第4話 こうみえて元プリンセスなんです。

◆プリンセスなのに……⁉


①「ねえ、火崎さん。お願いがあるんだけれど……」

 

 近所の主婦たちと雑談中のある日のマリママ。


②「実は今度の保護者会で火崎さんに異世界に関する講演をしていただきたいんです」

 「お互いの相互理解になればいいなって……」

 「もちろんOKです!」


 遠慮しがちにお願いする主婦。それを笑顔で快諾するマリママ。


③(わーい、お互いの世界の平和に貢献できるぞ~)

 (何を話そうかなあ。冒険の最中に経験したあれとかこれとか……)

 「えーと、お願いしたいテーマは……」


 笑顔のマリママ。頭の中で考えを巡らせる。そのマリママにテーマを提案する主婦。


④「リアルプリンセスとしてのお城の生活をぜひお話していただきたいんです!」

 「プリンセスアストレイアみたいな華やかなお話を是非!」


 (プ……プリンセス!)


 主婦たちのテーマを聞いて、ガーン! と白目をむいて驚愕するマリママ。


 

(本文)

 そう、こう見えてプリンセスなんですよね……本人がよく忘れちゃいますけど(汗をかいた笑顔の絵文字)。

  

 私は社交界デビューの前に冒険デビューしちゃったダメプリンセスなんで、舞踏会とかあんまりそういうネタをもってないんです(汗)。

 でも皆さん華やかなお城の生活や舞踏会に興味津々みたいで、こんなことなら一回でも舞踏会に参加するべきだったと後悔することしきりです。

 

 美味しい肉の丸焼きの作り方ならレクチャーできるんですけれど、需要あるかしら? 子供会のキャンプなんかで提案できないかしら?




 シルヴィリアが読みたいと言っていた『分別と多感』はマーリエンヌがよく利用するスーパーの書籍売り場には置いてなく、初めて本の取り寄せというサービスを利用する。

 ついでにプリンセスアストレイアのライフスタイル本を購入した。中をパラパラめくれば簡単そうなのに見た目もきれいな料理のレシピとお部屋のDIYアイディアが紹介されている。これを参考にすれば私も元プリンセスの称号にふさわしい素敵な奥様になれるかしら?


 仕事から帰ってきた昨日の夫の表情を思い出した。散らかった部屋と、昨日のカレーをアレンジしたドライカレーとサラダという夕食を見て何かを言いかけたけれど飲み込んだような表情を見せた。


 最近の雄馬はなんだか私に対して気を使ってくるなあ……水臭いんだから。


 しかしブログと漫画にかまけて家事がおろそかになっていたのは確かだ。今日の夕食には気合を入れようと決意し、食品売り場でハンバーグの材料を買う。


 近所のスーパーなのでマーリエンヌは歩いて帰る。

 住宅街の歩道をてくてくと歩いているところへ、後ろの方から原付が急発進するようなエンジン音が聞こえた。そのあと遅れて、「だ、誰かぁ……!」という高齢女性のものらしき声が聞こえた。原付のけたたましいエンジン音はこっちに向かってくる。


 原付が追い越そうとしたタイミングで、マーリエンヌは愛用の聖槍を出現させ、えい、と、なんでもないように片手での運転手の体を払った。

 運転手は宙で一回転し、背中からアスファルトにたたきつけられる寸前でマーリエンヌは衝撃を和らげる(ただし相応の痛みは与える)魔法を瞬時にかける。運転手を失った原付は勢いにまかせたまま暴走し、ブロック塀に激突して止まった。


 宙を舞って地面にたたきつけられた衝撃と混乱と痛みから我に返った男が、女性からひったくったバッグを抱えて逃げようとしたその顎の先にマーリエンヌは聖槍の先を突き付ける。ギラギラと刃物らしく鈍く輝く槍の先を突き付けられて、ひったくり犯は言葉をなくしたようだった。


「すみませーん、どなたかお巡りさんをよんでくださいますぅ?」

 

 数十メートル後ろで転倒した高齢女性を助け起こしている(そしてマーリエンヌのアクションを目の当たりにして硬直している)善男善女に向けて、マーリエンヌは呼びかけた。


「今手がふさがって電話が取り出せないんですぅ」

 右手には槍、左手にはハンバーグや本が入ったエコバッグがある。スマホもその中だ。

 

 金縛りが解けたらしいギャラリーの一人が、警察に連絡してくれたようだ。それを確認してからマーリエンヌは拘束の呪文を唱えた。犯人はおびえた表情でその場に硬直する。十分も経てば解けるように設定したから、その間に警察官もかけつけてくるだろう。

 無抵抗の犯人の手からハンドバッグを奪いとってからマーリエンヌは聖槍を一振りすると、輝く粒子をまき散らして別次元へ格納される。これで銃刀法違反で怒られることもない。


 通報を担当した人がかけつけてくる。警察が来るまでとどまった方がいいと勧めたが、マーリエンヌはその人にハンドバッグを手渡し笑顔で手を振りながら辞退した。

「せ……せめてお名前を……」

 バッグをひったくられそうになった婦人が両脇を支えられながらやってきて追いすがる。マーリエンヌは振り向いて笑顔で一礼した。

「火崎です~。お巡りさんには火崎がやったとだけお伝えください」


 警察がくるまでその場にとどまっていると聴取だのなんだのに付き合わされることをマーリエンヌは知っていた。それは困る。今日は子供たちがいつもより早く学校から帰ってくる曜日なので家にいなければならないのだ。

 

 というわけでマーリエンヌは騒然とする現場をエコバッグの中の卵が割れたりしないようなレベルの小走りで後にして角を曲がる。


「?」


 より閑静な路地を歩いていた時、マーリエンヌはふと視線を感じた。おそらく人のものではない視線。

 くるりとあたりを見回して、視線の主に見当をつけた。電線の上に、カラスによく似た鳥が一羽いてこちらを凝視している。マーリエンヌにじっと見返されても微動だにせず、それどころか小ばかにするようにギャアと鳴いた。


 よく見ればその鳥には脚が三本ある。


 三本脚のカラスはこちらでは吉兆ではなかったかしら? 記憶を巡らせたところで三本脚のカラスは電線から宙に飛び立った。


 気にはなったが深追いはしない。通学路にはランドセルを背負った下校中の小学生たちがいる。早く帰らないと鍵のかかった家のドアの前で子供たちがむくれて待つ羽目になるのだ。

 






 



  

 

  



 

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