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「皆、今日は紙粘土で自分の好きなものを作りましょう!」


 先生のその宣言に、私たちは嬉々として紙粘土を捏ね始める。最初は立体や動物を作っているだけだったのが、誰が最初に閃いたのか粘土自体に絵具を混ぜて色とりどりにしてみたり、固まった紙粘土を水につけて再形成してみたり、彫ってみたり、削ってみたり、各々の想像力を遺憾無く発揮して、その場は小さな工房と化した。


「はっけーん! みずにぬらしたぞうきんにねんどはさむと、かたまらないんだぜ!」

「すげー! まねしていい?」

「いいよ!」


 和気藹々とした喧騒に包まれながら、私もまた紙粘土を捏ねていた。隣にはヒースくんが座っており、彼は自分の絵具を取り出してきて、いくつかに分けた粘土をパステル色に染めている。


「ヒースくん、なにつくってるの?」

「ひみつ。できてからのおたのしみ」


 そう言って口元に人差し指を立てるヒースくんに、周りの女の子たちからは黄色い声が上がった。

 ヒースくんは平仮名も片仮名も書けるし、足し算は疎か引き算だって出来る。追いかけっこでも鬼に捕まっているのを見たことが無いし、絵だって上手で女の子たちにリクエストされるほど。ヒースくんは何だって器用に熟せるため、今も慣れた手付きで紙粘土を操っている。

 私はそれを凄いなあと横目に見ながら、果たして自分は何を作ろうか考えあぐねていた。手元の紙粘土を見下ろして、兎が思い浮かぶ。無論、粘土が白いからという理由に他ならない。私は紙粘土の四分の一を使って兎を一体作ることに決め、ヒースくんを見習って兎のパーツごとに紙粘土を分けていく。丸めたり、細めたり、水を使ってパーツ同士を接着したり、拙いながらも没頭して兎作りに取り掛かっていたら、頭に何かが当たったのを感じた。


「?」


 顔を上げると、固まった紙粘土の残骸を片手に意地悪く笑っているマクスウェルが目に入った。傍らには紙粘土が転がっていて、私は奴がこれを投げてきたのだと悟る。こんなことにかかずらわっていたら紙粘土が固まってしまう、と私はマクスウェルを無視した。しかしマクスウェルは私が作業している間もポコポコと紙粘土の固まりを投げてきて、私の集中力はその度に途切れる。マクスウェルの紙粘土が私の頭に当たって手元の兎擬きへ落ちると、ついに私は席を立った。


「もう、マクスウェル! かみねんどなげるのやめてよ!」

「あ? なげてねーよ。どこにしょうこがあんだよ!」

「くだらないからやめて!」


 私は自分の席に戻って、また兎作りを再開する。少し目を離している間に兎の表面は乾き始めていたため、水を兎に塗りたくった。

 その後もマクスウェルは紙粘土を投げてきたが、今度は徹底して無視していると、いつしか攻撃はぱたりと止んだ。


「皆、出来たかなー? そろそろお片付けもし始めようねー!」


 先生のその声を皮切りに、幼児たちは渾身の力作を見せ合う。私は兎と犬、羊、猫を作り上げて、中々の出来に一人満足の溜息を吐いていた。


「わあ、かわいいウサギさんだね」


 そう言ってくれるのはヒースくんで、他の動物たちも上手だと頻りに褒めてくれた。私は照れながらも、ヒースくんは何を作っていたのだろうと、彼の手元に視線を落とす。

 ヒースくんの手には、淡いパステル色の薔薇が握られていた。歪ながらも、花弁一枚一枚が咲き誇り、葉、茎、萼に至るまでが完璧に再現されていた。ただ一つ本物と違うところといえば、棘が無いことだけである。


「ヒースくん、すごいね……」

「そうかな。ずかんみながらつくったけど、ちょっとボタンににちゃった」

「じゅうぶんだとおもうよ……」


 ヒースくんお手製の薔薇に絶句していると、先生が歩み寄ってきた。


「わあ! ヒースくん、薔薇お上手に出来たね〜」

「ありがとうございます」

「お母さんにプレゼントしたら喜ぶよ〜」

「あ、これは、おかあさんへのプレゼントじゃなくて……」


 ヒースくんは薔薇を両手で持って、私に向き直る。


「メリエルちゃん、うけとってください」

「えっ、いいの?」


 受け取った薔薇はしっかり乾燥していて、見た目よりも軽かった。薔薇からヒースくんに視線を移すと、照れながらも真剣な目をした彼が、思い切った風にこう言った。


「しょうらい、ほんもののバラとこうかんしてあげる」


 私は驚き過ぎて固まっていたが、傍らでそれを聞いていた先生は黄色い声を上げた。それを聞き付けた他の子たちもわらわらと集まってきて、その中にはマクスウェルの姿もあった。私はといえば外野に気を回す余裕も無く、現実を徐々に受け止めるに従って、顔が熱くなっていくのを感じていた。


「……うん、まってるね」


 そう返すのが、その時の私にとっての精一杯だった。

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