無理がないなと日向子自身にも自覚はあったが要注意人物扱いを望むわけではない。そもそもクラスになじめなければならないという暗黙の了解を飲み込めない。


 やっぱりあたしは公立校などで収まる器ではないな……。


 一人で歩きながら、前々から思い描いていた私立中学受験の意思を固めだす。今五年生、頑張ればこの辺で一番レベルの高い教育大学付属中学も狙えるのではないか? 

 

 むくむく膨らんだ夢もしかしすぐにしぼんだ。休日になるとぐったり横になるパパや、「んもーう、どうして光熱費って節約してもこんなに高いのかしら!」なんて憤慨しているママの姿が頭をよぎる。

 うちの経済状況はいわゆる底辺というわけではないが、外食の頻度や家族旅行の行き先から類推してめちゃくちゃ裕福というわけでもないだろう。パパは一応社長だけど部下は二人の超零細企業だし。


 パパもママも日向子が中学受験をしたいと言えばきっと「よし、やるからにはがんばれよ。パパも応援するからな!」とか「ママも張り切っちゃうわよぅ。早速今日はとんかつにしようかしら! ……え、とんかつはこのタイミングで作るものじゃない? いいじゃないのいつ食べたって」とか、とにかく自分のやりたいことをサポートするぞという姿勢を見せてくれることは予想がついた。

 それはありがたいが、世の中先立つものが必要ということは五年生にもなれば大体察しがつくのである。


 シルビーちゃんに頼んでみようかな……。


 歩きながら日向子は母方の叔母への思いをはせた。あまり大きくないとはいえ現異世界の女王だからそこそこは裕福だろうし、こちらの世界に留学して最終的にアイビーリーグのなんとかって大学院で経済学の博士号までとったらしい叔母さんは勉強がしたいといえば一も二もなく賛成してくれるはずだ。でも親をさしおいて叔母さんを頼るのは筋が違うだろう。


 そんなことを考えながら家の前のマンションまでくると、ちょうど先に下校した弟の央太おうたが虫取り網を持って友達とつれだちどこかへ出かけに行くところに遭遇した。


「あ、おうちゃんの姉ちゃんだ。こんにちは~」「お帰り~」


 自分とは違っていつもニコニコヘラヘラしているせいか誰とも衝突せず愛される気質の央太の友達は、やっぱりニコニコヘラヘラしているみそっ歯も愛らしい一年坊主たちだった。はっきり言ってみんなバカだがクラスのバカより断然可愛いし愛しやすい。 

 しかしそれにしてもなんだあの虫取り網は。また何かつかまえてくるつもりか。


「ただいま。……あんたらまた変なもの捕まえるつもりじゃないでしょうね?」

「大丈夫大丈夫、今度は捕まえた生き物は全部放すから~」

「そうしなさいよ、絶対。……で、何つかまえにいくの?」

「コロボックル」

「……は?」

「てっちゃんの家ってお寺だろ? 裏山にある防空壕跡でコロボックルを見たんだってさ。で、捕まえてみようぜってなったんだ」


 日向子は無言で、ニコニコヘラヘラした央太を呼び寄せた。弟の習慣からか、疑いもせず央太は日向子のそばへやってくる。そこへがつんと鉄拳をふりおろす。


「痛ったぁぁ~! 何すんだよ姉ちゃん!」

「あんたバカじゃない? コロボックルっていいったら絶滅危惧種の在来神霊よ! そんなのに危害でも加えたらパパは今のお仕事できなくなるし、ヘタしたら逮捕されちゃうんだよ⁉ わかる⁉」

 それ以前に自分たちのようなマイノリティーが出自は違えど同じような地球上のマイノリティーを遊び半分で迫害しようとはなんたることだ。情けなくって涙がでるほど日向子は憤ったが、肝心の弟にはあまり伝わらなかった模様。「まだいるって決まったわけじゃないのに……」とぼやきつつも殴られてはかなわないとみて、友達と顔を見あわせる。


「姉ちゃんがこんな風にいってるけどどうする?」

「じゃあザリガニでも釣る?」

「そうすっか」


 話は簡単にまとまり、特撮番組のテーマソングを歌いながら一年坊主たちは元気よく去っていった。

 

「ザリガニ持って帰らないでよ! 玄関が臭くなるから」

 去り行く一年坊主たちの背中に念を押した日向子はふと視線を感じた。


 振り向くと電柱の上に一羽のカラスがいる。


「?」

 

 どこか変なカラスだった。思わずじいっと見ていると、カラスはギャオと鳴いて飛び立った。

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