ロゼ・プードゥの電気羊はどんな夢を見るのか?

ウエハラ博士が開発した新型アンドロイドpure 7 アンドロイドネーム《ロゼ・プードゥ》


完璧を目指した人工毛、人口皮膚、人口眼の開発からその他細々とした研究。アイカには明かしてもらえていない各種プログラムに人工頭脳プログラミングP7。そして擬似脳神経。 その科学の最先端全ての集結が ロゼ・プードゥ。


ロゼの擬似脳神経はこの1ヶ月人間の脳とそう変わらない様子を示してきた。


それによりわずか1ヶ月でロゼは人間とほぼ同一の存在と化した。


つい先ほどまで繰り広げられていたロゼと同僚達、そしてアイカのやりとりを論文用のパソコンへ入力していく。


ロゼは指定された本を読み、第1研究室で働き、アイカと面談するという淡々とした日々を過ごしてきた。それだけでこれだ。


ウエハラ博士はロゼというアンドロイドというより《擬似人間》と呼ぶべき機械を作り出した。アイカは偉大なる歴史を目の当たりにしている。そして光栄な証明者に選ばれた。


書きかけの論文 【新型アンドロイドとP7】に目を通す。


ロゼは暴食をしない。むしろエネルギー消費量削減に勤めている


ロゼは傲慢さを感じさせないように振る舞う。また命令に必ず従う。


ロゼには憤怒が認められない。争いが起こらぬように相手を観察し寛容かつ柔軟に対応する。


ロゼは怠惰とは無縁で勤勉に自己向上に努める。


解析データや具体例を添えても陳腐な論文だった。アイカは全て削除した。ロゼと少し対面すれば、論文など無くてもロゼが如何に人間と類似しているか誰でも理解する。


今目の前で繰り広げられている光景を、映像として発表するだけでも十分だ。


削除した論文の利益は、ウエハラ博士がロゼ開発に際して求めたのが《完璧な人間》だと確信出来たこと。


ウエハラ博士はアイカにプログラム内容などロゼの情報を伏せている。先入観なく観察しろと命じた。


アイカに求められているのは、ロゼと人間の相似性ではない。ロゼが如何に人間らしいかという事ではない。


観察だけで確認しろという意味。一般人としてロゼが《人間ではない》と判断できる材料もしくは方法を探せということだ。


その新たな推測にアイカは思考の海へと身を投げる。


ロゼが既製品だとして、食事も睡眠もせず、充電やメンテナンスが必要であるのは所有者のみの知識。今日のオーランドやララ、エルサといった所有者以外には知り得ないこと。


現行のアンドロイドでは不可能な物事を、ロゼはいやPure7シリーズは成し遂げる。ウエハラ博士はロゼを国際規格に乗っ取って開発しただろうが、ゆくゆくは解析されて悪用される可能性が高い。


むしろ確実にそうなる。


人類は欲深い。恐ろしい未来が訪れるだろう。


アイカの使命はロゼがアンドロイドであるということを一般人が判断可能な証明方法。バグの発見。


そうに違いない。


ロゼの超高性能に対して「電気羊」は無意味。


「電気羊」


アンドロイド黎明期にアンドロイド定義を唱えたフィリップ・K・ディック の仮想チューリングテストの一例。


明日試しても良い。


「ロゼ。電気羊は夢を見ると思う?」


現行アンドロイドならば電気羊は存在しないだとか分かりませんと答えるだろうが、ロゼはアイカが想像もしない解答をするだろう。


ロゼは、ウエハラ博士の世紀の発明Pure7は共感や感情移入を真似る事が出来る新型アンドロイドに違いない。


ロゼに対する「電気羊」は何であろうか。


答えがそのままアイカの論文となるだろう。



***



必要は無いがロゼの自室の戸を叩いた。ロゼがドアを開き顔を出した。帰宅予定時刻を4分過ぎていたので、ロゼは当然のように自室へ戻っていた。


「こんばんは。ミス・アイカ。」


ロゼがニコニコしながらアイカを腕と手の動きで部屋へと誘導した。ロゼには初めての動作だった。初外出の酒場で誰かの仕草から学んだのだろう。


「アイカで構わない。ロゼ質問があります。」


いつも通りロゼがベッドに座り、アイカは向かい合うように椅子を動かして腰かけた。


「ではアイカ。なんでしょう?」


「不可能ならそう答えること。あなたの喜びについて述べなさい。」


ロゼは笑顔を消した。亜麻色の瞳が、人工義眼の虹彩が開いたり閉じたりを繰り返す。アイカを分析している。知らなければ生気を感じさせる様子。今のロゼは瞬きを不定期に行うからより偽物感が減っている。


「アイカは僕がアンドロイドだと知っている。アンドロイドに感情はない。僕は分析して相手の望むように応対するだけだ。」


ウエハラ博士のプログラムの輪郭。ロゼの感情プログラムは他者認識を下地にしているのか。アイカは質問を変えた。


「前置きするべきだった。今会った人間と仮定して答えなさい。」


「僕が生まれた理由は人類に偉大な進歩をもたらす研究をするため。そのぐらい仕事が好きだから研究が捗ればとても嬉しいよ。同僚も良い人ばかりだ。」


すらすらと口にしたロゼが満面の笑みを浮かべた。これがPure 7の性能。ウエハラ博士の最高傑作だろう。


「ロゼは電気羊は夢を見ると思う?今度はアイカに対して答えて。」


またロゼの表情が消えた。6日目の閲覧書籍は仮想チューリングテストが出てくるフィクション小説だった。アンドロイドと人間についての物語。ロゼの人工頭脳は内容を分析しているはずだ。


「僕は夢を見ない。だから電気羊も夢を見ない。夢を見ることができるのは生物だ。」


アイカはロゼをアンドロイドと認識している。そのアイカに対する答え。


「生物とは何?」


「生物とは生きているもの。死を迎える細胞を有するもの。この定義については様々な論争がありー……。」


「私の考えとして広義ではアンドロイドが壊れるのも死と呼べる。ロゼあなたの疑似脳神経も広義では細胞と定義可能。よってアンドロイドは生物と呼べる。ロゼ・プードゥは人間の一種である。だからロゼは夢を見る。」


屁理屈だ。しかしこのような主張をする者は多い。人間は願望に合わせて定義を変える。


「拒絶します。ロゼ・プードゥはアンドロイドです。」


アイカの意見よりも優先された自己認識。ロゼの優先項目は自己認識。自身はアンドロイドであり人間ではないということ。アイカは続けた。


「今度はアイカとしてではなく私をロゼが人間と思っている人と想定して答えなさい。電気羊は夢をみると思う?」


「アンドロイドは夢を見ない。」


ロゼは無表情だった。それからふっと息を吐くようにしてから口角を上げた。


「人間の睡眠はまだ未解析。解明が進めば擬似夢を発現させる事が出来るかもしれない。それが僕ら科学者の探究心。人類の夢。人類こそが電気羊が夢を見るという夢を抱いているんだ。」


オーバー気味に両手を掲げて不敵な笑みを浮かべるロゼ。ウエハラ博士の仕草によく似ている。ロゼの擬似脳神経はウエハラ博士自身の脳解析を使用している可能性が高い。


「あなたにはそんな夢はあるかな?」


茶目っ気たっぷりにウインクしてみせたロゼ。これをアンドロイドだと見破る人間がいるのだろうか。少なくともロゼをアンドロイドと知っているアイカでさえ、疑問を抱いている。


ロゼは本当にアンドロイドなのだろうか?


「今度の対象者も仮想相手で。ロゼ・プードゥは人間ですか?」


「人間じゃなかったら僕はアンドロイド?人造人間?感情表現が苦手なんだ。そんなこと言わないで欲しい。」


今度のロゼは困ったような寂しそうな表情。ロゼは自らを人間と断言しなかった。自己認識を保ちつつ、相手には自身がアンドロイドではないと伝えようとする思考回路。


こんな風に言われて「お前はアンドロイドだ。」と指摘する人間がいるだろうか。少なくともアイカは言わない。


ロゼは、 ウエハラ博士の《完璧な人間》は、超天才科学者から他の科学者への挑戦状だ。ウエハラ博士の好奇心による悪戯。ゲームの一環。おそらくそんな理由。


『さあ俺の発明にケチをつけてみろ。』


『 1番僕に近い天才科学者アイカ・ミタ。』


『期限は半年だ。』


アイカの知るウエハラ博士の発言を予想するとそんなところであろう。


Pure 7の活用法、適応環境、人類への利益や不利益、そんな事は考えないのがウエハラ博士。彼は男はそういう人物だ。


シン・ウエハラは真の科学者。


遠回りし過ぎた。アイカにはもうたった5ヶ月しかない。



***



ウエハラ博士は宣言通りバカンス中だった。第1研究室の会議室にテントを張り、パラソルを広げ、折りたたみ可能なリクライニングチェアに深々と寝転がっている。


目にはドーナツ型のアイマスク。よれよれのシミが取れない白衣の下はペンギン柄のパジャマ。頭にはタオル生地の三角帽子。


バカンスというより睡眠準備。


「やっときたのかアイカ。」


ドアを開けた音か、はたまた気配を察したのかウエハラ博士がアイマスクを外した。愉快そうに口に笑みを浮かべている。


「実験の為にいくつか許可が欲しいです。」


「ふむ。実験内容によるな。」


ウエハラ博士が人差し指を立てて顔の前で左右に振った。同時にちっちっちっと舌を鳴らす。アイカは特に反応をしなかった。


「アンドロイドは恋をしない。」


「ようやく辿り着いたのか。僕の思惑に。ヒントは沢山与えたけど遅かったな。」


「博士は私に全任すると言いました。」


「怒っているのか?」


「いえ。非効率的であるという事実を述べただけです。」


ウエハラ博士が立ち上がり、3回足踏みし、2回、3回と繰り返した。不恰好なステップ。アイカはじっとその意味が無いであろう行動を観察した。


「相変わらず連れないな。まあいい。さてどうして恋なんだ?」


ウエハラ博士がリクライニングチェアに腰を下ろした。


「他の感情は他者への共感で表現可能です。怒り悲しみ喜び嘆き楽しみなどロゼは多彩に表現するでしょう。しかし恋は相手のことを強く求める気持ち。自己意識が主体です。」


ウエハラ博士は黙ってアイカの言葉に耳を傾けている。アイカは続けた。


「ロゼは他者の感情に依存して擬似感情を発露している。相手から恋愛感情を向けられても同様に作動するでしょう。アンドロイドは人間を傷つけてはならない。しかしロゼを愛した女は必ず傷つきます。ロゼはアンドロイドで自己意識がない。その矛盾をロゼが発見した際どうなるか。」


「なるほどね。アイカはなぜ相手は傷つくと決めつける?」


「肉体的快楽も満足感も得られず子孫も残せない。アンドロイドが恋愛対象で良いことは一つもありません。」


ウエハラ博士が大爆笑した。


「人間はそんな単純ではない。純粋な愛は種族を超える。ロゼの相手がそういう人物かもしれない。」


「確率は非常に低い。人間に利益をもたらしていたはずなのに結果は真逆という事実をロゼが認識した場合にどうなるかという実験です。それには愛が相応しい。私はそう判断しました。」


更にウエハラ博士が腹を抱えて笑った。


「心を弄ぶ人体実験。真の科学者に相応しいぞ。傲慢だアイカ。」


「必要であるから行うだけです。興味本位ではありません。」


「君の実験の予想は?」


「ロゼに想いを寄せた者が傷ついた場合にロゼは八方塞がりでバグを発現するでしょう。」


「原因が自らであると判断して機能停止する?」


「場合によっては。アンドロイドは電気羊の夢を見る振りが出来る。愛している真似が出来る。なのに相手が傷ついた場合、人間を傷つけてはならないという国際規格との折り合いがつかなくてロゼは自滅する。」


ウエハラ博士が大きな拍手をした。


「よく考えた!お利口さんだアイカ!しかしロゼには擬似脳神経とP7がある。愛のあるアンドロイド。僕の夢だ。では賭けをしようではないか。」


「いえこれは仕事です。」


「関係ない。君の実験全てに許可を出そう。僕が勝ったら君はお払い箱だ。」


アイカは黙って頷いた。それから口を開いた。


「実験終了後にP7を含めロゼの仕様を全て教えてください。」


「国際アンドロイド学会の最終演目は僕によるPure7の発表だ。君は前座だから内容を聞けるはずだよーん。」


ウエハラ博士がウインクした。ロゼと全く同じ仕草だった。いやロゼがウエハラ博士をそっくり真似たのだ。廃れた語尾にエネルギーの無駄使いでしかない仕草。


ウエハラ博士の何もかもがアイカには理解できない。


1番はウエハラ博士の夢。彼自身が誰よりもPure 7の欠点を理解しているはずだ。アイカの想定も、指摘も、実験の結果でさえ全て分かっている。


そしてウエハラ博士がアイカを手放すことは絶対にない。このゲームの勝者はすでにアイカの勝ちに決まっている。それを見越している。


それでも夢を語り、夢を見るウエハラ博士。


ロゼ・プードゥの電気羊はどんな夢を見るのか?と期待するウエハラ博士。


人間は矛盾だらけだ。アンドロイドと違って。

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